004 書斎に籠ったあいつ
三月達が召喚されて早くも1ヶ月が経過した。【天翼の剣】を手にして以降、四郎は益々その実力を伸ばし、今では騎士団長以外彼と剣で打ち合える人間は居なくなった。
そして四郎以外の人間も1月前とは比べ物にならないほどに成長していた。
城の訓練場に激しい戦いの音が響き渡る。現在行われているのは異世界人同士の試合だ。
一方は髪を2つに結んだ釣り目気味で気の強そうな少女、名を五十嵐朱音。気が強いが気配りの上手な少女であり男子から絶大な人気を誇っている。武器を持っていない所を見るにどうやら素手による近接戦闘を得意としているらしい。
そしてもう一方は長い黒髪を1つに纏めた柔和な笑みを浮かべている少女、名を一鈴子。関西から転校して来た彼女は誰にでも笑顔で接し、クラスのムードメイカーとしていつも元気を振り撒いている。手には鞘に収められた刀が握られており、近接戦闘を得意とした剣士らしい。
「はぁっ!」
掛け声と共に朱音が右の拳を鈴子へと突き出す。しかし、鈴子はさっと体を反らす事でその拳を回避すると素早く刀を鞘から抜き放ち反撃。朱音は咄嗟に後ろに跳ぶ事でその斬撃を回避するとギュッと拳を握り力を込める。
朱音が握り締めた拳に周囲からキラキラとした光が集中し始める。これは朱音の保有しているスキルである【魔力収束】の能力であり、大気中に漂っている魔力を収束する事が出来る。そしてその拳に収束した魔力を朱音は、
「とぉりゃッ!」
掛け声と共に振るう事で一気に放出した。
拳に魔力を収束する事で自らを砲台とし、収束した魔力を一気に放出する事で砲弾と成す。これが朱音が1ヶ月の訓練で編み出したスキル【拳砲】である。
迫り来る光の砲弾を鈴子はキッと鋭い瞳で見据えると、腰を低くして刀の柄にすっと手を掛ける。
そして砲弾が眼前まで肉薄したその瞬間、
「ふっ!」
目にも止まらぬ速度で刀を抜き放ち、魔力の砲弾を斬り裂いた。
鈴子が保有するスキルは【抜刀】。これは刀を抜き放つ速度を上昇させ、一瞬の内に対象を斬り裂く効果を持つ。特徴らしい特徴はあまりない能力だが、それ故に応用も利く強力なスキルだ。
魔力の砲弾を斬り裂かれ呆気に取られる朱音。鈴子はその一瞬の隙を見逃さず、ダッと力強く地面を蹴り付け朱音の眼前へと肉薄する。そして刀の柄に手を掛け再び【抜刀】を発動した。
スパァンッ! と甲高い音が訓練場に響き渡ると同時に、朱音の体はくの字に折れ曲がりながら後方へと吹き飛ばされ地面に倒れる。そして拳に力を入れて立ち上がろうとするが、すっと首筋に鈴子の刀の切っ先が突きつけられるのを見て、諦めたように拳を解いた。
朱音が諦めるのを見届けると、鈴子は刀身を鞘に仕舞い、いつも通りの柔和な笑みを浮かべて朱音に手を差し出した。朱音は悔しそうに鈴子を睨んでいたが、柔和な笑みに怒気が抜かれたのか溜め息を吐きながらその手を取った。
「あたしの負けね」
「そやな。ウチの勝ちや!」
あっはっは! と大笑いをする鈴子に多少のイラつきを覚える朱音だったが、いちいちこんな事で腹を立てていたら切りがないと理解しているのか、はぁと小さく溜め息を吐いて自制する。
そんな2人に歩み寄って来る純白のローブを身に纏った魔導師の少女。名を二遥という。身長は朱音よりも高く鈴子よりも少し低い。女性としては高くもなく低くもない中くらいだ。前髪はぱっつん、後ろ髪は肩に掛かる程度に綺麗に切り揃えられており、左の目元には小さな泣きボクロが浮かんでいる。
全体的な印象としては、少し気弱そうでおどおどとした雰囲気が感じられる。しかし、その気弱そうな雰囲気と素朴で可憐な容姿故、クラスの中では守りたい女子ナンバー1と、付き合いたい女子ナンバー1の座を獲得している。
遥の手には赤い宝石の取り付けられた杖が握られており、先ほどまで激しい試合を繰り広げていた2人を心配するような表情を浮かべている。
「ふ、2人とも、大丈夫? 大きな怪我とかしてない?」
「あー……心配してくれてありがと、遥。そこまで酷い怪我は無いけど最後の一撃が結構効いてるから治してくれない?」
「うん、分かったよ」
遥はそう頷くと、杖を掲げて赤い宝石へと魔力を集中させる。すると宝石が淡い光を放ち始めた。そしてその光で朱音の体を照らすと、先ほど鈴子に攻撃を受けた胸の辺りの痛みがスゥっと引いて行った。
「どう?」
「うん、治ったみたいね。流石【元】属性魔導師ね。そんじょそこらの魔導師とは格が違うわ」
「そ、そんな事ないよ」
そう謙遜する遥だったが、明らかに遥の魔法の上達は通常の魔導師のそれを逸脱していた。
遥の魔法属性は【元】属性と呼ばれる特殊な属性で、【火】【水】【土】【風】の4つの魔法属性を持っているのと同じなのだ。通常4つも魔法属性を持っている事はほとんど無い上、相反する属性を持っている者の数は非常に少ない。更に【元】属性は相乗効果により魔法を更に強化して使用する事が出来る。はっきり言って四郎とはまたベクトルの違うチート具合だった。
しかも、遥の魔導師としての才能は【元】属性を持っているだけではない……。
「さっ! 痛みも引いたし、訓練の続きでもしましょうか!」
「ま、まだ治ったばかりだから無理しちゃ駄目だよ。朱音ちゃんは少し休んで」
「ハルちんの言う通りやで。いくら自分の成長を実感するのが楽しいからって言っても朱音は頑張り過ぎや。少しは自分の体を労わったりや」
「むぅ……2人がそう言うなら休む。でも少し休んだら訓練再開よ! 鈴子、次は勝つわよ!」
「あっはっは! いつでも掛かって来ぃや! ウチは逃げも隠れもせぇへんで!」
腰に手を当てて笑う鈴子を背に、朱音は遥と一緒にその場を後にする。
「……あれ?」
その時、遥が何かに気がついたのか立ち止まってキョロキョロと周囲を見回す。
「どうしたのよ遥?」
「え? うーん……今誰かの視線を感じたんだけど、気のせいかなぁ?」
「さぁ? 大方男子があんたの胸でも見てたんでしょ? 遥の胸はおっきいしぃ」
皮肉っぽくそう言う朱音に遥は顔を真っ赤にして俯く。
「そ、そんな事、ないよ。朱音ちゃんの方が可愛いし……」
「そう思ってるの、あんただけよ」
朱音はやれやれと肩を竦めて呆れながらさっさと歩いて行ってしまった。遥もその後を慌てて追いかけて行った。
「…………フッ」
遠くから朱音達の様子を観察していた人影は、小さく微笑むとスッと姿を消した。
◆◇◆◇◆
鈴子との試合の後、休憩のため椅子に座って休んでいた朱音はどこかイライラした様子で腕を組みながらトントンと貧乏揺すりをしていた。そんな朱音の様子が気になったのか、遥は心配するように眉を顰め朱音に訊ねた。
「あ、朱音ちゃん? どうしたの? まだどこか痛む?」
「え? ああ、いやそうじゃないのよ」
「もしかしてさっきの試合で負けた事を気にしてるの?」
そう遥が訊くと、朱音は首を横に振って否定する。
「ううん。鈴子に負けるのはいつもの事だから気にしてない。鈴子は強いもん。今のあたしじゃ勝てない……いつかは勝つけどね」
「じゃ、じゃあ何でそんなに怖い顔をしてるの?」
「え? そんなに怖い顔してた?」
「うん、してた」
「自分ではいつも通りの顔をしてると思ってたんだけどなー、あたしポーカーフェイスっていまいち苦手なのよね」
「もし何か悩んでるなら相談に乗るよ?」
「ん、んー……相談かぁ。別に相談する程の事じゃないんだけどなぁ」
朱音はそう言ってどこか迷うように視線を逡巡させると、とにかく話してみようと思い口を開く。
「ちょっと気に食わない事があるのよ」
「なぁに?」
「夜白の事よ。あいつこの世界に召喚されてからずっと書斎に引き籠って本読んでるじゃない? あたし達がこうして真面目に訓練してる間もずっとあいつは書斎に引き籠って読書してるのよ? 正直気に食わないわ。他の人が努力してるのに自分は好き勝手にやりたい事やって。あたしはああ言う1人で何でも出来るから構わないでもらいたいって空気出してる奴が大嫌い」
「あ、あー……三月君かぁ」
「あんた幼馴染なんでしょ? 何とか引っ張り出せないの?」
そう、遥は四郎と同じで三月の幼馴染だ。児童養護施設で10年近く共に生活し、小学校から高校の現在に至るまでずっと同じクラスで過ごしてきた仲だった。
だが、それ故に三月が1度言い出した事を止めない性格である事を知っている。
「三月君が1度やるって決めた事を覆す事は出来ないかな。それに三月君のやる事には意味があるし、邪魔するのはちょっと……」
「むぅ……でも気に食わないわ。何をしているのかくらい話してくれても良いじゃない! 何でも1人で出来るから1人で抱え込む奴は大嫌い。力ずくでも引っ張り出すべきよ。あいつは誰よりもパラメータ低いんだから尚更よ!」
「や、やめた方が良いよ。三月君、怒ると怖いから」
「我慢の限界よ! もう良いわ! 遥がやらないのならあたしが引っ張り出してくる! 絶対訓練を受けさせてやるわ!」
朱音はそう宣言して勢いよく立ち上がると、遥に背を向けて三月の居る書斎へと駆け出して行った。
「あ、ま、待ってよ朱音ちゃん! 駄目だよ!」
そう言って朱音を呼び止める遥だったが、とうに朱音の姿は見えなくなっており、その言葉が届く事はなかった。