038 半月後
《トレイル》近郊に位置する《オルハーブの森》。木の葉の隙間から太陽の光が差し込むことによって多くの植物が成長し、種類豊富な薬草が取れることで有名なこの森に戦いの音が響き渡っていた。
「せぇいっ!」
掛け声と同時に抜き放たれた刃は、目の前の緑色の肌をした小人のような魔物《スモールゴブリン》を真っ二つに斬り裂いた。数十体というゴブリンの大群はその光景を目の当たりにして混乱するように騒ぎ出すが、一際大きな鳴き声が響くと同時に乱れそうになっていた隊列が元に戻った。
「ちぇっ、やっぱりそう簡単には崩れちゃくれねぇか」
ゴブリンの様子を見てそう呟いたのは、先ほどゴブリンを真っ二つに斬り裂いた灰色髪の少年ルシル・ルージュである。
「当然だ。《箱庭》の中の魔物と実戦が同じだと思ったか?」
離れた所からそう指摘したのはルシルの師匠である女性のような美貌を持った少年、夜白三月だった。
「奴らは普通のゴブリンの群れじゃない。奴らの中には1体指令塔の役割を果たしているリーダー、《ジェネラルゴブリン》が存在している。ジェネラルは他のゴブリンよりも知能が高く、他のゴブリンに指示を出して纏め上げる役割を担っている。早々隊列を崩すことは出来んぞ?」
「そんな事は分かってっけどよぉ……」
「ならばとっとと動け。そうしなければあっと言う間に囲まれてしまうぞ?」
「ちぇっ、わぁーったよっ。出し惜しみなんてしないで、さっさとケリをつけてやるぜ!」
ルシルはそう意気込むと、刀の鞘をギュッと握り締めて視線を鋭くしてまずは目の前のゴブリンの群れを睨み付ける。どうやらゴブリン達は弓矢でルシルを蜂の巣にする算段らしく、ジェネラルの掛け声と同時に一斉に弓矢を撃ち放った。
「フッ!!」
弓矢が上空へと放たれるその瞬間、ルシルは一呼吸の内にその真下を一瞬の内に通り過ぎ、ゴブリンの群れへと肉薄する。そして、刀の柄にすっと手を添えると体勢を低くして一気に抜き放った。
「【抜刀・居合】っ!」
シュパンッ! と刃が空気の壁を打ち破る音が響くと同時に、ルシルの前方に居た数体のゴブリンはその首を刎ねられて断末魔の叫び声を上げる間も無く絶命した。
更にルシルの猛攻は止まる事を知らず、ジェネラルの一声で一斉に襲い掛かろうとしていた棍棒を持ったゴブリンへと視線を向ける。そして棍棒ゴブリンが飛び掛ろうとするよりも速く大地を蹴り付けて移動し、同じく【居合】で棍棒ごとゴブリンの首を斬り落とした。
「次っ!」
ルシルは油断する事無く次の敵へと意識を向けると、【縮地】で翻弄しながら確実にゴブリンを仕留めていった。
が、その時、ジェネラルの掛け声と共に放たれたのは拳大の火球、火属性最下級魔法【ファイアボール】だった。
時々ゴブリンの中にはジェネラルのように知能が高く、魔法を体得している個体が生まれる事がある。そのようなゴブリンのことを《ゴブリンウィザード》と呼ばれ、最下級の魔法ならば扱う事も可能なのである。
まさかゴブリンが魔法まで使ってくるとは思っていなかったルシルだったが、慌てる素振りは一切見せず、至極冷静な表情でその火球を見据えた。
「魔力を刃に纏わせ、魔を以ってして魔を斬り払う……その名は」
ルシルが刀へと魔力を纏わせている姿を見て、三月は「ほぅ」と感心したような声を漏らした。
「早速覚えたての技を出すのか。見物だな」
みるみる内に手に持つ刀の鞘の内より溢れ出る魔力の輝きは強くなり、それが最高潮となったその瞬間、ルシルはカッと目を見開き一気にその刃を抜き放つ。
「【抜刀・魔斬り】!」
三月が得意としている魔力を纏わせた刀によって相手の魔力を断ち切って消滅、霧散させる剣技【魔斬り】。
ルシルは光り輝く刀身を火球へとぶつけて斬り払うと、ニッと笑みを浮かべつつ《ゴブリンウィザード》を脳天から真っ二つに斬り裂いた。
グッと拳を握り締めてガッツポーズを決めると、数が少なくなり周囲の守りも薄くなったジェネラルへと視線を向けた。
そんなルシルの戦いぶりを三月はじっと観察していた。
(ふん、ルシルの奴、そこそこ強くなったじゃないか)
薄っすらと口元に笑みを浮かべながら心の中でルシルを賞賛する。
三月が【八式】を手に入れてから半月もの時が経過した。ルシルは三月が出す無理難題にも思える課題の数々を見事に耐え抜き、地獄とも思える特訓を超えて遂に【魔斬り】を習得するまでに至った。こうして以前第二の剣技を習得した時に冒険者にしてやるという約束は果たされ、晴れてルシルはFランク冒険者となった。
今回の依頼はルシルの冒険者としての第一歩目のというわけである。
「しゃあッ! じゃんじゃん掛かって来い! 全員返り討ちにしてやるぜ!」
「おい小僧、調子に乗るなよ。奴ら、まだ何か隠してるみたいだぞ?」
不利を悟って逃げ出すかと思われたゴブリン達だったが、ジェネラルは何やら手下のゴブリンに何かを伝え始めた。そして速やかにその場から離れた数体のゴブリンはしばらくして何やらロープで繋がれた巨大な熊を連れて戻って来た。
白と黄色の体毛に覆われたこの巨大な熊の名は《ライトベア》といい、危険度Bランクに位置する魔物である。額には何やら銀色の宝石のような物が付いていて、この宝石が眩い光を発して相手の目を眩ませる厄介な魔物だ。
何故そんな魔物をゴブリンが連れて来たのかルシルには理解できず、説明を求めるように三月へと視線を向ける。三月は若干面倒くさそうに溜め息を吐いてこう答えた。
「ゴブリンには他の魔物を手懐けてテイムする習性がある。群れが大きければ大きいほどテイムできる魔物も強力になり、群れのリーダーとしての資質も必然的に高い事になる。ウィザードを従えライトベアまでテイムしていたとすると、あのジェネラル、そこそこ優秀な個体らしいな」
「へぇー、そうなのか」
「あの熊野郎はBランクだ。お前の実力ならば何とかなるだろうが、油断はするなよ? さもなくば、死ぬぞ?」
「へっ! わぁーってらぁ! むしろ最初の依頼で強い魔物と戦えるなんて運が良いぜ! こいつに勝てば、オレがどのくらい強くなったのかの証明になるってもんだ! 完膚なきまでに叩き潰す!」
「それで良い。もし危なくなったら助けてやる。存分に暴れてこい」
「おうよ!」
三月の言葉にニッと笑みを浮かべて応じると、ルシルはライトベアへと突っ込んで行った。
◆◇◆◇◆
ルシルとライトベアの戦いは苛烈を極めた。ライトベアの筋力は動物の熊の約2倍であり、鋭い爪より繰り出される一撃は真っ向から喰らえば一瞬で命を刈り取られるほどの威力を秘めている。パラメータが人並み以上に高いルシルと言えど、あの爪の餌食となったら命は無いだろう。
だがルシルも実戦経験は乏しいとは言え、ライトベアに全く劣っていない。生まれながらに持つ高いパラメータ、類稀なる戦闘勘、そして地獄のような三月の特訓を耐え抜いた忍耐力。ルシルが持つ全身全霊を込めた攻撃の数々は、徐々にライトベアを押していった。
戦いの中でルシルの才能は更に開花し、まるで剣舞を舞うが如くライトベアを翻弄していく。
実戦経験が初めてとは思えない、その芸術的なまでの動きに師匠である三月ですら若干の驚きを感じていた。
(流石は俺の弟子だ)
そう心の中で賞賛しつつ、ルシルの戦いぶりをじっと観察する。
ライトベアは徐々に形勢が不利になっている事を悟り始めているのか、悔しげな呻き声を上げながら爪を振るう。
「当たらねぇぜ!」
だが、ルシルは素早い動きで爪を回避すると、すかさず【居合】で反撃する。しかしライトベアも負けじと爪で刀を受け止め、もう片方の手をルシルへと振り下ろす。
ザッとバックステップで背後へと跳んで爪を回避するルシル。だが、ライトベアはそれを狙っていたかのように咆哮を上げると、突如として額の宝石が眩いばかりの輝きを放ち始めた。
「うぉ!? まぶしっ!」
咄嗟に目を瞑って光を遮るルシルだったが、ライトベアはその隙を待っていたかのようにルシルへと突進を仕掛けた。
「ヤベッ!?」
光が晴れると同時に目の前へと迫って来ていたライトベアに驚いたように目を見開くルシル。明らかに虚を突かれ、ライトベアの術中に嵌まってしまった。このままではあの巨体に為す術もなく押し潰される事になるだろう。
万事休す……
「なーんちゃって♪」
『ッグォ!?』
ルシルはニッを不敵な笑みを浮かべたその瞬間、突如としてルシルの全身を黒い影のような闇が包み込んだ。
ライトベアはそのままの勢いで闇に包まれたルシルへと突っ込んだ。だが、まるで布にでも突っ込んだかのような手応えの無さに、不思議そうに鳴き声を漏らした。
「ほぅら! 後ろががら空きだぜ!」
『ッ!?』
突如として後ろから聴こえた声にライトベアは驚いたように背後を振り返ると、そこには光り輝く刀を携えたルシルの姿があった。
「【抜刀・魔斬り】ィ! おらぁ!」
勢い良く振り下ろされた光り輝く刀に斬り裂かれたライトベアの驚きの声は、すぐに断末魔へと変わりその巨体をドサァと地面に横たえた。
ライトベアが完全に絶命したことを確認すると、ルシルは嬉しそうに飛び跳ねながら自らの勝利を喜んだ。
「しゃあ! オレの勝ちぃ! いぇーいっ!」
戦いの結末を見届けた三月は、最後にルシルが行った攻撃を振り返っていた。
(ふむ、光に目が眩んだフリからの、闇魔法【ダークコート】で作り出した闇の衣を囮にしての奇襲か。考えたな)
ルシルが得意とする闇魔法【ダークコート】は暗い場所ならばその姿を完全に暗闇に溶け込ませる隠密特化の魔法だ。しかし、明るい場所で使った場合、それは闇の衣となって自らの周囲に出現し、それを脱ぎ捨てて囮にすることも可能なのだ。先ほどの奇襲は、自らの魔法の特性をよく理解していたからこそ出来た攻撃だろう。
(力があれば何とかなると思っていたガキが随分と成長したもんだ)
感慨深げに弟子の成長を目の当たりにした三月は、勝利の余韻に酔っているルシルから視線を外し、射抜くような鋭い眼差しを浮かべる。
瞬間、【縮地】を発動した三月の体は、その場に残像を残しつつ音も無く掻き消え、ライトベアがやられたことで逃げ出そうとしていたゴブリンの群れへと一瞬で肉薄していた。
スヒン……。
三月の手が腰に差した【八式】の柄に触れたその瞬間、三月の腕がほんの少しだけブレて見える。
何事も無かったかのように走り去るゴブリンの群れ。だが、異変はその直後に起きた。
ジェネラルを先頭に逃げていたゴブリン達が、突如としてその体を下半身と上半身に分離させて倒れたのである。
何が起こったのか理解できずギャーギャーと叫び声を上げるゴブリン達だったが、ダクダクと流れ出した自らの血に溺れ、やがて何故自分が死んだのかすら理解する暇もなくその命を散らした。
三月が行ったのはただ単純な【居合】。しかし、その速度はルシルの比ではない。刀を抜いたことすら認識出来ず、斬られたことすら理解させない刹那の一撃。この半月で成長したのはルシルだけではないのである。
以前よりも遥かに速く洗練されたその剣技に、先ほどまで調子に乗っていたルシルはポカンとした表情を浮かべて呆然とした。
三月はクルリと振り返ると、鋭く射抜くような視線でルシルを睨み付けた。
「油断するなと言っただろうが、このガキが。本来の目的であるゴブリンの討伐を忘れてどうする」
「あ……は、はははっ。つ、つい」
何も言い返せず思わず苦笑を浮かべるルシルに、三月は心底呆れたように深い溜め息を吐いた。
「はああああああぁぁぁ……ライトベアを倒したから、折角一人前として認めてやろうと思ったが、まだまだ半人前だなこりゃ」
「うぐっ……」
何も言い返せず言葉に詰まったルシルを尻目に、三月はさっさと魔物の死体を《箱庭倉庫》へと収納し、森の外へと向けて歩き出す。
「帰ったら罰として特訓だ。お前はまだまだ【抜刀】にムラがあり過ぎる。あれでは及第点もやれない。完璧にできるようになるまで休憩無いと思え」
「そ、そんなぁ〜……」
あまりにも厳しい三月の評価にルシルは肩を落としてしょんぼりと項垂れる。
しかし三月は意外にも、落ち込んだルシルの肩にポンと手を置いた。
「まあ初めての実戦にしては……1ミクロほどは評価できる点があったな」
「すっげぇ辛辣な評価!? そこは初めてにしては良くやったって褒めてくれよ!?」
「黙れガキ。最後の【ダークコート】を使用しての奇襲は評価に値するが、それ以外はダメダメだ。はっきり言ってほんの少しでも評価してもらえるだけでもありがたいと思え」
そう言ってさっさと先へ歩いて行ってしまう三月の背を見つめつつ、ルシルは悔しげに拳を握り締めた。
「クゥ〜……! 相変わらずミツキ兄の評価は厳しいぜ。でもいつか絶対に、『ルシルは一人前だ』って言わせてやるからなぁ!」
辛辣な評価に落ち込むどころか逆に燃え上がったルシルは突然駆け出し、三月の横を追い抜いて行った。
そんなルシルの姿を見て、三月はどこか「扱い易い奴」と呟くと、満足気に笑みを浮かべたのだった。




