036 依頼達成は刹那の内に
新たな刀【八式】を手にした三月は数時間の仮眠をとった後《トレイル》へと戻って来ていた。
教会への帰り道、大通りを歩いているとある事を思い出して立ち止まった。
「そういや、フェンリルの死体の売却を済ませてなかったな」
先日《妖精の森》で死闘を繰り広げたフェンリルの死体は、現在《箱庭倉庫》の中に仕舞われている。
「倉庫の容量は全然余裕があるが、持っていても仕方ないし、目ぼしい素材は既に剥ぎ取ってあるしな。それに《箱庭倉庫》の中も時間は流れているわけだし、いつまでも入れとくと腐ってしまう。とっととギルドに持って行って売ってしまおう」
そう呟いて、冒険者ギルドのある方向へと向かって歩き出す。
冒険者ギルドに到着すると、早速売却を行うために見慣れた顔の受付嬢の所へと向かう。受付嬢の方ももう三月に慣れたのか、以前よりも自然な笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
「いらっしゃいませヤシロ様。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「出掛けた先である魔物を討伐してな。遺体を回収したんで換金しようと思って来た」
「はぁ、そうなのですか。分かりました。ではその魔物のお名前は?」
「あぁ、名前は「ヤシロ君!」……教官?」
魔物の名前を告げようとしたその瞬間、突如元AAランク冒険者であり、現在のギルドの訓練教官であるノイマンが話し掛けてきた。
ノイマンの手には依頼書と思われる紙が握られている。
「何か用か?」
そう訊ねると、ノイマンは「ああ」と言って三月に手の中の依頼書を見せる。
「ギルドから君への指名依頼が発行された」
「ギルドから直々に? 俺はまだFランクだぞ?」
「指名依頼にランクは関係ない。我がギルドは君の実力を買っているのでね。今回の依頼に適任だと考え、君を指名する事になった」
ノイマンから依頼書を受け取った三月は怪訝そうに眉を顰めつつ、その内容に目を通した。
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?指名依頼?妖精の森の調査 [A]
町の北方に位置する《妖精の森》の調査依頼。
ここ数日の間に多くの強力な魔物が森の外へと出て来て近隣の村などを襲う被害が多発している。至急その原因を探り、ギルドへと報告されたし。
報酬 300000ビット
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(む? これは……?)
依頼書に目を通した三月はその内容に思い当たる節が少し、どころか大量にあったため、驚いたように目を丸くする。
(魔物が森の外へと出て来て近隣の村を襲う被害。その原因ってフェンリルのことだよな? これはもしかすると、情報が伝わるのが遅かったから今になってようやく依頼が発行されたパターンなのか?)
この世界での一般的な情報の伝達は馬を走らせて封書を届けるか、躾けのされた小竜という小さなドラゴンに手紙を括り付ける伝書竜くらいしか方法が無い。王宮やもっと大きな町のギルドには、《通信石》という対となる魔石によって言葉を届ける事が可能なのだが、このギルドは規模も小さいためそれは無いようだ。
情報伝達の技術があまり発展していないところを見るに、三月の予想が正しいのだろう。
三月は《妖精の森》を調査して、その大本の原因となっていたフェンリルも倒してしまっている。つまり、この依頼は既に三月の手によって受ける前に完了してしまっている事になる。
(これはツイてるな。報酬額も中々高いし、依頼は既に終わったも同然。このまま受諾してフェンリルのことを明かしても良いが、もうちょっと吹っ掛けてみるか)
内心でそうほくそ笑み、ノイマンへと視線を戻す。
「この依頼に追加報酬は出るのか?」
「ああ、もちろんだ。報酬の300000ビットに加え、多くの情報を集めてきたら追加で100000。更に原因を解明したら500000ビットが追加される」
合計で900000ビット。これだけでも十分な額だ。だが、まだ上げられると三月は思い交渉を続ける。
「もし原因が魔物だった場合どうなるんだ?」
「ふむ……あの森には強力な魔物が多く生息している。にもかかわらず、それが逃げ出しているという事は、原因は恐らく高ランク……悪ければSランク相当の魔物となるだろう。もし本当にSランクであればその魔物を発見した時点で50000ビット、万が一討伐に成功したのならば……まあ、2000000ビットは出るだろうな」
「ほう? 随分と破格な報酬だな」
「もし本当にSランクが出現したのなら、国の騎士団に討伐を要請するか、高ランクの冒険者を雇うのが普通だ。Sランクは小さな砦程度ならば落とせるほど強力な力を持っているからな。それを討伐したとなれば、これくらいの報酬は当然だ」
「成る程な」
「ちなみに君の場合は、依頼を達成した時点でDランクまでのランクアップ試験を免除されるというオマケ付きだ。本来ならば一気にAランク以上に昇格させてしまいたいくらいなのだが、それは色々と問題があると上に言われてしまってな。Dランクで我慢してくれ」
まさか飛び級でランクまで上昇するとは思ってもいなかった三月は、「へぇ」と何気無い返事を返して口の端を持ち上げた。
(これは益々ツイてやがるな。あまりランクには拘っていなかったが、Dランクならもっと高額な報酬の依頼も受ける事ができる。これからは旅の資金を調達するのが楽になるな)
本来ランクが上がれば逆に資金の調達は大変になるのだが、三月にとってはそんな常識は関係無い。ランク以上の実力を持っているのだから、フェンリルのような魔物が現れない限りは早々苦労することはない。
「それで、この依頼を受けてもらえるかな?」
「ああ、もちろん良いぜ。早速受諾申請するとしよう」
そう言って三月は受付へと振り返り依頼書とギルドカードをカウンターに置いた。それを受け取った受付嬢は確認を完了すると三月へとギルドカードを返却する。
「依頼申請完了っと」
「では早速仕事に取り掛かってくれるだろうか?」
「そうだな。今から仕事開始……っと、その前に教官。ちょっと面白い物を見せてやるよ」
「面白い物?」
「あぁ、とびきりな」
そう言ってにんまりとした笑みを浮かべると、ギルドホールの中心まで歩いて行き、そして腰の小袋の中から《箱庭倉庫》を取り出した。物を仕舞っておくための魔導具であるとはノイマン達ギルド職員も認知しているのだが、何故この場でそれを取り出したのかは理解出来なかった。
三月は倉庫の中から取り出したい物を思い浮かべたその瞬間、ギルドホールのど真ん中に突如として巨大な狼の遺体が出現した。
その光景にその場に居た誰もが驚愕し、ノイマンも目を丸くして口をポカンと開けて驚いていた。
三月が倉庫から取り出したのは先日討伐した危険度Sランクの魔物《神狼フェンリル》の遺体。倒した状態のまま保存していて、既に数日経過しているにもかかわらず、その神々しさと禍々しさの両方を兼ね備えた異様な威圧は消えていない。
その場に居る全ての者の興味がフェンリルへと向いているそんな中、三月は得意気に鼻を鳴らしてノイマンへと振り返った。
「仕事開始、そして……完了だ」
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「クハハッ! いやー、大漁大漁!」
三月は大通りを歩きながら自らのギルドカードを見つめ、心底愉快だと言わんばかりの笑い声を上げる。
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NAME:ミツキ・ヤシロ
AGE:16
SEX:男
RACE:人間族
RANK:D
MONEY:4514750
QUEST:【 】 達成数【5】
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依頼達成報酬2950000ビットに加えフェンリルの遺体の売却額が1120000ビット。総額4070000ビット。更にDランクへの昇格。
フェンリルの遺体をギルドホールにて公開した後、原因はこのフェンリルであり、依頼は既に達成されていたという事実をノイマンに話した。普通ならば一笑に伏すところなのだが、三月は新人冒険者にもかかわらず《ウィンドワイバーン》を一刀両断し、ランク以上の実力を秘めていることをノイマンは知っている。しかも《妖精の森》の現状を事細かに説明され、並みの冒険者ならば返り討ちに遭うであろうフェンリルの遺体を持参している。遺体に刻まれた刀傷から判断した限りでも三月が倒したことが分かっている。確認のために《妖精の森》へと調査員を向かわせたのだが、数刻ほど経過して戻って来た調査員の話では、ここ数日で森の外へと逃げ出していた魔物達は森の中へと戻り、元通りになっていたとのことだった。
《妖精の森》近郊に位置する村の村人からも、三月とロムのパーティーが森の中に入っていくのを見かけたことがあるという証言が取れた。これだけ証拠となり得る情報が出揃ったため、依頼達成は受け入れられ、晴れて全ての報酬を受け取る事ができたのである。
「クク……こんだけ金があれば家も買えるな。まあ、ここに定住する気は無いから買わないけど。買えてもどうせあばら家だろうしな」
などと面白半分に呟く三月。ちなみに三月の所持金ならばこの世界での一軒家程度なら普通に買える。しかもそれなりに大きいものを。
「旅の資金はもう十分なんだよなぁ。それにしても、こんなに金があると何だか無性に無駄遣いとかしたくなるな。帰る前にどっか寄って行くか」
そう言って立ち寄ったのは露店市場だった。シートの上に武器や防具、食べ物からアクセサリーまで、様々な物が並べられ、各々が商いに勤しんでいる。
三月は何か掘り出し物が無いかと思いながら露店を冷やかして回る。そして小物を販売している露店の前で立ち止まり、1つ1つの品を観察していく。
(ん? こいつは……)
ふと目に留まったのは透明な結晶の付けられたペンダント。それを手に取ってよく見てみると、結晶の中に小さな十字架が埋まっている。
(ほぅ、これは【聖晶石】って奴だな)
【聖晶石】とは魔力を通すことによって《神聖力》へと変換する性質を持った、天然の水晶のことである。神聖術士はこれを使って魔力を《神聖力》へと変換して術を行使することもあると言う。
(ミスティも一応《神聖術》が使えるんだったな。こんな小さな結晶じゃ多くの魔力を変換する事はできないが、プレゼントには丁度良いかもしれんな。これで機嫌を直してくれれば良いが……)
今だに怒っているかもしれないミスティのことを思いながら、別の商品も物色していく。そして手に取ったのはこれまた結晶の付いたリボンのようなブレスレット。この結晶は【霊輝晶】と呼ばれる魔力を通すことで光る性質を持っている。暗所を照らすくらいにしか使い道はないが、見た目は綺麗なためよくアクセサリーに使われる事があるそうだ。
(まあ、ミスティにだけ買って行ってもロムが怒るだろうしな。やたらと派手なのもどうかと思うし、妙に地味なのも駄目だ。ペンダントとも被ってないし、この辺りが無難だな)
三月はそう考えて2つのアクセサリーを手に取ると、商人の男に話し掛けた。
「おいおっさん。この2つをくれ」
「おう毎度ありぃ! おっ? お客さん、中々御目が高いねぇ? その2つはそれなりの値打ち物だよ?」
「いやいや、そんなハズないだろ? どっちも確かに綺麗だが、手に入れようと思えば手に入れられるよ。物凄く珍しいというわけじゃない」
「おろろっ? 本当に目利きの利くお客さんだったか。こりゃ一本取られたねぇ。まあ確かにそれに付いてる結晶自体はそこまで珍しいものじゃぁねぇ。ま、加工の方には力を入れてあるからそこそこ丈夫に出来てるはずだぜ? 何たってこの俺が作ったんだからな」
「おっさんが作ったのかよ……まあ良いや。珍しいものではないから値切りでもしようと思ったが、やめておこう」
「おっ? そいつぁどうしてだい?」
商人の男の問いに、三月は微笑を浮かべながらこう言った。
「女への贈り物だ。値切ったアクセサリーなんか送ったら、男としての質が落ちるってもんだぜ」
◆◇◆◇◆
結局一切値切る事無く2つのアクセサリーを購入した三月はようやく教会へと帰って来た。
「やれやれ、やっと帰って来れたか。ちょいと寄り道をし過ぎたな」
そんな事を呟きつつ宿舎の方へと向かうと、三月を出迎えるように玄関の扉を開けて中から誰かが出て来た。
輝くような金髪碧眼の女性、シスターのミスティである。
「お、ミスティ。今帰った…………ぞ?」
ミスティの姿を見た途端、三月はポカンと口を開けて驚いたように硬直する。
玄関から出て来たミスティは、妙に胸元の開いた修道服に、太腿を惜しげもなく晒した丈の短いスカートという何とも大胆で奇抜な格好をしていた。
「お、お帰りなさいませ、ヤ、ヤシロさん……」
「実はもう依頼は達成していたんだよ!」「な、なんだってー!」みたいなのを書きたかったのです。




