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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
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035 八色剣

 ミスティが帰ってきた同日の午後。三月は1人で《妖精の森》にあるジョンドの隠れ家へとやって来ていた。遂に三月専用の新たな武器が揃い、一晩でジョンドが素材の加工を終わらせたため、後は最後の調整だけだ。

「……ふぅ」

「何じゃ? 折角ワシがお前さんのために新しい刀を作ってやるというのに浮かない顔をして。ロム嬢ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

「ん? いや、ロムとは喧嘩はしていない。むしろ以前よりも仲が深まったくらいだ。だが、そのせいで別の女を怒らせてしまった」

 そう、結局三月は朝の一件である《ロム押し倒し事件》に関するミスティの誤解を解く事が出来なかったのだ。現在ロムが自分の責任でもあると言って、孤児院に残ってミスティを説得しているのだろうが、帰ってからもまだ不機嫌だったらということを考えると正直気が滅入る。

 そもそも自分は悪くないのに何故こんな事で悩まねばならないのだと、少し憤りを感じているくらいだ。

「あー……何と言うか、ワシからは頑張れとしか言えんのぉ。しかしお前さん、そんなナリをしとる割りには、意外とモテるんじゃな?」

「まあ、俺だからな。花に集まる蝶のように女が集まってきてしまうのは仕方のないことだ。俺は、あまりにも魅力的過ぎる」

「少しは謙遜せい」

「そうは言っても、本当のことだから仕方ないだろう? ロムにミスティ、後は元の世界の連中を合わせると、俺の知っている限りでは4人が俺に対して好意を抱いてるぞ?」

「いっそのことハーレムでも目指したらどうじゃ?」

「断る。多分俺は1人の女にしか愛を注げない。夢中になったらそいつ以外の女は見えなくなるだろうからな。俺の父さんが母さん一筋であったように」

 いつも母ナツキ一筋だった父親。愛し愛され、ところ構わずイチャつく2人の姿は今でも三月の脳裏に焼きついている。絶対の信頼を置き、世界で唯一の《特別》な存在。そんな《特別》な存在同士であり続けた2人の姿に当時の三月も憧れた。いずれ自分もそんな《特別》と呼べる誰かと出会い、一緒になりたい。愛を囁き合いたいと、そう思った。

 今でも三月の中のその思いは変わっていない。だからこそ、ハーレムは作りたくない。全員に愛を注いでいるつもりでも、きっと自分は1人《特別》な相手を作ってしまうから。

「男の夢だと思うんじゃがなぁ? 欲の無い小僧じゃ」

「そういうのは超絶イケメンな勇者様に言ってやれよ。あいつなら俺と違って、戸惑いながらも何とかしちまいそうだからな」

「そうか。まあハーレム諸々は良いとして、そろそろ武器作りを始めるとしよう。短くても一晩は掛かるでの」

「ところで俺はどうして呼ばれたんだ? 素材は揃ったんだから居る必要はないんじゃないか?」

「なぁ〜に馬鹿なことを言っとるんじゃ? これはお前さんの武器じゃぞ? お前さんが立ち会わなくて誰が立ち会うと言うんじゃ?

 良いか? 武器は生きておるんじゃ。武器は良い武器であるほど魂が宿る。武器が真の力を発揮する時は、使用者と武器の魂が完全に同調した時じゃ。そしてこれから作る武器はお前さん専用の武器。お前さんと苦楽を共にしていく、言うなれば新たな仲間じゃな。少しでも武器に認められたいというのなら、文句を言わずに立ち会うんじゃな」

 流石は《職人神》とまで言われた男。普通の鍛冶職人とは言う事が違う。確かに、武器は苦楽を共にする仲間のようなものだ。その真の力を引き出すには苦楽を共にして同調していかなければならないだろう。だが……

「ふっ、爺さん。1つ間違っているぞ」

「む?」

「俺が武器に認められるんじゃねぇ。俺が武器を認めてやるんだ」

 何とも偉そうに言い放ったその言葉に、ジョンドはぷっと吹き出して笑い声を上げた。

「クハハハハハッ! やはりお前さんはそこらの若造とは一味も二味も違うようじゃわい。そうじゃな、お前さんくらい偉そうな奴が持ち主なら、武器も死に物狂いで認められようと必死になるじゃろうな」

「そうだろうそうだろう」

「それじゃあ作ってやるとするかのぉ。お前さんに認められるような、最高の武器を」

 そうして三月とジョンドの2人は新たな武器製作に着手し始めた。


    ◆◇◆◇◆


 新たな武器製作は長い時間を掛けて行われた。

 早速集めてきた9属性の核から精製した【スライム鉄鉱】を打ち始めるのかと思っていた三月だったが、ジョンドは三月に手を見せるように言って約1時間ずっと三月の手を凝視していた。

 こうする事で、ジョンドにはどのような刀を製作して行けば良いのかが見えるのだろう。三月にはジョンドが何をやっているのか皆目見当も付かない。多分ではあるが三月の手から感じ取れる力や思い、パラメータなどの様々な情報を読み取っているに違いない。

 やがてジョンドは三月の手を解放すると、精製した【スライム鉄鉱】を持ち出してきた。それに触れるように言ったので触れてみると、鉄とは思えないほどに柔らかい感触が伝わってきた。弾力があって簡単に千切れそうに見えるのに、その強度は鉄を遥かに凌駕している。

 三月は、これならば良い刀が作れるだろうと思うと同時に、これは普通の鍛冶職人では到底扱えないだろうとも思った。この鉄鉱は《職人神》であるジョンドだからこそ、扱える代物だ。

「これからこの鉄鉱に魂を吹き込んでいく。良く見ておれ」

 そう言ってジョンドは【スライム鉄鉱】を窯にくべる。すると不可思議な現象が起こった。

 火へと放り込まれた鉄鉱はしばらくすると赤く赤熱する。ここまでは普通の金属と何ら変わりは無いのだが、【スライム鉄鉱】は更に続きがあった。

 赤熱した鉄鉱はやがてその色を赤から青へ、青から緑へと計8色の色へと変化し、やがて全てが混ざったような極彩色を作り出した。

 虹のようにいくつもの色を発するその鉄鉱をジョンドを窯から取り出すと、ハンマーで叩いて薄く広げていく。

 やがて極彩色から黒へと色が変化し、鉄鉱は刀身の形へと整えられていた。そして整えられた黒い刀身をもう1度窯にくべ、再び極彩色の輝きを放ったところで取り出してハンマーで叩き続ける。

 そんな作業を三月は芸術でも見るかのような、ある種の感動を覚えながら見入っていた。

(凄ぇ……)

 【スライム鉄鉱】は柔らかいが故に、こうして何度も叩かなければしっかりとした形へと整える事は出来ない。しかも弾力があるため、完璧な力加減でなくては歪みが生じてしまう。一打一打恐ろしいほどの集中力が必要となる作業であり、普通の鍛冶職人ならばすぐに集中力を喪失してしまうだろう。だが、ジョンドの表情には一切の集中力の乱れは見えない。流石は《職人神》と呼ばれた男だ。

 ただの鉄へとジョンドの持つハンマーは魂を吹き込んでいく。それはさながら、神が人形へ命を吹き込み、人を生み出すかのような神秘的な光景だった。

 やがて完璧なまでに黒く輝く刀身が完成すると、ジョンドはハンマーを置いた。気が付けば外は既に日が落ち、夜の帳が降りていた。時刻は夜中の12時くらいだろうか。随分と時間が経過してしまっていたようだ。

 ジョンドは何やら赤い黒い液体の入った角槽を持ってくると、その中に出来上がった刀身を浸けた。

(おいおい、そりゃどうやって手に入れたんだよ?)

 赤い黒い液体を【識】で調べてみると、どうやらそれは【不死鳥の生血】という名前らしかった。

 不死鳥とは危険度SSSランクの魔物である《不死鳥フェニックス》のことであり、その強靭な生命力に加え死を経験する度により強力な力を得て復活すると言われる伝説の魔物だ。炎のように燃え盛る翼を持ったその魔物は、生血はおろか羽でさえ手に入れることは困難とされている。しかも危険度SSSランクはヘタをすれば国が1つ滅びるとまで言われている真の最強種。先日三月が戦ったフェンリルなど3秒もしない内に消し炭だろう。

(フェニックスはSSSランクの中でも温厚な性格をしているというが……それでも生血なんて、手に入れようと思って手に入れられるもんじゃねぇぞ)

 一体どのような手を使って伝説の魔物から生血を手に入れたのかと、心底不思議に思う。

 こうやって刀身を【不死鳥の生血】に浸ける事で強靭な生命力と魔力が覆い、魔力コーティングなど足下にも及ばないような丈夫な刀身が完成するのである。ちなみにこの血に浸ける行為は《ブラッドコーティング》と呼ばれる鍛冶の技法の1つであり、より強力な存在の血液であればあるほど刀身は丈夫になる。

(意外にロムの血でもいけるんじゃないか? 《吸血族》は不死鳥以上に生命力がありそうだし)

 などと微妙に物騒なことを考えていると、ジョンドは生血に浸けた刀身をそのままに鞘と柄の製作に取り掛かり始めた。

 グリンエルドから譲ってもらった【精霊樹の枝】には大量の魔力と生命力が込められていた。なので通常の木材よりも遥かに丈夫だ。確かにこれでなければあの刀身に見合った鞘と柄を作ることはできないだろうなと、三月は思った。

 鞘と柄の作成は大体2時間ほどで終了した。だが、ノミで削ったりしたためなのか内に秘められた魔力が漏れ出ているのが感じられる。

 そこで再び登場するのが【不死鳥の生血】だ。これを表面に塗る事で魔力の漏洩を防ぐことができ、いつまでも同じ強度を保つ事ができる。

 生血を塗られた鞘と柄は真っ黒く染まり、光が当たる角度によっては赤くも見える。まるで漆塗りのような美しさだと三月は思っていると、ジョンドは先ほどから角槽の生血の中に浸けていた刀身を取り出した。

 元々真っ黒かった刀身は生血によって鞘や柄と同じように赤黒く染まり、美しさと妖しげな魅力を宿していた。

 ジョンドは最後の仕上げだと言わんばかりに刀身と柄を結合し、妖しげな魔力を放っている刀身を鞘の内に仕舞い込むと、長い時間閉じていた口をようやく開いた。

「完成じゃ」

 厳つい顔をニィと歪ませ、完成した刀を三月に差し出す。

 既に空は白け始め、太陽が顔を出していた。


    ◆◇◆◇◆


 一晩掛かった刀の製作を終え、三月は遂に完成した黒塗りの鞘に収められた一振りの刀を観察する。

 黒塗りの鞘には金と薄紅によって描かれた、《魔人族》の領土にのみ生息している《四季桜》という異世界の花。柄には鍔が存在せず、その全容はさながら長ドスといった感じだ。柄頭には『J.J』というジョンド・ジョルザックが製作した証である名前の頭文字が刻まれている。

 試しに刀を抜いてみると、赤黒く輝く刀身が露わとなった。妖しげな魔力を放つその刀はまさしく妖刀という言葉がしっくりくるであろう、強烈な魅力を秘めていた。

 【不死鳥の生血】を啜って波紋は赤く染まり、見る者に畏敬の念すら抱かせてしまうのではないかと思えるほどだ。

 まるで長年使ってきたかのように、不思議と手にしっくりくる刀。三月は思わず感嘆の声を漏らしていた。

「これは……素晴らしい刀だ。【白粉】が鈍らだと言われても納得できる」

「クハハハッ! そうじゃろうそうじゃろう? それにほれ、ちょっと見てみい」

 そう言ってジョンドが取り出したのは【ドラゴンの鱗】。市販で売られている防具に使われている素材の中では最高峰と言われているその鱗。ジョンドはおもむろに鱗を刀身へと落とした。

 すると、何という事だろうか。鉄よりも遥かに硬いとされる【ドラゴンの鱗】が、その刃に触れただけでまるで紙でも切るかのようにスパッと真っ二つになった。

「どうじゃ? 恐ろしい斬れ味じゃろ? これさえあれば、お前さんが戦ったフェンリルなどイチコロじゃろうて」

「……試し斬り、させてもらっても構わないよな?」

「おう、外に丸太を用意してやる。好きなだけ試し斬りせいっ」

 そうして三月は外に用意された丸太の前に立つと、全力で【居合】を放った。


 スヒンッ。


 目にも留まらぬ速さの抜刀。ジョンドには刀の刀身が外気に晒されたことすら知覚できなかった。この数日で三月の【抜刀】のスキルは恐ろしいほどに上達している。そう、音が遅れて聴こえてくるほどに。

 まるで風が吹き抜けたかのような刹那の【抜刀】。目の前に鎮座する丸太には一切の変化が見られない。が、しばらく待っているとひゅうと小さな風が吹き抜け、丸太が中心から斜めにズレ始めた。

 だが、それだけでは終わらない。何と、丸太の後ろに生えていた木も同時に倒れ始めたのである。丸太を斬った際に発生したであろう《斬撃波》は、丸太の後方にあった木も斬っていたのだ。

 想像以上の三月の技術に驚くジョンドと、想像以上の斬れ味に驚愕する三月。

「こいつぁ……凄いな。俺の想像以上だ」

 三月は手の中の刀をじっと見つめると、目を見開いて驚いているジョンドへと振り返った。

「おい爺さん。この刀の銘は何だ?」

「ん? あ、ああ、刀の銘か。銘は……とりあえず刀身に魔力を流してみるんじゃ」

 そう言われ、三月は言われた通りに刀身へと魔力を流してみる。すると驚く事に、赤黒かった刀身が極彩色の輝きを帯びた。

「その刀は八つの色を持つ八色剣。その色の数に因んで付けた銘は【八式】じゃ」

「【八式】……」

 よく見ると確かに刀身の色の数は八色。しかも色の数と同じだけの魔力属性を感じられる。

「【八式】は自動的にお前さんの魔力属性を変換する。魔力を流せば全ての属性へと変換するが、意識した属性のみに変換する事も可能じゃ」

「ふむ、確かにそのようだな」

 試しに火や水の属性を思い浮かべて魔力を流してみると、刀身は赤や青に色を変え、計8属性への変換が可能なようだった。

(これなら、今までよりも魔力を断つのが楽になるな)

 逆の属性へ変換すれば今までよりも相手の魔力を断ち易くなる。ジョンドも三月のその技を意識してこのような刀を製作することに決めたのだろう。

 八つの色、八つの属性、八つの顔。だから【八式】。

(恐らくは八色はっしきと掛けたんだろうが……まぁまぁのセンスだな)

 まあ、別に変な名前と言うわけでもないし、そこまで刀の銘への拘りがあるわけでもない。それに斬れ味は最高級。刀身もよくしなるし、全力で振るっても折れる気配は全く無い。文句の付け所の無い刀だ。

「おい爺さん」

「ん?」

「この刀、気に入ったぜ。認めてやるよ。あんたの腕も、この刀も最高だ」

「当然じゃろう? ワシは《職人神》とまで言われた男じゃぞ? お前さん程度のガキを満足させるなんぞ朝飯前じゃ」

「ふっ、よく言うぜ。初めは武器作りはもうやめたなんてほざいてた老いぼれのくせに。だが、最高の武器を作ってくれたことには感謝する」

「おう感謝せい。だが、ワシもワシが作った最高の武器を正しく使ってくれて者に出会わせてくれたこと、心より感謝するぞ」

 2人はお互いにニッと笑みを浮かべる。

 グギュルルルルゥ〜……。

 だがその瞬間、そんな場面に似つかわしくない間の抜けた音が2つ、響き渡る。

「ヤバイ、メッチャ腹減った。それに凄い眠い……」

「一晩中刀の製作に打ち込んでれば、そりゃ腹も減るわな」

「おい爺さん、台所を貸してくれ。何か朝飯でも作ってやるよ」

「ほぉっ? それは助かるわい。じゃあ特別に、その刀の代金はお前さんが作る朝飯ということにしておいてやろう」

「良いのか?」

「なぁに刀の素材はお前さんが集めてきたものじゃ。それに、その刀を金に換算すると、とてもお前さんでは払えんぞ?」

 恐らく【八式】の値段は【白粉】の数倍、いや数千倍は軽く超えるだろう。どう足掻いても現在の三月の財産では払えるような額ではない。

「分かった。じゃあ精一杯サービスして、爺さんが満足するような朝飯を作ってやるよ」

「そりゃ楽しみじゃわい」

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