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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
35/54

034 修羅場

「あぁ、久しぶりの我が家です」

 教会の門の前に立ってそう呟いたのは、3日前に近くの村の診療へと出掛けていたミスティだ。

 ミスティは懐かしげに数日振りに帰ってきた我が家を見つめる。

「久しぶりの我が家。みんな良い子にしているでしょうか? それとも彼に触発されてちょっとやんちゃになってるかな? ちょっと楽しみです」

 そう言ってクスッと微笑むと、「あれ?」と不思議そうに首を傾げた。

「何故でしょう? いつもはどれだけ遅く帰ってもそんな事は思わないのに、とても不思議です」

 そう呟いたミスティだったが、何故自分がそんな事を思っているのかは何となく見当が付いた。それは数日前からこの教会に滞在している2人の冒険者の存在があるからだろう。彼彼女らが来てからの日々はミスティの脳裏に鮮烈に焼きついている。

 あの2人が来たことで子供達も今まで以上に笑顔を見せるようになった。中でも《獣人族》の子供達は、周りが《人間族》ばかりという環境を窮屈に感じていたのだろう。故に一部の獣人の子供は内向的な性格の子が多かった。しかし最近では色々な冒険の結果を話してくれる2人のお陰で、少しずつではあるが外の世界へと目を向けるようになってきた。

 こんなにも自分達のために色々としてくれた2人の冒険者。特にミスティはどこかぶっきら棒でそれでいて根は優しい少年、三月に好意を持っている。だからこんなにも帰りが待ち遠しかったのだろう。

「……あ、またヤシロさんのことを考えてしまいました。も、もう……私ったら」

 いつの間にか無意識に三月の事を考えている自分が居ることに気が付き、頬を赤く染める。どうやら数日前のやり取りを今だに意識しているらしい。

「ほ、本当にヤシロさんに恋情なんて、持ってない……はずなんですが」

 そう呟いてもう一度三月の顔を思い出すと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして首をぶんぶんと振って雑念を払う。

「いつまでもこんな所に立っていても仕方がありません。とにかく建物に入りましょう。ちょっと朝早いけど起きている子はいるでしょうか?」

 宿舎の前まで歩み寄り、扉を開けて中へと入る。食堂の方から話し声が聞こえてきたのでどうやら朝食の仕度をしているようだった。

「みなさん、ただいま帰りましたっ」

 そう言ってしばらくするとトタトタと誰かがこちらへと駆けて来る音が聴こえた。

「あっ! ミスティお姉ちゃん、お帰りなさい! お仕事ご苦労様!」

 食堂から顔を出したのは狼獣人の少女スイだった。白いエプロン姿であるところを見ると、どうやら朝食の準備をしていたようだ。

「ただいま、スイ。随分と賑やかですけど、みんなで朝食作りですか? 偉いですね、大変ではないですか?」

「ううん、そんなことないよ。いつまでもミツキさんに頼りっ切りなのも申し訳ないし、これくらいへっちゃらだよ!」

 そう意気込んで獣耳をピンと立てるスイをミスティは微笑ましそうに見つめる。

「ところでヤシロさんはどうされてるのですか? てっきりスイ達が手伝っているのかと思っていたのですが?」

「ミツキ兄ならまだ寝てるよ」

 そう言いながら食堂から顔を出したのはスイと同じくエプロンを身に着けたルシルだった。たった数日会っていないだけでその顔が逞しく見えるのはミスティの勘違いではないだろう。以前までは若干やんちゃ坊主っぽかった印象が抜けて少し大人びて見える。

「ルシル……何だか逞しくなりました?」

「あっ、お姉ちゃんもやっぱりそう思う? ちょっとカッコ良くなったよね?」

「まあ、毎日ミツキ兄に鍛えられてっからな。ちったぁ逞しくなってると思うよ」

「そうなのですか。それで、そのヤシロさんが寝てるっていうのはどういうことなのですか?」

 三月は多少面倒くさがりではあるが、約束したことや頼まれ事はしっかりとこなす。ミスティから子供達の面倒を任されたのならば誰よりも朝早くに起床して朝食の仕度をしているはずなのだが……。

「実は昨日、《妖精の森》の最奥にある《精霊樹》まで行って来たらしいんだよ。そこで遭遇したSランクの魔物と戦って、全身ボロボロな上に疲労困憊。ミツキ兄もロム姉もどっちも怪我したらしいから少しでも休ませてやろうと思ってさ。だからスイと相談して子供だけで朝飯の準備をしようって事になったんだよ」

「お2人が怪我を……? それで、大丈夫だったんですか?」

「ロム姉が治癒魔法で治療したから大丈夫だったらしいぜ? それにロム姉は怪我くらいじゃ死なないんだろうけどな」

 ミスティもロムが人間ではなく吸血鬼である事は本人から聞かされている。強靭な生命力を持つ吸血鬼ならばそうそう死ぬ事はないだろう。

「あたしはSランクの魔物と戦って無事だったミツキさんの方が凄いと思うけどね。《人間族》でSランク以上の魔物と戦える人ってあんまり居ないんでしょ?」

「ある意味ロム姉以上に死なない人間だよな? というより死ぬ姿が思い浮かばないぜ。流石はオレの師匠!」

「はいはい、ルシルがミツキさんのこと大好きなのは分かったから。とっとと朝ご飯作るよ」

「おう、そうだな。ミスティはどうする? 帰ってきたばっかだし休んでるか?」

「いえ、私も手伝いますよ。帰ってきたばかりと言っても、そこまで疲れているわけではないですからね」

「そっか。じゃ、ミスティも加えてさっさと朝飯作るぞ!」

「ルシルは食材切るだけでしょっ」

 ミスティは久しぶりに見たいつも通りの2人のやり取りを見て、嬉しそうに微笑むと台所へと向かった。


    ◆◇◆◇◆


「ぅあっ……」

 窓から差し込む日の光が三月の顔へと降り注ぐ。三月は寝苦しそうに顔を顰めると、ゆっくりと目を開きボーッと天井を見上げる。そしてハッと何かに気付いたかのように目を見開いた。

「あっ……マズイ、朝飯の用意が」

 【識】で現在時刻を調べると既に時刻は午前7を回っていた。やはり相当疲労が溜まっていたのだろう。いつもの起床時刻を2時間も過ぎてしまっていた。

「何で誰も起こしに来ないんだ?」

 この時刻ならスイ辺りが目を覚ましてくるはずだ。朝食が用意されていないのなら自分を呼びに来てもおかしくはないのだが。

「もしかして気を遣われたのか? ……まあ良い。呼びに来ないってことは自分達で作ったんだろう」

 そう言ってそろそろ着替えるかと思いベッドから出ようとすると、何やら体が重くベッドから出る事が出来なかった。布団を捲って中を確認すると、そこには今だ心地良さそうに寝息を立てつつ、三月の体を抱き締めているロムの姿があった。

「そういや、こいつと一緒に寝てたんだったか。寝る前は背中にしがみ付いていたのに何で前に居るんだ?」

 三月の胸に顔を埋めるような体勢で、幸せそうな寝顔を浮かべているロム。

 いつも下ネタばかり連呼しているロムだが、こうやって無邪気に寝ている姿は理想の美少女と言う他ない。

 非常に起こすのが勿体無いくらいに可愛い寝顔であるが、三月にはそんなことは関係ない。

「おいロム。起きろ、邪魔だ」

「む、ん〜……あっ……おふぁよ〜、ミチュキ〜……」

 呂律の回らないボーッとした表情を浮かべつつも、三月の顔を見た途端ににへらと顔を綻ばせて笑う。そしてグッと腕を天井に向けて背筋を伸ばした。

「ふぁ〜、良い目覚め〜。ミツキの胸、凄く寝心地良かったよ♪」

「良いからさっさと俺の上から退け。起きられないだろうがっ」

「え〜? もう少しこのままで居させてよぉ〜」

「駄目だ」

「ぶーぶー、ミツキのケチッ! むっつり!」

「ケチじゃねぇ。そして誰がむっつりだ!」

「え〜? だってさっきからミツキのアソコ、おっきくなってるよぉ? にひひ〜、ロムにムラムラして興奮してるんでしょ?」

「生理現象だからな?」

「ヌいてあげよっか? ねぇヌいてあげよっか!?」

「鬱陶しい!」

 パァン!

「にゃあうっ!?」

 炸裂した強烈なデコピンにロムは額を押さえながら肩を震わせて悶絶する。三月はザマァ見ろと言いたげにふんと鼻を鳴らした。

「あ、相変わらず、は、激しいっ。ハァハァ……」

「お前……最近ちょっとキモいぞ?」

「キモくないよ!」

 頬を膨らませてぷんぷんと憤慨したロムはずいと三月へと顔を寄せる。

「キモくないよ! 絶対!」

「分かったから寄るなっ。そしてとっとと退け」

 トントンッ。

 扉を叩くその音にピクリと三月は反応し扉へと視線を向ける。

『ヤシロさん、ロムさん? 起きているでしょうか? ミスティです』

 扉の外に居るのはミスティだ。どうやら自分達が寝ている間に帰ってきていたようだ。

(っ!? いかん、こんな状態見られたら絶対誤解されるぞ)

 そう考え無理矢理にでもロムを退かしてベッドから出ようとする。しかし、

「きゃんっ!? ちょ、ミツキ。へ、変な所触らないでよぉ」

「うるさい、良いからとっとと退け」

「きゃっ! もうっ、乱暴にしないでよ! あっ!?」

「うおっ!?」

 バタバタとベッドの上でもつれ合う2人。しかし、次の瞬間思わずベッドから転げ落ちてしまう。

『ヤシロさん? ロムさん? どうかしたんですか? あ、開けますね?』

 ベッドから転げ落ちる音が気になったのか、ミスティはそう断りを入れて扉を開け放った。

「は……えっ?」

 そこに広がっていた光景にミスティは思わ絶句する。

 ベッドから転げ落ちた際にロムを下敷きにして落ちたため、傍から見るとまるで三月がロムを押し倒しているように見える。しかもロムは先ほどのもつれ合いのせいなのか若干頬を上気させており、どこからどう見ても誤解を招く光景にしか見えない。

「ヤ、ヤシロさん? 何をしているんですか?」

 ミスティが顔を強張らせつつ、三月に訊ねる。三月はこんな状況の中でも冷静に思考を巡らせ、あくまで無表情を顔に張り付けたまま口を開いた。

「これは、誤解だ」

「お……お、おおおおお、男の方はみんなそう言うんですよ!」

 どうやら逆効果だったようだ。

「間違いは起こさないようにって言ったではないですか! ヤシロさんのこと信じてたのに! 信じてたのに!」

「お、お…………お前もそんな風に怒れるんだな? ちょっと意外だ」

「何の話をしてるんですか!」

 見当違いな事をいう三月にミスティは眉根を寄せて厳しい視線を向ける。だが三月は動揺するわけでもなく、いつも通りの調子でこう言った。

「ちょっと落ち着けよ、ミスティ。これはマジで誤解だ。ベッドから一緒に転がり落ちた時にこうなっただけだ」

「ベッドから……一緒に? 何故、2人でベ同じベッドに寝ていたんです?」

「ヤベッ」

 正直に答えた結果、更なる誤解を生んでしまった。三月は自らの失言を補うように言葉を紡いだ。

「一緒のベッドに寝ていたのはロムの奴が潜り込んできたからだ。別に何か不純なことをしていたわけじゃない」

 そう説明する三月だったが、尚も疑わしげな視線を向けてくるミスティ。三月はとにかく誤解を解こうとロムにも同意を求めた。

「そうだよな? ロム……ロム?」

 どこかポーッとした表情を浮かべるロムに、三月は不思議そうに首を傾げて呼び掛ける。

「おい、どうした? 何フリーズしてんだよ?」

「ミ、ミツキ、その…………するなら、優しくしてね?」

「ワッツ?」

 突拍子もないロムの発言。そして三月は気付く。押し倒してからのロムは三月に熱い視線をずっと送っている。つまり、ミスティが来たことにすら気が付いていないのだ。

「ヤシロさん? それはどういうことですか? 説明してもらえます?」

「おい、待て、本当に誤解だ。落ち着け。俺のことが好き過ぎて嫉妬するのは分かるが」

「な、なななな何を言ってるのですか!? べ、別にヤシロさんのことなんて、だ、大好きではないです!」

「大好きではない? じゃあ好きではあるのか?」

「知りません! うー! もう今日1日話しかけないで下さい!」

 ミスティはぷいと三月に背を向けると、パタパタと小走りに部屋から出て行った。三月はこれから誤解を解くのが大変そうだと辟易して肩を落とした。

「ルシル、見た? あれが修羅場だよ」

「ああ、見たぜスイ。あれが大人って奴なんだな。流石はミツキ兄だぜ」

「ミツキさんもロムさんもまだ大人とは言い難いけどね。でも……大人だね」

 物陰からこっそりと事の成り行きを見ていたルシルとスイは、三月に対して尊敬の眼差しを送っていた。

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