033 吸血/求愛
今回少しだけエロい描写があります。でも性的描写ではありません。
最後の素材である【精霊樹の枝】をジョンドへと預けた三月とロムは孤児院へと戻ってきていた。「今日中に素材の加工は済ませちまうから、仕上げは明日だ」と言われたので後日また《妖精の森》へ行かなければならない。正直【憑依】の後遺症で全身筋肉痛と過度の疲労が溜まっているため2、3日は動きたくないのだが、武器の仕上げには三月本人が立ち会わなければ完成しないと言われてしまっては仕方が無い。
孤児院へと戻って来た三月とロムを出迎えたのは、子供達の中で1番年上のルシルとスイだった。
「あ、お2人ともお帰りなさ……って、どうしたんですかその格好!?」
「ボ、ボロボロじゃん。一体何と戦ってきたんだよ……?」
「ちょっくらSランクの魔物と戦ってきた。まあ、全員無事だ」
「Sランク……って!? おい!! ヘタすりゃ砦が落ちるって言われてる魔物じゃねぇか!」
「まあ、そこそこの歯応えだったな」
そこそこどころか相当強かったため、これは明らかに強がりなのだが、一応弟子であるルシルの前で情けない事を言うわけにはいかない。
「マジかよ……Sランク級の魔物をたった2人で倒したのかよ。そいつは凄ぇな!」
「だが、2人とも体力は限界だ。スイ、悪いんだが夕飯は自分達でどうにかしてくれないか? 流石にこれ以上動けそうにない」
「あ、はい分かりました。夕飯くらいなら子供達だけでも用意できると思うので、お2人はお部屋でゆっくり休んでください」
「俺も手伝うから安心してくれよな! ミツキ兄!」
「……おいスイ。急に心配になってきたんだが本当に大丈夫か?」
「それはどういう意味だ! ミツキ兄!」
憤慨するルシルを無視してスイはにこやかな笑みを浮かべてこう答えた。
「ふふ、大丈夫です。ルシルはこう見えても刃物の扱いだけは得意なので、いつも食材を切ってもらっているんです。それ以外はおバカなので覚えられないのか全然駄目なんですけどね。まあ、基本的にあたしが作るので安心して良いですよ」
「あれぇ? 幼馴染なのに物凄く酷い言われようだなぁ? もう少しソフトな物言いはできないのかよ?」
「幼馴染だからこそだろう」
自分も四郎や遥に遠慮のない言葉を投げかける事は何度もあった。それは幼馴染と言う気心が知れた相手であったからであり、ある意味では友情の表れでもある。
この2人もお互いに信頼しあっているからこそ、多少遠慮のない言葉で会話ができるのだろう。
「あれ? じゃあロムもミツキと信頼し合ってるってことだよね? きゃー♪ 心通じ合ってるぅ!」
「お前は脳が腐ってるからキツイ物言いじゃないと理解できないんだろう?」
「すっごい毒舌!? もうちょっとソフトな物言いはできないの!?」
「はぁ? 十分ソフトだっただろ?」
「まだ軽い方だった!?」
「とにかく、俺とロムは部屋で休む。後のことは年長組であるお前らに任せるぞ」
「「はーいっ」」
2人にそう言った三月はロムを伴って部屋へと戻り、体の汚れを落とした後、早々にベッドへ潜り込んで眠りについた。
◆◇◆◇◆
深夜0時。異世界独特の灯り1つ無いトレイルの町並みは黒い闇に包まれ、暗がりの中からはどこからともなく虫の鳴き声が聴こえてくる。
ゴソッ……。
そんな虫の鳴き声に混じった何かが擦れるような音を聴き、三月はふと目を覚ました。
(な、何だ。体が、動かない……?)
確かに昨日は【憑依】を使ったため全身が筋肉痛ではあったが、流石に動けなくなるほどではなかった。それ以前に何かが体に圧し掛かっているかのような圧迫感がある。
自分の体に圧し掛かっている何かへと首を動かす。するとそこには見慣れた少女の姿があった。
「ロム?」
何故ロムが自分に圧し掛かっているのか疑問に思った。いつも冗談交じりに下ネタを連発しているロムだったが、このように突然ベッドに潜り込んで来るようなことは1度も無かった。
「おい、何だよ唐突に。疲れてるんだから寝かせろよ。それとも何か? 急に発情でもしたのか?」
そう声を掛けると、ロムはどこかボーッとした様子で三月へ顔を向けた。
「ミ……ツキ」
「ロム?」
明らかに正気ではない虚ろな瞳。三月は眉根を寄せてロムに呼び掛けた。だがロムはうわ言のように三月の名前を呼ぶばかりで何の反応も示さない。
(もしかしてこれは……吸血衝動って奴なのか?)
《吸血族》は【血液魔法】を使用した後、消費した《生命力》と《魔法力》を供給するために同族以外の種族から吸血を行うと言っていた。そうしなければパラメータは下降し、種族の特性も低下するとのこと。今のロムは渇きに飢えて正気を失っている状態なのだろう。
そう考えていた三月の首を不意にロムの白くて細い指先が触れた。ツーと首筋をなぞるように指を走らせ、ロムはいつもとは正反対な妖艶な笑みを浮かべた。
その万人を魅了するような蟲惑的な笑みを三月はじっと見つめる。
(こいつ……こんな顔もできるんだな)
いつも天真爛漫で誰に対しても明るく接しているロムの裏の顔。妖艶なまでに美しいその表情は三月だけに向けられたもの。そして他の誰でもなく、三月の血を欲してロムはこうしてやって来た。
(異性への吸血行為は求愛と同義。理性は吹き飛んでいるが本能でそれが理解できているはず。それなのに俺の所に来たってことは、やっぱり……)
改めてロムの顔を見つめる。視線は真っ直ぐに三月へと向けられていて、万人を惹きつけるであろう蟲惑的な笑みからはどことなく三月に対する愛おしさが滲み出ている。
三月は手を伸ばしロムの銀の髪に触れると、薄っすらとした笑みを漏らした。
「良いぜ。お前がこんなにも俺を求めているんだ。特別に受け入れてやるよ」
その言葉を聞き、口の端からチラリと吸血鬼特有の尖った牙を覗かせる。
恐らくその牙が自らの首筋に突き立てられるだろうというのに、三月は不思議と恐怖は感じなかった。吸うのは2、3口くらい。以前ロムはそう話していた。それが真実であるのなら、理性を失っていたとしてもロムならば上手くやってくれる。そんな確信めいた信頼を三月は持っていた。
ゆっくりと三月の首へと顔を近付け、チロと首筋に舌を這わせる。ゾクゾクとした妙な興奮が湧き上がってくるのを抑えつつ、ロムの行為をじっと見守る。そしてロムの牙が首筋に当てられ、ピッと皮膚を突き破る鋭い痛みが首筋に走った。
注射器の針を刺されたような痛みにピクリと眉を動かして反応する。
やがて牙が引き抜かれると、今度はちゅるちゅるという吸い上げるような音が聴こえてきた。
「ん……チュム、ズズッ……ジュル、ジュジュ……プハッ。はぁ、はぁ……ミツキの、血……」
淫靡で艶かしい音を立てながら自分の血を啜るロムの姿を、三月はただじっと見つめていた。
首筋を這う舌の感触、肌に当たる湿った吐息、肌と肌が触れ合う温もり。三月はただ一心にロム・エル・エストという少女が自分に与える全てを受け入れていた。それによって胸中を渦巻くのは心の底から湧き上がる様々な感情。
恐怖、友情、信頼、痛み、快楽、嫌悪、苦しみ、怒り、独占欲、興奮、興味、恋情、愛情……。
止め処なく溢れてくるそれらは三月の中でロム・エル・エストという1人の少女を形成し、そして受け入れられた。
好きなところ嫌いなところ、表と裏、太陽と月、昼と夜、光と影、善と悪。そんな表裏一体の関係のように、いつものロムと今のロムを受け入れていく。
そうして全ての感情と存在を総括し、綺麗な部分も汚い部分も全て受け入れる覚悟から生まれたモノ。それは言うなればこの世で最も貴く、反対に最も愚かな、人を人たらしめる1つの力。
――《愛》。
(意味が分からない……)
そんな意味の分からないモノをロムに向ける自分自身に心を乱され、そして向けられて心が満たされている。
三月がロムに対して抱いている《愛》というのは、両親に向けているそれに近い。しかし、どちらも《愛》していて、抱く《愛》の深さも変わらないのにそれは全く別の《愛》。
矛盾していて矛盾していないという矛盾が《愛》である。三月はそう思うことにした。
(この《愛》とやらは、とりあえず心に刻み付けておくとしよう。この種が実を結ぶかどうかは、これからの俺達次第だ)
◆◇◆◇◆
一頻り三月の血を堪能したロムはポーっとした表情を浮かべ、やがてハッと我に返ったかのように虚ろな瞳に正気の輝きを取り戻した。
「あ……れ? ミツ……キ? え? ロムは一体何を……?」
そう呟き、自らの口内に広がる甘美な血の味に気が付くと、三月の首筋から垂れる血液を見て驚きの声を上げた。
「えっ? あ……ま、さか」
「やっと正気に戻ったか。そろそろ退いてくれ。ちと体が痛い」
ロムは素直に三月の上から退くとどこか怯えたような顔で口を開いた。
「ロ、ロム、もしかしてミツキの血を」
「……」
三月は特に表情を変えることなく無言でロムを見つめた。それを無言の肯定と受け取ったのか、ロムは頭を抱えて顔を青ざめさせた。
「え、あ、そ、そんな……そんなっ。ロムはこんなことをするつもりは」
「……ふぅっ。何を勘違いしているのかは知らないが、とりあえず顔を上げろ」
「でも、でもっ!」
「あー、何て説明すれば良いんだ? まあ、お前が思っているようなことじゃないから落ち着け。はっきり言って落ち着かないと話が進まん。何より話を長引かせるのは面倒だ」
あまりにもいつも通りのぶっきら棒な三月の態度にロムは少しだけ落ち着きを取り戻したのか、口を閉じてじっと三月の言葉を待った。
「まずお前が正気を失っていたのはお前自身よく分かっていると思う。で、お前が俺に何をしたのかだ」
「む、無理矢理ミツキの血を吸ったん、だよね?」
不安げな表情でそう言葉を告げるロムに、三月はふっと笑みを漏らし、そして言った。
「何を言っている? 俺は、ちょっとばかし過激なキスをされただけだ。お前の言うようなことをされた覚えは無いな」
「は……? え? な、何を言ってるの?」
「ちょっとばかし過激なキスをされただけだって」
「そ、そんなわけないよ! 現にミツキの首からは血が垂れてて、ロムの口の中にも血の味が!」
「だから過激なキスなんだろ? 歯まで立てて中々激しかったぞ」
クククと心底楽しそうに咽喉の奥で笑う三月。そんな三月の態度が理解出来ないのかロムは困惑した表情を浮かべつつ次の言葉を投げ掛ける。
「ち、違うよ! 勘違いだよ! だって、だって……ロムは吸血鬼だもん! ミツキに何をしたのか分かってるよ! 正気を失くして、無理矢理血を吸って! こんなの怖いでしょ!? ロムのことを嫌いになったでしょ!? 本当のことを言ってよ!」
「……はぁ。お前はバカか?」
予期せぬ三月の言葉に目を見開いて驚きを露わにするロム。三月はそんなロムの様子を意に介することなく言葉を紡ぐ。
「もし仮にお前の言っている事が正しかったとして、血を吸われたくらいで俺がお前のことを嫌いになると思っていたのか? だとしたら正直がっかりだ。お前の俺に対する理解っつうのは、その程度だったんだな」
「だ、だってロム、吸血鬼だよ? 血を吸われるんだよ? 怖くないの?」
「《吸血族》の特性上、血を吸うのは仕方のないことなんじゃねぇの? それに、初めて会った時にも言ったと思うが、俺は種族の違いとか、自分とあいつは何々が違うとかそんな些細な事には興味は無い。
それにな。無理矢理じゃないぞ?」
「えっ?」
「俺はお前が正気ではないと分かった上で、それを受け入れた。つまりこれは同意の上での吸血行為だった」
「そ、そんなこと……」
「無い、とは絶対に言わせない。俺は以前血を吸いたくなったら我慢せず俺のを吸えと言った。その言葉を違えるつもりは無い。俺は俺が発した言葉に従ってお前の吸血を受け入れたんだ。それを否定するって事は俺の信念を否定するってことだ。例えお前であってもそれは許さない」
キッと鋭く細められた視線にロムはたじろぐように口を噤んだ。
三月はしばらくロムの事をじっと睨み付けていたが、やがて疲れたように溜め息を漏らした。
「はぁ……何か面倒くさくなってきた。明日はミスティが帰ってくるっつうのにこんな話をしてる場合じゃないんだがなぁ」
「……」
「とにかくお前に言いたい事はもう無い。さっさと自分のベッドに戻って寝ろ」
「でも……」
「でももへちまも無い。許すことが無いのに何を許せってんだよ?」
三月の言葉にロムは迷ったように視線を逡巡させ、しばらくして恐る恐るといった様子で口を開いた。
「ほんとにミツキはロムの事、怒ってないの?」
「ああ」
「嫌いになってない?」
「ああ」
「怖くない?」
「ああ」
「じゃあ、ロムのこと……好き?」
「好きだ」
即答された上にまさか返って来るとは思わなかった質問に、ロムは驚きで目を丸くする。
「え、あ、それって……」
「……どういう意味での好きなのかは、お前の想像にお任せする。んじゃ、お休み」
そう言って三月はさっさと布団を被り直して就寝態勢に移行する。
「そっかぁ……好き、なんだぁ」
えへへと笑みを浮かべながら嬉しそうにそう呟いたロムは、どこかすっきりしたような顔で三月のベッドへと潜り込んだ。
「自分のベッドに帰れ」
「えー? だってぇ、何だかこうしていたかったんだもん。ロムの事好きなんだから、これくらい良いでしょ?」
「切り替えの早い奴」
「にひひ〜、そこがロムの良いところなんだよ」
「ふぅーん」
先ほどまでの暗い雰囲気はどこへやら。一転変わってロムは明るい笑顔を浮かべながら三月の背中へと抱きついた。
「ふわぁ〜……ミツキの背中、温かぁい」
「俺は物凄く暑いんだが?」
鬱陶しそうに顔を顰める三月に、ロムは少しだけ不安げな声音でこう言った。
「お願い、少しの間で良いからこのままで居させて。……ミツキが離れて行っちゃうような、そんな気がして凄く不安なの。でも、こうしてると凄く落ち着く」
どうやらまだ完全にロムが抱いている不安は払拭し切れていないらしい。
「……勝手にしろ」
ぶっきら棒にそう答える三月だったが、ロムはパァッと表情を明るくする。
「ねぇ、ミツキ?」
「……うるさい」
「またロムが渇いたら、血を吸わせてくれる?」
「また随分と早く吹っ切れたな……何度も同じ事を言う気はない。勝手にしろ」
「うん、分かった。それとね、もう1つ」
ロムはぎゅっと三月を抱き締める力を若干強め、そして囁くように呟く。
「これからも……ロムとずぅっと一緒に、居てくれる?」
「……」
三月からの返答は無い。だが、ロムにはどんな答えが返ってくるのかが想像できたのか、満足したようにはにかむとすぅすぅと心地良さそうに寝息を立て始めた。
ロムが寝入ったのを確認すると、三月はパチンと片目をだけを開け、こう言葉を紡いだ。
「まあ、特別に許可してやっても良いかな」
そして目を瞑り、背中から伝わる心地良い温もりに包まれながら、ほど良いまどろみの中に身を委ねた。
愛とは理解しようとすれば理解しようとするほど理解できず、理解したつもりでも本当は理解できていないものである。あらゆる感情の奔流が1つになって愛となり、意味が分からないのに儚く貴い輝きを放っている。綺麗で汚く、汚くて綺麗。そんな矛盾を孕んだ意味が分からないものだからこそ愛は美しいのだろう。
作者が小学生の時からずっと探していた愛に関する答えの1つを書いてみました。どこか支離滅裂な文章となってしまったのは今も作者自身、愛を理解出来ていないからでしょう。ちなみに三月が突然愛について考え出したのは、愛とは唐突でほんの些細なことでも自覚してしまうものだから、ですかね?




