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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
32/54

031 三爪

 突如としてフェンリルが黄金の輝きを放ち、一瞬でロムの体を貫く光景を目の当たりにし、三月は絶句して目を見開いた。

 フェンリルの姿は変貌し、白銀の体毛は目映いばかりの黄金に染まり、全身から黄金色の魔力を迸らせている。眼は血走り赤い瞳がギラギラと輝いており、幻想的な美しさと醜悪な憎悪が入り混じっている。その姿は生理的な嫌悪感を催すと同時に全身を駆け巡るような恐怖を生み出した。

(これが、【神狼覚醒】……か)

 まさしくこの姿こそが、神狼の真の姿。命の危機が迫った時に力の制限が解放され、全てのパラメータを飛躍的に上昇させる火事場の馬鹿力である。

 この姿になったフェンリルは既に三月1人の手に負える相手ではない。

「ぅ、あ゛……」

 呻くように身を捩り、自身の体を貫いている爪を抜こうとするロム。そして一気に体から爪を抜くと同時に大量の血液が傷口から噴出した。

 そのまま地面に倒れ込むロムを見て、三月はハッと我に返った。

「ロム!?」

 自らの流した血溜まりに倒れ込み、ひゅーひゅーと乾いた呼吸を繰り返すロムを救出するべく、三月は【縮地】を使って一瞬で傍らへと移動し、その体を抱き上げる。そしてロムを抱えたまま三月はフェンリルに背を向けて駆け出した。

「ミム! 少しで良い、奴を足止めしろ!」

「プッ!」

 三月の頭の上からフワリと浮かび上がったミムは、その身に宿る溢れんばかりの魔力を使ってフェンリルに攻撃した。【ニードル】の魔法により生み出された大量の針は、三月の後を追おうとしていたフェンリルの道を阻んだ。だがしかし、【神狼覚醒】のスキルで爆発的に耐久パラメータが上昇しているためか、そのほとんどがフェンリルの皮膚を貫く事が出来ないでいた。

 だがそれでも足止めにはなっているのか、フェンリルは鬱陶しそうに唸り声を上げるとミムへと襲い掛かった。

 ふわふわと空中へと浮かび上がり針の雨を降らせるミムを尻目に、三月は《精霊樹》より少し離れた木の下でロムの体を降ろした。

 明らかに致死量を越えているロムの出血に、三月は急いで手当てを施そうとするが、ロムはそれを手で制した。

「こ、このくらい、大丈夫、だから……心配、グ、ゥッ……しない、で?」

「お前、何を言って」

 ロムの言葉に怪訝そうに眉を顰めるだったが、すぐにその言葉の意味を理解した。

 先ほどまで絶え間なく流れていた出血は既に止まり、背中と胸の傷口も徐々に塞がり始めていた。ロムの体温は相当高くなっているのか、傷口からは僅かに湯気が立ち上っていた。

 傷の位置的に心臓を貫かれていたにもかかわらず、何事も無かったかのように治癒されていくその光景に、三月は驚いたように口を開いた。

「これが……《吸血族》の再生能力。最も不死に近い存在。完全に殺し尽くす事は不可能とまで言われた最強種……その《真祖》の力か」

「ミツキ、運んでくれてありがと。もう、大丈夫だよ」

 そう言って立ち上がろうとするロムだったが、三月はロムの肩を掴んで無理矢理その場に座らせた。

「ミツキ?」

「駄目だ。まだ完全に傷が塞がり切っていない。それに全身が焼けた鉄板みたいに熱を持ってたんだ。明らかに体に負担が掛かっている」

「で、でも、あいつを倒さないと」

「安心しろ。それは俺がやってやる。だからお前はここで休んでろ」

「ミツキ……駄目だよ。逃げようよ。やられちゃうよ……」

 その言葉に三月は特に表情を変える事無く黙り込み、じっとロムの顔を覗き込んだ。

「……あの魔物の強さは異常だよ。今の、三月じゃ……きっと勝てない。だから、逃げよう?」

 掠れた小さな声でそう言ったロムの表情に浮かんでいるのは明確な不安。それも自分自身が死ぬかもしれないという不安ではなく、もしかしたら三月が殺されてしまうかもしれないという不安だ。

 《吸血族》という特異な種族である彼女に仲間と言える存在はいなかった。それどころか同族の中でも《真祖》という特別な存在ゆえに常に《眷属》から敬われ、同じ目線で接してくれる者は誰1人として存在しない。そんなある日、種族の違いを些細なものと断じ、《吸血族》である彼女の全てを認めてくれたのが三月だった。

 最初はただの興味本位でしかなかった。でも、毎日接している内に三月の存在は彼女にとって掛け替えのないものへと変わっていた。そんな三月をロムは失いたくないのだ。

 ロムの言葉を聞いた三月は吟味するように僅かに俯き、やがて半ば呆れたような表情を浮かべて鼻で笑った。

「ハッ! 嫌だね。折角新しい武器の材料が目の前にあるのに、あんな犬コロ如きに尻尾巻いて逃げるなんて正気じゃない」

「はぁ、はぁ、命あっての、ものだね……でしょ!」

「俺の命だ。どう使おうと俺の勝手だ」

「ミツキが死んだら悲しむ人が居るんだよ!? ミスティに孤児院の子供達、それにロムだって……」

「そうならないために、俺は強力な武器が欲しいんだよ」

「え……?」

 ロムは目を丸くして、覚悟を決めたような表情を浮かべる三月の顔を見つめる。

 夜白三月という男は基本自己中心的であり、他人の事情に対する関心は全くと言っていいほど無い。それは彼自身、そういう風に思考をするように心掛けているからだ。だが、三月も人間である以上、特定の個人へ対する興味というものは持ち合わせている。そうでなければ四郎や遥と友人になどなれはしなかっただろう。興味が友情、または愛情に変わった時、三月にとって大切と思える存在となり得るのだ。

 結局、彼は心の奥底に宿る優しさに嘘を吐く事はできないのだ。大切だと思った者を否定して見捨てる事は、自らの信念を否定する事でもあるから。

 今まさに、三月は大切な存在のために戦う武器を求め、戦おうとしている。

「そうそう。お前に謝っとくよ」

「えっ?」

「俺はさっきお前を全力で守ると約束した。にも関わらず油断して、お前に傷を負わせてしまった。悪かった」

「そ、そんな……ロムだってミツキのこと全然守れてないし、謝らないでよ」

「……分かった。だが、俺は奴との戦いにケリをつける。これだけは、譲れない」

 そう言って僅かにフェンリルに対する憎悪の念を露わに、無言でロムに微笑を向けると三月は背を向け、フェンリルの所へと歩き出した。

「ま、待ってっ」

 不意に三月を呼び止めると、ロムはもうほとんど塞がっている傷口を押さえながら立ち上がった。

「ロムも手伝うよ」

「……無理はするな」

「大丈夫。傷は塞がってるし、こういう怪我にはもう慣れてるから。《吸血族》は、ちょっと心臓を潰されたくらいで戦えなくなるような柔な種族じゃないよ。それに……あれだけ血を流せば、魔法が使えるから」

 ロムの言葉の意味を何となく理解したのか、三月は少し考えるように視線を落とし、やがてこう言った。

「分かった。お前ができるって言うのなら、俺はもう何も言わん。好きにすると良い」

 三月はそう言ってロムに背を向けて歩き出す。するとその瞬間、《精霊樹》の方角から森全体を震わせるほどの咆哮が響き渡る。

「今のは奴のスキル、【咆哮】だな。一時的に咆哮と共に放った威圧で格下の相手を麻痺させる。ミムの足止めもここまでだ。急ぐぞ」

 三月とロムは《精霊樹》の方角へと走り出す。そして2人が駆けつけると、そこには【咆哮】の効果により麻痺して動けなくなっているミムの姿があった。

 三月はミムへと駆け寄りその体を持ち上げる。

「ミム、大丈夫だったか?」

「プー……」

 どうやら相当な激戦を繰り広げていたらしく、周囲には魔法の痕跡が大量に残されている。ミムの顔にも魔法を乱用したためか少々疲れの色が見え始めている。

「お前はまだ頑張れるか?」

「プー、プップッ!」

 出来ると言いたげに頭を縦に振るミムに三月はニヤリと笑い掛けると、フェンリルへと振り返った。

「さぁて、ちょっとパワーアップしたからっていつまでも調子に乗ってるなよ? この犬っコロが」

『グルルルゥゥ』

 警戒するようにそう唸ったフェンリルを睨み付けつつ、三月は手の上のミムに話し掛ける。

「ミム。お前の力、全て俺に託してくれ。即行でケリを付ける」

「ププゥッ!」

 ミムが力むようにそう声を上げると、徐々にその姿が薄れて行き、三月の中へと吸い込まれていく。そして全身が薄っすらと淡い輝きを放ち始め、自身の体に溢れんばかりの力の奔流が流れ込んでくるのを感じる。

 ミムのスキル、【憑依】によってパラメータを上昇させた三月は、これならばフェンリルにも後れを取る事はないと確信し、ニィと口元を三日月型に歪めた。

「ククッ……良いねぇ、この感じ。ミムの圧倒的な魔力と、俺の膨大な技術が混ざり合うこの快感。最高にハイな気分だ」

 心底愉快そうにそう呟くと、後方で驚いた顔をしているロムに視線を向けた。その視線の意味を「お前はお前の役割を果たせ」と言っているような気がして、ロムは気を引き締めるようにすっと目を細め頷いた。

 お互いに牽制するかのように視線をぶつけ合う三月とフェンリル。突風が両者の間を吹き抜けた次の瞬間、先手必勝と言わんばかりに動き出したのはフェンリルだった。

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度で一瞬で三月の目の前まで肉薄すると、その鋭く尖った爪で三月の体を斬り裂くために腕を振るった。

「フッ!」

 だが、三月は素早く刀を抜き放つと膨大な魔力を纏わせその爪を薙ぎ払った。

 バチンッと火花を散らしながら爪を見て、フェンリルは一瞬だけ驚いたように唸り声を上げた。

 フェンリルが驚いているその一瞬の隙を狙って、三月はスキルを発動する。

 ズパンッ!

『グギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!』

 フェンリルの鼻先を深々と斬り裂いたのは、抜き身の刀身で放たれた【弧月斬】。弧を描くようにフェンリルを斬りつけた三月は、トンと地面を軽く蹴ると追い討ちを掛けるべく更にスキルを発動する。

「【弧月蹴】っ!」

 三月の足先がフェンリルの顎を蹴り上げる。【体術】スキルである【弧月蹴】は【弧月斬】と似たような軌道で対象を蹴り付け、そのまま空中で一回転して着地する技だ。三月はこれを次の【抜刀】への繋ぎとして使用した。

 連続して行われた攻撃に悶え苦しむフェンリルだったが、三月は一切の容赦なく更に追撃を加える。

「【居合】!」

 基本にして最速の剣技【居合】。その的確な一撃はフェンリルの左腕へと深々と叩き込まれ、半ばからその腕を切断した。

『ギャァァァオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォンッ!!』

 フェンリルは鮮血を撒き散らしながら激痛に叫ぶ。だが、流石はSランクの魔物というべきか、残った腕で三月へと反撃してきた。

 【識】による攻撃の軌道の表示を頼りに体を反らして攻撃を回避する三月。だが、全力で放たれた死に物狂いの一撃は地面を深々と抉り取り、更には衝撃波を発生させて三月の体を吹き飛ばした。

 受身を取りながら地面を転がり、難を逃れる三月だったが、フェンリルは腕を切断された恨みを晴らすべくすかさず三月へと攻撃を仕掛けてきた。

 フェンリルは超高速で移動し、その姿が霞み姿を見失う。瞬間、【識】による表示ガイドの赤いラインと背筋に悪寒が走った。その場から離れようと駆け出す三月だったが、不意に背中に焼けるような熱が走りに顔を顰め、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 背中をフェンリルの爪によって切り裂かれ、激痛に顔を顰める三月だったが、次なる攻撃が来る事を予期して痛みに堪えながら横へと転がる。

 その瞬間、ついさっき三月が居た場所をフェンリルの凶刃が抉り取っていった。

(クッソ、痛ぇ……。【憑依】のお陰で耐えられてるみたいだが、あんまり長くは持たないな)

 自身の傷が思った以上に深い事を悟った三月は、半ば朦朧とした意識の中立ち上がろうとその身を起こすが、次の瞬間フェンリルのその巨体が三月の視界全体を覆った。

「っ!?」

 そのまま振り下ろされようとするフェンリルの右腕を凝視して、どうにかして回避しようと思考を巡らす三月だったが、この体勢から回避に移るのでは間に合わない。

 万事休すかと思われたその時、突如としてフェンリルのその肉体を巨大な赤い杭が貫いた。

 地面へと縫い付けるようにフェンリルを串刺しにするその赤い杭は表面がドロリと湿っている。

 それを放ったのは、自らの役割を完璧にこなすためにタイミングを見計らっていたロムだった。

 この赤い杭はロムが【血液魔法】、【ブラッディ・スパイク】によって生み出したものである。この杭を構築するには大量の血液を必要とする。そこでロムは、先ほど自身が流した血液を利用してこの魔法を構築したのだ。

 三月は心の内でロムに感謝しながら立ち上がろうと足に力を込めるが、不意に訪れた目眩によろめきその場に膝を折る。

(クッ! やっぱりさっきの一撃が効いてるみたいだな。思うように体が動かない……)

 地面に手を着き、意識を手放しそうになる三月の頭の中に、不意に誰かの声が響き渡った。


 ――『負けるのか?』


 自分の声質に良く似たその声は、確認するような声音でそう問い掛けてきた。


 ――『ハッ! 情けねェ奴だ。それでは俺様・・の足下にも及ばんぞ?』


 そんなこと、知ったことではないと叫んでやりたい。

 まるで自分と話しているかのような不思議な感覚。この声は自身が作り出した幻聴なのではないかと三月は考えたが、自分はこんな口調では無いとその考えを否定する。


 ――『さァ、負けるのか? それとも、お前の存在・・の全てを賭けて、目の前のクソを蹴散らすのか?』


 意地悪そうな声音でそう言った声に、三月は応えるかのように叫びを上げる。


「俺は……俺は! ……絶対に負けないっ!!」


 ――『それで良い』


 どこか満足気な呟くと、もうその声は三月の頭の中には聴こえなくなっていた。

「ハッ!?」

 一瞬だけ意識を手放してしまっていたのか、不意に我に返った三月は先ほどまで聴こえていた不思議な声の言葉を思い出し、刀を握った。

(存在の全てを賭けて……やってやるよ)

 三月はどこか覚束ない足取りで立ち上がり、心を落ち着けるように目を瞑り、【白粉】へと力を流し込んでいく。

 《魔法力》でも《生命力》でも、ましてや《神聖力》ですらないその力。それは《存在の力》とも呼ばれる《神聖力》を生み出す切っ掛けとなる力。モノが等しくこの世に存在するための力。


 《存在力》。


 自身の存在を捻出し、【白粉】の刀身へと移動させる。ここ数日で何度か練習したこの行為。今だ完成の域に至っていない技術ではあるが、ゆっくりと自らの《存在力》を刀身へと移していく。

 十分に《存在力》の充填が完了したのか、カッと目を見開くと、三月は今だ赤い杭によって大地に縫い付けられているフェンリルに向けて一直線に駆け出して行った。

 そして自らの存在が込められた刀身を一気に解放する。

「【抜刀】……【三爪さんそう】ッ!!」

 鞘の内から放たれたのは【白粉】の真っ白な刃。それと全く同時に放たれるのは、あるはずの無い・・・・・・・2本の刃だった。

 自らの《存在力》によってあるはずの無い2本の刃を作り出し、元々存在した1本と共に抜き放つ奥義。それがこの【三爪】なのである。

 全く同時に放たれた3つの斬撃は、まるで爪のようにフェンリルの体に傷痕を刻み付ける。1つを防がれても他の2つの斬撃がフェンリルの黄金の体を刻み、徐々に辺りを夥しい血で染めていく。

「これで、終わりだっ!」

 最後にフェンリルの頭上からその3本の刀身を振り下ろすと、先ほどまで悶え苦しんでいたフェンリルはぷつんと、糸が切れた人形のように崩れ落ち、その命を散らした。

「はぁ……はぁ……」

 疲れたように肩で息をして呼吸を整える。すると、手の中の刀から《存在力》が抜け、三月の体の中へと還元されていった。

 《存在力》は使用した後はこのように体内へと還元する必要がある。そうしなければ徐々に存在は霧散して行き、2度と使用した《存在力》が戻ってくる事はない。しかも存在は回復することが出来ないため、この事後処理を行わなければいずれ完全に自らの存在が消滅してしまう事になる。

 存在の還元を終えた瞬間、ちょうど【憑依】の限界時間が来たのか三月の体内からミムが出て来た。

 それと同時に全身の力が抜けるような脱力感に苛まれ、三月はその場にバタンと倒れ込んだ。

「ミ、ミツキっ!?」

 驚くような声を上げながら自身へと駆け寄ってくるロムの姿を確認したのを最後に、三月は闇の中へと意識を手放した。

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