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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
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029 森の異変

「ほら、核は全部集めてきたぞ」

 《妖精の森》にあるジョンド宅をを訪れた三月は、《箱庭倉庫》の中から9種類の【スライムの核】を取り出してテーブルの上に並べた。それを見たジョンドはほぉと息を漏らし1つ1つ核を観察していく。

「ふぅむ……確かに9属性全て揃っておる。これなら【スライム鉄鉱】を作る事も可能じゃ。しかし良く《クリアスライム》を見つける事が出来たな?」

「ちょっとした裏技を使ったのさ」

 クククと笑いを漏らしながら三月は言う。

 スライムから魔力を抜き取り無属性の魔力を注ぎ込んで《クリアスライム》を生み出すなどという事、三月以外にはやろうと思って出来る人間はいないだろう。まさに三月専用の裏技だったというわけだ。

 一体三月が何をしてこの核を手に入れたのかは分からなかったが、とりあえず核が手に入ったのならそれで良いと判断する。

「何にせよ、これで残るは【精霊樹の枝】だけじゃな」

「そういや、何で【精霊樹の枝】じゃないと駄目なんだ? 普通の木でも良いだろう?」

「【スライム鉄鉱】で作られた刃は並みの木材では触れただけで斬れてしまうでの、魔力の宿った【精霊樹の枝】じゃないと駄目なんじゃよ」

「成る程。それで聞いておきたいんだが、その《精霊樹》ってのは一体どこにあるんだ? この森の一番奥とは聞いたが、詳しい説明をしてくれないと分かり難い」

「ふむ、詳しくか。ワシも詳しく説明するのは難しいのじゃが、この《妖精の森》の一番奥というのは、最も魔素が濃い場所の事を指しておる。だから最も魔素が密集している場所を探せば良いはずじゃ」

「そうか……じゃあ、またこいつの出番だな」

 三月はニヤリと笑って頭の上に乗るミムを突っついた。《マナスポット》を簡単に発見する事が出来るミムならば、《精霊樹》が生えている所まで案内してくれるだろう。それに既に同じ精霊の気配をミムは感じている。《精霊樹》までの道案内など朝飯前だろう。

「《精霊族》か。その子が居れば《精霊樹》までの道は何とかなるじゃろうが、気をつけろよ。この前森の奥の様子を見に行ったんじゃが、不気味なほどに静かじゃった。それに最近魔物が森の外へと逃げ出すのを見かけた。それも森の奥に棲む強力な魔物がじゃ。もしかすると奥に更に強力な魔物が出現したのかもしれん。十分注意する事じゃ」

「強力な魔物……ね。まあ気をつけるよ。それじゃあな」

 そう言って三月はジョンドの家を出た。


    ◆◇◆◇◆


 ジョンドの家を出た三月は《妖精の森》の奥地へと向かう。その途中、三月は何度も立ち止まり森の様子を【識】で観察していた。

「魔物の気配がこの前来た時よりも更に薄くなってるな。その割りには魔素は以前よりも濃くなっている……こりゃ、ジョンドの爺さんが言っていた事は本当かもしれないな」

「強力な魔物が森に棲み付いたって話?」

「ああ。普通魔物は魔素が濃くなれば活性化して強くなる。しかもこの森の奥に生息している魔物はそのほとんどがAランク〜AAランクの強力な魔物だ。だがその魔物のほとんどが森の外へと逃げ出している。つまり、奥に居るのはAAAランク、悪く言えばSランク相当の魔物って事になる」

「うっひゃあ〜……Sランクかぁ」

「戦った事はあるか?」

「あるにはあるけど、あの時はまだ戦い慣れていたわけじゃなかったから、牽制しながら逃げたよ。まあ、今のロムとミツキの実力なら倒せない事もないだろうけど、それでも本気を出さないと駄目かもしれない」

 ロムの言う本気とは恐らく【血液魔法】の事だろう。《魔法力》と《生命力》を大きく消費するこの魔法は、後々吸血による《生命力》の補給をしなければならないためロムはあまり使おうとはしない。だが、Sランク級の魔物という強敵が居るかもしれないこの状況で出し惜しみはしないだろう。

 三月も密かに研究していた新たな【抜刀】がある。この新技ならばSランク級だろうと通用する確固たる自信がある。もしもの場合はこれを使って切り抜けるつもりだ。

 更に森の奥へと進んで行くと、段々と周囲に充満する魔素が濃くなってくるのを感じる。それに伴ってロムは少し気分が悪そうに眉を顰めた。

「うえぇ……気持ち悪〜い……」

「魔力酔いか?」

 魔力酔いとは、濃い魔素が充満した空間で気分が悪くなる現象の事だ。これは体内の《魔法回路》が魔素を過剰に吸収して余分に魔力を生み出してしまうために起こる現象であり、高い魔力を有している者ほど起こり易い。三月の場合は魔力が低いため全く変わりなく、ミムは存在自体が魔力の塊みたいなものなので別状はない。

「ん゛ー……生理と同じくらい気持ち悪い」

「軽口を叩いているから余裕そうに見えるが……それほど余裕があるわけじゃないようだな」

 【識】を発動した三月の目には現在のロムの状態がはっきりと映し出されていた。体内の《魔法回路》を過剰な魔力が駆け巡り、全身のあらゆる箇所に異常を及ぼしている。ロムの種族が《吸血族》である以上、死ぬ事は流石に無いだろうが、このままでは戦闘に異常をきたす恐れがあるため早々に対処しなければならない。

「ロム、この森に居る間は常に魔力を少しずつ放出しろ。そうすれば魔力酔いは起こらないはずだ」

「放出……? うん、やってみる……」

 本気で余裕が無いのか素直に三月の言葉に従ったロムは、体外へと魔力を放出し、徐々にその表情に余裕が戻って来た。

「ぷはぁ〜、何か気分が良くなってきたかも。ありがと、ミツキ」

「放出し過ぎないように気をつけろよ? 倒れられても面倒だからな」

 そう注意して再び歩き出した三月の後をロムは追い掛ける。

 それからしばらく歩いていると、ふと三月が何かに気が付いたのか立ち止まった。何やら一点を凝視していたため、ロムは気になって三月に訊ねた。

「何か見つけたの? もしかして魔物とか?」

「……いや、魔物じゃないが」

 三月はそう言って視線の方向へと歩いて行く。ロムもその後を付いて行き、それを見た。

「これって……」

 そこにあったのは巨大な魔物の死骸。既に腐敗が進んでおり形状は留めていないが、それが強力な魔物である事は一目で分かった。

「《マッドドラゴン》。危険度AAAランク。土属性の息吹と魔法を主な攻撃とし、翼は退化しているため飛べない。粘着質な泥などで獲物の自由を奪い襲ってくる。ドラゴンとしては中位の個体だがその身に秘めた力は強く小さな村程度なら滅ぼす事もある。死後2週間前後。死因は鋭い爪による脳の破壊」

 [解析]で分かった事を淡々と言葉にして告げると、考え込むように眉を顰めた。

「奥に居る魔物ってのは、俺とは相性が悪い魔物かもしれないな」

「どうして?」

「この死骸の爪痕を見た限りでは恐らく一撃でやられている。しかもドラゴンの中では中位とはいえ、強力な魔物である《マッドドラゴン》が一撃でだ。ドラゴンの硬い皮膚を一撃で貫き、尚且つ一瞬で相手の急所へ攻撃を仕掛けられる俊敏さ。俺の戦い方と似ている。

 という事は、勝敗を分ける要因は地力の高さ、つまりパラメータだ」

「でもミツキのパラメータって……」

「ああ、子供にも負けるな。だが、パラメータが全てじゃない。相手は魔物だが、俺は人間だ。思考する力がある以上勝算はある。それにスキルも一級品で膨大な知識もあるんだ。これだけ武器があればそうそう負けることは無いだろう」

 思考力、スキル、知識。これらを武器に三月は今まで戦ってきた。

「ふふ、そうだね。でも、1つ武器を忘れてるよ?」

「何を?」

「仲間。……ミツキはロムを信頼して背中を預けて欲しい。ロムが全力でミツキを守るから」

「……」

 そう言って微笑むロムを三月はじっと見つめ、やがてフッと微笑を浮かべた。

「何を今更。お前とは、この世界に来てから1番一緒に居る時間が長いんだ。誰よりも信頼している。それに……お前が俺を全力で守ると言うのなら、俺もお前を全力で守る」

「ミ、ミツキ……」

 ロムはその言葉に頬を紅潮させ、珍しく恥ずかしそうにしながら顔を俯かせた。

「ミ、ミツキってさ、初めて会った時は誰にでも冷たくてちょっと怖い印象があったんだけど、本当は全然そんな事なくて……優しいよね? 何ていうか、凄く温かい感じがする」

「優しいかどうかは知らんが、少なくとも好きな奴に冷たくはしない」

「えっ!? す、好きって……ロムの事が?」

「恋愛感情とは言ってないが……そういう気持ちが全く無いと言えば嘘になるな。お前の事はあらゆる意味で好きだよ」

「あ、わ、へうぅ……」

 口をパクパクと開閉させながら、ロムは顔を真っ赤にして俯いた。いつも下ネタばかり口にしている割りには、色恋への耐性は無いのかと、三月は少しおかしくなった。

「で、ででででも! ロムとミツキはまだ会ってあんまり経ってないし……」

「誰かを大切と思うのに、時間は関係ない」

「は、はうぅぅ……」

 ロムの珍しい反応を見て三月は上機嫌な笑みを浮かべる。

「まあ、お前への好意はまだ仲間としてだ。もし本気で俺の事が好きだって言うのなら、その好意を恋愛感情に変えられるように努力してみろ。もしかしたら、俺がお前に惚れるなんて事が起こるかもしれないぞ?」

 そう言って笑い、森の奥へと歩き出した三月の背中を見つめながら、ロムは自分の胸に手を当ててこう呟く。

「ロムは、ミツキの事をどう思ってるんだろ?」

 果たして自分の中にあるこの熱い想いは恋なのだろうか?

 胸の中に宿る熱い想いの意味を理解できずに首を傾げ、三月の後を早足に追いかけて行った。


    ◆◇◆◇◆


「プッ!? プププッ!」

 森の奥の奥へと進んでいると三月の頭の上に乗っていたミムが突如声を発した。その声の意味を察した三月は【識】を使って周囲を見回す。

「ふむ……どうやら《精霊樹》が近いらしい。相当な魔素が密集している」

 《精霊樹》の周囲には内に宿る精霊の力により常に魔素が密集している。精霊は魔素を餌としているため、その魔素が無くなった時は《精霊樹》の寿命が近いという事だ。

 この辺りの魔素の密集具合からするとこの森の《精霊樹》はまだ元気らしい。

 三月は視界に表示ガイドされた《精霊樹》までの道を示す緑色のラインを追って歩き出す。

「ねぇ、ミツキ……感じてるよね?」

「ああ。ヒシヒシと」

 《精霊樹》へと向かうに連れて確実に近付いてきている強大な魔物の気配。恐らくは《精霊樹》の周囲の魔素に釣られてやってきたのだろう。

 出来る事なら遭遇し無い事が1番望ましいが、三月の目的が【精霊樹の枝】である以上、戦闘は避けられないだろう。

 今まで出会ってきた魔物の中でも最強と思われる存在がこの先には居る。

 三月とロムはそれぞれ覚悟を決め、再び《精霊樹》へと歩き出す。

 しばらく歩いていると、開けた場所に出た。暗い森の中で唯一太陽の光が差し込んでいるその場所は、どこよりも濃密な魔素で溢れている。

 池を覆うように聳え立つ1本の巨大な大樹が生えている。圧倒的な存在感を放つその大樹の周りには見た事も無い小さな花が生えている。【霊花】と呼ばれるその花は、《精霊樹》の周囲にのみ生息しているものであり、この大樹が《精霊樹》である証だ。

 何とも幻想的なその光景に思わず三月は《精霊樹》へと近付こうとしたその瞬間、背筋を走った冷たい寒気に身を固めた。

 ロムも三月と同じものを感じたのか、鉄槌を構え視線を鋭くして周囲を警戒する。

 じわじわと全身を嫌な気配が蝕む中、遂にその存在が姿を現した。

「アァァオオオオオオオオオオオオオオオオォォンッ!!」

 三月達と《精霊樹》の間に立ち塞がるように現れたのは3メートルはあると思われる、全身が白銀の体毛で覆われた巨大な狼。

 全身が神々しいばかりに輝くその巨狼を三月は知っていた。

 その力はドラゴンにも勝り、どんな拘束をも意味を成さない力の塊。数多の冒険者が敗れ去ったとされ、付けられた異名は【神狼】。

「危険度Sランク。《神狼フェンリル》……」

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