028 脅威の溶解液
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
《スライムアグリゲイト》
危険度:[B]
筋力:[B+]
耐久:[B+]
敏捷:[C-]
魔力:[B+]
魔抗:[B]
スキル:【武装溶解液】
属性:無
魔法:【 】
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
突如スライムが合体した事により出現した《スライムアグリゲイト》。しかし大抵の事では驚かない三月は至極冷静に、知識欲の赴くまま珍しい魔物の観察を行っていた。
「ほぉ……危機が迫ると別の個体と合体して《スライムアグリゲイト》に変化するのか。スライム……実に興味深い魔物だ。パラメータも大幅に上昇している。それに体内の魔力が濃くなった事で、俺の目には核がはっきりと映っている」
通常、スライムの核は弱点であり、カモフラージュのため体と同じ色をしている。しかも生まれたばかりで弱い個体は、絶命すると核は体と一緒に魔力となって霧散してしまう。だが、この《スライムアグリゲイト》は体内の魔力が濃くなったため、【識】を発動した三月の目にははっきりとその核の位置が映し出されている。合体した事で核が手に入る確率が上がったということだ。
ぶるんぶるんと体を震わせながら三月達の方へと進攻して来るアグリゲイト。透明な水が波打ちながらこちらへと迫ってくる姿はどことなく可愛くもある。
「ミ、ミツキ、どうするの?」
「もちろん倒す。パラメータが上昇したと言っても大した事はない。だがあの巨体だ。耐久値はそれなりに高いし、見た目以上に敏捷値もある。1つデカイ攻撃で仕留めてしまった方が良いんだが……核を傷付けてしまっては元も子もない。威力はなるべく抑えて表面を削るように攻撃していこう」
「う、うん。りょーかい」
そう言葉を交わし各々武器を構え、アグリゲイトへと向き直る三月とロム。
ダッと地面を蹴り付け、始めにアグリゲイトへと攻撃を仕掛けたのはロムだった。極力威力を抑えて放たれた鉄槌の一撃は、アグリゲイトの粘液質な肉体を削り取る。
アグリゲイトは全身をぶるぶると震わせると、ロムへと向けて体当たりを仕掛ける。だが、ロムは素早く横に跳んで体当たりをかわし、今度は三月が後方から【白粉】を抜き放ちつつアグリゲイトへと襲い掛かった。
「【抜刀・燕返し】!」
袈裟掛けに一ノ太刀がアグリゲイトの体を刻み、返す刃より発生した真空波が深々と粘液質な肉体を切り刻んだ。
しかし、体に刻まれた傷は徐々に塞がっていき、何事も無かったかのように三月へと突進してきた。
(ふむ……生半可な斬撃では倒せないか。やはり体を削ぎ落とすのが1番有効な攻撃かもしれんな)
バネのように体を伸ばし、高速で突進してくるアグリゲイトを【縮地】で移動しながら回避し、どうやって倒すべきか思案する。
巨体ながらもボヨンボヨンと跳ねながら攻撃してくるアグリゲイトは中々に戦い難い相手だ。タイミングを見計らって攻撃を当てるしかないだろう。
そう考えて、三月がスキルを発動しようとしたその瞬間、突如アグリゲイトが今まで以上に全身を震わせ始め、次の瞬間、三月の視界に攻撃を示す赤いラインが表示された。
咄嗟に後方へと跳んだその瞬間、アグリゲイトの全身から放たれた粘液が先ほどまで三月が立っていた場所にべチャッと音を立てて飛んで来た。
一体何の効果がある粘液かと思い、[解析]を発動して調べてみる。
この粘液は【武装溶解液】という、直撃した対象の武装を溶かすスキルによって放たれたものであり、スライムが《スライムアグリゲイト》に変化する事で発現したスキルらしい。直撃しても命の危険は無いが、魔力コーティングされていない武器や防具を溶かされてしまうため、非常に厄介な攻撃と言えるだろう。
まあ、当たらなければどうという事はない、と結論付けた三月の耳に「きゃっ」という小さな悲鳴が届いた。
声の聞こえた方向を振り返ると、そこには回避を誤って頭から粘液を被っているロムの姿があった。
「あ、あちゃ〜……やっちゃった」
シュワシュワと音を立てながらロムの全身の防具が溶けていく。みるみる内に肌が露出して行き、遂には下着までもが粘液に侵食され溶かされてしまった。
魔力コーティングされていた鉄槌以外の全ての防具を溶かされ、全裸に剥かれたロムは何が起こったのか理解できなかったのか、ポカンと口を開けながら自分の体を見つめていた。
「あ、れ……? 服が消えちゃった」
「……」
不思議そうに首を傾げるロムを、三月は驚いたように目を見開きながら思わず凝視してしまう。
小振りながらも柔らかな形の良い胸、更にその胸から臀部に掛けての流麗で美しいライン。きゅっとくびれた腰からは《吸血族》特有の蝙蝠のような小さな翼が覗いている。露わになった白い太腿はスラッとしなやかで思わず目が釘付けになるほどだ。完璧なプロポーションが醸し出す、大人の妖艶な色気とはまた別の、美少女による可憐な色気。人知を超えた美しさの極致。
改めて、ロム・エル・エストという少女があらゆる意味で人外なのだと意識させられる。
その見事な肢体に見惚れるかのように顔を紅潮させ固まる三月。その表情には、普段の冷静な態度など微塵も感じられないほどの動揺が表れていた。
そんな三月の視線に気が付いたのか、ロムは悪戯っぽく舌なめずりをすると、妖艶な笑みを浮かべた。
「くふふっ……ミツキ〜? そんなにロムの体が気になるのぉ? 駄目だよぉ、戦闘中なのにそんなエッチな目で見ちゃ〜。でもミツキになら、見せて上げても良いよ? ベッドの上で、ゆっくりと……」
「っ!?」
その言葉に我に返ると同時にバッと視線を逸らし、早鐘のように鳴る心臓を押さえつけながら深呼吸を1つ吐いた。
僅かに冷静さを取り戻した三月は、まだ少し顔を紅潮させながらも【白粉】を上段に構え、アグリゲイトへと向き直った。
「な、何馬鹿な事言ってんだ! 下らない事を言ってる暇があるなら、さっさと隠せこの馬鹿! 気が散る!」
「むぅ〜、ミツキが凝視してたんじゃん。ロム悪くないも〜ん」
「少しは恥じらえ! そしてとっと隠せぇ!」
雪のような真っ白な刀身の周りに風の渦が発生する。そしてその風を纏わせた刀を三月は思い切り振り下ろした。
「【抜刀・鎌鼬】ィ!」
荒れ狂う嵐のような不規則な軌道を描く暴風は、無数の《斬撃波》となりアグリゲイトへと襲い掛かった。みるみる内に全身の粘液を削り落とされていくアグリゲイトは、やがて核だけを残して魔力の粒子となって消滅した。
予期せぬ緊急事態に半ば荒くなった呼吸を整えながら、三月は核へと歩み寄ると、それが無属性の【スライムの核】である事を確認し、《箱庭倉庫》へと仕舞い込んだ。
ふぅと溜め息を吐き、ようやく落ち着いた三月の背後に、ロムは局部のみを手で隠しながら歩み寄った。
「良かったね、ミツキ。これで刀の材料は後1つだけだね」
粘液で艶かしくテラテラ光る自らの肢体を気にした様子もなく言い放つ。
「良いからお前は服を着ろ。冗談が現実になりかねん」
冗談と言うのはロムがギルドを出る際に言っていたあの事だろう。
「えっ! もしかして本当にムラムラしちゃった? じゃあ、襲っちゃう?」
「襲うか。とっとと替えの服を着ろ。理性が持たん」
「そうしたい気持ちはほんのちょっとあるんだけど、服は全部洗濯中で宿舎に置いてきちゃったから、着替えたくても着替えられないんだ。葉っぱとか着けとけば平気かな?」
やはは、と笑いながらそう言ったロムのあまりにも楽観的な様子を見て、三月は呆れを盛大に含んだ溜め息を吐きながら、自分の黒ローブを脱いでロムの頭から被せてやった。
「俺も替えの服は全て洗濯中だ。だからそれで我慢しろ」
ロムはローブの袖に手を通しながらコクリと頷くと、どことなく嬉しげに口元を綻ばせた。
「にひひっ、ミツキの匂いがする〜」
ローブに鼻を押し当てながらすんすんと匂いを嗅ぐと、幸せそうに頬を赤く染め、にっこりと微笑みを浮かべた。
「っ……この変態下ネタ娘が」
「変態でも良いよ〜だ。ふあぁ……何だか落ち着く匂い。服溶かされて良かったぁ」
「……チッ。勝手にしろ」
露骨に面倒くさそうにそう言い放つと、三月は元来た道をさっさと歩いて行ってしまう。
そんな三月のツンデレ気味な態度に、ロムはにへらと和んだように笑みを浮かべた。
「もう、ホントに可愛いんだからっ」
◆◇◆◇◆
「あっ! お2人ともお帰りなさい!」
そう言って出迎えてくれたのは、ルシルの幼馴染にして皆のお姉さん的な立ち位置の獣人少女スイだった。どうやら孤児院前の広場の掃除をしていたらしく手には箒を持っている。
トテトテと三月達の所へと歩み寄って来ると、何故か三月の黒ローブに身を包んでいるロムを見て、狼のような耳をパタパタと動かし不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ロムさん、どうかしたんですか?」
「魔物の攻撃で服を全部溶かされてしまってな。替えの服を持ってきてやってくれないか?」
「えっ!? その下全裸なんですか!?」
「そうだよ〜」
ロムはそう言って悪戯っぽく笑みを浮かべると、ローブの隙間からチラリと太腿を覗かせた。それを見たスイは獣耳をピンと立てて顔を赤くした。
「わっ、わわわっ! ちょっと待っててください! 丁度洗濯物が乾いてると思うので、す、すぐに持ってきますから、部屋で待っててください!」
スイはそう言うと、パタパタと慌てたように走り去った。
「純情な奴。裸程度であそこまで取り乱して」
「ミツキだってむっつりじゃん」
「あ? 俺は見たいと思ったら堂々と見るぞ? 単に今はその気が無いだけで決してむっつりじゃない」
「ほんとに? ほんとーにぃ〜?」
「……っ!」
疑わしげに何度もそう訊ねてくるロムに、最終的にイラついたのか、最上級のウザったそうな表情を浮かべ、無言でロムの尻に平手を喰らわせた。
「みゃあぅっ!?」
パァン! と小気味の良い音が鳴り、ぴょんとその場で飛び跳ねたロムは、涙目になりながら叩かれた尻をさする。
「むー……跡になっちゃうよぉ」
「自業自得だ」
「そんな事言ってぇ〜、ホントは触りたかったんでしょ〜?」
「もう1発欲しいみたいだな?」
思い切り手を振り被り、もう1度平手を尻に叩き付ける。
「みゃあぁっ!? ミ、ミツキ、は、激しっ…………あ、何か痛みが気持ち良くなって……」
顔を上気させ、ハァハァと危ない息遣いをし始めたロムに、三月は若干引きながら、顔に手を当ててやれやれと溜め息を吐いた。
「もうお前、何か面倒くせぇわ。……とっとと部屋に戻って着替えて来い」
「はぁ〜いっ」
そう言って宿舎の中へ入ろうとするその間際、ロムはふと思い出したかのようにピタッと立ち止まり、くるりとこちらを振り向いた。
「ねぇミツキ」
「何だよ?」
「さっきはロムの恥ずかしい所全部見られちゃったから、今夜は責任とってベッドの上でロムを食・べ・て♪」
「3発目は平手じゃないぞ?」
三月はそう言って【白粉】へと手を伸ばす。それを見たロムはぶんぶんと顔の前で手を振り、慌てたように後退りをした。
「わっ、わわわっ! それはシャレにならないから! 吸血鬼は首を落とされても死なないけど、痛いものは痛いんだよ!?」
「ほぉ? それは良い事を聞いた。次から新技の実験はお前でする事としよう。死なないなら……大丈夫だよな?」
「は、半分の半分くらいは冗談だから勘弁してぇ!」
ロムは叫びながら、半ば逃げ出すように駆け出すと、宿舎の中へと飛び込んで行った。
「半分の半分って……ほとんど本気だったのか?」
そんな事を呟き、目に焼きついて離れないロムの裸体を思い浮かべる。顔に熱が上がってくるのを感じ、頭の中をぐるぐると回る煩悩を首を振って払拭する。
「バーカ。そんな妄想に耽ってる暇なんて無いだろ。このバカが」
自分自身に対して言い聞かせるようにそう言い捨てて、無理矢理思考を切り替えると「さて」と呟いた。
「飯の仕度でもするか」




