027 スライムの生態
ミスティが近くの村へと診療に出掛けて2日目。三月とロムは久々に冒険者ギルドを訪れていた。
今や《トレイル》のギルドの中で最も注目されるFランク冒険者となった三月と、そのパーティーメンバーであるロム。そんな2人に注がれる視線は羨望や畏怖だけではなく、上位ランクの冒険者以上の実力を持っているという事に対する嫉妬や憎悪など様々だ。
しかしそんな視線など蚊に刺された程度にも気に掛けず、2人は見慣れた受付嬢の立つカウンターへと足を運んだ。
久しぶりに三月の顔を見た受付嬢は一瞬だけ緊張したように顔を硬直させると、いつも通りの爽やかな営業スマイルを浮かべて応対する。
「い、いらっしゃいませ。ヤシロ様、そしてエスト様。この度はどのようなご用件でしょうか?」
「スライムの討伐依頼は無いか? ちょいと必要な素材があってな。ついでに狩ってきちまおうと思う」
「スライム……ですか? 少々お待ちください」
受付嬢はそう言ってカウンターの奥へと消え、1分ほどして2枚の紙を手に戻って来た。
「この2枚がスライム討伐の依頼書です」
その依頼書を手に取って読んでみると、
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グリーンスライム討伐 [E]
指定討伐数【20】体以上
町の近郊に位置する《オルハーブの森》に生息するグリーンスライムの討伐依頼。
報酬 25000ビット
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イエロースライム討伐 [E]
指定討伐数【20】体以上
町の近郊に位置する《オルハーブの森》に生息するイエロースライムの討伐依頼。
報酬 25000ビット
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確かにどちらもスライム討伐の依頼書だった。
難しい顔で依頼書を睨み付ける三月の横から、ロムは依頼書を覗き込みこう言った。
「ミツキが欲しいのって《クリアスライム》の核なんだよね?」
「そうだ」
そう、今回三月が求めているのは《クリアスライム》より採取できる無属性の【スライムの核】だ。他8属性の核は全て揃っているため、三月専用の刀を作るには《クリアスライム》から取れる核と、《精霊樹》より採取できる【精霊樹の枝】が必要なのだ。
「《クリアスライム》……ですか? あの魔物はスライムの中でもあまり姿を現さないため非常に稀少な魔物として知られているんです。なので討伐依頼が出される事はほとんど無いのですよ」
受付嬢の説明に三月は納得する。スライムはそれぞれ属性を保有している。それは土地などの環境により、スライムの魔力変換資質が異なるためだ。魔力の源である魔素は全て無属性として扱われ、魔力変換資質、つまり人間の場合ならば、火属性の保有者は魔素を火属性の魔力へと変換する資質を持つ。スライムも魔素を吸収して属性ごと、それぞれ色の違うスライムへと変化すると言われている。
だが、ただでさえ稀少な無属性の魔力属性。その変換資質を持っているのはごく一握りと言われ、それはスライムも例外ではない。故に無属性の《クリアスライム》は稀少な魔物として知られているのだ。
2枚の依頼書を三月はじっと見つめ、何かを思いついたのか受付嬢にこう言った。
「この2つの依頼。両方とも受けさせてもらおう」
「2つとも、ですか?」
「心配する事はない。今日中には終わる」
通常Eランクの依頼とは言え、同時に2つの依頼を受ける者は少なく、1日で達成する事はほとんど無い。しかし相手はFランクでありながらAAランク以上の実力を持っていると噂される三月だ。今日中に2つの依頼を達成する程度の事造作もないだろう。
それを分かっているからこそ、受付嬢は表情を引き攣らせつつも依頼受諾の手続きを完了した。
三月はギルドカードを確認すると、受付嬢に「じゃ、また後で」と言ってカウンターに背を向けギルドホールの外へと向かう。
「ねぇねぇミツキ。結局《クリアスライム》の討伐は無かったけど良かったの?」
「ああ、ちょっと試してみたい事があるからな。上手く行けば《クリアスライム》の核が手に入るかもしれん」
「ホント? じゃあ早速森にれっつごー! だね!」
「……何でお前がテンション高いんだ?」
「だって、森の中で2人っきりだよ? ミツキが急にムラムラしてきてロム襲われちゃったりするかもしれないんでしょ!? 楽しみかも〜♪」
「お前……頭沸いてのか? 下ネタ言うにしても、もう少し恥じらえよ」
「ふぇ? 今のって下ネタなの?」
「素かよっ。てか、んな下らない事のために行くわけじゃないからな?」
「冗談だよぉ。冗談っ。もう、ミツキはホントに冗談が通じないんだからぁ。可愛いなぁ、もう♪」
妙にしなを作りながら腕に手を回してきたロムを絶対零度のジト目で見下ろしつつ、三月は面倒くさそうに舌打ちをしてその手を振り払ってさっさと歩き出した。
「お前は今日の晩飯抜きだ」
「えっ? ちょっ、それはホント勘弁して! 謝るから! ふざけちゃったのはあやまるからやめてぇ!」
その後、ロムの必死の説得により、夕飯抜きだけは免れたという。
◆◇◆◇◆
しばらくして、《オルハーブの森》へと到着した三月とロムの2人はとりあえず依頼書に書かれている2種類のスライムを探してみる事にした。
「それでミツキ。具体的には何をするの?」
「とりあえずスライムが密集している場所を探そう。数が多い方が実験も捗るだろう」
「どうやって探すの? あっ! ミツキには解析スキルがあったね! 森全体を解析しちゃえばスライムが一杯いる所も分かるよね?」
「いや、俺の【識】は確かに広範囲の情報を集める事が可能だが、森全体を解析できるほど成長しているわけじゃない。それに森全体を調べる必要もない。スライムには魔素が多く溜まっている《マナスポット》と呼ばれる場所に密集して集まる習性がある。《マナスポット》さえ見つければスライムも自然と見つかる。【識】を使えばその《マナスポット》は簡単に見つかるが……もっと簡単な方法がある」
「えっ? どんな方法?」
ロムが訊ねると、三月は頭の上に乗っている精霊のミムをグワシと鷲掴みにし、ロムの目の前に突き出した。
「こいつに活躍してもらう」
「プ、プーッ?」
「ミムちゃんを使うの?」
「ああ。精霊であるこいつは魔力を吸収する事によってその存在を保っている。俺達よりも遥かに魔力に密接した存在であるが故、魔素が多く集まっている場所を感じ取るのは容易いだろう。今日は活躍してもらうぞ。出来るな、ミム?」
「プー!」
ミムは三月の手から抜け出すと、質問に答えるようにぶんぶんと体を縦に振った。
「よし、じゃあ俺達をここから1番近い《マナスポット》に案内しろ」
「ププゥーッ!」
了解したと言いたげに体を縦に振ると、キョロキョロと周囲を見回すように飛び回り、やがて魔素の気配を感じ取ったのかピタッと動きを止め、一方向をじっと見つめる。そして一瞬だけその体がピクッと跳ね上がると、視線の方向に向けて一直線に飛び出して行った。
「どうやら、《マナスポット》を見つけたらしい」
「ついてってみようよ!」
ミムを追って森の奥へと進み出す。
しばらく歩いていると、ふと目の前を飛ぶミムがある茂みの前でピタリと制止し、三月の方を振り返った。
「プーププー」
「どうやら着いたようだ」
【識】を使って茂みの先を探ってみると、周囲に漂う濃密な魔素の中、大量のスライムがひしめいていた。討伐依頼のあった《グリーンスライム》と《イエロースライム》が大半を占めている。やはり無属性の《クリアスライム》の姿は見当たらず、その他のスライムも8属性のスライムばかりだ。
「この前の大量発生ほどではないが、結構な数が集まっているようだ」
「どうする? 早速その実験とかいうのをやっちゃう?」
「いや、流石に数が多過ぎる。まずは依頼の討伐対象である2種類のスライムを狩ってしまおう。実験はそれからだ」
「おっけー。それじゃ、ちゃちゃっと片付けちゃおうか?」
背中の鉄槌に手を掛けるロムだったが、三月はその手を掴んで首を横に振った。
「いいや、お前が出る必要はない。今日はこいつに活躍してもらうと言っただろう?」
そう言って三月はミムを指差し、ミムはやる気を見せるかのように体を風船のように膨らませて「プッ!」と意気込んだ。
「ミム、お前の魔法であのスライム共を蹴散らせ」
「プフッ!」
ミムはふよふよと空中を浮遊しながら上空へと昇っていき、やがて全てのスライムを見渡すことが出来る辺りで制止した。
「ププー!」
掛け声と共にミムの体内から魔力の光が発せられ、その光はやがて収束し、真っ白な球体となりミムの目の前で太陽のように輝き始めた。
「プゥッ!」
合図のようにミムが声を上げると、球体は大量のスライムの中心へと下降して行った。そして光の球体が地面へと接地したその瞬間、突如として内側から膨れ上がり、衝撃波を撒き散らす爆発を起こした。
近くで爆発に巻き込まれたスライムは根こそぎ消滅し、遠くのスライムも衝撃波によって柔らかい肉体をバラバラに分解されてゆく。
しばらくして爆風は止み、100匹を越える大量のスライムは十数匹にまで減少していた。
満足気な表情を浮かべて頭の上に戻って来たミムを撫でやりながら、三月はギルドカードを確認した。
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NAME:ミツキ・ヤシロ
AGE:16
SEX:男
RACE:人間族
RANK:F
MONEY:348500
QUEST:【グリーンスライム討伐(45/20) [E]】〝達成〟
【イエロースライム討伐(32/20) [E]】〝達成〟 達成数【4】
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「よし、依頼は達成だな」
「ふわぁ……ミムちゃんって凄いんだね〜?」
ロムはそう言いながらミムの頭を撫でる。ミムもどこか自慢げな表情を浮かべている。
「誕生したばかりの子供とは言え、ミムは《精霊族》だからな。これくらいの事は容易い。それに《吸血族》であるお前なら今以上の魔法が使えるんじゃないのか?」
「う゛っ……そ、そうだね。出来ない事も……ない、かな?」
どこか誤魔化すように笑みを浮かべながら露骨に顔を逸らしながらそう言ったロムに、三月は怪訝そうに眉を顰める。
「そういや、お前が魔法を使っているところを見た事が無いな。【血液魔法】だったか? 《吸血族》の《真祖》のみが扱う事が出来る《ユニーク魔法》……だよな? 何でお前は使わないんだ?」
三月がそう訊ねると、ロムはどこか言い辛そうにもじもじと人差し指と人差し指を突き合わせながらこう答えた。
「えっとぉ……決して使えないわけじゃないの。でも今は使えないの。というより使いたくないの」
「何でだ?」
「その……【血液魔法】は言葉通り血液によって魔法を発現させるんだけど、自分の血を使ってそれをすると、その分《生命力》が低下するの」
「まあ、血液は《生命力》の源だからな」
「《吸血族》は《生命力》が低下するとその分、種族特性の力が弱まるの」
「特性っつうと《獣人族》で言う【超感覚】とか【獣化】みたいなものか? 《吸血族》だと……確か【超再生力】」
「そう。《吸血族》はその能力がある限り頭を潰されても死なない。けど、《生命力》が低下するとその分パラメータも低下して、傷の治りが遅くなるの。だから、《吸血族》は《生命力》を供給するために……同族以外の種族から吸血を行う」
「成る程。だから《吸血族》なのか」
「ロムが魔法を使っちゃうと、《生命力》を供給するために誰かから吸血をしないといけなくなっちゃう。だから魔法は使わないの」
その言葉に三月は少し考えるように首を捻り、ロムにこう言った。
「その吸血ってのは、相手が死ぬまで吸い続けるものなのか?」
「ううん。限界まで血を吸うのは悪い吸血鬼だけ。普通の吸血鬼はそんな事しない。《生命力》は食事でも回復できるから、吸うのは2、3口くらい」
「2、3口……」
三月は本で読んだ《吸血族》とロムの話す《吸血族》では大きく差がある事を知り、少しだけ驚いたようにそう呟くと、ロムにこう提案した。
「そのくらいの血なら、俺が提供してやっても良いが?」
「うぇ!? そ、それは……」
「ん?」
何故か顔を赤くして口籠もるロムの様子に、不思議そうに首を傾げる三月。そしてロムは少し恥ずかしそうに三月にこう言った。
「あ、あのね……ロム達《吸血族》にとっての異性への吸血行為は、その……求愛みたいなものなの。だから、ええっとぉ……」
「……いつも下ネタばかり連呼して、やたらと俺に擦り寄ってくる割りには、随分としおらしい態度だな? ……まあ良い。緊急時にだけ魔法を使ってくれれば十分だ。それで血が吸いたくなったら、我慢せず俺のを吸えば良い」
「えっ……?」
思ってもみなかった三月の言葉に、ロムはポカンとした表情を浮かべて三月の顔をじっと見つめる。
「そ、それって……」
「勘違いするなよ。お前が魔法を使う事で俺にメリットがあるから血を提供するだけだ。それ以外の感情は無い」
間髪入れずに放たれた三月の言葉に、ロムは思わず微笑を浮かべる。
「え……えへへ、そっかぁ。ホント、ミツキって素直じゃないね。でも、凄く嬉しい。ありがと」
「……チッ。無駄話しは終わりだ。さっさと実験を開始するぞ」
そう言って面倒くさそうに顔を逸らすと、三月はさっさと茂みの奥のスライムの下へと行ってしまう。
そんな三月の様子に、ロムはにこにことした満面の笑みを浮かべながらこう呟いた。
「ホント、素直じゃないなぁ」
◆◇◆◇◆
「それで、実験ってどんな事をするの?」
現在、三月の目の前には十数体のスライムがぷにぷにと蠢いている。しかも1体1体にギルドで売られている魔物専用の痺れ薬を振り掛けてあるため、数分間は行動不能だ。
三月は目の前の《グリーンスライム》をぷにっと軽く蹴り付けると、ロムの質問に答えた。
「こいつらが魔素を餌としているのはさっき話したな? そしてその吸収した魔素が、個体が持つ資質によってそれぞれの属性の魔力に変換され、違う色のスライムが誕生する」
「うん、それは知ってる」
「つまり、体内の魔力の属性によって違う色に変化するという事だ。だから、こいつらの体内の魔力を根こそぎ吸い出し、無属性の魔力を注入すれば《クリアスライム》が出来上がる。俺はそう仮説を立てた」
「魔力を吸い出すって、一体どうやって……あっ、もしかしてミムちゃん?」
「その通りだ。ミムは魔力を吸収してそれを糧に生きている。だから今回はその能力を活用して、《クリアスライム》を人工的に作り出す」
「おぉ〜! 流石異世界人。ロム達じゃ思いつかないような事をパッと思いつくんだね? そこに痺れる、憧れるぅ!」
「何故お前がそのネタを……まあ良いか。ミム、早速やってくれ。吸収した先から俺が魔力を流し込む」
「プッ!」
ミムは《グリーンスライム》にぺたっと張り付くと、みるみる内に魔力を吸収していき、その体が緑色に染まっていく。どうやら吸収した魔力属性に応じて一時的に体の色も変化するようだ。
(まあ、【無の精霊】だし何色にでも染まれるんだろう。しかし魔力属性の吸収か……やはり何かに使えそうだな)
そんな事を考えつつ、【魔力収束】を使って無属性に変換した魔力をスライムへと送り込んでいく。
ミムに魔力を吸収されて色が薄くなったスライムに三月が魔力を注入すると、徐々に緑の色が消えて行き、やがて水のように透明なスライムへと変化を遂げた。
試しに[解析]で調べてみると、表示された名前は《グリーンスライム》ではなく、《クリアスライム》となっていた。
「どうやら、実験は成功のようだ」
「わぁ、綺麗なスライムだね」
そう言いながらぷにぷにと《クリアスライム》を突っつくロム。
「他の奴も全部《クリアスライム》に変えてしまおう。数が多い方が核も出やすいはずだ」
三月はミムに命じて他の全てのスライムをから魔力を吸収させ、同じように収束した魔力を注入していく。
やがて全てのスライムが《クリアスライム》と化した。
「これだけいれば十分だな。早速核を取り出そうか」
そう言って腰に差した刀に手を掛けた瞬間、何かに気が付いたロムによって制止を掛けられる。
「待って、ミツキ」
「何だよ?」
「あれ……」
そう言ってロムが指差す方向へと視線を向けると、そこには丁度痺れ薬の効果が切れたのかもそもそと動き出すスライムの姿があった。
スライム達は一箇所へと集中していき、お互いに体を擦り合わせるように密集する。
一体何をしているのかと疑問に思う三月だったが、それは次の瞬間、唐突に訪れた。
もそもそと蠢いていたスライム達はやがて溶け合うようにその身を寄せ合い、遂には1体の巨大なスライムとして合体を遂げていた。
大人2人分以上はあると思われる巨大なスライムを見上げながら、三月は至極冷静にこう言った。
「そういや、大量発生の時もスライムとスライムが合わさって海みたいになってたな。一定以上の数が集まると合体する性質があるんだろう」
そう言いつつ【識】で巨大なスライムを調べてみると、表示されたのは《スライムアグリゲイト》という名前だった。どうやら集合体となった事で変化が起こったようだ。




