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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
26/54

025 ある日の孤児院

 ジョンドの隠れ家から戻ったその日の晩。三月は孤児院の自室で【白粉】の手入れをしながらロムと話していた。

「ねぇねぇミツキ。ミツキのお母様ってどんな人だったの?」

「何だよやぶから棒に?」

「だってミツキと同じ異世界人で先代の勇者と一緒に世界を救った人なんだよ? 気になっちゃって」

「ふむ……母さんか」

 三月はそう呟くと【白粉】を鞘へと戻しベッドの横に立て掛ける。そして昔を思い出すようにこう語り出した。

「俺もまだ6歳くらいだったからはっきりと記憶しているわけじゃないんだが、とにかくクールで自由奔放な人だったよ。俺を連れて山籠りとか平気でするような人だったからな。素手で熊を撃退した時は正直驚かされた。今にして思えばそれはこの世界で培った強さだったんだろうな」

「ミツキの世界って種族間での戦争とかは無いの?」

「俺の世界には人間しかいないよ。まあ、人種差別っつうもんはあったがな」

「平和な世界なんだ?」

「平和かどうかと言われると分からないな。殺人とか日常茶飯事だし、俺の国だけでも年間で3万人くらいの人間が自殺してた」

「3万人も? 町が滅んじゃわない?」

「俺の国だけでも人口は1億人を越えてたからな。世界全体から見れば微々たるものだ。戦いは無いけど刺激の少ない、息の詰まる世界だったな。まあ、母さんは結構楽しんでたみたいだけど」

「強くて美人で凄い人だったんだね」

「美人なんて言葉じゃ足りないがな。あれは世界一の美女だ。美貌だけなら俺をも凌ぐ」

「さりげなく自分を褒めたよね今?」

 全く謙遜する事もなく胸を張ってそう豪語する三月を見て、ロムは苦笑を浮かべた。

「まあでも、クールで強くて美しい、そんな母さんだったが、極度の甘えたがりでな。いつも父さんにベッタリだった」

「へぇ、そーなんだ。それでお父様はどんな人だったの?」

「父さんは母さん以上に自由奔放な人だ。気が付けば旅に出てたり、巷で話題の格闘家に喧嘩を売りに行ったりしてたな。正直、母さん以上に人間離れしてた。父さんもこの世界に来てたんだろう。あの強さは普通じゃ絶対にあり得ないからな」

 母親とは正反対にワイルドで豪快だった父親の顔を思い出すと、思わず苦笑が漏れた。

「とにかく強さに拘っていてな。俺が5歳の頃には体術の訓練に付き合わされた。死にそうなほど辛い訓練だった気もするんだが……今じゃあんまり覚えていない。ほんの少し基本を覚えている程度だ。思い出せれば戦闘の幅が広がると思うんだが……」

「じゃあじゃあ! ロムが教えて上げよっか!? そこまで得意なわけじゃないけど、【体術】スキルなら一応使えるよ?」

 ロムのその提案に、そう言えば以前[解析]を実行した際に【体術】スキルを持っていたなと思い出す。

 鉄槌を使った戦闘が主流のため、本人が言っている通りそこまで得意というわけではないのだろうが、教えてくれるのならお言葉に甘えさせてもらうのも良いだろう。

「分かった。じゃあ明日の朝、【体術】スキルを見せてくれ。[解析]する」

「うん! りょーかい! ミツキのためだったらロム、おっぱいだって見せられちゃうよ!」

「んじゃ、おやすみ」

「スルー!? そこはお願いしてでも見せてもらうところだよ!」

 という、ロムの叫びが聞こえてきたが、三月は無視してさっさとベッドに潜り込んで寝息を立て始めた。


    ◆◇◆◇◆


 早朝5時30分。窓の外から差し込む薄っすらとした朝の日差しを顔に浴び、まどろみの中から覚醒した。机の上に置かれた籠の中ではミムが眠っており、仕切りを隔てた隣のベッドからはロムの規則正しい寝息が聞こえてくる。

 三月は1つ欠伸をすると寝巻きに使っている服から、普段通りの黒いシャツとズボンに着替えるとその上から黒ローブを着込み部屋から出た。

 まだ子供達は全員眠っているのか、孤児院内の廊下はしんと静まり返っている。

 とりあえず顔を洗うために建物の外へと出て、裏手にある井戸へと向かう。

 井戸から水を汲み上げ手で掬い取ってみると、朝の冷気も相まってひんやりと冷たかった。その水を顔へとパシャンとかけて残りの眠気を洗い流すと、その場で櫛を取り出して自慢の黒髪を梳かし始めた。

 ほとんど手入れをしていないにもかかわらず1本の枝毛も見当たらない黒髪に櫛を入れると、たちどころに寝癖が直っていき、やがていつも通りの形へと整えられた。最後にポケットから取り出した髪紐で1つに纏めて完成である。

 完璧に身支度を整え終え、宿舎内へと戻ると、どこからかトントンと規則正しい音が三月の耳へと届いた。

 音がする食堂の方へと向かうと、そこにはいつもの修道服ではなく、萌黄色のワンピースのような服にエプロンを着けたミスティの姿があった。

 ミスティは包丁を手に朝食の用意をしているらしく、まな板の上に置かれた食材を切っている。

 やがて三月に気が付いたのか、ミスティは柔和な笑みを浮かべながらこう言った。

「おはよう御座いますヤシロさん。今日も良い朝ですね?」

「そうだな」

 三月はそう返してまな板に載せられた食材へと目を向ける。

「朝食の準備か? 随分と早いな」

「あ、はい。子供が大勢いるので、この時間から作らないと間に合わないんです」

「そうか…………どれ、俺も手伝ってやろう」

「えっ!? そ、そんな、ヤシロさんはお客様ですし気を遣わなくても」

「安心しろ。これでも以前、料理人を目指して働いていた事もある。今では趣味になってしまったが、料理は苦にならない」

「そ、そうですか。では食材を切るのをお願いできますか?」

「了解した」

 三月は包丁を受け取ると、慣れた手つきで食材を刻んでいく。ミスティは感心したようにその包丁捌きに見入っていた。

「本当に料理が得意なんですね? 戦闘もできて料理もできるなんて、ヤシロさんは凄いです」

「自分ではまだ満足していないんだがな。戦闘も、料理の腕も」

「さっき料理人を目指していたって言ってましたけど、どうしてそう思ったんですか?」

「単純に自分で美味い物を作って食べたかった。その延長として、他の奴と料理の味を共有できたら良いなと思ってな。まあ、結局料理を勉強するのに金が掛かるってのが理由で料理人は諦めたんだけどな」

「へぇ、そうなんですか。料理人になれなかったのは残念ですけど、素敵な想いをお持ちだったんですね?」

「自慢できるほどではないけどな。腕は……近くの食堂のおっさんの料理技術は全部盗んだから、料理人の底辺程度の腕はあるよ」

「謙遜しなくとも良いのに」

「完璧じゃないと自慢にならないんだよ。俺の中では」

 そう言いながら全ての食材を刻み終わった三月に、ミスティはクスクスとおかしそうに笑いを漏らしながらこう言った。

「ちょっと意外です。ヤシロさんはもっと大人びていると思っていましたが、結構子供っぽい所もあるのですね?」

「ほっとけ」

 三月はバツが悪そうにクスクスと笑うミスティからぷいと顔を逸らした。

「怒らないで下さい、別に貶しているわけではないのです。実は私、初めてヤシロさんの事を見た時、ちょっと怖そうな人だと思っていたので。でも子供達と遊んでいる姿や、今こうして料理を手伝ってくれる姿を見て、本当はそんな事はないって分かったので、安心しました」

「……そうか」

「そこで優しいヤシロさんにお願いがあります」

「ん?」

「実は私、明日から3日間ほど近くの村に用事があって教会を留守にしなければならないのです」

「用事……というと?」

「病気の治療です。私は一応《神聖術》が扱えるので」

「ああ、成る程」

 合点がいったようにそう呟く三月。

 以前読んだ本にも、《神聖術》には病気を治療する力があると書いてあったのを思い出した。聖魔法よりかは質は落ちるが、ある程度の病気や怪我ならば治療する事も可能だ。

「あまり高位の術を行使する事はできないのですが、軽い病気や怪我を治療するために時々出掛けるんです。そうやって生活費を稼いでいるのです」

「そうか。まあ、別に構わないぞ。タダで泊めてもらっている手前、これくらいの事は引き受けても良い」

「ありがとう御座いますっ」

 その後、2人は朝食が出来上がり、子供達が起きてくるまで適当な会話をして楽しんでいた。


    ◆◇◆◇◆


「やっ! はっ! とぉ〜! せいっ!」

 宿舎前の広場にロムの掛け声が響く。

 数度に渡って突き出された拳は空気を震わせ、虚空を突く足先は剣のような印象を受ける。まるで舞いを踊っているようにも見えるこの行為は【体術】スキルの実演であり、現在ロムは目の前に生み出した想像上の敵と戦っている。その傍らでは三月が【識】を発動した目でその動きを観察している。[解析]を使って読み取られたロムのスキルは、[蒐集]によって[目録]へと蓄積される。

「とりゃあ!」

 やがて決着がついたのか、一際強力な【正拳突き】が繰り出されると、フゥと息を吐いて三月の所へと駆け寄ってきた。

「どうどう? ちゃんと解析できた?」

「あぁ、一応な」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


《夜白三月:[16歳][男]》 


種族:人間族


筋力:[D+]

耐久:[D]

敏捷:[A]

魔力:[E+]

魔抗:[C−]


スキル:【識】[解析・蒐集・目録・再現・表示]

    【瞬】[縮地・天駆]


目録:【抜刀】[居合・魔斬り・燕返し・弧月斬・山茶花・月桂樹・鎌鼬]

   【魔力収束】[放出・圧縮・固定]

   【体術】[正拳突き・弧月蹴]


属性:無

魔法:【  】


称号:【識者】[異世界人・識者・勇者を越えし者・蒐集者・抜刀士・電光石火・箱庭使い・魔断剣士・知識を刻む者・決意する者・精霊の契約者・精霊使い・冒険者・天駆ける風・天空の覇者・疾風の刃]


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 パラメータを確認すると確かに【体術】スキルが[目録]に追加されていた。これで基本的な技のみを繰り出す事ができるようになった。

 ついでに敏捷値も上昇している。どうやらいくつか新しい称号を手に入れた事で補正が付いたようだ。

(【天駆ける風】は【天駆】で空中を移動したからだな。【天空の覇者】は多分、空を飛ぶ魔物を空で倒したから。【疾風の刃】は、これは【鎌鼬】を習得したからだろう。全て補正が[敏捷値小上昇]になってるな。そろそろ別のパラメータも上がってもらいたいものだ)

 などと心の中でぼやきつつ、早速習得した【体術】を使ってみる事にした。

「ハッ!」

 シュッという風を切る音と共に突き出される拳。【正拳突き】のスキルのはずなのだが、あまり威力があるように思えず怪訝そうに眉を顰めた。

「ふむ……【抜刀】は【縮地】で底上げした瞬発力を乗せて踏み込む事で威力を上昇させる事ができる。今の【正拳突き】は踏み込みが足らなかったか」

 分析するようにそう口にして、三月はもう1度【正拳突き】のスキルを発動する。今度は【縮地】も並行して発動し、瞬発力を強化して一気に地面を踏み締め拳を突き出した。すると、ヒュパンッという空気を震わせるような音が鳴った。

「むぅ、やはり筋力値が低いから瞬発力に頼らないと威力が出ないな。まだまだ工夫が必要か」

「練習するならロムも手伝うよ」

「感謝する。だが今日は使えるようになったからそれで良いとしよう。【体術】にばかりかまけていてもこっちの腕が落ちるからな」

 三月はそう言って腰に佩いた【白粉】をトンと叩く。

「うん、そうだね。【体術】は武器が無くなった時にあると便利だけど、基本的に護身術みたいなものだから、使い慣れた武器を使ったほうが良いよ」

「そうだな。だが、折角習得したわけだし、使わなくては持ち腐れだ。どうにか【抜刀】と組み合わせて使えないかを模索してみる」

「おーい、ミツキ兄〜っ」

 とその時、ルシルが宿舎の前から三月の所へと駆け寄ってきた。

「なぁなぁミツキ兄、今日はオレにこの前の剣技を教えてくれるんだよな!?」

「あぁ……そういやお前はやたらと【抜刀】が気に入ってたな。別に教えてやっても良いが、以前話した通り、泣き言を口にしたり途中で投げ出そうとした場合、問答無用で見捨てる」

「望むところだぜ!」

「そうか。じゃあお前には死ぬよりも辛い特訓をしてやる。これは俺も以前やっていた特訓メニューだ。初めの内は辛いだろうが、すぐに実戦でも通用する戦闘力を身に付ける事ができる。そうだな……大体1週間くらいで中級の魔物と渡り合える程度にはなれるだろう」

「マジで!? すっげぇやってみてぇ!」

「ロムも気になるなぁ? 一緒に見ても良い?」

「別に構わない。じゃあ、とりあえず俺の部屋に行こう。特訓は特殊な魔導具を使って行われる」

 そう言って三月は宿舎の自室へと、ロムとルシルを伴って戻って行った。


    ◆◇◆◇◆


 自室へと戻った三月は腰に提げた袋の中から小さな小瓶を取り出した。小瓶の中には絶海の孤島と思わしき島が水の上に存在している。その小瓶が何なのかロムは気が付いたのか、少し意外そうに首を傾げた。

「あれ? これって貴族が娯楽のために使う《箱庭》だよね? これで訓練をするの?」

「あぁそうだ。この《箱庭》は俺の特製でな。中には擬似的に作り出した大量の魔物がうろついている。俺はコレを使って修行をしていた」

「そ、それってすっげぇ危ねぇんじゃね?」

「安心しろ。コレには不死設定が施されているから痛みこそあれど死ぬ事はない。怪我も擬似的に再現しているだけだから、外に出れば治るしな」

「じゃ、じゃあ平気か……」

 ホッとしたように息を吐くルシルだったが、三月は少し厳しげに目を細め、

「だが覚えておけ、痛みは感じるし、死ぬ時の苦しみも完全に再現されている。魔物も本物とまではいかないが、お前を殺すのに最も適した動きで襲い掛かってくるようにしてある。油断はするなよ?」

「お、おう!」

「では今回の訓練における課題は恐怖心の自覚。そして克服だ。戦いの中で恐怖心は最大の弱点であり危険を察知するためのセンサーにもなる。1日も早くそれを理解できるように努めろ。では行くぞ」

 三月はそう言って床に魔法陣を描くと、その上へと足を乗せた。すると魔法陣が光を放ち、次の瞬間には見慣れた絶海の孤島に立っていた。

 後から遅れてロムとルシルも魔法陣で《箱庭》の中へと入ってくると、興味深げに周囲を見回し始めた。

「ふわぁ、《箱庭》って初めて入ったけど、結構凄いんだねぇ?」

「こ、ここで訓練するのか」

「そうだ」

 三月は久しぶりに足を踏み入れた孤島を見渡すと、ルシルにこう告げた。

「では、早速訓練を開始する。ルシル、先日話した【抜刀】の基本は覚えているな」

「もちろん覚えてるけど……」

「それを今回の訓練の間にモノにしろ」

「はぁっ!? 練習も無しにいきなり!?」

「実戦に勝る経験は無い。目の前に敵がいてこそ、人間は本領を発揮する事ができる。この前のチャンバラでもお前は一際良い動きをしていた。期待しているぞ?」

「わ、分かったよ。やってみる」

「【抜刀】の基本である【居合】は足の踏み込みと刀を抜き放つタイミングと力加減が重要なスキルだ。常々それを忘れる事なく訓練に励め」

 三月はそう言って《箱庭倉庫》の中から刀を1本取り出すとルシルに向けて放り投げた。刀を受け取ったルシルは、しばし手の中の刀を見つめ、決意を固めたように三月の言葉に頷いた。

「よし。じゃあ行って来い」

「おう! めっちゃ強くなって帰ってくるぜ!」

 ルシルはそう言って島の森の中へと1人足を踏み入れて行く。三月はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめ、やがてロムへと向き直った。

「さて、訓練が終わるまでの間、俺達はテントでも張りながらのんびり寛ぐとしようか。この砂浜には魔物が寄って来ないように設定されてるし、元々はバカンスのための道具だからな」

「うん! そうだね!」

 そのすぐ後、森の奥からルシルの悲鳴が響いてきたが、2人は聴こえなかったかのように何の反応も見せず、テントを張って各々寛ぎ始めた。

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