024 ナツキ
ドンドン、ドンドン!
ジョンドが住んでいると思わしき家のドアを三月は数度ノックする。しかし、中から人の気配はするものの、出てくる気配は全く無い。
「チッ、偏屈な爺っつう話は本当だな」
「どうするの?」
「はっ、知れた事。出て来るまで延々と叩き続ける」
三月はそう言ってノックを続ける。しかも段々と力を強めていき、徐々にドアが軋む音が鳴り始めてきた。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドゴォンッ!!
「うっるせぇぞクソガキがぁッ! ブチのめされてぇかぁ!?」
怒声と共に盛大に開け放たれたドアの奥から現れたのは、2メートル近い巨躯を誇る1人の老人だった。チンピラが裸で逃げ出すような厳つい顔には白い髭が生え、それなりの高齢である事は見て取れる。しかし、丸太のように太い腕に筋骨隆々としたその肉体には年齢による衰えは感じられない。
目を見開いて驚いているロムを尻目に、三月は全く臆した様子もなく老人へと話しかける。
「あんたがジョンド・ジョルザックだな?」
「あぁ? 確かにワシがジョンド・ジョルザックじゃが、お前さんみたいなガキが一体何の用だ?」
「決まっている。《職人神》とまで言われたあんたに俺専用の武器を作ってもらいたい。もちろん報酬は出そう」
「ハッ! 寝言は寝て言えクソガキ。この森を抜けてきたってんだから、それなりの実力はあるんじゃろうが、その程度じゃワシの作った武器は扱えん。とっとと帰んな」
そう言って家の中へと引っ込もうとするジョンドだったが、三月はニィと笑みを浮かべながらこう言った。
「あんたが作った武器なら扱える。あんたが『居眠りする片手間で作った鈍ら』だがな」
「何?」
訝しげに眉を顰めつつ振り向いたジョンドに、三月は腰の【白粉】を抜いて見せ付ける。
「ほぅ? こいつは確かにワシが作った作品じゃな。以前どこぞの武器屋が欲しがっていたから売った覚えがあるわい」
「俺はこの刀を十全に扱える。しかし、この刀でも俺の全力には耐える事は出来ない。だからあんたに俺専用の最高の刀を作ってもらいたい」
「ほぉ? 確かにこれはワシから見れば鈍らじゃが、一般的には名刀と言われる代物じゃぞ? それでもお前さんの力に耐えられんと言うのか?」
「当然だ。いくら業物でもこの俺が使っているんだ。いくら《職人神》が作った刀だろうとあっさり折れるさ」
「横柄なガキめ」
「で? 俺専用の刀作り、引き受けてくれるか? 受けてくれないのなら、《職人神》はこの程度の鈍らしか作れない、名前だけの爺だったっつう事になるけど? それでもお前のプライドは揺るがない?」
「……」
ジョンドはしばし三月をじっと観察するように見つめると、悔しげに拳を握り締めてこう言った。
「帰れ。ワシはもう全力で武器は作らん」
「ほぅ? そうやってあんたはまた逃げるのか?」
「何じゃと?」
バッと不機嫌そうに顔を歪め振り向いたジョンドに、三月はニヤニヤと口元を歪ませながらこう続けた。
「だってそうだろ? あんたはかつて《職人神》とまで呼ばれ、各国が咽喉から手が出るほどに求めていた。だがあんたが作り出した武器はあまりにも強力な力を持っていて、国はその武器欲しさにあんたを欲していた。そう、兵器製造機としてのあんたを。それに気が付いたあんたは姿を眩ませ、全力で武器を作る事をやめた。
確かにあんたの境遇は可哀想だ。人として見られていなかったんだからな。逃げ出したくなるのもよく分かる。だがな、俺からするとそれは笑い話に他ならない。あんたが逃げたかったのは国じゃない。武器作りからだ。職人が職人である事を放棄する。とんだ笑い話じゃないか」
「このガキ……貴様にワシの何が分かるって言うんじゃ」
「何も分からねぇよ? ただ、未練がましくちまちま武器を作ってる哀れな老人に対して説教でもしてやろうと思ってな。お前には力があるのに何故戦わない? お前の武器は職人としてのその腕だろう? ってね」
「それが、国1つ破滅させる事になっても……か?」
「使える力を使って何が悪い? 少しくらい自分勝手に生きてみろよ。その過程で国が滅びたとしても……まあ、どうでも良いだろ? 滅びるような国が悪いんだし」
ジョンドは三月の言葉を吟味するように瞑目すると、やがてふっと鼻息を漏らした。
「面白いガキじゃな。良いじゃろう。話だけは聞いてやる。入れ」
そう言ってジョンドは家の中へと促す。三月はロムにグッと親指を立てて見せると、ロムは少し呆れたように肩を竦めて苦笑する。
家の中へと入ると、そこかしこにジョンドが作ったと思われる武器が散乱しており、見た事もない鉱石なんかが無造作に置かれていた。
ジョンドがテーブルの椅子に腰掛けると、三月とロムも向かいの椅子に腰掛け、ようやく一息吐いた。
「じゃあ、早速交渉を始めようか」
「おいおい、話し合いを始めるならせめて素顔を見せんか」
ジョンドにそう言われ、フードを脱ぎ忘れていた事に気が付いた三月は「確かに素性を隠したままでは失礼だな」と呟くと、フードを脱ぎ去り女性顔負けの可憐な素顔を露わにする。
三月の素顔を見た途端、ジョンドは目を見開き驚いたように硬直する。いつも通りの反応だなと思っていた三月だったが、今回は少しだけ違った。
驚いたように硬直していたジョンドだったが、やがて何か考え込むように顎鬚を撫で始め、三月の顔をもう1度確認するように見てこう呟いた。
「ナツキ……か?」
「っ!?」
ジョンドの言葉を聞いた途端に、バンッとテーブルに手を叩き付けながら鬼気迫る勢いで三月はジョンドへと詰め寄った。
「おいその名前どこで知った!? 何故あんたがその名を知っている!?」
「と、突然どうしたのミツキ?」
「まあまあ、落ち着かんか。ちゃんと話す」
ジョンドにそう諭され、三月は興奮して荒くなった息を整え、ストンと椅子に座り込んだ。
「……で? その名前を何故知っている?」
「その前に確認しておきたいんじゃが、もしやナツキはお前さんの?」
「ああ、母さんだ」
三月がそう言うと、ジョンドは驚いたように目を見開き、やがて合点がいったかのように「やはりか」と呟いた。
「俺にそっくりで、ナツキなんて名前の奴は俺の母親、夜白七月以外あり得ないからな」
「そうか……お前さんがナツキの子か。時が経つのは随分と早いもんじゃな」
ジョンドは三月の顔を見て懐かしむようにそう呟くと、ふっと溜め息を吐いて微笑を浮かべた。そして当時を思い出すように語り始めた。
「ワシが何故お前さんの母親を知っているのか、じゃったな? あれは20年近く前の事じゃった。当時各国の追跡を逃れ、この辺りに移り住んだばかりの頃。ワシは職人としての誇りを失いかけ、武器作りをやめようと思っていた。これ以上ワシが作った武器が悪用されるのに我慢ならなかったのじゃ。
そんな時ワシの前に現れたのが齢13の小娘、お前さんの母親ナツキじゃった。ナツキは突然ワシに武器を作るように要求してきた。当然ワシは断ったのじゃが、お前さんと似たような事を言われて諭され、結局武器を作ってしまった。まさか親子二代に渡って説教されるとは思わなんだ」
そう言って苦笑を浮かべるジョンド。
「その後に聞いた話なんじゃが、ナツキは当時の【勇者】と一緒に召喚されてきた【従者】だったらしい。確かに新しい刀の試し斬りの際に、ドラゴンを斬っているのを見て並々ならぬ実力を持っているとは思っていたが、まさか異世界から召喚された【従者】だとは思ってもなかったわい。もしかしてお前さんも異世界から召喚された【従者】だったりするのか?」
「ああ、最近【勇者】の称号を持つ者と一緒に召喚された。まあ、今じゃ称号が変わっちまってたから、元【従者】だけどな」
「えっ!? ミツキって異世界人だったの?」
隣に座っていたロムが三月の話を聞いて驚いたようにそう言った。
「言ってなかったか? 俺の親友が今代の【勇者】で俺はその【従者】だった」
「へぇ? ところで、何で【従者】だったなの?」
「旅に出る際、俺は国に対してあるゲームを行った。その時に勇者である親友と戦った。かの聖剣、【天翼の剣】を持つ勇者とな。そして俺は真っ向から挑み、そいつに勝った。それから【従者】の称号は無くなった」
「【天翼の剣】に選ばれた勇者に勝った……じゃと? 物理的に破壊する事は不可能とまで言われ、勇者の能力を限界まで高める【天翼の剣】。その継承者をただの【従者】が倒した? 剣の継承者は成長すれば一個大隊にも匹敵する超人じゃぞ?」
「まだあいつも未熟だったんだろう。まあ、次戦ったとしても負ける気は全くしないが」
「その無駄に自信満々の態度、ますますナツキにそっくりじゃな」
「親子ですから」
そう言ってクツクツと咽喉の奥から笑いを漏らす三月を見て、ジョンドは苦笑を浮かべた。
「それで、他に母さんに関する話はないのか?」
「あの子はあまり饒舌な方ではなかったからな。そこまで多くの話はしとらん。武器を頂いたらさっさとどっかに行ってしまったしな」
「そうか……それじゃあ1つ訊ねたいんだが?」
「何じゃ?」
「実は俺の世界では、母さんは10年ほど前に事故で死んだ事になっているんだ。あんたから見て、母さんは事故で死ぬような奴だったか?」
「何を言い出すかと思えば……ナツキは先代の勇者と共に世界を救った女じゃぞ? たかが事故で死ぬわけがないわ」
「だよな。じゃあ、やっぱり生きてるのか。案外こっちの世界に来てるのかもしれないな」
三月はどこかホッとしたようにそう呟くと、自分の考えが正しかったのだと実感する。
もしかすると、以前レイトムが言っていた《ヤシロ》とは、母ナツキの事だったのではないだろうか。レイトムは《ヤシロ》という存在に一目置きながらも警戒していた。あの母ならば教会に喧嘩を売り、それでも尚平然としているだろうからだ当然だ。
話の内容が三月の中でパズルのように組み合わさっていくのを感じる。
三月は改めてジョンドに向き直りこう告げた。
「さて、話を戻そう。そんな母さんの息子であるこの俺、夜白三月にあんたは武器を作ってくれるか?」
「勇者に勝利し、あまつさえあのナツキの息子。実力としては十分じゃな。お前さんなら間違った使い方もせんじゃろう。良し! ワシもかつては《職人神》と言われた男。お前さんの腕に見合う最高の刀を作ってやろう!」
2人はお互いにニィと笑みを浮かべると、どちらともなく握手をして、交渉は成立した。
◆◇◆◇◆
「折れず、欠けず、よくしなり、尚且つ最高の切れ味を持った刀、か。それはまたシンプルだが難しい注文じゃな」
三月の注文にジョンドは思案するように顎鬚を撫でると、何かを思いついたようにこう言った。
「ふむ……作れん事もないかもしれんな」
「ホントか?」
「ああ。じゃが、それにはいくつか材料を集めてきてもらわねばならん」
「その材料ってのは?」
「まずは【スライムの核】を8属性全て。それと《クリアスライム》から採取できる【無】属性の核が必要じゃ」
「え? 【スライムの核】なんかで良い刀ができるの?」
ジョンドの言葉に疑問に思ったロムがふとそう口にするが、三月は何か思い当たる事があったのか納得したようにこう呟く。
「成る程、【スライム鉄鉱】か。無属性の核を器にして、それに8つの核を合成してようやく完成する合成金属。柔らかいのに壊れない。刀の作成にはピッタリの材料だ」
「ほぅ、それを知っておるとは、随分と博学じゃな?」
「それなりに勤勉なんでね。それに、《職人神》と呼ばれるあんたが、単なる鍛冶師なんかが思いつくような普通の金属を持ち出すはずがない」
「その通りじゃ」
ジョンドはどこか得意気に笑みを浮かべ、他の材料を告げていく。
「後は柄と鞘に使用する【精霊樹の枝】じゃな。これはこの《妖精の森》の一番奥地に生えてる《精霊樹》から取れるじゃろ。まあ、奥に進めば進むほど危険度は増すが、それくらい乗り越えられんとワシの武器の所有者には相応しくない」
この森に入った際、やたらとミムがはしゃいでいたのを思い出す。《精霊樹》とは精霊が宿っている大樹の事で、ミムはこの大樹に宿る精霊の気配を感じ取っていたのだろう。
「まあ、お前さん達なら何とかなるじゃろうが、最近は妙に魔物が活発化しておる。突然強力な魔物が発生したり、可笑しな行動を取ったりする。十分に気をつけるんじゃぞ?」
確かに最近魔物の様子がおかしいと三月も感じていた。先日討伐した《ウィンドワイバーン》は山の中腹辺りに縄張りを作り、その縄張りに侵入してきた外敵を主に撃退する魔物だ。それなの三月が戦った《ウィンドワイバーン》は縄張りでも何でもない《グリード荒野》に突如として現れ、冒険者達を襲い始めた。ジョンドが言うように何らかの影響で活発化し、巣を飛び出して人を襲い出したとしか考えられない。
「肝に銘じておく。それで材料はそれだけか? だったら今日は帰らせてもらうぞ。連れも退屈してる」
そう言って隣に座るロムへと視線を向けると、眠そうに舟を漕ぎ始めている。
パチンとロムの頭にデコピンを喰らわせて起こす。
「にゃっ!?」
「話は終わった。さ、帰るぞ?」
「ふぇ〜? あ、うん、分かった」
「じゃ、材料が全部集まったらまた来る」
「おう。気をつけて帰るんじゃぞ?」
三月はまだ眠たそうに目を擦っているロムの手を引いてジョンドの家を出ると、これからどうするかを考え始めた。
(先日の依頼の時に採取した【スライムの核】は8属性揃っている。後は《クリアスライム》から採取できる【無】属性の核と、【精霊樹の枝】が必要か。時間はあるわけだし、あまり焦らず探すとするか)
「うにゃ〜、ミチュキ〜、眠い〜……」
中々目が覚めないのか、ロムは三月の背中に抱きつき、ポーッと目を蕩けさせながらそう呟いた。
そんなロムに対し、三月は鬱陶しそうに眉を顰め、そして……
「いい加減にしろ!」
バシンッ!
「いったぁ!?」
一際強力なデコピンをロムの額へと叩き付けたのだった。




