023 妖精の森をあっさり抜けて
《トレイル》の町の北方に位置する魔素溢れる深緑の森。その魔素の濃さ故にあらゆる魔物や植物は活性化し、この辺りでは最も危険な場所として冒険者達から恐れられている。妖精が棲んでいるという噂からこの森は通称《妖精の森》と言われている。この森の本当に危険なところは魔物ではなく、人に幻惑を見せ迷わせる《妖精の悪戯》という現象が起こる事だ。その幻惑に惑わされた者は永遠に森を彷徨う事になり、遂には息絶えるのだという。
そんな《妖精の森》へとやって来た三月とロムは、噂など毛ほどに気にした様子もなく悠々とした足取りで森の中を進んでいた。
「ププ〜♪」
「ん? どうしたミム?」
突如三月の懐から飛び出し嬉しそうにその辺りを飛び回るミム。
「もしかして嬉しいんじゃない? ここって魔素が凄く濃いし、妖精がいるって言われてる場所なんだよね? 同族の気配を感じ取ってるのかもしれないよ?」
「成る程」
三月はロムの説明に納得したようにそう呟くと、嬉しそうにはしゃぐミムをガシッと捕まえて、咎めるような口調でこう言った。
「はしゃぎ過ぎだバカ。いくら同族の気配があろうとここは危険地帯だ。あまり不用意に動き回るな」
「プ〜……」
三月に諭され、しょんぼりとしたようにそう言うと、三月の頭の上にぽふんと乗っかった。
「まったく……これだから子供は困る」
「ミツキだってまだ年齢的には子供でしょ?」
「それを言ったらお前の方が子供だけどな」
「処女ですから!」
「非処女だから大人っていうその考えを捨てろバカ」
「えぇ〜!? だって、ロムは好きな人に大人の女性にしてもらうのが夢なんだよ! ちなみにミツキならいつでもウェルカムだよ!」
「はいはい、寝言は寝て言えこの小娘が」
「扱いひどっ!?」
面倒くさそうにしながらロムをあしらうと、三月の視界に黄色い円が複数表示された。どうやら魔物が隠れているらしい。
「ロム、構えろ」
「ふぇ? ……あぁ、りょーかい♪」
ロムも魔物の気配を感じ取ったのか、背に担いだ鉄槌を手に持ち構えると不敵に笑いながら前へ歩み出た。
「さぁってと。危険地帯の魔物っていうのはどれくらい強いのかなぁ?」
「流石に《ウィンドワイバーン》よりかは弱いはずだ。苦戦するような敵じゃない。軽く捻るぞ」
「うん!」
すると、草むらの中から謎の奇声を上げながら魔物が飛び出してくる。
「ふむ、危険度D+級の《グリーンリザード》と、B+級の《ナイトリザード》か。二足歩行で武器も使う上に、リーダーである《ナイトリザード》が群れを統率するから厄介ではあるな。少数の冒険者だと数に押し負けるし」
二足歩行の蜥蜴のような魔物を見ながら三月はそう分析を口にする。リザード達の手には、今までこの森で散って行った冒険者の物であると思われる武器が握られており、群れのリーダーである《ナイトリザード》は鉄の鎧に身を包んでいる。
ゴブリンも隊列を組んで襲ってきたが、あれはリーダーがいなかったためあっさり隊列を崩されてパニックに陥っていた。しかしこのリザード達は体格的にも2メートルと人間より大きいため危険度は明らかにゴブリンより上だろう。
「でも、ロム達にはそんなの関係ないよね?」
「まあな。俺は大勢との戦いに慣れてるし」
以前王都を旅立つ際に行った《契約ゲーム》でも、相手は自分より格上が16人だった。ただ武器を扱えるだけの蜥蜴如きに遅れを取る事はないだろう。
「さて、そんな話をしている内にあちらさん、隊列が組み終わったみたいだ。やっぱりリーダーがいると隊列を組むのも迅速だ」
目の前で隊列を組んでこちらを睨み付けているリザードを見ながら淡々とそう呟く。
リザード達は前方に盾を持ったリザードを配置し、その後に槍、弓、剣を持った個体が一列ずつ並んでいる。指令塔である《ナイトリザード》は後方に控え、剣を持ったリザード達が守るようにして取り囲んでいる。
「ほぅ、魔物如きが中々見事な隊列を組むものだ。まあ、一瞬で崩れるんだがな。ロムやってやれ」
「あいあいさー!」
ロムはそう言って鉄槌を肩に担ぐと、ダンッと力任せに地面を踏み抜いて加速し、あっと言う間に前列の盾リザードへと肉薄する。そして、両手で鉄槌の柄を掴むと、まるで野球のスイングのように体を捻り、鉄槌を盾へと叩き付けた。
ガッキイイイイイイイイイイイイイイイィィィンッ!!
森全体に響かんばかりの甲高い金属音を響かせ、ロムの鉄槌を盾リザードを後方へと弾き飛ばした。更に弾き飛ばされたリザードは、後方に控えていた別のリザードも巻き込みやがて木に激突して止まった。
見るも無残に陥没した鉄の盾。弾き飛ばされたリザードは木に激突した際に骨折して絶命してしまったのか、ピクリとも動かない。
改めてロムの怪力を見た三月は一つ口笛を鳴らして感心の声を漏らす。
「流石は吸血鬼。力は並じゃないな」
「えへへ、褒められちゃった」
「残りが来た。一気に片付けるぞ」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!』
奇声を上げながら突進してくる槍持ちのリザードをひょいと体を反らしただけでかわすと、キッと目を細めて腰に差した白塗りの鞘に収められた刀へと手を掛ける。
すれ違いざま、一瞬にして【居合】が炸裂するとリザードは音も無くその場に崩れ落ちた。
抜き放たれた血で赤く染まった雪のような刀身の刀、【名刀・白粉】の初の御披露目に三月は満足そうに口の端を吊り上げた。
「良い刀だ。これ以上の業物を作ってもらえると思うと、想像するだけで興奮するな」
「興奮したらっ! よっと! ロムがっ! 鎮めて、あげるよ! 下半身的な意味で!」
敵の攻撃を避けながらも普段通りの桃色オーラ全開なロムに辟易しつつ、三月は【白粉】を鞘へと収めてこちらへと向かってくる剣持ちのリザードを睨め付けた。
そして再び【白粉】を抜き放たれると、リザードは剣ごとその身を真っ二つに斬り裂かれ絶命した。
「ロム! 雑魚の相手は任せた。俺は指令塔を叩く!」
「りょーかい!」
そう言葉を交わし同時にそれぞれの敵へと攻撃を仕掛ける三月とロム。
「そぉ〜れ、吹き飛べぇ!」
ドォン! とロムの鉄槌の一撃が盾持ちのリザードに炸裂する。更に今度はそれだけでは終わらず【嵐独楽】を発動して周囲のリザードを次々に殴り飛ばしていく。
ロムが切り開いたリザードの間を駆け抜け、三月は指令塔である《ナイトリザード》と対峙する。
《ナイトリザード》は警戒したように剣を構えながら三月との距離を見計らうようにジリジリとにじり寄って来る。三月も姿勢を低くし、いつでも【抜刀】を行える体勢で身構えている。
そして最初に動いたのは三月だった。【縮地】による移動で一瞬の内に《ナイトリザード》の眼前へと肉薄した三月は、すかさず【居合】で攻撃を仕掛ける。
キイィッ!
「何っ?」
《ナイトリザード》は自らの剣で【白粉】を受け止め、三月を嘲笑うかのように口を開けて『シイイイィィ』と鳴いている。
「流石は魔物。人間より目が良いんだな」
三月は素早く刀を引き、その刀身を鞘へ収めると、どこか得意気に声を上げている《ナイトリザード》へ目を向けた。
「ふっ、たった一撃防いだだけで随分と天狗になっているようだな。所詮は爬虫類という事か」
その呟きを理解したのかしていないのか定かではないが、《ナイトリザード》は奇声を上げながら三月へと襲い掛かった。しかし、三月は振るわれた剣に目を配らせる事なくひょいと回避する。
「【居合】を受け止める事ができるというのなら、これは受け止められるかな?」
スラァと抜き放たれる雪のように白い刀身。
そして柄を両手で握り締めると、掲げるかのようにその刀身を天へと突きつけた。すると途端に、刀身へと魔力が収束し始め、その周囲には風の渦が発生する。
三月はニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、《ナイトリザード》へ言い放つ。
「さあ、俺の新しいスキル。とくと味わえ!」
スッと【白粉】を肩の位置で構え、そのまま刀身を袈裟掛けに振り下ろした。
「【抜刀・鎌鼬】!」
刀身から放たれた、魔力により作り出された人工の風は、荒れ狂う嵐の如き不規則な軌道で飛んでいきやがて、無数の《斬撃波》となって《ナイトリザード》の肉体をズタズタに切り裂いた。
防ぎようもない無数に飛び来る不可視の斬撃。鉄の鎧すら紙のように軽々と切り裂くその風に、為す術もなく全身の肉を削り取られた《ナイトリザード》は断末魔の声を上げながら息絶えた。
血糊を払うような動作で刀を振るい、刀身を鞘へと戻した三月は《ナイトリザード》の死体を見下ろす。
「ふっ、我が愛刀。貴様のような下賎な者の血で汚す事すら惜しい」
決め台詞のようにそう呟くと、突如ケラケラと笑い声が響き渡る。
「あっははは! 何それ、決め台詞? 三月もそういうの言ったりするんだね?」
《グリーンリザード》を一掃し終わったのか、ロムは鉄槌を背に担ぎ直しながらそう言った。
それを聞いて、三月はバツが悪そうに顔を逸らした。
「チッ。聞いてんじゃねぇよ。新技が上手く決まってテンション上がってたんだよ」
拗ねたようにそう言う三月の顔を、ロムはニコッと無邪気に笑いながら覗き込んだ。
「ふふっ、恥ずかしがらなくても良いよ。ちょっと意外ではあったけど、三月のそういうところ、ロム好きだよ? 結構カッコ良かったしね。だから、拗ねないで? ね?」
「……っ」
くいっと小首を傾げながら間近でそう話すロムをじっと見つめていた三月だったが、ルビーのような赤く綺麗な瞳を思わず見惚れるように見入ってしまい、頬を赤く染めてスッと視線を逸らした。
ロムはいつも本音で接近してくる。それなのに必要以上に心の中に踏み込んでくるわけでもなく、そっと隣に寄り添うような相手を安心させる雰囲気を醸し出している。そのため三月は本気で警戒を解いてしまい、どうにもロムのペースに呑まれがちとなる。
ただ、ロムを嫌っているわけではない。まだ会ってほんの数日の付き合いでしかないが、少なからずロムに対する好意を持ち始めている。パーティーメンバーとしての信頼だけではなく、胸の奥底から湧き上がってくる特別な感情もほんの少しだけ……。
そこまで考え、三月はピシッとロムの額にデコピンを喰らわせる。
「いてっ!?」
「ふん、誰が拗ねるか。下らない事言ってないでさっさと先に進むぞ」
「もう! 本当に素直じゃないんだから!」
ロムはそう言ってぷりぷりと怒ったように頬を膨らませると、早足に三月を追い越していく。
その様子を見て、三月はやれやれと肩を竦めて、こう呟いた。
「ふぅ……これだから子供は困る」
◆◇◆◇◆
それから数時間後、三月とロムは森の中に位置する岩山の近くまでやって来ていた。
「この岩山の麓にジョンドの家があるんだったか」
「結構早く着いたね」
それもそのはず。通常《妖精の悪戯》によって迷うはずの森を、三月は【識】を使って正しい道を導き出し、何事も無かったかのように進んでいたのだから。
「ホント、三月のスキルって凄いね。確か【識】だったっけ? どれくらいの情報を調べられるの?」
「さぁな。最近はますます精度が上がってきているから限界は分からない」
「ロムのスリーサイズとかも分かるの? あっ、1回解析されてるからもしかしてもう知られちゃってる?」
「……」
「やっぱり知ってるんだ! 乙女の秘密も丸見えなんでしょ!? 責任とって結婚して!」
「そんな事はいいからさっさとジョンドの家を探すぞ」
「あっ! 誤魔化した! 誤魔化したよねぇ!?」
三月はやたらとうるさく叫ぶロムを無視して岩山の麓までさっさと歩を進める。
岩山の麓へと到着すると、そこには岩山を削って造ったと思われる家があった。周囲には魔物除けの魔石(魔物除けの魔法が込められた石)が突き立てられている。
「本で見た《地人族》の家みたいだな」
「中から人の気配がするよ。やっぱりここで正解みたい」
「んじゃ話は早い。お宅訪問と洒落込もうか」
三月はそう言って、家のドアをノックした。
三月のおちゃめな一面が垣間見える回でした。そしてわずかに三月がデレています。




