022 新たなる武器を探して
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スライムの総数 【1024】匹
ミツキ・ヤシロ スライム討伐数【532】匹
ロム・エル・エスト スライム討伐数【311】匹
パーティー討伐総数 【843】匹+α
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その結果を聞いた受付嬢は笑顔を引き攣らせ、額に大粒の汗を浮かべながらこう告げた。
「えー……ミツキ・ヤシロ様、及びロム・エル・エスト様のパーティーのスライム総討伐数は【843】匹。1匹につき1000ビットの報酬が出るので、報酬は843000ビット。討伐数ナンバー1ボーナスでプラス50000ビット。更に《ウィンドワイバーン》の討伐ボーナス400000ビットを追加して……そ、総報酬額は1293000ビットとな、なります……」
新人冒険者とは思えないまさかの大金。これならしばらくは遊んで暮らせるな、と思う三月だったが、まだ存分に冒険を満喫していないため冒険をやめる気はこれっぽっちも無い。しばらくはこの受付嬢の心臓を驚愕で縮め続ける事になるだろう。
報酬を受け取った三月は半分をロムへと手渡す。報酬を受け取ったロムは「こんなに?」と目を丸くした。
「でもミツキの方が討伐数は多いんだよ? こんなにもらえないよ」
「これはパーティーとしての報酬だ。パーティーメンバーであるお前に半分報酬を与えるのは当然の事だろう?」
「ん、んー? そうかなぁ?」
どこか納得のいかない表情を浮かべるロムは、しばらく重さで敗れるんじゃないかと思うほど膨らんでいる袋を見つめ、やがて決心したようにこう告げた。
「そうだ! じゃあ半分の半分はパーティーの共有財産って事にしちゃおう! もし使う時は2人で相談する。これなら不公平じゃないよ」
「……」
その提案に三月は特に反応を見せず、ロムは不安そうに眉を顰めた。
「えっと……駄目、かな?」
「いや、駄目ではないが……お前はこれからも俺とパーティーを組み続ける気なんだと思ってな」
「ふぇ? ロムは初めからそのつもりだったよ? さっきも『これからもよろしくね』って言ったでしょ? ミツキは違うの?」
「いいや、今回の依頼を通して1人では出来ない事もあると分かったからな。改めてパーティーを継続するように頼むつもりだったんだが」
「へ? そうだったの?」
「だから改めてよろしく頼む」
「あ、うん。こちらこそよろしくね?」
お互いにパーティーを継続する事を確認すると、ロムは自分の報酬の半分を三月へと手渡した。
「はい。これが共有財産の分。三月が管理して。ロム、こういう事苦手だから」
「分かった」
三月はそう言って自分の報酬と共に共有財産を《箱庭倉庫》に仕舞う。
さあ帰ろうという空気になったその時、新人冒険者を先導していたギルドの訓練教官ノイマンがこちらへと歩いてきた。
「む、もう帰るのか? これから打ち上げを行うつもりだったのだが」
「報酬はもらったんでね。疲れたからとっとと帰って休みたいんだ」
「ふむ、そうか。それで、ランクはどれだけ上がったのだ?」
「あ? どういう事だ?」
「いや、これだけの戦果を出したのだ。ランクが上がってもおかしくはないと思ったんだが……違うのか?」
よく分からないといった三月の表情に、ノイマンは怪訝そうな表情を浮かべ受付嬢の所へと歩み寄った。
「ちょっと良いかな? 彼の戦果は先ほど報告したと思うのだが、それでランクが上がらないというのはどういう事なのだ?」
「あの、ミツキ・ヤシロ様は今回が2度目の依頼達成となります。Fランクから昇格するには最低でも5回はFランク以上の依頼を達成していただかなくてはなりません」
「だが彼は《ウィンドワイバーン》を倒すほどの実力者だぞ? それをFランクでくすぶらせといて良いのか?」
「いや、そうは言われましても……」
「それくらいにしといてやれよ、教官」
三月の言葉にノイマンは受付嬢に詰め寄るのをやめ、三月へと向き直った。
「今回の依頼はパーティーにおける連携を見るのが目的だったはずだ。故にこの功績はパーティーのものであり、俺個人のものではない。故にランクの上昇は無し。そうだろ?」
受付嬢に確認するように訊ねると「は、はい」と頷いた。
「確かにその通りだが……」
「ならそれで良いだろ。俺は報酬さえもらえればそれで良いし、ランクにだって別に拘りはない。いきなり高ランクになっても面白味が無いしな。人間地道に努力するのが一番だよ」
努力しなければ強くなる事ができなかった三月だからこそ、誰よりもそれを理解している。
ノイマンは三月の言葉に考え込むように瞑目する。
「それにこれは俺の問題だ。あんたが口を挟む事じゃない。はっきり言ってお節介が過ぎる」
「……それもそうだな」
三月の言葉にようやく納得がいったのか、ノイマンは受付嬢に「すまなかった」と頭を下げた。
「ランクとは冒険者にとっての勲章であり、高ランクであればあるほど自分の名前に箔が付くため、普通ならば拘りを持つものなのだが……どうやら君は私達とは全く違う次元に立っているようだ。いずれ君ならば伝説のSSSランクに到達する日が来るかもしれない。その時を楽しみにしているよ」
そう言い残し、ノイマンはギルドホールのカフェで酒盛りを始めた冒険者達の一団へと戻って行った。
「教官、良い人だよね? 他の人の事をよく考えてくれてる」
ノイマンの後ろ姿を眺めつつロムがそんな事を呟いた。
「良い奴ではあるな。まあ、良い奴過ぎてるから、自分の事をもっと大切にした方が良いと思うけどな」
「ふふっ、仕方ないよ。彼は教官なんだもん。新人の冒険者達が大切で仕方ないんだよ」
「そんなもんか」
「そんなもの。ロムだってミツキの事、大切だよ?」
「あっそ。とっとと帰るぞ。体力の限界だ」
「あ、ちょっ! 待ってよミツキー。もう! 早い男は嫌われちゃうよー?」
「黙れ」
◆◇◆◇◆
翌日、三月は壊れてしまった刀に代わる新たなる刀を探してロムがおすすめだという武器屋へと向かっていた。
「で、その店には刀はあるのか?」
三月がそう訊ねると、ロムは自信満々に笑みを浮かべた。
「多分ね! 刀自体この辺では結構珍しい武器だけど、あの店ならきっとあるよ。ロムの鉄槌だってそのお店で買ったんだもん!」
「確かに、お前の武器も結構珍しいもんな」
「うんそうなの。ロムの筋力だと、普通の武器はすぐ壊れちゃうんだ……でも、これは大丈夫だったの。先端部分が凄く硬くて、柄の部分はよくしなるように出来てるからロムの力にも耐えられるの」
「しなりか……」
三月はそう呟いて考えるように顎を手に置く。
通常、刀は薄く脆いが斬る事に特化した武器である。しかし、硬く丈夫なだけでは使い物にならない。刀身が硬く丈夫であり、尚且つ良い具合にしならなければ鋭い切れ味は出す事ができないのだ。その全てが完璧であり、達人の腕に見合う品こそが業物と呼ばれるのだ。
三月の刀にはしなりが足りていないが故、刀身が技に耐え切れず折れてしまうのだろう。
「良い刀が見つかれば良いが……」
そう心の中で切に願いつつ、2人は目的の武器屋へと到着した。
【レジネス武具店】と書かれた薄汚れた看板が掛けられ、外装を見た限りでは他の武器屋とそう大差ないごくありふれた店。
「ここが、そうなのか?」
「うん」
とりあえず中へと入ると、そこにはカウンターに腰掛けボーッと宙を眺めている1人の中年男性の姿があった。やる気の欠片も感じられないその男性を見て、本当にこんな所に良い武器があるのかと不安を覚える三月だったが、やたらとロムが自信満々なためきっと品質は良いのだろうと結論付ける。
「おじさん、こんにちは!」
「んぁ? あ〜、えっと……確かこの前鉄槌を買って行ったお譲ちゃんだったか? 武器の調子はどう? ちゃんと使えてる?」
「うん! 全然壊れないし大丈夫」
「そーかい。で、今日は何の用?」
本当に商売する気があるのか、と言いたくなるようなぶっきらぼうな態度でそう訊ねた店主に、ロムはこう返した。
「えっとね、今日はロムの仲間の武器を探してここに来たの。刀って、置いてあるかな?」
「仲間ってぇとそっちの男……だよな? その坊主の武器、しかも刀を探してるのか」
店主は三月の体を頭の先から足の先まで観察し、やがて手の平を凝視し始めた。
「……ほぅ? 随分と綺麗な手をしているが、ほぼ毎日刀を握っているな? 相当力の扱いに長けていると見た」
確かに三月の手の平には通常訓練などでできる、所謂剣ダコというものがほとんど見当たらない。だが、それは刀を振る際の力の流動が完璧である証拠だ。
「怠惰な店主かと思っていたが、中々良い観察眼をお持ちのようだ」
「ぅ、あ〜……怠惰っちゃぁ怠惰だがな。仕事ってメンドイし。でも、人を見る目は確かだ。技量の足りていない奴に良い武器を売ったって、宝の持ち腐れになるだけだからな」
「それで? この俺に見合うだけの武器は置いてあるのか?」
三月がそう訊ねると、店主は「待ってろ」と呟き店の奥へと入って行き、しばらくすると何やら細長い箱を手に持って戻って来た。
店主が箱を開けると、中に入っていたのは白塗りの鞘に収められた1本の刀だった。
「氷雪鉄っつう金属から作られた、【名刀・白粉】だ。今ウチの店にある刀ではこれが一番の業物だな」
「……」
試しに手に取ってみると、まるで羽を手にしているかのような軽さだった。白塗りの鞘から刀身を抜き放つと、現れたのはこれまた雪のように真っ白な不思議な刀身だった。地球には存在しない金属から作られているためか、僅かに魔力を帯びているのが見て取れる。
思わず感嘆の声を漏らすほどの美しさと、一目見ただけでも伝わるその切れ味。確かにこれは名刀と言われてもおかしくはないだろう。
試しに一振りだけ振ってみると、以前とは比べ物にならない剣速が出た。
「どうだ? 気に入ったか?」
「……」
再度刀身をじっと見つめた三月は、スンと鼻を鳴らし、
「……まだ足りない。俺の全力には耐えられない」
「何?」
訝しむように首を傾げた店主。
三月は以前使っていた折れた刀を取り出してカウンターへと置いた。それを見た店主は目を丸くして折れた刀を手に取った。
「おいおいこりゃあ、確かに使われてる金属は玉鋼とありがちなもんだが、王宮専属の鍛冶師が作ったそこそこの業物じゃねぇか。何を斬ったらこんなになるんだよ?」
「《スモールゴブリン》【58】匹と、スライム【532】匹と、《ウィンドワイバーン》【1】匹だ」
「《ウィンドワイバーン》……成る程、あんな硬い鱗を斬ったんじゃあ、こうなるのも頷ける。それにワイバーンを倒すほどの技量、【白粉】でも満足できないっつうのも理解出来るな」
「それで? これ以上の刀は用意できないのか?」
三月がそう訊ねると、店主は難しい顔を浮かべながらぶつぶつと呟く。
「……この坊主なら……いや、だがあの爺さんが……」
そして、やがて結論が出たのか、店主は三月へと向き直ってこう告げた。
「用意する事は、できるかもしれん。だが、【白粉】を越える刀が欲しいっつうのなら、多少の危険は覚悟してもらうが良いか?」
「どうすれば良い?」
「この【白粉】の製作者に会うんだ。そいつなら【白粉】を越える刀を作れるかもしれん。ただ、そいつは偏屈な爺で、この町の北に位置する《妖精の森》つう場所の奥地に住んでやがる。しかも行ったとしても武器を作ってくれる保証は一切無い。それでも行くか?」
「当然だ」
「そうか、分かった。なら俺から言える事は何も無い」
「情報提供、感謝する。して、その職人の名前は?」
「……あまり大っぴらに話さないようにしてくれよ? あまり表沙汰にして良い名前じゃないからな」
「約束しよう」
「分かった。その職人の名前はジョンド・ジョルザック。かつて人間最高の職人とまで謳われた伝説の職人だ」
その名前を聞いた三月は、以前その名前をどこかの本で見かけたのを思い出し、[目録]の中からその名前を検索する。
「ありとあらゆる武具や装飾品を作り出し、全ての職人の頂点にと立つ者。人間にして神とまで呼ばれた職人。《職人神》ジョンド・ジョルザック。彼の作った武器はあまりにも強力であり、その腕前を欲して各国が奪い合い、やがて忽然と姿を消した。まさに伝説の職人。そのジョンドがこの【白粉】を作ったってのか?」
「あぁ。本人は『居眠りする片手間で作った鈍ら』だと言っていたがな」
「これが鈍ら……」
もしこの【白粉】を越える品が作れるというのなら、それはどれほどの刀なのか。伝説の《職人神》が本気で作る刀。非常に興味深い。
三月は知らず知らずの内に浮かんだ笑みを消し、店主に訊ねた。
「この刀の値段はいくらだ?」
「ん? 買ってくのか?」
「あぁ。どちらにしろ新しい刀が出来るまで代理が欲しかったところだ。後は情報料の代わりだな」
「そうかい。【白粉】の値段は550000ビットだ。良い刀を作ってもらえると良いな」
「ああ」
三月はそう言ってカウンターに550000ビットを置き、【白粉】を腰に差してロムへと向き直る。
「さ、行くぞ」
「ふぇ? どこに?」
「もちろん、《妖精の森》だ。早めに武器の作成を依頼しておきたい。暗くなる前にさっさと行くぞ」
そう言ってさっさと店を出る三月をロムは慌てて追いかける。
「あっ、ちょっ!? おじさんありがとね、またいつか会いに来るよ! もう! 待ってよミツキィー!?」
「はいよ、またね」
ぶっきらぼうにそう言ってロムの姿を見送ると、店主はカウンターに突っ伏して居眠りを始めた。




