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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
22/54

021 衝撃の風

 《ウィンドワイバーン》。それはかつて勇者である四郎が一撃の下に屠ったと言われる《ドラグワイバーン》と同等の魔物で、ドラゴンの亜種とも言われる高い凶暴性を秘めた魔物だ。中でも《ウィンドワイバーン》は風属性の攻撃を得意とし、竜巻を発生させる息吹に暴風を巻き起こす翼の羽ばたきなどが主な攻撃方法。完全に懐に入ってしまえば風の攻撃は防げるのだが、今度は鋭い爪による処刑が開始される。非常に厄介であり、新人冒険者ではまず太刀打ちできないであろう強敵である。

 と、三月は以前図鑑で見た《ウィンドワイバーン》の特徴を思い出しながら【識】を使って状況を分析している。

 するとワイバーンは巨大な顎を開くと、空気と一緒に周囲に漂う魔素を吸い込み始めた。それを見た三月の視界には、[表示]の能力によって攻撃の軌道が光のラインとして表示ガイドされた。

「全員! 左右に散開しろ! 竜巻が来る!」

 三月がそう叫ぶと、新人冒険者達はハッと我に返ったかのように一目散に走り出した。

 それと同時にワイバーンは膨らんだ肺の中から、溜め込んだ魔素を一斉に吐き出した。

 吐き出された魔素は体内で魔力に変換され、荒れ狂う空気に干渉して1本の竜巻を形成した。

 ガリガリと荒野を削り取りながら冒険者達に襲い掛かる竜巻。だがしかし、既に三月の視界に映し出されたラインの中から冒険者達は脱している。

 竜巻は誰もいない荒野にただひたすらに破壊を撒き散らすと、やがて魔力が尽きたのかシュゥと音を立てて消滅した。

 ただ1人の冒険者も仕留める事が出来なかったワイバーンは怒り狂ったように咆哮を上げると、翼を羽ばたかせ暴風を発生させた。

 まるで台風をそのまま詰め込んだようなその魔物に、たった1人立ち向かったのはギルドの訓練教官であるノイマンだった。

 手には人1人分はあると思われる大剣を携え、暴風の中を突っ切ってワイバーンへと特攻した。

「全員聞けぃ! ここは私が喰い止める! 諸君らは全力でこの場から退避するんだ! 命が欲しくば走れぇッ!!」

 魂から響き渡るようなノイマンの叫びに、新人冒険者達は何かを感じ取ったのか、お互いに頷くと全速力で町の方へと走り出した。

 そして三月も、ノイマンの叫びから何かを感じ取っていた。

「あの教官……ここで死ぬ気だな。自分1人がここで犠牲になる事で未来ある新人冒険者を守ろうとしているんだろう」

「どうするの?」

「正直、俺にとってはどうだって良い事だ。あの教官がどうなろうと俺が知った事ではない。だが、あの魔物を放っておくと近々町の方にも被害を及ぼす危険がある。ここで狩ってしまうのが一番良い。その結果、あの教官の命が助かれば、まぁ、儲けもんだな」

「ふふっ、そこは素直に助けたいって言えば良いのに」

「本心からどうだって良いって思ってるさ。ただ、助けられるのが分かっているのに、見捨てては明日の寝覚めが悪いと思ってな」

「くふっ♪ そっか。それでどうする?」

「昨晩立てたプランは覚えているな?」

「もちろん! プランA、予想外の事態が発生した場合、まずはその場から退避して状況を確認する。その後状況に応じて戦闘を開始、だね?」

「ああ、退避は既に完了している。後は、状況に応じて戦闘に割り込む。俺の予想では後数分もすればあの教官は負ける。元AAランクとは言っても所詮は元。ベテランの冒険者が束になってようやく倒せるワイバーンに勝てるはずがない」

 そう言って三月は単身ワイバーンと死闘を繰り広げるノイマンへと視線を移す。


    ◆◇◆◇◆


(クッ!? 何て日だ! まさかこんな所にワイバーンが現れるとは! この荒野にはそこまで危険な魔物が現れないと高をくくって、高ランクの冒険者を連れてこなかったのは失敗だったか!)

 ノイマンは迫り来る爪を大剣で払い除けながら攻撃の糸口を必死に探す。だが、次の瞬間、

 ガィンッ!

「な、何!?」

 なんと、ワイバーンはノイマンが大剣で爪を払い除けようとしたその瞬間、器用にもその足で大剣を掴み取った。そしてもう片方の足が襲い掛かってきたところで大剣を手放し何とか難を逃れたのだが、それこそがワイバーンの狙いだった。

「ハッ!? いかん、距離をっ」

 そう、《ウィンドワイバーン》は常に近距離を保つことで風による攻撃から逃れることができるが、距離を取ってしまった場合には風を防ぐ手立ては無くなる。

 こちらへと向けて《竜巻の息吹》を吐こうとしているのを見て、ノイマンは諦めたように項垂れる。

(ここまでか……)

 目蓋を閉じたノイマンへと向けて息吹が吐き出されようとしたその瞬間、突如としてバゴンという打撃音が周囲に響き渡った。

 何事かと目を開けたノイマンが見たのは、鉄槌を手にした銀髪の少女が

ワイバーンの顎を打ち抜いている姿だった。

「とぉりゃっ!」

 銀髪の少女、ロムはさらに追い討ちを掛けるように鉄槌を振り上げ、ワイバーンの脳天へと振り下ろした。

 地面に頭をめり込ませるほどの勢いで叩き付けられたワイバーンは、悶え苦しむように咆哮を上げて立ち上がる。が、そこにロムと入れ替わるように立ち塞がったのは、涼しい顔をしてワイバーンを睨み付ける少年、三月だった。

「さ、来いよ蜥蜴野郎。自慢の爪を俺に見せてみろ」

『ギュウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!』

 怒りの咆哮と共にワイバーンは爪を振り上げ三月へと襲い掛かる。

「ロム! お前はこいつの背後に回り込め!」

「りょ〜かい♪ あ、教官、危ないから早く逃げた方が良いよ」

「あ、ああ」

 ロムに言われるがまま、教官はその場から離れ逃げ出した冒険者達の後を追う。

 三月は視界に映し出される攻撃の軌道を見ながら、軽い足取りで紙一重で爪を回避していく。当たりそうなのに当たらない三月に、ワイバーンはさらに怒り狂ったかのように爪を振り回した。

 ただ乱雑に振るわれる爪を軽々と回避しつつ、危険度AAランクと言ってもこの程度か、と呆れたように鼻を鳴らした。

 そして地面を蹴り付け、ワイバーンの目線と同じ高さまで跳び上がった三月は、刀の柄へと手を添えた。

「【抜刀・居合】っ」

 プシャッ、とワイバーンの鼻先に斜めに傷が走る。ワイバーンは鼻先から血を流しながら痛みに悶えるように暴れ出した。

「ふっ、やはりただの蜥蜴野郎だったか。つまらんな」

 そう言って嘲笑うかのように口元を歪める三月にワイバーンは息吹を吐こうと顎を開く。だが、その瞬間、突如として背中に走った衝撃に、ワイバーンは体を弓なりに折りながら硬い荒野の大地へと叩き付けられた。

 バッゴォ! とあり得ない爆音を響かせながらワイバーンへと叩き付けられたのは魔力の輝きを帯びたロムの鉄槌だった。ワイバーンの背中の鱗を粉々に破壊するほどの威力で放たれたのは、鉄槌の先端に魔力を収束し、全力で振り下ろす事で威力を増大させる、現在ロムが使える【鉄槌】スキルの中でも最大級の打撃技、【大打撃】である。

 大地へと叩き付けられ、体中の骨を粉々に粉砕されたワイバーンだったが、そこは流石はドラゴンの亜種と言ったところか、何とか両の足で立ち上がり翼を羽ばたかせ始めた。

 突如巻き起こる暴風に三月とロムは目を細めながら何とか持ちこたえるが、ワイバーンの体は空へと舞い上がっていた。

「チッ、あの蜥蜴め。逃げる気だ」

 翼を羽ばたかせながら遠くへと逃げようとするワイバーンの姿を見ながら、三月はある事に気がつく。

「あれは……マズイな、町がある方角だ。町に滞在してる冒険者がいるから撃退はできるだろうが、一般人には少なからず被害が出るぞ」

「どうするの?」

「プランBだ」

「敵が逃げ出そうとした場合、その敵の退路を塞ぐ……だったよね? でも、敵は空にいるから退路を塞ぐのは無理だよ?」

 ロムの言葉に三月は遠ざかるワイバーンを見ながら必死に頭を回転させる。

(現在のワイバーンまでの標高は60メートルほど。ダメージの所為か飛翔速度はあまり速くない事を考慮すると……行けるか?)

 何かを思いついたのか、三月はロムにある提案をする。

「おい、俺をあいつの所まで投げる事はできるか?」

「ふぇ?」

「お前の筋力パラメータならば、俺をあいつの所まで投げられるのかと訊いている」

「で、出来ない事もないと思うけど……大丈夫なの?」

「知らん。だが、やらなければ町に被害が出る。今この場で頼れるのはお前しかいないんだ」

「……うん。分かった、やってみる」

 そう言ってロムは三月の足を掴むと、ひょいと持ち上げた。

「ちょっと辛いかもしれないけど我慢してね?」

「分かった」

 するとロムはジャイアントスイングのように回転し始めた。

 視界がぐるぐると回り体が千切れそうなほどの遠心力に意識が遠退く。

「いっくよー! そぉれぃ!」

 ビュバアッ! 砲弾のように空へと投げ出された三月は、全身が空中分解しそうになる苦しみを必死に押さえつけながら、徐々に近付いてくるワイバーンの後ろ姿を睨み付ける。

 大体50メートルほどの所で、三月の上昇速度が緩やかになり、やがて地面に向けて落下を始めた。

(チッ、足りない! 後少しなのに!)

 完全に空中へと放り出される形になった三月だったが、まだその瞳には諦めの色は浮かんでいなかった。

(この状況を脱するスキル! 【瞬】のスキルである【縮地】は大地を踏み締め、今見える全ての世界を捨て去って最速となり、再び大地を掴む事で世界に戻る加速技。だったら!)

 三月は全神経を足の裏へと集中し、スローモーションに流れる視界の中ワイバーンの姿をはっきりと捉えた。

 次の瞬間、足の裏で何かが弾けるような音と共に、三月の肉体は上空へと跳ね上がった。

(虚空を踏み締め、今見える全ての世界を捨て去って最速となる! そこからさらに虚空を踏む! その名は……【天駆てんく】!)

 まるで空を飛ぶ燕の如き速度で上空へと舞い上がった三月は、もう1度パァンという空気が破裂したような音を足の裏から響かせに真っ直ぐにワイバーンへと肉薄した。

 突如として自分の真横に出現した三月の姿に、ワイバーンは動揺したような声を漏らした。

「落ちろや、蜥蜴野郎」

 三月はその場で【居合】を発動すると、ワイバーンの片翼を根元から斬り落とした。

 パッキィンという三月の刀が砕ける音が上空に響き渡る。上昇した三月の技量、そしてワイバーンの硬い皮膚に遂に刀が耐えられなくなったのだ。

「くっ!?」

 片翼を失って落下するワイバーンと共に、重力に任せて自由落下を始める三月。しかしまだ三月の攻撃は終わっていなかった。

「これで退路は断ったし身動きもできないだろう!」

 三月は折れた刀をその場で投げ捨てると、手の中に魔力を収束させてゆく。そしてその魔力は徐々に圧縮され、遂には1本の光り輝く刀を形成した。

 かつて勇者四郎を倒したその刀。全てを断ち切る光の刃、勝利をもぎ取る最後の布石【月桂樹】。

 三月は【月桂樹】を上段に構えると、落下の速度に任せてそれを全力で振り下ろした。

「【抜刀・大魔斬り】イィィッ!!」

 さらに長くなった光の刃はワイバーンの首筋へと叩き付けられ、硬い鱗をいとも容易く貫くと、その首を一刀両断した。

 断末魔を上げる暇さえなく絶命したワイバーンと共に、落下していく三月。目の前には《グリード荒野》の硬い大地が迫っていた。

「ミツキィ!」

 そう叫びながら落下地点へと駆けて来たのはロムだった。ロムは走りながら跳び上がると空中で三月の体を受け止めた。

 ドドォンッ!

 墜落したワイバーンを背に、スタッと綺麗に着地を決めたロムはその場に三月を降ろすと、心配そうに顔を覗き込んだ。

「ミツキ、大丈夫……?」

「あぁ……何とかな」

 正直耐久パラメータが低いのに連続して無茶を重ねたためか、全身の筋肉にギシギシと軋むような鈍い痛みが走っているのだが、ロムになるべく心配をかけさせないために必死に耐えている。

「良かった……」

「ぅ……」

 心底安心したようなロムの顔を見て、三月は思わず頬を紅潮させて目を逸らした。まさか出会って1日しか経っていないにもかかわらず、ここまで純粋に安心を露わにされると、心の奥底から気恥ずかしさが湧いてきた。

 そんな三月の様子を楽しむようにクスクスと笑みを漏らすロム。

「も〜、ミツキったら恥ずかしがりやさんなんだから」

「うっせぇ」

 三月がそう言って苦笑を浮かべると、遠くからノイマンが「おーい」と叫びながらこちらへと駆けて来るのが見えた。

「さぁって! これで今回の依頼は終了だね! どれくらい稼げたか楽しみだなぁ〜?」

「俺はまた武器が壊れたから新調しないとな。やっぱもう、普通の刀じゃ耐えられないか」

「じゃあロムが一緒に探してあげる! 良い武器屋知ってるから明日行ってみようよ!」

「それも良いかもしれないな」

「わーい! 明日はミツキとデートだぁ!」

「デートじゃない……」

「デートだよデート! 男女が一緒に町に出掛けて買い物! そして夜はベッドに直行だよ!? これがデートじゃなくて何なの!?」

「知らねぇよ。……ハァ、もうデートで良いや」

 妙にテンションの高いロムの相手をするのが面倒くさくなったのか、もう何でも良いやと思いながら疲れたようにそう呟いた。

 そんなこんなで、新人冒険者に向けたスライム討伐依頼は幕を下ろした。

【天駆】。足の裏に一瞬だけ魔力の膜を張って虚空を蹴り付け、空中での移動を可能にする技。それなりの筋力値を要求されるため、現在の三月では連続して使用出来る回数は2~3回まで。

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