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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅱ章 聖なる闇の蠢き
21/54

020 スライム大量討伐依頼

「ねぇねぇ、ミツキはどこの宿に泊まってるの?」

 町の中を歩いていると、ロムがふとそんな事を訊ねてきた。

「この近くにある教会兼孤児院の宿舎の一室を借りて生活している。シスターが食事代だけで構わないって言うから宿泊費はタダだ」

「へぇ〜、良いなぁ。でも教会って苦手かも。みんな人間至上主義で正体がバレると襲われるし。ロムは神様信仰してないもん」

「俺だって神なんか信仰してない。頼まれたって御免だな。でも、あそこのシスターは種族差別はしないぞ? 孤児の中にも獣人の子供が何人か混ざっているしな」

「そうなんだ。それならロムもそっちに移ろうかなぁ? 交渉したら泊めてくれるかな?」

「さぁな。ミスティの事だから多分大丈夫だと思うが」

「じゃ決まり! ロムはミツキと同棲します!」

「ただ同じ屋根の下に泊まるだけだがな」

 やたらとテンションが高いロムの話に適当な相槌を打ちつつ、三月は今更ながらに思いついた事を口にする。

「しっかし、お前まで来たらあの孤児院、4種族も集まってることになるな。しかも2つが稀少種族」

「ふぇ? そうなの? それに稀少種族が2つって……もう1つは何て種族?」

 三月はトントンといつものように懐を軽く叩いて合図をする。するとローブの中からミムが顔を覗かせた。

「わっ! 可愛い! もしかして精霊?」

「あぁ、俺の契約精霊のミムだ」

「ふぁ〜……触っても良い?」

「好きにしろ」

 ロムはミムを持ち上げると、よしよしとその頭をぷにぷにと撫で始めた。

「プ〜」

 ミムは気持ち良さそうに目を細めると、ロムに擦り寄り始めた。どうやら撫でられるのが気に入ったらしい。

 傍から見ると水饅頭を手に持った美少女が笑っているようにしか見えない奇妙な光景だが、ロムが喜んでいるので良しとした。

 そんなこんなでしばらく歩いていると、教会の正門へと辿り着いた。中へと入ると丁度ミスティが聖堂の中から出てきたところだった。

「あら? お帰りなさいヤシロさん。依頼の申し込みはできたんですか?」

「ああ、そっちは丁度昼の礼拝が終わったところか?」

「はい、たった今。あら? そちらの方は?」

 三月の後ろに立っていたロムを見てミスティが小首を傾げながらそう言う。ロムは一歩前に出るとパッと明るく笑うと快活と話し始めた。

「こんにちはっ! 今日からミツキとパーティーを組む事になったロム・エル・エストです! よろしくねっ」

「あ、そうだったんですか。私はミスティ・ローレンス。この教会のシスターをやっています」

 お互いに自己紹介を済ませると、まず次の話題を切り出したのはミスティだった。

「それで、ロムさんは何故我が教会に?」

「その、ミツキとパーティーを組むに当たって、滞在する場所は近くの方が良いかなぁと思って、その交渉に」

「成る程、そうですか。でも残念ながらもう宿舎には空き部屋が無いのです」

「え? あー、そっかー。やっぱり無理かぁ……」

 ミスティの言葉に残念そうに肩を落とすロム。

「別に俺は同じ部屋でも構わんぞ? もう1台ベッドを運び込んで、衝立ついたてでも置いてスペースを仕切れば大丈夫だろ」

「んー、万が一間違いを起こされては……」

「俺がそれを許すと思うか?」

「思いません」

 即答だった。

 ミスティは暫し悩むように視線を逡巡させると、やがて決心したようにロムに告げた。

「間違いだけは起こさないようにしてくださいね? そういう事を絶対するなとは言いませんが、建物には子供も多くいますので、もしするなら外で……」

「青姦ですね、分かります」

「そういう意味じゃねぇよ」

 三月はロムの頭を軽く小突いた。

「でも外ならしても良いって」

「誰が屋外でしろっつったよ。そもそも、んな事する気は一切無いぞ?」

「ぶーぶー……」

「ぶーたれても駄目だ。で、ミスティ。こいつの宿泊は許可してくれるな?」

「え、ええ」

「安心しろ。こいつの面倒は俺が見てやる」

「じゃあミツキの夜の性処理はロムがっ!?」

 スパァン! と小気味良い音が響き渡ると同時に、頭を抱えてその場に蹲るロム。

 三月は【居合】の要領でポケットから抜き放った平手をヒラヒラとさせながら、イラついたように目を細めロムを見下ろす。

「お前はしばらく静かにしていろ。次はグーで殴る」

「りょ、了解……」

 そんなわけで、ロムの教会への宿泊が決定した。


    ◆◇◆◇◆


 その日の晩、三月は寝床を共にする事になったロムと2人で、翌日の依頼に関する打ち合わせをしていた。

「お前、ランクは何だ?」

「ん? Dランクだよ?」

「今までパーティーを組んだ事はあるか?」

「んー? 集団で参加する依頼になら出た事はあるけど、パーティーを組んだことは無いかなぁ……?」

「じゃあ連携に関する指示は俺が出して良いよな? どうせどっちも連携の素人なわけだし」

「そうだね。ミツキの方がそういう事は向いてると思うよ。常に主導権を持って行動してそう」

「そうか?」

「うん。夜の連携の時もずっと主導権握ってそう」

「意味分からん」

 そんな調子で翌日のプランを練って行き、ロムが寝落ちしかけた頃に打ち合わせは終了した。


    ◆◇◆◇◆


 翌朝、《トレイル》の町の西門には多くの新人冒険者が集結していた。革の鎧や魔導師然としたローブを着ている者達がひしめく中、一際存在感を放っている2人がいた。

 闇をそのまま抜き取ったかのような黒衣を身に纏い、フードで顔を覆い隠している。Fランクにもかかわらず防具となりえるものは一切装備しておらず、腰に佩いてある刀はこの辺りでは珍しいのか注目を集めている。しかしそんな注目など毛ほどに気にした様子のない。この男こそが最近ギルド内でも期待の新人と噂されているFランク冒険者、夜白三月である。

 そしてもう1人が銀糸のような美しい銀髪を二つに結び、白を基調とした服に身を包んでいる赤瞳の美少女ロム・エル・エストである。背には武器と思わしきロッドにも見える鉄槌を背負っていて、その華奢な体躯からはとても戦闘ができるとは想像しにくい。

 そんな異彩を放つ2人は新人冒険者が集まる人混みの中、いつになったら出発するんだ、と退屈そうな表情を浮かべていた。

 そしてしばらくして、この集団を先導すると思わしき壮年の男性が現れ、声を発した。

「諸君! よくぞ集まってくれた! 私が本日君達の先導を務めるノイマンだ。普段はギルドで訓練教官をしている。今では一線を退いているが、元AAランクの冒険者だ。何かトラブルがあった時は私に任せてくれ

 では! 今回の依頼に関して大雑把な説明をさせていただく! まず今回の依頼は《グリード荒野》に大量発生したスライムの駆除が目的だ。そしてこの依頼の主旨は、冒険者同士のパーティー内での連携を鍛える事にある。スライムは確かに1体1体の力は弱いが、数が集まればそれなりの戦力となる! だからこそ、我々も連携を取りながら依頼に当たってゆかねばならない! 分かったか!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 やたらと暑苦しいノイマンの説明を半ば聞き流していた三月は、スライムなら肉を落とすだろうから集めてミスティにでも分けてやろうと考える。

「スライムを倒した数だけ報酬がもらえるが、中でも最も討伐数が多かったパーティーにはギルドから追加で報酬が払われる事になっている! 各人気を抜かないように! では、出発!」

 そう言って歩き出したノイマンを先頭にして、新人冒険者の集団は町の外へと出発した。


    ◆◇◆◇◆


 一刻ほど経過し、《グリード荒野》に到着した三月達がまず見たのは荒野全体をうぞうぞと彩っている、ぷにぷにの軟体生物の姿だった。

 あらゆる色で染まった荒野はどことなく幻想的であり、経験の薄い新人冒険者達は一様に感動の表情を露わにしていた。

「凄い、綺麗……」

 と雰囲気に物を言わせて腕を取ろうとするロムの手をパチンと弾きながら、三月は集団のリーダーであるノイマンに声を掛ける。

「おい。これ全部倒してしまって構わないんだよな?」

「うむ。ここまで多いとは少々予想外だったが、まあ何とかなるだろう。早速討伐を開始しよう!」

 ノイマンの言葉に各々が武器を手に取り、目の前で蠢くスライムの群れに狙いを定める。

 三月とロムもまた同じように武器を手に先日練ったプランを確認し合う。

「昨日の打ち合わせ通りに行くぞ。とにかく素早く、広範囲。その後はなるべく離れないようにしつつ、他のパーティーよりも多く殲滅する」

「りょーかいっ。全力でやっちゃうよ!」

 パチンとウィンクをするロムを見て、三月は思わず頬を緩めると、キッとスライムの群れを睨み付けた。

(誰よりも素早く、そして多く。全てを殲滅する!)

 左手に握られた鞘に収められている刀身に【魔力収束】で集められた魔力が収束、圧縮されていく。

「では……討伐、開始ぃ!」

 ノイマンの号令と共に一斉に駆け出す冒険者達。

 三月は号令と同時に【縮地】を発動し、誰よりも速くスライムの大群の下へと肉薄する。そして収束した魔力と共に全力で刀身を抜き放った。

「【抜刀・山茶花】!」

 現在三月が持ち得る中でも最強の威力と範囲を誇る剣技【山茶花】。鞘の内より解き放たれた極光は刃となりてスライムへと襲い掛かった。

 ズッシャアアアアアアアアアアァァァッ!!

 《グリード荒野》の大地を抉り取りながらスライムの大群を真っ直ぐに斬り飛ばしていく光の斬撃は、三月の正面に存在する全てのスライムを殲滅してようやく消滅した。

 Fランクの冒険者が放ったとは思えない圧倒的な一撃に、冒険者一同呆然とするが、それにさらに追い討ちを掛けるが如く銀色の風がスライムの大群に突撃した。

 空高く跳び上がったロムは鉄槌を上段に振り上げ、悪魔のような凶悪な笑みを浮かべたままスライムを見下ろす。

「そぉ〜れっ、【地雷打じらいだ】ぁ♪」

 ドガッシャアアアアアアアアアァァァッ!!

 鉄槌がスライム達の中心に叩き付けられると同時に、凄まじい轟音が荒野全体に響き渡った。

 まるでロムの周囲だけ隕石でも落ちてきたかのようにクレーターができており、周囲のスライムはもちろん1匹残らず吹き飛んでいた。しかもそれだけではまだ攻撃は終わらず、鉄槌の着打点を中心に、地面に雷のように波打つひびが生まれ、やがて小規模の地割れを発生させ周囲のスライムを飲み込んだ。

 ロムは満足したように鉄槌を肩に担ぐと、満面の笑みを浮かべながら指を2本立てたVサインを三月へと向けた。

(中々やるじゃないか。流石は《吸血族》の《真祖》と言ったところか)

 自分も負けてられないなと、口元を三日月形に歪めると背後から飛び掛ってきていたスライムを斬り裂いた。

 さらに自身の周りを取り囲むように集まってきたスライムを【居合】で

斬り刻むと、そのまま正面で蠢くスライムの海へと身を投じた。

 スライムの海を縦に引き裂かれる。スライムに死をもたらす黒い風は速度を一切落とす事無く突き進む。

 するとその時、三月の正面からスライムを叩き飛ばしながらこちらへと接近してくる人影があった。ロムである。

「【嵐独楽】!」

 ロムは鉄槌を両手でギュッと握り締め、野球のバットを構えるようなフォームで振り被ると、全身を独楽のように回転させながら周囲のスライムを叩き潰して行く。周囲に暴風すら巻き起こす理不尽なその攻撃は、さながら何もかも吹き飛ばす嵐同然であった。

 クルクルと回転しながら三月の前までやって来たロムは、ニコッと太陽のように明るい笑みを向けると、自慢げに胸を張った。

「ね? パーティーを組んで正解だったでしょ?」

「ふっ、俺のパーティーだ。これくらいやってもらわないと困る」

「むー……だったらもっと頑張っちゃうよ!」

「そうしてくれ」

 2人はどちらともなく背を突き合わせると、チラとお互いに視線を交差させ、全く同時のタイミングで目の前のスライムへと襲い掛かった。

 ギルド教官のノイマンは、その光景を驚愕の表情で眺めていた。

(あの2人、本当に新人冒険者なのか!? 個々人の能力も然る事ながら、連携もベテランの冒険者のそれを遥かに上回っている! AAランクの全盛期の私……いや、それ以上!)

 その後、ノイマンは1000体にも上るスライムの、半数以上がたった2人の手によって討伐されたという事実を終始驚愕しながら眺めていた。


    ◆◇◆◇◆



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 スライムの総数 【1024】匹

 ミツキ・ヤシロ スライム討伐数【532】匹

 ロム・エル・エスト スライム討伐数【311】匹

 パーティー討伐総数 【843】匹


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 圧倒的過ぎる戦果を上げた三月とロムは、早速ノイマンに呼び出されパーティーの討伐数が1位である事を伝えられた。町に帰還後追加で報酬が支払われるであろう事を伝えると、今度はスライムの部位の分配に取り掛かった。

 スライムから採取できる素材は【スライムの肉】、そしてごく稀に落とす【スライムの核】と呼ばれる球体だ。

 核を【識】で[解析]すると、どうやら特殊な魔力の塊である事が発覚したため、何かに使えるだろうと思いもらっておく事にした。核にはスライムの種類ごとに属性が決まっているようで、今回もらったのは【火】【水】【風】【土】【雷】【氷】【光】【闇】の8属性であり、一般的な属性は全て揃っていた。

(スライムはごく一般的に見かける魔物でありながら、謎の多い魔物だ。持っていて損はないだろう)

 そんな風に考え、肉と一緒に《箱庭倉庫》に仕舞い込むと、腰の刀を抜いて刀身を確認する。すると、魔力コーティングをしたにもかかわらず刀身は欠けていた。

「チッ、やっぱり俺の技量に見合うだけの刀を探さないと駄目か……」

 刀身を鞘に戻し、ハァと面倒くさそうに溜め息を吐くと、どこかご機嫌そうに微笑んでいるロムへと声を掛けた。

「どうした? 妙にご機嫌じゃないか?」

「いやぁ、やっぱりロムの思った通り、ミツキって凄いんだなぁって思ってさ。ちょっと嬉しくなっちゃった♪」

「どういうことだ?」

「一目見た時からミツキって強いんだろうなぁって感じてたの。そう、スモールゴブリン【58】匹を討伐して帰ってきたあの時からね」

「お前、ギルドホールにいたのか?」

「うんっ。その時から目を付けてたんだ。で、思った通り。ロムの目に狂いはなかった」

「ふっ……そうか」

「だから〜、これからもよろしくね? ミツキ?」

「……」

 自分の顔を顔を覗き込むようにして、ニッコリと太陽のように明るい笑みを浮かべたロムを見つめ、三月は悩んだように眉を顰めると、やがて面倒くさそうに鼻を鳴らし、

「……よろしく」

 とぶっきらぼうな態度でそう答えた。

「むー……心が籠ってないよぉ! やり直し〜!」

「断る」

 きっぱりと即答して、ロムに背を向けた三月は、ほんの僅かに口の端を吊り上げ、ロムに見えないように薄っすらと笑みを浮かべた。

「もう、素直じゃないんだから」

「うっせぇよ」

 そんなやり取りをしながら町への撤退命令を待っていると、突如として荒野全体を揺るがすような暴風が吹き荒んだ。

 砂煙に目を細めつつ、何事かと状況を探る三月のすぐ上空を、何やら巨大な影が横切った。

 やがて暴風が止むと、冒険者達は各々何が起こったのか理解できず、どこか挙動不審にキョロキョロと周囲を見回している。

 そしてしばらく緊張の時間が流れ、遂にその時は訪れた。


『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!』


 突如、空気を揺るがすほどの轟音が《グリード荒野》全体に鳴り響いた。全員がその轟音の発生地を振り返ると、そこにいたのはスライムとは比べ物にならない威圧感を放つ巨躯の魔物。

 全身が緑の鱗で覆われ、足の先に見える鋭い爪は分厚い鉄板ですら容易に引き裂く脅威の威力を秘めている。長い首の先には剣のように尖った鼻先の頭を持を持ち、二枚の翼を羽ばたかせながら暴風を起こし大地へと降り立った。

 その魔物はドラゴンの亜種とも言われる、冒険者の間で恐れられている強力な魔物。

 危険度AAランク、《ウィンドワイバーン》である……。

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