019 登場! 銀髪美少女!
「やれやれ、昨日は遊び過ぎてしまったな」
そう言いながら三月は2日ぶりにギルドの戸を潜った。先日は子供達と1日中遊び尽くし、全員と打ち解けるまでに至った。ミスティも子供達が喜んでいる姿を見て、余程嬉しかったのかいつも以上にニコニコとしながら三月にお礼を言ってきた。
さて、今日三月がやって来たのは依頼を受けるのはもちろんのこと、先日から噂されていた新人冒険者へ向けての依頼の申し込みが開始されたためである。良い成績を上げた冒険者にはより多くの報酬が出るというのだからやらないわけにはいかないだろう。
ギルドホールへと足を踏み入れた三月は何やら不穏な空気を感じ取り、怪訝な表情を浮かべ眉を顰めた。どこかホール内が険悪な雰囲気が漂っている。
(何かあったのか?)
そう思いながらやたらと人が集まっている場所があったので視線を向けつつ、その人混みの中心で何やら言い争いをしている男女の姿が見えた。
1人は全身を鎧で包んだ重戦士の男。そしてもう1人は三月よりもいくらか年下に見える、銀糸のような美しい銀髪の小柄な少女だった。
話の内容を聞いた限りだと、男の方が少女を自らのパーティーに誘おうとしたが少女に断られ強引に勧誘しているといった内容だった。恐らく少女の容姿に釣られて、下心から強引に勧誘しているのだろう。
確かに少女は美少女と言っても遜色ない容姿をしているというのには三月も頷ける。両端で結ばれた銀糸のようなサラサラの銀髪に、血のように赤くも美しいルビーのような瞳。目は少々ツリ目気味だが全体的な雰囲気が幼いためか、どことなく無邪気な子供のような印象がある。胸は巨乳とは決して言えないが、全く無いというわけではなく、服越しでもほんのりと膨らみが分かる程度にはある。肌も白く健康的で、体の全てのパーツが作り物めいた美貌を醸している。
(って、何してんだ俺はっ)
思わずその少女に見惚れてしまっている自分を自覚し、雑念を振り払うように頭を振って受付カウンターへと向かう。
「おい。新人冒険者に向けての依頼が出たと聞いたんだが?」
「あ、あなたは」
受付嬢は三月の姿を見た途端に表情を硬くしてそう言った。先日ゴブリン討伐の際に報告を行ったあの受付嬢だ。
「で、依頼はあるのか?」
「あ、はい。つい先ほどギルドより正式に新人冒険者向けの特別依頼が発表されました。発表されたんですが……」
「どうかしたのか?」
どこか言い辛そうに営業スマイルを引き攣らせる受付嬢の様子に、三月は怪訝そうに眉を顰めて訊ねる。受付嬢はその言葉に答えるかのように言い争っている2人の冒険者へと視線を向ける。
その仕草に合点がいったのか、三月は「ああ」と呟いた。
「もしかして、今回の依頼はパーティーを組まないと参加できないのか?」
「は、はい……そうなんです。今回の依頼では、冒険者同士での連携などの訓練も兼ねているので」
「成る程、それであんな事になってるのか」
「はい」
疲れたように肩を落とす受付嬢を多少不憫に思いながらさてどうするかと考える。
(パーティーを組まないと参加できない、か。でも俺、冒険者に知り合いいないんだよなぁ)
そう内心でぼやきつつ、先ほどの冒険者2人の方に視線を向ける。すると、銀髪の少女がこちらを見て、何かを思いついたようにクスと笑う。
嫌な予感を背筋に感じた三月は、すぐにその場から退散しようと考えたのだが……
「あ〜! いたいた! ダ〜リ〜ン!」
「はっ!?」
手を振りながら満面の笑みで人混みを割ってこちらへと駆けて来る少女に、思わず驚愕を露わにして振り返る。
今まで2人に注がれていた全ての視線が自分に向けられている事を自覚した三月は、心底面倒事に巻き込まれる体質なのだと肩を落として辟易する。
少女は三月の腕にギュッと抱き締めると、三月にだけ聞こえるような小さな声で言葉を発する。
「(ごめんね。ちょっとだけで良いから話を合わせてっ)」
「(チッ、迷惑な奴めっ)」
三月は一瞬だけ面倒くさそうな表情を浮かべると、すぐさま話を会わせるために言葉を紡いだ。
「誰がダーリンだ。誰が。単なるパーティーの仲間ってだけだろうが」
「おい」
するとその時、先ほどから少女と言い合っていた重装の男がこちらへと歩み寄って来ていた。
「お前、この女のパーティーメンバーなのか?」
「ああ、そうだ」
「ね? だからさっき、パーティーはもう組んじゃったからあなたとは一緒に行けないって言ったの」
「ふん、それにしては他のメンバーは見えないようだが、そいつだけなのかぁ? それならもっと人数がいる俺達のパーティーに入った方がお得だぜぇ?」
「人数が多くても連携が取れなくちゃ意味ないでしょ?」
「そういうこった。あんたもそろそろ諦めたらどうだ? しつこい男は嫌われるぜ?」
そろそろこのやり取りにも面倒になり場を収めようと三月がそう言うと、逆効果だったのか、男はイラついたように顔を顰めた。
「そんな女みたいな顔した弱そうな男より、俺達と組んだ方が絶対安全だぞ?」
「冒険に危険は付き物だよ? 絶対安全なんて無いよ?」
「それに、お前みたいに防御を専門としているわけでもないのに、ガチガチの重装で固めてるような臆病者なんかと組みたいわけないだろ?」
「き、貴様ぁ!」
男は三月の言葉に激怒したのか、背の長剣を鞘から抜き放ち突きつけるように構えた。
三月はそれを何て事のない物であるかのように鼻を鳴らした。
「やめておけ。武器を使うってことはこっちも武器を使うことになる。話し合いで解決できるんだから怪我するようなことはするな」
「うるせぇ! いきなり出て来て偉そうなことばかりほざきやがって! ぶっ殺してやるよ!」
この前もこんなやり取りがあったような気がするな、と思いながら三月は目で少女に離れるように言って、刀の柄に手を掛けた。
「はっきり言わせてもらって良いか? 剣を抜くって事は相手に剣の間合いを教えるってことだ。素人はもっと状況を確認してから剣を抜いた方が良い」
「黙れぇい!」
そう叫んだ男は長剣を上段に構えて振り下ろす体勢に入る。そして三月も腰を低く構え、柄を握り締めた。
キィンッ!
金属同士が擦れるような甲高い音がホール全体に響き渡る。刀と長剣がぶつかった音かと誰もが一瞬錯覚するが、男はまだ長剣を上段に構えたまま振り下ろしてはいない。そして何故か三月はカチンと刀を鞘に戻す動作を行っている。
何が起こったのか周囲の野次馬達が一切状況を理解出来ていない中、突如としてそれは起こった。
「なっ!? なななななっ!?」
何やら男が突然慌て出したその瞬間、男が着ていた分厚い金属の鎧が縦真っ二つに割れた。
ガシャンと地面に鎧が落ちたその瞬間、目の前の華奢な男がこれをやったのだと気が付いた一同は、あまりにも現実離れしたその光景に思わず息を呑んだ。
あれだけの重装を一瞬で破壊し、そもそも刀を抜いたことさえ気付かせない早業。これがFランク冒険者の技などと誰が思うだろうか?
三月は呆然と立ち尽くす男に肩を竦めながら、「まだやるの?」と目で訴える。
男は慌てたように長剣を鞘に戻すと、覚えてろと言いたげに三月を睨み付け、ギルドホールから出て行った。
三月は男が出て行ったのを確認すると、少女を一瞥するが特に何も言わず、ツカツカと受付カウンターまで戻りこう言った。
「さっきの依頼の件なんだが」
「え? あ、は、はい!」
「俺とこいつでパーティー組むから申し込みよろしく」
三月は少女を指差しながら受付嬢にそう言うと、ギルドカードを提示する。少女もポカンとした表情を浮かべていたが、慌てたようにカードを取り出してカウンターへと置いた。
「えと……は、はい! 今すぐに!」
受付嬢は大急ぎで申込書に何やら書き込むと、2人にカードを返却した。
「はい。これでお2人の依頼の申し込みは完了となります。依頼は明日の朝9時頃に町の西門に集合して開始されますので、時間に遅れないようにしてくださいね?」
受付嬢の説明を聞いた三月はカードを仕舞うと、少女の方を振り返る。
「来い」
「えっ? あ……」
少女の手を強引に引きながら、ギルドの外へと出て建物の裏手へと回り込む。そこまで行ってようやく手を放した三月は、少々厳しい目付きで少女を睨み付けるような視線を向けた。
「それで? 何か俺に言う事は?」
「えと……ご、ごめんね。変な事に巻き込んじゃって」
「ハァ……謝罪はいらん。謝るなら最初からやるな。後助けてもらったらありがとうだろうが」
「え? あ、うん。助けてくれてありがと。それでその……」
「パーティーを組んだのは迷惑料の代わりだ。どちらにしろ誰かと組まないといけなかったからな。お前もそうだろ?」
「うん、そう」
そこまで話して、三月はフゥと吐息した。
「はっきり言わせてもらうが、俺はまだ全く満足していない。パーティーを組んだだけじゃ気が済むわけがない。何か支払える対価はあるのか?」
「うーん、まだDランクだしそこまでお金を持ってるわけじゃないんだよねぇ。高値で売れる物も無いし」
少女はうんうんと悩むように頭を垂れると、ピンッと何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ! じゃあ、あたしを貴方にあげる! もちろん戦いの時は力を貸してあげるし、エッチな事をしたくなったら……ちょっとくらいなら、しても良いよ?」
「もう良い、帰れ」
突っぱねるように三月がそう言うと、少女は不満そうに唇を尖らせる。
「えー? 何でぇ?」
「何でも何も、お前なんかいらん」
「そう? これでも腕っ節には自信があるんだけどなぁ? それに美少女だよ? 欲情しない?」
「自分で美少女って……いやまあ否定はせんが」
「でしょ?」
「調子に乗るな。ハァ……で? 本当に腕は立つのか?」
「もっちろん! パラメータ教えてあげよっか?」
「いや、自分で調べる」
「ふぇ?」
三月は【識】を発動して目の前の少女のパラメータを[解析]で調べる。すると、
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《ロム・エル・エスト:[14歳][女]》
種族:吸血族
筋力:[AA+]
耐久:[A]
敏捷:[B]
魔力:[AA+]
魔抗:[A+]
スキル:【鉄槌】[大打撃・地雷打・嵐独楽]
【体術】[正拳突き・弧月蹴]
属性:血
魔法:【血液魔法】 [紅十字|(攻撃)]
[血癒(治癒)]
[ブラッディ・スパイク(攻撃)]
[レッド・スプラッシュ(攻撃)]
[吸血鬼ノ焔(攻撃)]
称号:【吸血姫】[吸血姫・真祖の吸血鬼・冒険者・覚醒者・破壊の鉄槌・血液魔導師・不死に最も近い者・白銀の福音]
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少女のパラメータを見た瞬間、三月は目を見開いて驚愕を露わにする。
(なっ! おいおい、《吸血族》だと? 本にもほとんど情報が残されていない稀少種族が何故こんなところに? しかも全ての《吸血族》の祖とも言われる《真祖》だと? パラメータも四郎に並ぶほど高いし、こりゃ魔人を越える最強種と言われるのも頷けるな)
そんな事を考えている内に段々と頭が冷静になってきたのか、ふぅと息を吐き、少女へと視線を戻した。
「名前はロム・エル・エストで良いんだよな?」
「えっ? 何で分かったの?」
「俺のスキルは特別でな、他人のパラメータだろうと個人情報だろうと覗き見ることができるんだよ。だからお前が何者なのか、全部分かった」
「っ!?」
ロムは咄嗟に自らの体を抱くように一歩後ずさると、どこか不安を孕んだ瞳を三月へと向けた。
「じゃ、じゃあ、もしかして?」
「ああ、お前が《吸血族》、しかもその《真祖》ってことまで知ってる。パラメータも勇者級だし、吸血鬼ってのは凄いんだな」
「ロ、ロムをどうする気なの……?」
「特にどうこうする気は無いが?」
「はぇっ?」
意外な三月の答えに、ロムはポカンと口を開けて目をパチパチとさせると、もう一度「えっ?」と言葉を漏らした。
「確かにお前は珍しい《吸血族》、しかもその《真祖》だ。だからってお前をどうこうする権利は俺には無いな。単純にお前の事を調べたのは、本当にパーティーを組んで俺にメリットがあるかどうかを確認したかったからだ」
「でも、ロム人間じゃないよ? 吸血鬼なんだよ? それでも良いの?」
「種族の違いなんて些細な柵に興味は無いからな。そんな小っちぇこと気にしてる暇があったら本でも読んでるよ。そっちの方がよっぽど有意義だ」
「……」
「それに吸血鬼の力を貸してくれるってんなら貸せ。お前の力は魅力的だ」
「……フフ、面白いね、貴方」
そんな三月の言葉を聞いたロムは緊張が解けたようにクスクスとした笑いを漏らした。
「改めて自己紹介するね。ロムはロム。ロム・エル・エスト! 真祖の吸血鬼です! 処女です! 夜のアクロバットに興味津々です! 末永くよろしくね?」
「誰が末永くよろしくするか、この下ネタ娘。……ミツキ・ヤシロだ。とりあえずよろしく」
「よろしく〜♪」
ガバッと抱きついて来たロムを鬱陶しそうに振り払うと、三月はさっさと歩き出した。ロムはそんな三月の釣れない態度がむしろ気に入ったのか、ニコニコと笑顔を浮かべながらその後を追いかけて行った。
はい、遂にメインヒロインの登場でした。彼女の実力は次回、それなりに見る事ができると思います。
ちなみに、吸血鬼というのは《吸血族》の通称です。




