017 宿探し
スモールゴブリン討伐のために《オルハーブの森》を訪れた三月は、すぐに討伐のためにゴブリンを探し始めた。【識】で周囲を解析し、ゴブリンの足跡や仕掛けられた罠の形跡、通った道などを探索していく。
数分後、獣道を進んで行くと大きな岩肌にポッカリと口を開けた洞窟を発見した。その洞窟の周囲には木で作られた柵が張られている。どうやらここがスモールゴブリンの住処のようだ。
「んじゃ、早速討伐開始と行きますか」
「プーッ」
ミムが頭の上で気合の掛け声のつもりなのか声を上げる。それを聴き、三月は思わずクスリと微笑を浮かべた。
「そうだな。初めての依頼だし頑張らないとな」
「ププー」
契約を交わしているからか、何となくミムの言いたい事が理解できたような気がした三月。そしてしばらく洞窟内の様子を【識】で探っていると、どうやら中には50匹以上のゴブリンが住んでいるらしかった。ゴブリンは1匹見つけたら50匹はいると思えと言われる、ゴキブリのような扱いの魔物だ。まあ、ゴキブリよりも力はあるし、大勢で襲ってくる事もあるから危険なのだが。
そんな事を考えていると、洞窟の中から緑色の肌をした頭部に小さな角が生えた鬼のような魔物が姿を現した。ゴブリンである。
石槍のような粗末な武器を手にしていて、どこか周囲を警戒するような雰囲気があるので、入り口の見張りか何かなのだろう。
三月は「丁度良い」と呟き、ニヤリと悪戯っぽく笑みを浮かべた。
懐に手を突っ込んだ三月が取り出したのは1本の投げナイフ。それを指の間に挟み狙いを定めるように振り被ると、ヒュッと音を立てて見張りのゴブリンの足下に投げつけた。
突如攻撃を受けた見張りのゴブリンは三月の姿を視認すると、仲間を呼ぶかのように意味不明な叫び声を上げた。
「ギギャギャギャギャギャッ! ゲギャーッ!!」
すると、数十秒ほど待っていると洞窟の中からドカドカと大量の足音が響いてきた。
洞窟の中から現れたのは各々が武器を装備した40匹近い数のスモールゴブリン達。
三月はそんなスモールゴブリン達を挑発するかのような笑みを浮かべ、刀の柄に手を掛けた。
「さあ、来い」
その声を皮切りに、ゴブリン達は一斉に三月へと向けて襲い掛かる。
ある者は棍棒を手に、ある者は石槍を持ち突進し、ある者は後方から弓矢を放った。
だが、三月はニィと不敵な笑みを浮かべると、まず飛んで来た弓矢を【居合】で斬り払い、前方にいる棍棒を持った数体のゴブリンの首をさらに【居合】を発動して斬り落とす。そして石槍で突進してきたゴブリンを跳び上がる事で回避し、空中で一回転しつつそのゴブリンの首を斬り落とした。
5秒足らずの一瞬の内に10匹以上の仲間を殺されたゴブリン達は、どこか慌てたような様子でバタバタと走り始めた。
そんなゴブリン達の様子を見た三月は、どこか納得したような調子で口を開いた。
「成る程、ゴブリンは大勢で一気に攻めて少人数の人間を襲う。だが、少しでも戦力が削られると恐慌状態に陥りパニックを起こすのか。まあ、最弱の魔物だから仕方ないといえば仕方ないか」
淡々とそう呟いた三月は頭の上のミムに呼びかける。
「ミム、実験開始だ。お前の【憑依】を見せてくれ」
「プーッ!」
ミムは頼られた事が嬉しかったのか、頭の上でぴょんぴょんと跳ねると、その体を銀色に輝かせてスゥッと三月の体の中へと入って行った。
ミムと同化するような不思議な感覚を感じる。それが徐々に体に馴染んできた頃には、全身に溢れんばかりの力が漲ってきていた。
試しにパラメータを確認する。すると、
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
《夜白三月:[16歳][男]》
種族:人間族
筋力:[C+]
耐久:[C−]
敏捷:[AA]
魔力:[AA]
魔抗:[A+]
スキル:【識】[解析・蒐集・目録・再現・表示]
【瞬】[縮地]
目録:【抜刀】[居合・魔斬り・燕返し・弧月斬・山茶花・月桂樹]
【魔力収束】[放出・圧縮・固定]
属性:無
魔法:【 】
称号:【識者】[異世界人・識者・勇者を越えし者・蒐集者・抜刀士・電光石火・箱庭使い・魔断剣士・知識を刻む者・決意する者・精霊の契約者・精霊使い・冒険者]
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
パラメータが底上げされていた。やはり【憑依】とは、四郎の【英霊憑依】と似たような効果があるらしい。
「ほぅ、能力は1.5倍ってとこか? 中々の上昇値だ。魔力と魔抗だけミムのものがそのまま反映されているんだな」
視界の端には【174】という数字が浮かび上がっており、どうやらこれが【憑依】の持続時間のようだ。元が【180】なので、3分間の間はこの状態を持続する事が出来る。
「んじゃ、早速試してみるか」
三月はそう呟いて刀の柄をキュッと握り締めると、【縮地】を発動して一瞬にして近くのゴブリンへと肉薄する。そして自らの魔力を使用して刀身に魔力を集中させる。
「【抜刀・魔斬り】広範囲展開。必殺、【大魔斬り】ッ!」
以前《三人娘》との戦闘でも使用した【魔斬り】の広範囲展開。だが、今回は以前とは比べ物にならない量の魔力を集中させている。
三月は一瞬にしてそれを抜き放つ。すると大人1人分はある刃が鞘の中から現れ、目の前のゴブリンだけではなく周囲のゴブリンの首も斬り落とした。しかし攻撃はそれだけでは収まらず、通常よりも高いパラメータにより放たれたその一撃は空気の壁を破り不可視の刃、《斬撃波》となって遠くに待機していた弓兵のゴブリンをも斬り裂いた。
まさに圧巻の一撃と言っても良いその威力に、技を放った本人でさえ言葉を失った。非力で最弱などという言葉は既に三月の中から跡形も無く消滅している。
「もし今の状態で【山茶花】を放ったら、周囲を更地に出来るんじゃないか?」
そんな風に呟いて苦笑を浮かべると、残りのゴブリンも殲滅していく。
【縮地】を使う事もなく一瞬で攻撃の間合いへと入り込むと、問答無用でその首を斬り落とす。しかも段々と高パラメータに肉体が慣れてきたのか、更に速い速度で瞬く間にゴブリンを殲滅してしまう。
1分も経たない内に、40近い数のスモールゴブリン達は、無残にも全て首を斬り落とされて絶命していた。
そんなゴブリン達の死を、三月は哀れむ事もなく淡々と作業を進めている。この世界に召喚されてから自分以外の誰かを殺す事は覚悟していた。故に可哀想だとか、済まないという感情は一切湧いてこなかった。
三月はゴブリンの死体を全て《箱庭倉庫》に収納し、一息吐く。
「とりあえずこれで全部か。本当は角だけでも良かったが、スモールゴブリンの内臓は薬にもなるらしいし、そこそこの値段で売れるんだよな。それに15匹以上なら追加報酬も出るし」
と、そこまで言ったその瞬間、持続時間が尽きたのか三月の体内からミムが姿を現した。それと同時に全身を駆け巡ったのは目眩を起こすほどの疲労感と、魂が抜けていくような倦怠感だった。
刀を杖の代わりにして膝を付くと、荒い呼吸を整えつつ、現在の状況を分析する。
「体力の急激な……低下。魔力の過剰、消費っ。限界を、越えた肉体の酷使……ってところか。ハッ! 中々厳しい副作用だな」
「プー……?」
どこか心配するような雰囲気を纏いながら三月の顔を覗き込むミム。そんなミムの頭を蒼い顔で撫でつつ、薄っすらと儚げな笑みを浮かべた。
「……大分落ち着いてきた。さ、洞窟の中に残っているゴブリンも狩りに行くぞ」
「プー!」
◆◇◆◇◆
「す、スモールゴブリンの討伐数【58】体及び、棲み処の壊滅。さらにその遺体も全て持ち帰っているので達成報酬30000ビットに加え、追加報酬216000ビットがギルドより出されます。な、なので合計246000ビットが今回の依頼の報酬となります……」
ギルドの受付カウンターへと今回のスモールゴブリン討伐依頼の達成を報告に行くと、受付嬢は引き攣った微笑みを浮かべながら今回の依頼の成果を読み上げた。その報告を聞き、三月は特に驚く事もなく今回稼いだ金額の計算を始める。
(ふむ、依頼達成で30000ビット。棲み処壊滅で100000ビット。遺体の回収で116000ビットってところか。何かの条件を満たした場合には追加報酬が出るんだな。これからはもうちょっと細かい依頼説明を受けてから受諾するようにするか)
受付嬢は「報酬を用意いたしますので少々お待ちください」と言ってカウンターの奥へと消えて行った。
その間周囲の見回してみると、他の冒険者は三月の事を興味深そうに見つめていた。パーティに勧誘しようと考えている者、上手く取り入って財布代わりに利用しようとしている者、純粋に実力を買って感心している者など反応は様々だ。
そんな反応を観察していると、先の受付嬢が報酬がたんまりと詰め込まれた麻袋を手に戻って来た。
「こちらが今回の報酬となります。どうぞご確認くださいませ」
三月は【識】を発動して中身に報酬金額分入っているかどうかを調べ、ちゃんと246000ビット丁度が入っている事を確認すると袋ごと《箱庭倉庫》の中に仕舞い込んだ。
用も無くなったため三月はギルドホールを出る。今度は三月の実力が未知数だという事が知れ渡っていたためか絡んでくるような無謀な輩はいなかった。
ギルドを出た三月は道の端を歩きながら、これからどうするかと考えていた。
そろそろ日も暮れ始めてきたので宿を探さなければならないと思い、とりあえず近くの宿泊費の安そうな宿屋に入ってみる。
だがしかし、部屋が満室でチェックインをする事ができなかった。仕方なく別の宿屋へと向かう三月だったが、そこもまた満室という結果に終わった。
宿屋の店主に話を聞いたところ、近々ギルドからF〜Dランクの新人冒険者に向けた魔物の討伐依頼が出るらしく、新人冒険者の多くが《トレイル》に集まってきているらしい。なので安い宿屋はどこも満室なのだという。
その新人冒険者に向けたギルドからの依頼とやらが気になるが、まずは宿を確保しなければ話にならない。
「いっその事、高級ホテルにでも泊まるか? いや、貯金に余裕があると言っても無駄遣いは性に合わんな。屋根があって、綺麗なベッドで寝れればどこの宿でも構わないわけだし……」
そんな事を考えて歩いていると、背後から「もし、そこの方。宿をお探しですか?」と声を掛けられた。
誰だろうと思い後ろを振り返ると、そこに立っていたのは紺色の修道服に身を包んだ金髪碧眼の女性だった。
芯の強さを表したような真っ直ぐにこちらを見つめる瞳、顔は優しげに微笑んでいて、美女と言われればほとんどの男が納得するであろう美貌だ。背は三月よりも少しだけ低く顔には幼さが残っているが、思わず目が釣られるふくよかな胸がどことなく母性を醸しているため年上に感じられる。首からロザリオを提げているところ見ると、やはり修道女らしい。
三月は修道女へ向き直ると、ほんの少し警戒の色を見せつつ口を開いた。
「一体何の用だ? 宗教の勧誘ならお断りだ」
「いえ、勧誘ではないです。私、この近くにある教会のシスターをやっているミスティ・ローレンスと言います。見た所あなたは冒険者のようですが、宿泊できる宿が無くて困っているご様子でしたので声を掛けさせていただきました。もし良ければ我が教会にお泊りになられては如何です? 部屋なら余っていますのでお貸しする事ができるのですが?」
「……」
三月は怪訝そうに眉を顰めつつミスティをじっと見つめる。嘘を吐いているのかどうか分からないが、教会の人間を易々と信用するのは禁物だと考えている。
とりあえずは確認しておかなければならないと思い、三月はミスティに質問する。
「……あんた、聖女神教会の人間か?」
「はい。この《トレイル》にある聖女神教会支部の管理を任されています」
ミスティのその返答にますます裏があるのではと勘繰る三月。
三月は王都にて聖女神教会のトップ、教皇レイトムに自分は敵であると宣言している。もしミスティもあのレイトムと同じ女神信者であるならば、信用できないのも無理はない。
だが、疑うのと同時に迷っているのもまた事実。このミスティという女性からは邪な気配は感じ取れない。上層部の人間は腐っていても下層部の人間が腐っているとは限らないのだ。
(そこに賭けてみるのも、面白いかもしれないな)
どちらにせよ、教会の人間の話を聞く機会は欲しかったところだ。いずれ敵対すると確信を持っているため、教会内部の情報はなるべく集めておきたかったのだ。
「……本当に部屋を貸してくれるのか?」
「はい、もちろんです。困っている方がいるのなら手を差し伸べるのが我が教会の教えです」
「そうか。俺はミツキ・ヤシロだ。お言葉に甘えて泊まらせてもらう。その教会とやらに案内してくれ」
「はい! こちらです」
そう言って歩き出したミスティの後を三月は付いて行くのだった。




