第Ⅰ章幕間 導きの光
三月が去った後の四郎のちょっとした話。次章に向けてのオマケのようなものなので短いです。
夜白三月が王都《ステラ》を去って2週間の時が経過した。現在でも王城内ではあのゲームの噂が流れており、真実に近いものから虚偽や曲解を重ねた末、意味不明なものまで様々である。
しかし、総じて的を射ているのは最弱の烙印を押されていた、ただの【従者】によって【勇者】が敗北したという事実。しかも15人の刺客を全て撃退した上で全力を出した【勇者】を下したという話だった。
俄かには信じ難いこの話に、大きな反応を示したのは国の重鎮達。単なる【従者】に敗北する【勇者】が果たして人間に救済をもたらしてくれるのか。【天翼の剣】に認められたのは偶然だったのではないか。
そんな不安が王城内を支配する中、立ち上がったのは以外にもあの教皇レイトムだった。
今回のゲームは女神により与えられた【勇者】に対する試練であり、この敗北を経て【勇者】は更なる強者へと成長を遂げるであろう。
その言葉をあっさりと信じたため、王城内は今まで通りの平穏な日々を取り戻していた。
そして、【英霊憑依】の後遺症よりも回復した四郎もまた、聖剣を振るい訓練に明け暮れる毎日へと戻っていた。
ブゥンブゥンと風を切る音が鳴る。仮想の敵を前に振るわれる聖剣は、その一撃一撃に四郎自身の思いが込められていた。
後遺症から回復して以降、以前にも増して四郎の訓練は激しさを増していた。それはあのゲームで敗北を経験した事で、心の中で今自分が何をすべきなのか、それを自覚し始めたからである。
今までは他人の意思に従い人々を救おうという気持ちで剣を振るっていた。だが、今は自らの意志で剣を振るっている。それはひとえに夜白三月という誰よりも弱かった人間に完膚なきまでに敗北し、与えられた力に浮かれていた自分を捨てたからだ。
三月は強かった。【勇者】の称号を持つ自分よりも遥かに肉体的には劣っていたにもかかわらず、全身全霊を持ってその困難を自力で打ち破ったのだ。
聖剣の力も無く、強力なパラメータも与えられず、突出した特徴のあるスキルを持っていたわけでもない。自分が持つ全ての手札を切り、その上で努力し、遥かな高みへと上り詰めたのだ。
誰よりも弱いからこそ誰よりも強くなれる可能性がある。そう信じ、弱い自分を認め、知識を武器に戦い抜いたのだ。
正直、三月に対する四郎の尊敬は計り知れないものになっていた。
(例え俺がお前と同じ状況だったとして、諦めずに戦い続けるなんて事、俺には出来ない。現状に絶望し、部屋に引き籠って怯えていただろう)
だが、三月は絶望だけは絶対にしなかった。何かを成し遂げなければならないという意志で、貪欲に自由を求め、誰よりも自分勝手に自分の信念を貫き通したのだ。結果、三月はたった1人で困難を乗り越え、自由を手に入れた。
(人は結局自分のためにしか動く事は出来ない。いつも三月はそう言っていたな)
元の世界から常に言い続けていた三月の言葉をふと思い出す。結局、人を助けるのも自分が満足したいからであり、そこに他人の意思や感情は一切含まれていないのだ。
(だから、俺も少し自分勝手に生きてみようと思う。俺自身が決めた目標に向かって今は全力で突っ走ってみるよ。その過程で俺は、本当の【勇者】と呼ばれるに相応しい存在になるっ)
そう心の中で呟き、クスリと微笑を浮かべる。
(三月を越えるほどに俺は強くなる。遥を、五十嵐を、鈴子を、先生をクラスメイトを導く立派な【勇者】になる。それまでお前は待っていてくれないだろうが、俺も全力で追いかける。その日を楽しみにしていてくれ)
全ての想いを乗せ、四郎は【天翼の剣】を振るう。今はもう旅立って行ってしまった、誰よりも強い親友の姿を思い浮かべながら。
◆◇◆◇◆
王都より北方に少し離れた所に位置する聖女神教会の総本山、聖都《オリヴィエ》。
《ステラ》の管轄下にある宗教都市であり、住む者のほとんどが女神を崇める信者である。女神の加護が宿るとされる《神山》と呼ばれる山を削って造られ、最も山頂に近い場所に全ての教会の大本である《大教会》が存在している。
そんな《大教会》のオリヴィエ大聖堂に2人の男がいた。
片や全ての教会を纏める教会の最高位に就く教皇レイトム。そして片やそのレイトムに付き従う枢機卿。
レイトムは女神への祈りを済ませると、後ろに控えた枢機卿を振り返り、にっこりと笑みを浮かべた。
「さぁ〜て、枢機卿。それでは王都の様子をお聞かせ下さいますかぁ〜?」
間延びしたような、ふざけたような口調でレイトムがそう訊ねると、枢機卿は恭しく頭を下げてそして口を開いた。
「教皇様のお言葉により、王都での混乱は治まってきた模様でございますデス。現在では勇者殿も回復し、いつも通りの訓練に戻っておりますデスよ。でぇすが、あのゲーム以降、女王陛下の教会への信頼が落ちておりますデス。はい」
「ふぅ〜む。女王様がですかぁ? そーれはそれはっ、面倒な事ですねぇ~? 女王様にはワタシの思ったよぉ~に動いてもらわねばぁ、女神様の意思に反してしまいますっ。やぁ〜はりぃ、あの《ヤシロ》が何かを言ったのですかねぇ?」
「そのようで」
「ではぁ、やはり彼を生かしておくわけにはいきませんねぇ〜。早急に手を打たねばならないでしょう」
「その件ならご心配ありませんデスよぉ。既に《三大司教》の手の者が、《ヤシロ》抹殺に動いていますデス。はい」
「ほぉ〜、そ〜れはそれはぁ? ふふ……なぁーかなか楽しみですねぇ〜? ですがぁ、本当に大丈夫なのですかぁ?」
「ヒヒヒッ! 最善の手で潰しますから、ご心配なさらずとも大丈夫ですデス。現在研究中のアレを使います故」
「ほぉ? アレをですかぁ?」
レイトムはそう呟くとクツクツと咽喉の奥から笑いを漏らした。
「奴は今だに成長段階。アレを使われては、流石に勝ち目はないでしょう。フフフッ……楽しみですねぇ? 彼の顔が、絶望に染まるその瞬間が来るのが待ち遠しい」
聖なる教会の2人のトップが発するその邪悪で不気味な笑い声は、いつまでも大聖堂に響き渡っていた。




