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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅰ章 旅立ちの黎明
14/54

014 旅立ちの黎明

三月VS四郎、決着!

 空を裂くような、神々しい光の柱が《フリード広原》に立ち上る。

 世界全てを照らしてしまうのではないかと感じられるほどの神々しく、幻想的な輝きを放つ光の柱。それは【山茶花】と【勝利導く白金の剣ブレイカー】が激突した事によって出来た余波である。

 そんな光の柱を見ている者達がいた。

「あれは、まさか」

「キッシーのスキルや……間違いあらへん」

「三月君……四郎君……」

 先刻三月に勝負を挑み敗北を喫した《三人娘エース・オブ・スリー》は、天高く立ち上る光の柱を遠くから見詰めながら呆然と呟いた。

 他の誰よりも成長してきた3人は、それでも届かない四郎の実力を誰よりも近くで感じてきた。他の追随を許さないほどの圧倒的な力、そしてありえない程の成長。それが勇者である四郎なのだ。

 四郎が【勝利導く白金の剣ブレイカー】を使用した事は、この世界に召喚されてから、まだたったの1度しかない。

 以前遠征へと出掛けた際に遭遇した危険度AAランクの魔物である《ドラグワイバーン》。ワイバーンとはドラゴンの亜種である魔物であり、その身に秘めた凶暴性は危険極まりなく、縄張りに入った者は例え同族であろうと問答無用で喰い殺してしまうほどである。世間で知られているワイバーンというのは、小型の《チルドワイバーン》であり、【炎の息吹】以外のスキルを使用する事は出来ない。だがそれ以外のワイバーンは違う。あらゆる種類の息吹に加え魔法も使用してくる。

 特に《ドラグワイバーン》は上位種であるドラゴンの【業炎の息吹】や【氷結の息吹】などの強力な息吹に加え、下級魔法を使用する事が出来るため危険度は《チルドワイバーン》よりも数段に跳ね上がる。

 そんな《ドラグワイバーン》の縄張りに誤って侵入してしまい、突如として空から奇襲を受けた異世界人一行は命の危機に晒されてしまう。そんな時、四郎が咄嗟に放ったのが【勝利導く白金の剣ブレイカー】だ。その一撃の威力は凄まじく、聖剣より放たれた光に呑み込まれた《ドラグワイバーン》は跡形もなく消滅してしまった。

 その凄まじい威力を知っているからこそ、四郎が三月に対してそれを撃ったのが3人は信じられなかった。

「あんなの受けたら夜白が……」

「……」

「三月君……四郎君……」

 遥は天に祈るように手を合わせ、ただただ自分の大切な幼馴染の2人が無事である事を切に願った。


    ◆◇◆◇◆


 【山茶花】と【勝利導く白金の剣ブレイカー】の輝きが激突した余波で発生した、真っ白な光が晴れて行き、次第に《フリード広原》に夜の暗がりが戻り始める。

「くぁっ……ハッ、ハッ……」

 ボロボロになった黒ローブの裾を揺らしながら、刃毀れした刀を杖のようにして立ち上がったのは三月だった。

 服は攻撃の余波によって所々破れ、露わになった肌の至る所に裂傷や擦り傷が浮かんでいた。

 そして額から流れる血をローブの袖で拭うと、土煙の向こうで三月と同じように聖剣を杖の代わりにして立っている四郎の姿を確認した。

(クッ! 何とか致命傷は免れたが、体力も集中力も限界に近い。正直意識を持ってかれなかったのが奇跡だ!)

 荒い呼吸を整えながら、三月は四郎を睨み付ける。

(だが、奴の【勝利導く白金の剣ブレイカー】は魔力、生命力共に限界まで搾り出して放つ一撃・・必殺。文字通り1発撃ったら打ち止めの両刃の剣だ。流石の体力馬鹿の勇者様もこれ以上は動けまい)

 三月は深い溜め息を吐き呼吸を正すと、刃毀れした刀を鞘へと収め四郎へと歩み寄る。

 四郎は怪我らしい怪我はしていないのだが、体力を著しく消耗しておりまともに動ける状態ではない。だが、逆に三月は全身に裂傷や擦り傷などの細かい怪我は負っているが、動くのにはさほど影響はなく、体力もまだ残っている。

(万事休すか……)

 まさか自分の最高の一撃を防がれるとは思っていなかった四郎には、聖剣を手に立ち上がるだけの体力は残っていない。このまま行けば三月の勝利である。


 ――そう、四郎が【勇者】でさえ無かったならば。


 ゾワッ。

「っ!? 何っ?」

 目を見開いて驚愕を露わにし、警戒するように立ち止まる三月。

 どう見ても満身創痍だったはずの四郎は、自らの両足で地を踏み締め、全身から白金色の光を迸らせながら立ち上がった。

 【英霊憑依】。先代の勇者の魂を自らに憑依させる事により、一時的に自身のパラメータ以上の力を発揮する事が出来る【勇者】のみが扱えるスキル。自らの肉体の限界を突破して痛覚や疲労を麻痺させる効果を持つため、体力が限界であろうと発動は可能。だが、自身の肉体が限界であればあるほど使用後の苦痛が増す危険なスキルでもある。

「【英霊憑依】。このスキルは俺のパラメータを一定時間数段階底上げしてくれる。限界が近ければ近いほど発動時間は短くなる……今の体力じゃあ90秒が限界だろうね。その間に俺はお前を倒すよ」

「それがお前の奥の手か……」

「ああ。90秒の間に俺が三月を倒せれば俺の勝ち。90秒三月が逃げ切れば俺の負けだ」

「ほぅ? 逃げ切れば俺の勝ちねぇ? 随分と自分の実力に自信があるみたいだな? 90秒間、俺にやられる事は絶対に無いと?」

「そうだ」

「フッ、ハハハッ、ハハハハハッ!」

 心底面白い物を見たとでも言いたげに声を上げて三月が笑う。そして最後にフゥと溜め息を吐いて笑い終わると、すぅーっと顔から笑みをを消した。


「――思い上がるなよ、この阿呆が」


「っ!?」

 背筋を凍りつかせるような絶対零度の声音で発せられた三月の声に、パワーアップしたはずの四郎ですら恐怖した。

 明らかに先ほどまでとは纏っている雰囲気が異質だ。今の三月からは狂気染みた殺気さえ感じられる。

「たかが他人の力でパワーアップした程度で、随分といい気になってるみたいじゃあないか? はっきり言うぞ。元よりこっちが不利なのは承知の上。今更お前がパワーアップした所で俺の状況は何ら変わり無い」

 どこか棘のある三月の言葉に四郎はムッと眉を顰める。

「90秒以内に俺はお前を倒す。良いか? ここからは俺も全力を出させてもらう。覚悟しろ」

「……」

 どう見ても全身ボロボロで体力も限界が近いはずなのに、三月の闘志には一切の衰えが感じられない。例え四郎がどれだけパワーアップしようと、三月はそれを超える気でいるのだ。

「さぁ、最終ラウンドの始まりだ」

 手の中の刀をチャリと鳴らし、ニィと口を三日月形に歪めた。


    ◆◇◆◇◆



 ドォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォウッ!


「きゃっ!」

「な、何? 何なの? この揺れ?」

「戦闘音や。まだ2人は戦っとるんや!」

 先ほどの光の柱が上がった時点で勝負が決したと思っていた遥達3人は、今だ戦闘が継続されている事が信じられなかった。

 【勝利導く白金の剣】を四郎が使用した時点で三月が耐え切れずに力尽きるか、または三月が耐え切ったとしても四郎の体力が尽きて倒れるかのどちらかだと思っていたのだ。

 それなのに広原全体に響き渡る戦闘音は、衰えるどころか先程よりも過激さを増している。どちらも体力的には限界のはずなのに、だ。

「……クッ! このままやとどっちかが大怪我する、最悪の場合致命傷で死んでまうかもしれへん!」

「その前にあたし達が駆けつけないとね。そうすればどっちかが大怪我しても遥の魔法で治せるだろうし」

 そう、死んでさえいなければどれほど深い傷でも遥の魔法で一命を取り留める程度には回復する事が出来る。現に朱音が三月から受けた傷は既に遥の魔法で治療済みだ。

「2人が戦ってる場所はもうすぐだよ。急いで向かおう」

「遥の言う通りね。どっちが勝つにしても急がないと」

「ほな、走るで!」

 3人はそう言って頷き合うと、その場から走り出し、徐々に耳に届く戦闘音が大きくなって行くのを感じ取る。

 そして、遠くの方で金属音を響かせ火花を散らし、恐ろしいほどの速度で剣のやり取りをする2人の姿を捉えた。

 2人の姿を視界に捉えた途端、3人は思わず目を見開き呆然とその場に立ち尽くした。

「は、速っ」

「あ、あれ、【英霊憑依】?」

「キッシー、本気出しとる……いや、追い詰められとるんや! ヤッシーに!」

「あ、あの状態の四郎と真っ向から戦えるっての? さっきあたし達と戦った時はまだ全力じゃなかった? ありえないわ……」

「でも、この戦いもそう長くは続かん。【英霊憑依】は時間制限付きの限界突破スキル。キッシーが相当消耗してるところを見るに、持って数十秒やろ」

「それまでに四郎君が三月君を倒すか、三月君が逃げ切るかで勝負は決まる……」

「いいえ。それだけじゃないわ」

 朱音は、鬼気迫る表情で四郎と対峙する三月を見てそう呟いた。そんな朱音の言葉を聞き、遥は他にどんな結末があるのかと不思議に思い首を傾げた。

 きっとこの3人の中で気付いているのは朱音だけだろう。三月が本当に四郎から逃げ切るつもりなら、あそこまで激しく攻めたりはせず、攻撃の回避に全力を注ぐはずだ。それなのにそれをしないという事は、三月は――


 ――四郎の【英霊憑依】が切れる前に勝負を決める気でいる。



    ◆◇◆◇◆


(くっ!? 【英霊憑依】を使っているからパラメータは三月よりも何倍も上のはずなのに圧倒される! しかも限界ギリギリで剣を振ってるのに全部紙一重で回避される。いや、それだけじゃない! さっきから三月の攻撃速度が上がってきている! まだ全力じゃなかったってのか!?)

 一撃一撃の刀身を見る事すら叶わない速度で抜き放たれる三月の刀に、辛うじて抜かれる瞬間に軌道を読んで対応している四郎。だが、それもほとんど勘と本能に頼っているようなものなので長くは持たないだろう。

 しかし、追い詰められているのは四郎だけではなかった。

(チッ! ここまで連続して【居合】を放っているのに当たらないか。人間が対応出来る速度はとっくに超えているはずなのに尽く防がれる。恐ろしい反射神経だな。だが、こっちもそろそろ限界がきている……。全力の攻撃は後1回しか出せない)

 ここまでの連戦の疲れが出てきているのか、三月はそう心で呟き忌々しそうに目の前の体力馬鹿を見て歯噛みをする。

(いつまでも防いでるだけじゃ駄目だ! 細かい傷程度なら後で治せば良い。致命傷に至らない、ギリギリのラインで回避しながら反撃する!)

 四郎は聖剣の柄をぐっと握り直すと、先ほどとは打って変わって剣身で三月の刀を防ぐ事を止め、直撃するギリギリで回避しなつつ、反撃の機会を窺う作戦へと変更した。

「はっ!」

 ギィンッ!

 金属と金属がぶつかり合い空気を震える。

 下段から放たれた聖剣の一撃によって刀は弾かれ、三月は大いに体勢を崩す事となった。その隙を四郎が見逃すはずも無く、【英霊憑依】によって限界を超えて強化された全身の筋肉を総動員して全力の一撃を三月へと放つ。

 聖剣の袈裟斬りが襲い来る。三月は驚いたように目を見開き咄嗟にその攻撃を防ごうと、刀を聖剣へとぶつける。


 パキィンッ!


「くっ!?」

 硝子が砕け散るような音と共に、聖剣の一撃を受けた三月の刀は半ばから圧し折られる。

 刀で防いだにも関わらず勢いを殺す事無く迫り来る聖剣を、三月はギリギリのところで後ろに跳び回避する。

 しかし、完全には避け切れなかったのか、胸の辺りを斜めに斬られ、破れた服の間から血が滲み出ている。

「三月。流石のお前も武器が無くなってしまっては、もう戦えないだろ?」

 勝利を確信したような嬉々とした声音で放たれた四郎のその言葉に、三月はピクリと眉を動かして反応する。

「いいや。まだ刀身は……半分残っている!」

 そう叫ぶように言い放つと、三月は短くなった刀を握り締め、四郎へと向かって駆け出す。

(この刀じゃあいつを倒す事は出来ない! ならば、奥の手を出すまでだ!)

 一瞬にして四郎の目の前まで肉薄した三月は、折れた刀をまるで忍者のように逆手に持ち替え逆袈裟に四郎に斬り掛かる。しかし、【抜刀】のスキルを使用していない通常の攻撃のため先ほどの攻撃よりも遥かに速度が劣っている。

 その一撃を四郎は軽く体を傾ける事で回避し、反撃に移ろうとするが、三月は刀を逆手から順手に持ち替え振り下ろした。

 だが、全ての感覚を強化されている今の四郎にとっては虚を突くためのその小細工すらも無意味に等しい。

 バキィンッ!

 迫り来る刀に軽く聖剣をぶつけると、残りの刀身も粉々に砕け散った。

 その瞬間、勝利を確信した四郎は、今度こそ勝負を決めるために聖剣を引き、全力の突きを放つ体勢へと移行する。

「これで終わりだ! 三月ィ!!」

「……っ!」

 完全に武器を失った三月にこの攻撃を防ぐ手立ては存在しない。確実に四郎の聖剣が三月へと突き立てられ、勝負は着く。そう思われた……

 視界に映し出された表示ガイドを頼りに、ギリギリで回避できる、最も少ない距離に無理矢理身体を反らした。

 全力で放たれた四郎の突きは、三月が着ているローブの裾を僅かに削り取り空を突いた。

「し、しまっ!?」

 武器を失って尚、勝負を諦めていなかった三月の行動に驚く四郎。しかし、現在三月には武器は残されていない。素手で勇者の耐久力を上回る攻撃など出せるはずがないのだ。

 三月の回避を最後の悪足掻きだと断じた四郎は、再び聖剣を引き戻し攻撃に移行しようとする。だが、三月の回避に一瞬だけでも驚き、無意識に判断が遅れていた四郎の視界には、三月の姿は無い。だが、強化された五感が背後に三月の気配を感じ取った。四郎は振り返りざまに聖剣を振るう。

 だが、背後を振り返った四郎が見たのは、無謀にも自分に向かって来ている三月の姿ではなく、光り輝く一振りの刀を携え、今まさにそれを四郎に向けて抜き放とうとしている三月の姿だった。

(ど、どこからそんな刀がっ!?)

 そんな疑問が四郎の判断を一瞬だけ鈍らせた。

 完全に振り遅れた四郎の懐へと三月は飛び込み、本来の中身が無くなった鞘より光り輝く刀を抜き放つ。


 ズパアァァァァァァァァァァァァァンッ!!


「ぐっ!? ふっ……!」

「……」

 肩から斜めに斬り裂かれ、鮮血を撒き散らしながら後ろへと倒れる四郎を三月は無言で見詰めながら、光り輝く刀をひゅっと一振りして鞘に戻す。

 【月桂樹】。【魔力収束】により収束した魔力を【圧縮】し、刀の形を形成した後に【固定】によって魔力の霧散を防ぐ事で初めて武器として扱う事が出来る、【抜刀】の能力の1つだ。

 通常【抜刀】は攻撃手段として《抜く刀》と《抜いた刀》の2つの意味を持つ。この【月桂樹】は《抜く刀》に分類されるのだが、攻撃手段としての意味合いではなく、単純に《武器を取り出す》という意味を持った能力なのだ。

 光り輝く刀身には【魔斬り】と同じで魔力を断つ力が宿されていて、魔力を圧縮して形成されたその切れ味は鉄で作られた刀よりも遥かに良い。この性質を持っているからこそ、遥が作り出した【四重精霊結界】を打ち破る事が出来たのである。

 武器が破壊された時の奥の手として考えていたのだが、まさか武器が破壊される事が四郎の油断を生み、【月桂樹】で虚を突き勝利への突破口を切り開く事になるとは思ってもみなかった。

 三月は四郎の体から発せられていた【英霊憑依】の輝きが消滅するのを確認すると、こちらも【月桂樹】を消滅させて四郎の傍らへと歩み寄った。

 四郎はボーッとした様子で星空を見詰めている。そこに三月が四郎の様子を確認するように顔を覗かせる。

「安心しろ。傷はそこまで深くない。出血は多いから早く治療した方が良いがな」

「そうか、俺は負けたんだな……」

 漠然と自分が三月に敗北した事を実感しつつ四郎は呟く。

「まさか、【英霊憑依】の効果が切れる前に勝負を決められるとは……思ってもなかったよ」

「そうか」

「ぐっ……やっぱり限界を超えて肉体を酷使したからか、体に力が入らないや。ははっ……完敗だな、これは」

「そう落ち込む事はない。相手が悪かっただけだ」

「ホント……そう思う」

 苦笑気味に四郎はそう呟くと三月の姿を見据え、

「もう、行くのか?」

「ああ……」

 三月はこちらへと駆け寄って来る遥達《三人娘》の姿を一瞥すると、四郎の言葉に短くそう答えた。

「そっか……寂しくなるな」

「そんな悲観するな。俺が居なくなっても遥が居る。寂しくはないだろ」

「確かにそうかもしれないけど、親友が1人で出て行っちゃうのは、やっぱり寂しいよ」

「俺の事はあまり気にしない方が良い。それよりも、遥の事を気に掛けてやってくれ。俺への依存に関しては、あいつは近い内に自分で答えを出すと思う」

「三月……」

「まあ、あいつって思い込みとか激しいし、頭良さそうに見えても意外と馬鹿じゃん? だから今回も自分で勝手に頭の中で理由付けして、もやもやしてるだけだと思うんだ。悩んでるんじゃねぇよ馬鹿馬鹿しい、って大笑いしてやれ」

「おま……結構シリアスに考えてたのに」

「わざとシリアスにしてたんだよ。あいつの依存は別に害悪なものじゃない。ただ、俺が大好き過ぎるだけだ。だから……ちゃんとあいつがその感情を自覚して、俺に《好き》って一言伝えられるようになるまで、見守ってやってくれ」

「……分かったよ。三月がそう言うなら信じるけど……何もかも断ち切るって言っといて、全然断ち切れて無いじゃん」

「お前は大切なモノをそう簡単に手放せるのか? だったらお前は人間じゃないわ! この極悪非道!」

「極悪非道はお前だ! って!? 痛ってて! 傷が!?」

 三月に斬られた傷の痛みに悶える四郎を見下ろしながら、三月はゲラゲラと笑い、フゥと吐息した。 

「んじゃ、俺は行く。折角お前を倒したのに夜が明けちまったら俺の負けになってしまうからな」

「ああ……また会おう」

「お互いに生きていたらな」

 三月はそう言って四郎に微笑を向けると、《フリード広原》の終わりである森を目指して歩き始めた。

「あっ、とそうそう! 言い忘れている事があった。女王と先生に伝えておいてくれ。『やっぱりあんたらは、人の上に立つ器じゃない』、ってな」

 最後の言葉の意味は四郎には理解出来なかったが、遠ざかる友の背を見詰めながら薄っすらと笑みを浮かべた。

「あぁ……伝えてやるよ。必ず」


    ◆◇◆◇◆


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 全身傷だらけの体を引き摺るようにしながら、ゆっくりと《フリード広原》の終わりである森を目指す三月。しかし、連戦により蓄積された疲労は徐々に肉体の自由を奪い始め、一歩地面を踏み締める度に意識を失いそうなほどの疲労感に苛まれる。

「はぁ……はっ、くっ、そ……後、ちょっとだって言うのに……!」

 膝が折れそうになるのを太腿を叩いて必死に堪えながら、三月はまた一歩足を踏み出す。

 徐々に徐々に進んで行き、そして遂に、森の末端にある1本の木に手を着き、半ば崩れ落ちるように木の幹を背にしてその場に座り込んだ。

 その瞬間、懐に仕舞ってあった【契約書】が光を放っているのに気が付き、ボーッとした表情で懐に手を入れ【契約書】を取り出す。そしてその羊皮紙を広げると、そこには短い文でこう書き出されていた。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 《旅立ちの黎明》

 勝者 挑戦者:【夜白三月】

 【ゲームはクリアされました】


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「ぁ……」

 ゲームに勝利したのだという証明である、勝者の欄に書かれている自らの名前を見て、三月は小さく喘ぐような声を漏らすと、《自由》を手に入れたのだという実感が胸に溢れてきた。

「ゲーム……オーバー……俺の、勝ちだ」

 フゥと安堵の溜め息を吐き、微笑みを浮かべて瞑目し、三月はそのまままどろみの中に落ちて行った。

 そして、《フリード広原》に日が昇り、夜が明けた。


 ――《旅立ちの黎明》である。


これにて第Ⅰ章《旅立ちの黎明》は終了です。既に第Ⅱ章の執筆は進んでいるのでまた数日したら投稿させていただきます。

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