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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅰ章 旅立ちの黎明
13/54

013 困難に打ち勝つ力

 ひゅうと冷たい夜風が見詰め合う2人の間を吹き抜ける。

 《三人娘エース・オブ・スリー》がこのゲームに参加している時点で四郎が出てくるだろう事は予想はしていた。《キング》が三月の勝利条件の1つに組み込まれているという事は、必然的に主催者である冬子とシアティスは《キング》を最強の駒となるように人を選ぶ。そして現在この《ステラ》には騎士団最強と謳われる騎士団長と、人間を救済するために異世界から召喚された【勇者】がいる。そのどちらかが出てくると三月は予想していたが、こうして予想通り四郎が現れた状況を目の当たりにすると、つい笑みが零れてしまう。

「ここに来たって事は、遥達は」

「当然、倒した」

「そっか」

 特に何も言う事なく四郎はそう呟くとにっこりと笑みを浮かべた。

「異世界に来てもやっぱり三月は三月だな」

「何当たり前の事言ってんだよ」

「それもそうか。ところで、いくつか訊いておきたい事があるんだけど」

「何だ?」

「このゲーム。三月は一体何のために仕掛けたんだ? やっぱり……遥のため?」

 遥が三月に依存している、その事実に気付いていた四郎はそう訊ねるが、三月はフッとそれを鼻で笑って首を横に振る。

「違うな。遥の事についてはおまけに過ぎない。丁度良かったからあいつの俺への依存を断ち切ってやろう、そう思っただけだ。ちなみに、その他諸々の先生と女王の器を測る事も全ておまけだ。本当の理由はもっとシンプルなものだ」

「へぇ、一体どんな?」


「ただ単純に旅立ちたい。世界を見て回りたいそれだけだ」


 何者にも縛られず、自らの信念を貫き通す。自己中心的と蔑まれても他人の事情には一切の関心を持たず、自らが得と感じたものは全て抱え込み、損と感じたものは容赦なく切り捨てる。自分こそが正しいと自信を持って言い放ち、誰よりも自分勝手で誰であろうとへりくだらない。それが夜白三月という男だ。

 遥の依存を断ち切る事も、冬子やシアティスの器を測る事も、このゲームを仕掛けた事も、三月自身が何か得があると判断したからこその行いだ。そこに他人の考えや主張、感情などは一切含まれていない。

「だが、正直言ってそれをするには後になって気になる事、そして煩わしい事が多過ぎた。だからこのゲームでそれを全部解消してしまおうと思ってな」

「……つまり、全て自分のためであり、他人の事はどうでも良いと?」

「お前の言う他人って言うのが、顔も知らない赤の他人ならそうだろうな。でも、お前や遥は別だ。俺はお前らを失いたいとは思わない。だから手を貸して欲しいと言えば手を貸してやる事もやぶさかじゃあない。だが、それも俺の勝手だから、どうするのかは俺が決めるけどな」

「自分の事も他人の事も自分次第か。じゃあ三月は、この世界の人達を救おうとは思ってないんだな?」

「まあな。この世界の事はこの世界の人間がやれば良いと正直思ってる。この世界に召喚された当初はそっちの都合に俺を巻き込むなって言ってやりたかったよ。無関係な人間を巻き込むには、あまりにも考えが浅過ぎる。《勇者召喚》が、どれだけ残酷なシステムなのか理解していなさ過ぎだ。

 それに……《魔人族》の奴らとまともな対話をした事も無い《人間族》を、俺は信用する事が出来ない」

 この2ヶ月間、三月が調べた限りでは《魔人族》は身体的な特徴や能力が違うだけで、人間と対話する事は可能だ。確かに《人間族》と他種族の間には深い溝がある事は知っている。過去に何度も殺し合いの戦争を起こしているのも紛れも無い事実だ。だが、相手を一方的に悪だと決めつけ殺し合い、お互いの主張を述べなければいつまで経ってもその溝を埋める事は出来ない。話し合いと言うテーブルに着いてこそ、ある意味本当の戦争と言えるのだ。

 しかし、《人間族》はそれをしていない。種族間で行われる交渉事も全て蹴っている。つまり、種族中最弱であるにも関わらず、人間は情報を得る事を放棄しているのだ。

 それが三月には限りなく愚かな行為であるとしか思えず、汚物でも見ているかのような嫌悪感に苛まれる。知識と言うものを最大の武器として重んじている三月にとっては余計に今の人間は愚かで醜い生き物に見えている。

「弱い人間が知識を得ずして、一体どうやってこの世界で生き残るんだよ。勇者の力があれば他種族に勝てると思っているのか? いいや、そんな事はあり得ない。力ありきの考え方では絶対近い未来この《ステラ》は滅びる。それを俺が証明してやる」

「……だから、多対一なんてゲームを仕掛けたのか」

「その通り。俺は知識の限りを尽くしてこの最終局面まで来た。自らが《キング》となり《騎士ナイト》となり、そして最強の《女王クイーン》となってな。どうだ? 尽く今の人間の考えを否定しているだろう? 最弱であったはずの俺が、最弱であるが故に知識を武器にして強者とも渡り合える。人間の弱さを誰よりも知っているからこそ出来る行為だ。

 そして今、俺はこのゲームにチェックを掛けた。最弱と言う駒で、最強の駒を追い詰めた」

 そして三月はニタァと口を三日月形に歪めると、狂気すら垣間見えるギラギラと光る瞳に四郎を映し、

「お前を倒せばチェックメイトだ。楽しませてくれよ?」

「……分かった」

 四郎はそう頷くと、背中の聖剣を抜き放ち正面に構えた。

 透き通ったクリスタルのようなクリアな剣身、そしてそれに生えている純白の羽。その造形はまるで天翔ける自由な鳥の翼のようであり、代々の【勇者】の称号を持つ者のみが扱う事が出来ると言われる伝説の聖剣、【天翼の剣】である。

「三月の言ってる事は正しい。正し過ぎると言っても良いほどだ。でも悪いけど、俺はそれを否定するよ。人間は弱い生き物だ。だからこそ強い力を持つ者に縋ろうとする。弱い者は強い者に縋り、強い者は弱い者の思いを受け止め戦う。それを俺は1つの《正義》の形だと思う。確かに弱い者は強くあろうとしなければならない。でも、誰もが三月みたいに強い心を持っているわけではないんだ。だから俺は、心の弱い人達の平和を願う想いのために戦う」

「お前の言っている事も確かに正しい。だが、俺は考えを曲げる気は無い。俺の考えを変えさせたいのなら、分かっているだろう?」

「力ずく……だな」

「その通り。勝った方が《正義》だ」

「じゃあやっぱり――」

「ああ――」

 三月と四郎はお互いにニッを笑みを浮かべ、


「「――俺が《正義》だっ!!」」



    ◆◇◆◇◆


 全く同時のタイミングで動き出した2人はお互いに牽制するように一撃を放つと、じりじりと間合いを計るように距離を取り睨み合っていた。

(さっきの攻撃、ただの人間なら確実に入っていたはずだ。速度、タイミング、全て完璧だったのに防ぐとは……やはり【勇者】は別格という事か。それに、あの剣。あれが四郎の能力を底上げしているらしいな。[解析]で見た限りだとあの【天翼の剣】は物質的なものではなく、何か奇跡のような概念的なもので構成されている。破壊するのは不可能だ。それに剣自体の攻撃力を数字に換算すると200相当。逆に俺の刀は魔力コーティングして耐久力を増しただけでそれ以外は普通の刀となんら変わり無い、数字に換算しても50相当が良い所だ。はっきり言って地力の差から考えてもこちらが不利なのは一目瞭然。だが、そんな事はこの世界に召喚されてからは当たり前の事。俺が奴に勝てない道理などどこにも無い。

 【識】の能力を全開にして全ての攻撃を読み切る。そして最高の一撃で決着をつけてやる!)

(さっきの一撃、絶対当たると思ってたのにまるで先読みされたように避けられた。いや、ようにじゃなくて本当に先読みされているんだ。三月は以前自分のスキルは解析能力だと言っていた。でも、どこまで解析出来るのかまでは話していない。もしかするとこっちのパラメータやスキルは全部筒抜けで、次に繰り出す攻撃すら予想出来るんじゃ? だとしたら三月は俺の出す全てのスキルに対して対策を練ってきている事になる。つまり、あいつは俺の行動の常に先を行っているという事だ。やり難い。鈴子の【抜刀】が使えるという事も更にやり難さに拍車を掛ける。三月のスキルが単なる解析能力ではなく、解析した上で他人のスキルすら自分の物にするスキルだというのなら手数は圧倒的に三月の方が上。パラメータだけが全てではない、その証明が今の三月なのか。

 でも、ここで焦ったらこっちが負ける。それなら三月に対しての唯一のアドバンテージであるパラメータの高さ。それを最大限に生かして三月が息切れするまで攻め続ける!)

 両者相手の分析を終えると攻め時を見計らいながらじっと視線を交差させ、そして、

「っ!」

 地を蹴り付け弾丸のように加速し、相手の間合いに飛び込んだのは三月だった。

 三月は更にもう1度地面を蹴り付け跳び上がると、四郎の顔面に目掛けて目にも止まらぬ飛び蹴りを繰り出した。

 目で追い切れない、まるで三月が瞬間移動でもしたのかのように眼前に現れ面食らったように目を見開く四郎。そして顔面に三月の足先が届こうとしたその瞬間、四郎はぐいっと仰け反るように背を傾け三月の蹴りが鼻先を掠って行くのを感じた。

 攻撃を回避された三月は特に驚いた様子もなく着地と同時に地面を蹴り付け、同じように飛び蹴りを繰り出した。しかし四郎は、その蹴りが先ほどと同じ軌道だと一目で見破った。

 ガッ!

 三月の蹴りと四郎の腕がぶつかり合う。

 四郎は自分の腕を蹴りつけたまま停滞している三月の様子を見て、好機と考えたのか聖剣を下段から振るった。

 しかし、三月はもう1度四郎の腕を蹴り付けふわりと空中に舞い戻ると、聖剣を回避し地面に下りる事なく連続して四郎を蹴り付けた。

「クッソッ……何て身軽な!」

 三月の蹴りを聖剣の腹で防ぎながら何とか状況を打破しようと必死に方法を模索する。

 しかし次の瞬間、三月が空中で刀の柄に手を掛け、重力に任せて落下しながら【居合】を発動した。

 自らに迫る突然の殺気に戦慄を覚えながらも、本能でその神速の一撃を聖剣で防いだ四郎だったが、重力の落下の速度すら利用して放たれた三月の一撃に思わず体をよろけさせる。

 急いで体勢を立て直そうとする四郎だが、三月は着地と同時に【縮地】で四郎の懐へと入り込み再び【居合】を放つ。

(クソ! 避けられない! こうなったら……!)

 三月の攻撃を直感的に避けられないと悟った四郎は、聖剣の切っ先を真っ直ぐ天に向けて構えると、そのまま全力でその聖剣を地面に叩き付けた。

 ドゴォオッ!

「くっ!?」

 四郎が聖剣を掲げたと同時に、視界に回避を促す表示ガイドが映し出されるのを確認した三月は刀を素早く鞘に戻し後方に跳んだ。そして四郎が振り下ろした聖剣が三月がいた大地を陥没させるのを目の当たりにする。

 四郎を中心に巻き起こる爆風に目を細めながら、三月は内心で舌打ちしながら[解析]を発動して四郎を見る。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


《龍崎四郎:[16歳][男]》


種族:人間族


筋力:[AA+]

耐久:[AA]

敏捷:[A+]

魔力:[A]

魔抗:[A+]


スキル:【天翼の剣】(勝利導く白金の剣・雷撃の剣・旋風の剣)

    【英霊憑依】


属性:聖・雷・水・風

魔法:【聖魔法】 [シャイニング(攻撃)]

         [セイグリットフォース(強化)]

   【雷魔法】 [サンダーボール(攻撃)]

         [エレクトロアロー(攻撃)]

   【水魔法】 [ウォーターボール(攻撃)]

         [アクアヒール(治癒)]

   【風魔法】 [エアカッター(攻撃)]

         [ヒールウィンド(治癒)]


称号:【勇者】[異世界人・勇者・聖剣の担い手・三月の親友・遥の幼馴染・仲間思い・魔法剣の使い手・馬鹿力・ファイブA・限界突破]


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


(以前よりも更にチート化してやがる。パラメータを見た限りじゃ俺よりも何段階も上じゃないか。しかも何か勇者だけが使える必殺技みたいなものまで習得してやがる)

 自分とは比べ物にならないほどの四郎のハイスペックぶりを改めて確認し、心底自分のパラメータの低さを疎ましく思い肩を竦める。

「流石だな、三月。まさか今のを避けるなんてな」

「そっちこそ、よくもまあ、あの一瞬であんな馬鹿力が出せるな?」

「ははっ! 何だか楽しくなってきたよ。こうやって三月と剣を交えるのは、子供の時にやったチャンバラ以来かな?」

「いつも俺の勝ちだったけどな。1回だけわざわざ剣道の技まで覚えてきたのにあっさり負けてたよな?」

「三月だって足払いとかマグネシウムで目くらましとか散々卑怯な手を使ってきてたじゃないか!」

「ルールなんて決めてなかった。それにいつも施設長が言ってただろ? 勝負事は、どんな手を使ってでも勝てば良いんだ、って?」

「もっと常識的に考えろよ! あんな事してくる子供なんかお前だけだよ!」

「だろうな。だが、正々堂々真っ向から俺と互角に渡り合ってたお前の方がよっぽど恐ろしいがな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。でも、今回はお互いに正々堂々の真っ向勝負だ。絶対に勝たせてもらうよ」

「俺の辞書に正々堂々なんて言葉は無い!」

「そんな辞書捨てちまえ!」

 そう言い合いながらも武器を構えながら駆け出す三月と四郎。

「【雷撃の剣】っ!」

 四郎の聖剣からバチバチと電気が迸り、雷の魔力を宿した魔法剣と化す。

([解析]、スキル名【雷撃の剣】。効果、雷の魔力を剣に宿し速度、威力共に一撃だけ底上げし、直撃した攻撃対象は電気により一時的に筋肉を麻痺させられ行動不能になる。威力、数字に換算して250。【抜刀】による相殺は……こっちの刀が破壊される恐れがある。だったら!)

 一瞬にして四郎のスキルの全容を把握した三月は、すかさずその攻撃に対処するための対策を練り上げ、【抜刀】の姿勢を取りながら、こちらに向かって駆けて来る四郎を見据える。

 そして四郎が聖剣を振り上げるその瞬間、カッと目を見開き腕に力を込めた。

(タイミングは……ここだ!)

 【魔斬り】を発動し雷の魔力を相殺しつつ、振るわれる剣の速度と同じ速度で背を後ろに傾け、水が流れるような柔軟な動きで【雷撃の剣】を受け止めた。そして徐々に刀の向きを聖剣の振るわれている方向にズラし。完全に攻撃の衝撃を受け流した。

 【識】によって視界に表示された聖剣の軌道と、【雷撃の剣】によって発生する衝撃の角度。更にはどのように対処すれば良いのかが[表示]の能力によって映し出されていたからこそ出来た芸当だ。現在の三月でも、あの一撃を自分の力量のみで受け流す事は出来なかっただろう。

(ホント、【識】サマサマだ)

 多少自分の実力不足を自嘲するような微笑を浮かべつつ、次なる攻撃に移行しようとしている四郎をキッと睨み付ける。そんな三月の鋭い視線を受け、四郎はたじろぐ訳でもなくニッと子供っぽい笑みを浮かべた。

「流石は三月。【雷撃の剣】は今俺が使えるスキルの中では2番目に強力なスキルだ。完全に受け流す事は騎士団長でも出来なかった。ふふっ、何だか楽しくなってきたよ! さあ、次の攻撃はかわせるかっ!?」

「そう何度も攻撃を許すと思うか?」

 三月はそう言ってガッと地面を蹴り付け四郎の懐へと飛び込む。その瞬間、次の攻撃の準備が整ったのか四郎はニィと笑みを浮かべた。

「喰らえ三月! 【旋風の剣】!」

「っ!?」

 途端に吹き荒れる風に目を細めた三月は、その風の発生源が四郎の聖剣である事を知る。そして風を纏った聖剣が振り下ろされるのを三月は見据えながら、刀を抜き放つ。

「【抜刀】……」

「させるかっ!」

「【燕返し】!」

 瞬間、四郎の視界から三月の姿が掻き消え振り下ろされた聖剣は対象を失い、そのまま三月が居た地面を暴風で抉り飛ばした。

「消え……はっ!?」

 背中に気配を感じた四郎はバッと後ろを振り返る。するとそこには刀を上段に構えその凶刃を振り下ろそうとしている三月の姿があった。

 その一撃を防ごうと四郎は咄嗟に聖剣を盾にするような形で突き出して守りの体勢に入る。しかし、


 ヒュンッ!


「はぁっ?」

 三月が振り下ろした刀は四郎の目の前を素通りし、盛大に空振っていた。

 思わず素っ頓狂な声を出して呆然とする四郎は、理解が追いつかず次の行動に移る事が出来ない。そしてそれが三月の狙いであった事も当然気が付いていなかった。

「ぁ、なぁっ!?」

 突如として三月が空振ったはずの刀が素早くその刃を反転させ、がら空きとなった下から四郎へと襲い掛かった。

「くそっ!」

 本能的にその一撃が危険だと悟った四郎はわざと後ろに倒れ込み、紙一重の所で何とか回避する。

 四郎は僅かに切り取られ、宙を舞う自分の髪の毛を見ながら三月が繰り出した一撃がどれほど危険なものであったのかを悟る。

 三月が繰り出した【燕返し】は一瞬にして身を反転させ相手の死角へと入り込み、一撃目にフェイントを掛け、二撃目に大気を揺るがし真空波を発生させるほどの速度で斬撃を放つスキルだ。現に三月の周囲の空気は歪み、風が吹き荒れている。

 四郎は呆然としながら、刀を鞘に戻す三月を見て、突如として頬に走った熱に顔を歪める。

「痛っ!? ま、まさか……」

 ペタンと手の平で頬に触れると、流れ出したばかりの生温かい鮮血がべったりと付着していた。

(か、掠ったのか!?)

 頬の傷は意外にも深いのか血が止まる様子はなく、なるべく早く治療を施さなければ貧血で倒れてしまうだろう。つまり、あまり戦闘を長引かせる事は出来なくなったというわけだ。

(たった一撃、しかも掠っただけでこの威力……もし何もかも同じ条件で戦ったら俺は三月に勝てないかもしれないな。今の攻撃だって耐久パラメータが高いから直撃しても何とか意識は保てたかもしれないが、それでも確実に再起不能にさせられていた。これは、危険だからと言って出し惜しみしている場合じゃないかもしれない……)

 四郎は1度ギュッと聖剣の柄を握り直すと、決意の込められた瞳で三月を見た。三月は何の表情を宿さない能面のような顔を浮かべているが、瞳だけは爛々と輝き四郎を見詰めていた。

「三月……次の攻撃、本気を出せさせてもらうよ。これは俺が出せる攻撃の中でも最強の威力を誇る【勇者】の称号を持つ者だけが扱える、所謂必殺技だ。その名の通り、必ず殺す技と言っても過言では無い威力を持っている。だから危険過ぎると判断して、この戦いでは使わないつもりだったんだが……そうも言っていられないらしい」

「……」

 四郎の言葉に三月は眉一つ動かさない。動揺したり、焦ったりする様子すらない。

「もしこれが直撃した場合、最悪三月は死んでしまうかもしれない。もしこれを受ける覚悟が無いのなら、今すぐに勝負を降りるんだ」

「……」

 四郎の忠告が聞こえているのか、果たして聞いていないのかは定かではない無表情で三月は四郎をじっと見詰め、そして……

「……ハッ。下らねぇ」

「っ!? 何がだ?」

「今更俺が意志を曲げるとでも思っているのか? 長年付き合ってきたお前ならそれくらい分かるだろ? 例え死の危険があろうとも、俺は絶対に降参はしない。自分の意志は絶対に曲げない。下らん問答を交わす暇があるならさっさと撃って来い。全力で受け止めてやる」

「……………………………………………………分かった」

 諦めたように四郎はそう呟き、聖剣の柄を両手で握り天に掲げる。

 月明かりに照らされ幻想的な輝きを発する聖剣は、まるで周囲の光を吸収するかのようにその輝きを増して行き、やがて天翔ける鳥の翼のような巨大な白金の剣へと成長した。

「【勝利導く白金の剣ブレイカー】……。【勇者】の称号と【天翼の剣】が合わさって初めて出す事が出来る、俺が保有するスキルの中では最強のスキルだ」

「……ほぅ」

 【識】を発動しながら聖剣へと収束する力の奔流を[解析]した三月は興味深げにそう声を漏らした。

 勇者だけが使う事が出来る最強のスキル【勝利導く白金の剣ブレイカー】。それはあらゆる力が合成され生み出される奇跡の力と言っても良い。

 魂の鼓動で吸収された魔素マナが、人の全身に毛細血管のように張り巡らされた、《魔法回路》と呼ばれる器官を流れることによって生成される《魔法力|(魔力の別名)》。

 心臓の鼓動で生み出され、全身へと巡り、毛細血管を流れる血液と結びついて発生する《生命力》。

 神の力の一端とも言われる、【天翼の剣】によって吸収されている、その者が持つ《存在の力》により生成される奇跡の輝き《神聖力》。

 その3つの力が混ざり合い、生み出された光の剣こそが【勝利導く白金の剣ブレイカー】なのだ。

 聖なる力の輝きを宿したその剣の威力は、語るまでもなく圧倒的。現在三月が保有しているスキルの中には、この剣を上回る威力を宿すスキルは存在しない。はっきり言って絶体絶命だ。

 だがそれでも、三月の瞳には諦めの色は浮かんでいない。例えどんな困難が立ち塞がろうとも、それを排除して前に突き進む者であろうとする、その信念が目の前の強大な勇者かべを乗り越える力を三月に与える。

(正直言って状況は最悪と言っても良い。あのまま四郎が本気を出さないままならどうとでもなっただろうが、本気になった四郎は誰よりも面倒くさい。更にそんな奴に勇者の力なんか与えてしまったから尚性質が悪い。ホント、【従者】が【勇者】よりも劣るように設定されているこの世界が恨めしくって仕方がないな)

 嘲るような笑みを浮かべ、手の中の刀をギュッと握り締めた。

(だが、それでも尚、前へと進む者であれ。【従者】が【勇者】に劣っているのは今更だ。だからこそ、【勇者】を越えるために必要なのは【従者】の力ではない。1人の人間、夜白三月としての力だ。それを忘れてはいけない)

 自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟くと、フゥッと言う吐息と共に不安も、恐怖も、焦りも、劣等感も全て吐き出した。そして何者にも負けない信念を、夜白三月と言う1人の人間としての矜持を宿した瞳で四郎を見た。

 そんな三月の視線を受け、四郎は瞑目し、薄っすらと口元を動かし何事かを呟いた。口の動きだけで四郎が何を言っているのかを理解した三月は、フッと呆れたような笑みを浮かべた。

「俺が『強い』……ね。そんな今更過ぎる事に今気が付いたのか?」

「ふふっ、そうだね。今更だったな。三月は強い。体も心も……全て」

「さあ、来いよ四郎。俺を本当に親友として信頼しているのなら、情け容赦なく全力の一撃をぶっ放せ。俺はそれを全力で受け止めてやる」

「そうか……優しいな、三月は」

「ふっ……どこが」

 そう自嘲気味に笑みを浮かべる三月に四郎は首を横に振って否定した。

「いや、三月は優しいよ。今こうして、俺が全力を躊躇わずに出す事が出来るのは、他ならぬ三月のお陰だ。情けも容赦も全部かなぐり捨ててこの剣を振り下ろせる」

「そうか」

「それに……本当は三月も気付いているんだろう? 遥の事」

「そもそも遥は俺にどんな感情を持って依存しているのかって話だろ? 当然気付いているさ。あいつ自身が気付いていない気持ちにもな。だから、それに自分で気付かせるため、俺はあいつの前から去るんだ」

「でも、本当にその感情は断ち切らないといけない感情なのか? 依存している上で受け入れる事だって……」

「ふん……そんな事は知らんな。これは遥自身の問題だ。どのような形でその感情を受け入れようと俺の知った事ではない」

「別に断ち切らなくても構わない。ただ自分で気付いてくれさえすればそれで良い。お前はそう言いたいんだな?」

「まあ、大雑把に言えばそうかもしれないな」

「そっか……じゃあ、やっぱり、俺はお前を連れ戻さないといけないな。どんな形であれ、遥が受け入れてさえくれれば良いのなら、別にお前が去る必要は無い」

 三月はそんな四郎の言葉を聞き、呆れたように肩を竦めた。

「さっきも言ったと思うが、俺がこの《ステラ》を去るのは別に遥のためじゃない。自分自身の信念を貫くためだ」

「そんな事は分かってる。それでも、俺はお前と一緒にこの世界を歩んで行きたい」

「……面倒くさい奴め。さっさと来いよ。ゲームを終わらせよう」

「分かった」

 四郎はすっと瞑目すると、天へと掲げられた白金の翼を振りかぶり、

「【勝利導く白金の剣ブレイカー】ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 光の軌跡を描きながら三月に向けて一直線に溜まりに溜まった全ての力を解放した。

 聖剣より放たれた力の奔流は、眩いばかりの白金の輝きとなりて三月を呑み込まんと迫り来る。

(完全に相殺する事は不可能。だが、《神聖力》は性質上《魔法力》で相殺が可能なはず。俺のスキルならばあの光に込められた《神聖力》、そして《魔法力》を消滅させる事が可能なはずだ。《生命力》だけは消せないが、それでも威力を軽減する事は出来るはず! だがそれをするには僅かでもあの光を超える威力の攻撃を繰り出さなければならない。魔力を刀に収束し圧縮。一点に集中させ光に隙間を切り開く。【識】の[解析]の結果ではそれは十分に可能なはず。だったら後は俺の体力と、気力の問題だ!)

 打開策を導き出した三月は、姿勢を低くし【抜刀】の体勢を取る。鋭く研ぎ澄まされた精神により、刀の一点に収束されて行く魔力の輝き。更に収束した魔力は[圧縮]される。鞘から漏れ出る魔力の輝きは、かつてないほどに洗練された魔力の刃を形成している事を意味している。

 【魔斬り】よりも遥かに押さえ込まれたその輝きは、【圧縮】により凝縮された魔力が刀身に集まっている証拠。つまり、今までの【抜刀】とは比べ物にならない威力を宿している。

 自分が今持つ最強の一撃を以ってして、迫り来る【勇者】の力を迎え撃つ。


「【抜刀・山茶花】ッ!!」


 鞘より抜き放たれた凝縮された魔力の刃。抜き放たれたその刃は、一瞬にして光り輝く斬撃と成りて、四郎の放った光の奔流へと向かって行く。

 どんな困難にも打ち勝つための力。双方が放ったその一撃は真っ向から激突し、拮抗するように輝きを撒き散らしながら、真夜中の《フリード広原》を真っ白に染めて行き……、


 ――全てを呑み込んだ。


 山茶花の花言葉は《困難に打ち勝つ》です。

 《神聖力》は聖なる力という性質上、本来魔の力である《魔法力》によって相殺する事が可能(逆も然り)。故に聖属性の魔力は矛盾した力であり、異質な力でもあります。

 ちなみにこの戦いで四郎が魔法を使わないのは、三月には魔法が通用しない事を直感的に悟っているためです。頬の傷を治さないのは少しでも隙を見せると攻撃されるから。

 次回第Ⅰ章完結。

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