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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅰ章 旅立ちの黎明
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012 真打登場

 手にした光の刀の輝きに照らされている漆黒のローブの男。たった今【四重精霊結界】を破壊して脱出した夜白三月である。

 霧散する結界の魔力が粒子となって巻き上がるその中心に立ち、三月は手の中で光り輝く刀を一瞥し、そして口を開いた。

「成る程、結構な威力があるようだな、この刀は」

 そう呟いた三月はひゅんとあろう事か光の刀を天高く投げ放った。

 光の刀は空中を2度3度回転し、やがて周囲の魔力と同じように霧散して跡形も無く消滅した。

 光の刀の消滅を確認した三月は呆然とする《三人娘エース・オブ・スリー》を一瞥すると、今の出来事に思考停止に陥り何もしてこないと読んだのか、悠々と朱音に弾き飛ばされた刀の所まで歩み寄り壊れていないかを確認して鞘に戻した。

「ふぅ……」

 流石にあの結界を破壊するのには骨が折れたのか、どことなく疲労したような表情で溜め息を吐く。

 そして、すっと遥達の方を振り返った。

「おいお前ら。いつまでそうやって思考停止しているつもりだ? さっさと構えないと攻撃するぞ?」

「「「……っ!!」」」

 三月の言葉に我に返り警戒したように各々戦闘体勢を取る3人。

「2人とも! プランAは失敗よ! プランBに移行するわ!」

「えっ? プランってもう1つあったっけ?」

「プランB! 当たって砕けろ! 遥、サポートお願い! 鈴子、あんたはあたしと一緒に突っ込むわよ! あの規格外を何としても倒すわ!」

「りょりょ、了解や! ハルちんが加わっただけでさっきと何ら変わり無いような気もするんやけど、とにかくやるしかあらへん!」

「フッ……面白い。そういうシンプルな作戦、俺は嫌いじゃない」

 三月はそう言って微笑し、刀の柄にそっと手を添え、

「今度は手加減・・・無しで行かせてもらおう」

 スゥッと威嚇するように目を細めた三月から、先程とは比べ物にならない威圧感が放たれる。

 朱音と鈴子が三月を挟み込むように散開し、遥は距離を取って一瞬にして魔法を組み上げた。

「ひ、【火縛ひばく】っ!」

 瞬間、炎で形成された縄が三月を取り囲むように出現した。

「縛って!」

 遥がそう宣言すると同時に炎の縄は対象を縛り上げるため、まるで生命を持った蛇のように空中をのたうちながら三月へと襲い掛かった。

「ふむ、拘束魔法か。だが、さっきの結界と比べると馬鹿にしているようにしか思えない」

 がっかりしたようにそう呟いた三月の姿は一瞬にして掻き消え、対象を見失った炎の縄はそのまま三月が立っていた空間を縛り上げるとそのまま消滅した。

 挟撃を仕掛けようとしていた朱音と鈴子も三月の姿を見失いその場に制止すると、どこから三月が襲い掛かって来るのかを警戒する。

「どこを見ている?」

「えっ?」

 突如として背後から聴こえた三月の声に遥は反射的に振り返ると、そこにはただ無表情に遥を見下ろす三月の姿があった。

「し、しまっ……! 狙いはハルちんや!」

「クッソォ! 遥ぁ! ボーッとするなぁ!」

「……っ!?」

 朱音の呼び掛けにハッと我に返った遥は慌てて結界魔法を発動しようとする。だが、そんな遥の行動を三月が見逃すはずもなく、

「結界か。だが、ここは迎撃を選ぶべきだったな」

「ひっ!」

 目に涙を浮かべながら魔法の構築の手を止めて硬直する遥。しかし、三月は情け容赦のない無情さで、

 ドッ!

「いぁっ、つぅ……!?」

 首の後ろ、頚椎けいついを手刀で叩いた。

 頚動脈を一瞬で圧迫された遥は徐々に意識が遠退いて行き、その場に膝を着いながら三月に向けて手を伸ばす。

 そう、まるで三月に縋るように。

「み、つき、く……ん――」

「……」

 カクンと糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる遥を見て、三月は一瞬だけ手を伸ばすがすぐに思い留まるように拳を握り、遥から視線を外して残りの2人へと目を向けた。

「これでもう遥の魔法を頼りにする事も出来ないな? 俺も魔法を警戒する必要がなくなった。思う存分動ける」

「あんた……」

 朱音は次の攻撃を警戒しつつも、どこか見据えるようにじっと三月に瞳を向ける。

 先程一瞬だけ遥に向けて伸ばされた三月の手。あれは崩れ落ちる遥を支えようとしていたのではないだろうか。

 この戦いで三月は情け容赦も全て捨て、全力で叩き潰すつもりで戦っている。確かにその通りだ。現に今、三月は幼馴染である遥を一瞬にして気絶させた。遥には少なからず親愛を抱いている。その感情すらも押し殺し、三月はこのゲームに挑んでいるものだと朱音は思っていたのだが、先程躊躇うように引っ込められた手は明らかに崩れ落ちる遥を支えようとしていた。

 だが三月は思い留まった。大切だからこそ支えようとし、大切なのに思い留まったのだ。

「夜白、あんた……もしかして遥を」

「……俺は、旅立つんだ。1人で」

 三月は傍らで意識を失っている遥を一瞥し、朱音へと顔を戻す。その表情には自らの信念を推し通す決意が宿っていた。

「こいつもそろそろ俺の服の裾を引っ張るだけじゃなく、自分で決断して生きる決意をしなきゃいけない。だから、お前が支えろ。五十嵐」

「な、何であたしが……あ、あんたが支えてやりなさいよ!」

「遥は俺に依存している。だが、俺は遥を断ち切る。だからお前が支えろ。断る事は出来ないはずだ」

「っ!」

 そう、『遥を頼む』という命令が適用されている限り、朱音は遥を支える事になるだろう。いつまでも臆病で三月がいなければ不安で心が折れてしまう遥を朱音は自分の意志に関係なくギリギリの所で支え続ける。

「じ、自分勝手にも程があるわよ! 遥の気持ちを少しは汲んで――」

「もう十分俺は支えてやった。だからこれからはあいつが自分の足で立ち上がれるようになるまで、お前が支えてやるんだ。俺が自分勝手なのはお前だって分かるだろう? 例え遥がどれだけ俺に縋ろうとも、これ以上俺はこいつに手を差し出す事はしない。俺は何と言われようと旅に出る。こいつはさっさと幼馴染離れして、二遥したながはるか個人にならないといけないんだよ。遥の友達のお前なら分かるだろ?」

「……」

 朱音はこの世界に召喚されてからの遥の様子を思い出す。

 召喚された当初遥は突然の環境の変化と自分の持つ魔法の力に困惑し、ただただ恐怖に震え部屋に閉じ籠っていた。だがある日、三月のパラメータが最弱であり、書斎に籠った事を知った瞬間から率先して魔法の訓練をするようになった。全ては幼馴染である三月を守るためであり、三月と一緒にこの世界を生き抜くため。三月が一緒に居てさえくれれば不安など無かった。遥にとっての三月はまるで麻薬のような存在だったのだ。

 だが、遥の自分に対する依存を三月は認めなかった。だから朱音に遥の事を託したのだ。誰よりも気が強く、気合と根性があり、何よりも遥の事を大切に思っている朱音に。

 朱音ならば遥を幼馴染ではなく二遥にしてくれる。以前の試合で三月はそう感じた。

 そんな結論に達し、朱音は自分がどうすれば良いのか分からなくなった。三月を止めれば遥を悲しませなくて良いが、いつまでも三月に依存し遥自身の力で立ち上がる機会は永遠に訪れなくなるだろう。それならば三月を見逃してしまった方が遥にとってタメになる事なのでは、と考える。だが、朱音は遥の笑顔を見たいから戦っているのだ。遥が泣いて苦しんでそれでも三月への依存を止められなかったら? そう考えるだけで朱音は自分の選択が遥の運命を分けるのだと、急に恐ろしくなった。

 胸中に渦巻く恐怖と葛藤に打ち震える朱音の肩に、ポンと置かれた手があった。

 鈴子だ。

「朱音っち。例え朱音っちがどないな選択をしたとしても、ウチは誰も恨まないと思うんよ。ハルちんだっていずれ大人になる。いつまでも《臆病者》じゃいられへんって、気付く時が来るんや。ヤッシーが居てもいなくても、ゆっくり時間を掛ければきっとハルちんは強ぅなる。そない心配する事あらへん」

「鈴子……」

 そうだ。朱音は遥の友達だ。朱音は遥を信じている。どのような選択をしても遥はきっと困難を乗り越える事が出来るだろう。ならば、遥にとって大切な存在である三月は必要不可欠だ。 

 朱音は決意を秘めた表情で三月を睨み付け、そして口を開いた。

「あたしは、やっぱりあんたを止めるわ。あたしは……遥の笑顔が見たいから。遥を……信じてるから」

「…………そうか」

 三月は瞑目し、朱音の選択に文句を言うわけでもなくフゥと吐息する。

「遥は良い友達を持ったもんだな。これは益々……俺は必要ない」

 カチャと刀を鳴らしカッと目を見開くと、鋭い目付きで2人を見据えた。

 氷のように冷たい威圧感が放たれ、空気が変わった。2人にはまるで極寒の地に裸で放り出されたかのような寒さに感じられ、恐怖すら感じた。だがそんな恐怖すら無理矢理押し殺し、冷や汗を流しつつも三月を睨み付けた。

「前半の戦いで既にお前達2人の攻撃は見切った。3分だ。3分でこの戦いを終わらせる。3分を越えても立っていられたら……そうだな、褒めてやっても良いぞ」

 その上から目線の物言いにカチンと来る2人だったが次の瞬間、三月の姿が一瞬にして掻き消える。

「なぁっ!?」

 刹那、気が付けば朱音の腹に三月の飛び蹴りが突き刺さっていた。

 朱音は自分が攻撃されたと認識するよりも先に後方へと吹き飛ばされ、後になって全身を駆け巡る痛みに悶え苦しむ。しかし三月は更に追い討ちを掛ける如く朱音の傍らに【縮地】で一瞬にして移動すると、無情にも朱音の胸を思い切り踏みつけた。

「ぎ、ぃいッ! う゛あ゛ぁあああああああああああああああああああああああッ!?」

「あ、朱音っちぃ! クッ! ヤッシィー!」

 朱音の悲痛な叫び声を聴き、鈴子は刀を強く握り締め三月に向かって全速力で駆け出した。それと同時に三月も【縮地】を発動し再び鈴子の視界から姿を消す。

(あの高速移動は真っ直ぐな線を描きながらでしか移動できんはずや! それなら!)

 鈴子は自らの真っ正面に構え【居合】を発動する。恐らく現在の三月は防御ではなく全ての力を攻撃に注いでいるはず。ならば逃げるために後退するのではなく、確実に自分に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 そう先読みし正面に向けて刀を抜き放った鈴子だったが、その思惑とは裏腹に刀は空気を斬り裂いただけで鈴子の目の前に三月が姿を現す事は無かった。

「なんっ――」

 で、とは最後まで言い切る事が出来なかった。

 ザッと土を蹴り付ける音が鈴子の背中、後方から響く。

 反射的に後ろを向くと、そこには【縮地】で【抜刀】の間合いに既に入り込んでいる三月の姿があった。

「俺の【縮地】が続けて使えないなんて、一度でも言ったか?」

 そう、確かに【縮地】は真っ直ぐな線を描きながらしか移動する事は出来ない。だが、数度に分けて発動する事で方向転換する事は可能なのだ。三月はまず鈴子横を通り過ぎ、後方へと移動すると再び【縮地】を発動した。そしてほぼ直角に方向転換をし、鈴子の背後を取る事に成功したのだ。

 慌てて刀を鞘に戻して体勢を立て直そうとしている鈴子に三月はしてやったりと笑みを浮かべ、【抜刀】を発動する。

「ば、【抜刀・雪――」

「遅い!」

 鈴子がスキルを発動するより前に三月は【居合】を発動し、鈴子の握る刀の柄目掛けて一閃。

 持ち柄を半ばから斬り飛ばされ使い物にならなくなった刀を鈴子は呆然とした面持ちで見詰めると、やがて力が抜けたようにその場にペタンと崩れ落ちた。

「そ、んな、アホな……」

 今にも泣きそうな震えた声でそう呟くと落ち込んだように俯き、涙を堪えるように肩をプルプルと震わせた。

 刀を失ってしまっては鈴子の【抜刀】は発動する事が出来ない。三月に対して素手で挑むのはあまりにも無謀過ぎる。そう鈴子にとって刀を失うという事は、戦う力を失ったと言っても過言ではないのだ。

 大いに落胆する鈴子を三月は冷ややかな眼差しで見下ろし、カチンと刀を鞘に収めた。

 その時、三月の視界に魔力の反応を示す青いポインタが表示ガイドされ、その方向をゆっくりと振り向いた。

 三月が振り向き視界に捉えたのは、口から血を流し、肩で息をするほど疲労した満身創痍な体でありながらも、尚立ち続ける朱音の姿だった。

 弱々しく握り締められた拳には魔力が収束しているが、集中出来ていないのか収束したそばから霧散してしまっている。

「もうやめておけ。ヘタすれば死ぬぞ」

「ま……だ、負けて、なっ、い!」

 そう言い張り鋭い目付きで三月を睨み付ける朱音だったが、既に歩けないほどの体力は消耗していた。

 ただでさえ肉体に負担の掛かる【疾風迅雷】を発動した後に痛め付けられたのだ。既に体力の限界を超えてしまっていてもおかしくはない。

「これ以上続けても無意味だ。戦いにもならず不毛なだけだ」

「うっ、さいわよ……!」

「そうか。なら……」

 三月はゆっくりとした足取りで朱音に近付き、トンとその額に指を置いた。

 呆気に取られたように目を見開く朱音だったが、突如として頭の中がゆらゆらと揺れるような感覚に襲われ、チカチカと明滅する視界の中意識をしっかりと保とうと歯を食い縛る。しかし、段々と眠気のような感覚が頭の中を支配し始め、遂にはプツンと意識を失った。

 三月が行ったのはここに来る前に戦ったアッシュにやった、頭に魔力を直接流し込む事で脳を揺さぶって意識を奪うあれと似たような事だ。

 ゆったりと少量の魔力を流し込んで行き、眠気を呼び覚ますように脳を刺激して意識を奪う。【識】のお陰でどこを刺激すれば良いのかを知ることができる三月だからこそ為し得る芸当だ。

 眠りながら崩れ落ちる朱音を三月は抱き留めると、そのままそっと地面に寝かせ溜め息を吐いた。

「もっと自分を大切にしろよ。お前が死んだら……ゲームのルール上俺にペナルティが来るんだからよ」

 三月はそう言い残し疲れたようにもう1度溜め息を吐くと、戦意を喪失している鈴子に向けて言葉を放つ。

「おい鈴子、聞こえてんだろ?」

「……何や?」

「1つ確認しておきたい事があってな」

 三月はそう言って《フリード広原》の遥か遠くを旅立つ決意とは別の決意の宿った瞳で見詰め、すぅっと目を細めて鈴子に問う。

「居るんだろ? この先に、《キング》が……お前らの切り札が」


    ◆◇◆◇◆


 《三人娘エース・オブ・スリー》を打ち破った三月は現代日本ではまず御目に掛かれないであろう、月明かりに照らされ幻想的な雰囲気を醸し出す広大な広原、《フリード広原》を更に歩み進んでいた。そして後ちょっとで勝利条件である広原の突破、それが達せられる森が遠くの方に見え始めた時、蒼銀の月が黒い雲に包み隠され、広原に闇の帳が降り立つと同時に、三月の前に人影が立ち塞がった。

 待ち受けていたかのように三月と森の間に佇む人影。三月はその人影をじっと見詰めながら、フッと思わず笑みを漏らした。

 この人影こそが主催者側が募った16人の刺客の最後の1人にして、勝利条件の1つである三月が倒さなくてはならない《キング》だ。

「最終決戦を彩るのに最高の役者が揃ったな」

 三月はそう呟くとニィと口元を歪め、心底嬉しそうな微笑みを人影へと向けた。

「ホント、嬉しいよ。最後の相手が……お前だなんて」

 墨に染められたような真っ黒な雲の隙間から蒼銀の月明かりが漏れ出し、その人影の全貌を露わにしてゆく。そして全ての闇が月の輝きに照らし払われ、三月の前に立っていたのは――


「俺も、嬉しいよ」


 ――背に圧倒的な存在感を放つ剣を携えた、唯一三月が損得抜きで信頼する事が出来る精巧な顔立ちの少年、


「三月と本気でぶつかり合えるなんてね」


 ――三月の親友であり【勇者】、龍崎四郎だった。


 遥の容姿が分からないというご指摘をいただいたので、004話に詳しい遥の容姿の説明を追加しておきました。

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