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識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅰ章 旅立ちの黎明
10/54

010 ゲームスタート!

 夜11時50分。三月は自室にて最後の準備を行っていた。

 ベッドに腰掛け1ヶ月近い時間を共にした愛刀の手入れを行い、刀身を月明かりに照らす。

 玉鋼で出来た刀は月明かりに照らされ、浮き立つ波紋がまるで水に濡れたかのような美しさを醸し出していた。

「魔力のコーティングも完了。これで強度が増して、ある程度の衝撃にも耐えられるが……勝負が終わるまで持つだろうか?」

 そう独り言を呟きながら刀身を鞘に戻し、壁に掛けてある黒ローブを着る。そしてテーブルに置かれた数個の小瓶や小箱を腰の袋に仕舞い、準備は完了だ。

 何とも軽装でこれから旅に出るとは思えない格好だが、今さっき腰の袋に入れたのはもうお馴染みとなっている《箱庭》だ。小瓶の中は孤島や山地、または迷宮などが存在しており、主にスキルの訓練や魔物のシミュレーションなどに使用していた。そして小箱の中は庭と言うより1つの部屋であり、《箱部屋》と言うのが正しい代物となっている。元の世界で生活していた時のアパートの自室を模して作ってある物と、家具が何も無い倉庫として使う物の2種類だ。

 前者はテントの代わりとして使う事が出来るので、無理をして野宿をしなくとも良い仕様となっていて、後者は旅の道具などを仕舞っておき、使いたい時に自由に取り出させる仕様になっている。三月自ら色々と手を加えてあるので市販で売っている《箱庭》よりも遥かに汎用性が高い代物に変化しているため、非常に快適な旅が出来る事は間違い無いだろう。

 あっさりと旅の準備を終えた三月は部屋の扉の前に立ち、一度これまで生活してきた部屋を見渡した。

 あれだけ積み上げられていた本の山は全て片付けられ、スキルの研究のために色々な所から集めてきた魔導具も全て《箱庭》の中に仕舞われている。掃除も前日の内に終わらせたため部屋には埃1つ残っていない。三月が来る前の状態だ。

 一切の自分の痕跡を残していない。発つ鳥後を濁さずと言うが、正にそれだ。

 召喚されて早2ヶ月、自らが生活してきた部屋を見渡した三月は、特に湧き上がって来る感情も無かったのか、表情1つ変える事無く部屋を出て行った。

 城の廊下へと出た三月は早々に自分達異世界人に宛がわれた居住区画を出て、城の正門へと向かう。ゲーム開始はそこで行うと三月は決めていた。

 ゲーム開始である0時まで残り7分。0時を過ぎると主催者であるシアティスと冬子が募った16人の精鋭が三月を捕縛するために襲い掛かってくる。だからこそ、三月は自らがスタート地点として定めた正門へと急いでいたのだが、その時意外な人物に遭遇してしまった。

 2ヶ月前、三月達が召喚された時にやたら大きな声で女神より与えられた使命とやらを説明していた男、女神教会の最高位の地位を持つ教皇レイトムである。

 レイトムは初めて会った時と同じようににんまりとした笑みを浮かべ、仰々しく三月に礼をした。

「おーやおやぁ? これはこれは珍しい! 書斎にずっと籠り切りだった従者様ではありませんかぁ! このような時間に一体どこへ行こうと言うのですぅ?」

 本能的にレイトムの事を嫌っている三月は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、

「さぁな。お前の大好きな女神様にでも訊ねたらどうだ?」

「ふふぅ、そのような事で女神様の御手を煩わせる訳にはいきません!」

「要は訊いても答えてくれないんだろ?」

 三月がそう言うと、レイトムは怒るわけでもなくにんまりと笑みを深めた。

 これ以上時間を無駄にするわけにもいかないので、三月はレイトムの隣を通り過ぎさっさと正門へと向かおうとする。と、その時背後からレイトムに声を掛けられた。

「随分と面白いゲームをするみたいですねぇ? とても見物です」

「だから?」

「ワタシとしては従者の方が1人居なくなるくらいどうって事は無いのですよぉ。ましてや貴方のような最低のパラメータを持つ従者なら尚更です」

 レイトムの言葉に三月は逆にフッと小バカにするように鼻を鳴らす。しかしレイトムは「でもぉ」と前置き、

「もぉ〜し貴方があの《ヤシロ》であるのならば、手放すのはとてぇ〜もとてもぉ……惜しいです!」

 その言葉に三月はチラりとレイトムを振り返る。

「でぇすがぁ、貴方が本当にあの《ヤシロ》であるのなら、ひっじょ〜にっ、危険な存在です! 正直扱いに困りますねぇ」

「知らんな。勝手に困ってろ」

「ふふぅ。その横柄な性格、覚えがありますよぉ」

 クツクツと意味深な笑みを浮かべるレイトムを無視し三月は歩みを進める。そして去り際に、

「次会った時、多分俺達は敵同士だ。この俺を、舐めて掛かるなよ?」

「えぇ、舐めませんよ汚らわしい。それではさよなら、知りたがりの従者様」

「あばよ、女神狂いの教皇様」

 そして2人はそれぞれ別の方向へと歩き出した。


    ◆◇◆◇◆


 カチ、カチ、カチ、と頭の中で秒針が音を響かせる。[表示]の能力で確認したゲームの開始までの残り時間は1分。三月はじっと正門の壁に背を預け時が来るのを待つ。

(気分は上々。今ならば最高の動きが出来る。この俺に負けは無い)

 カチ、カチ、カチ…………カチン!

 深夜0時。ゲーム開始の時刻が来た。

 三月は組んでいた腕を解き壁から背を離し、刀の柄にスッと手を掛けた。その瞬間、

 ドンッ!

 三月の足元に火球が撃ち込まれる。

 三月は火球が飛んで来た方向を見て、【識】を発動する。するとその方向にいたのは5人の騎士と2人の魔導師だった。

(ふむ、今の火球は火魔法の【ファイアボール】か。そして【従者】の称号を持っている奴が居ない所を見ると、どうやらこいつらは女王側の刺客と言った所か)

 そんな事を考えながらこちらへ向かって突撃してくる5人の騎士をじっと見据える。

 三月を囲むように陣形を取る騎士達は一見バラバラに見えるタイミングで三月へと襲い掛かる。

(あー、成る程。同時のタイミングで襲い掛かった場合仲間同士で傷付け合う恐れがある。だから一見バラバラに見えるタイミングでそれぞれ襲い掛かってきてるのか。……俺が避けた瞬間の死角に居る奴が襲って来ているな。これならいくらでもやりようはある)

 死角からの攻撃も三月の【識】ならば[表示]によって先読みする事が出来るので、この陣形はあまり意味を成していない。

(隙は……今の所見当たらない。ならば自分で作るまでだ!)

 襲い掛かって来た騎士の剣に向けて【居合】を放ちその軌道を大きくズラす。その瞬間、剣の重さに引っ張られるように騎士はバランスを崩した。三月はその一瞬の隙を見逃す事無く再び【居合】を放った。

 三月が放った【居合】は騎士の胴部に炸裂し、鎧を破壊しながら遥か後方へとその身を吹っ飛ばした。

 吹っ飛ばされる際に騎士が取り落とした剣を遠くへと蹴り飛ばし、挑発するかのように笑みを浮かべた。

 その笑みが騎士達の琴線に触れたのか、先程よりも強い勢いで三月へと襲い掛かった。

 次々に襲い来る騎士を無力化しながら、遂に最後の1人となった。

 真正面から斬り掛かって来る騎士。三月はその騎士の剣の横っ腹に【居合】を叩き込み半ばから圧し折った。

 更にそのまま追撃をしようとしたその瞬間、騎士は剣を放り捨て横へと跳んだ。その瞬間、三月が騎士を相手にしている間ずっと魔法の詠唱を行っていた魔導師2人が魔法を完成させた。

「「フレアストーム!」」

 突如として2つの炎の竜巻が発生し、三月へと襲い掛かる。騎士達はこの魔法が完成するまで、三月の意識を自分達に向けるため時間稼ぎをしていたに過ぎなかった。

 迫り来る炎の竜巻を見据えながら三月はニィと笑みを浮かべ、刀の柄に手を添える。

「ハッ! しゃらくせぇな!」

 獰猛な獣を思わせる笑みでそう言い放つと、姿勢を低く身構えた。

「【魔斬り】!」

 【魔力収束】により収束した魔力を刀身に纏い抜き放つ。【魔斬り】には特殊効果としてある程度の魔法を自らの魔力で斬り払う効果を持つ。つまり、魔を以ってして魔を払うのだ。

 光り輝く刀とぶつかった炎の竜巻は半ばより断ち切られ、魔力と共に火の粉となって霧散して行く。

 自分達の渾身の一撃が防がれ呆然とする魔導師2人。もちろんそんな隙を三月が見逃すはずも無く、タンッと地面を蹴り一瞬で2人の目の前まで肉薄する。

 移動したのかどうかすら認識出来ない三月の移動術。一瞬だけ自らの動きを加速させ相手の死角へと飛び込むスキル【縮地】。

 突如目の前に現れた三月に対応する事が出来ず、避ける動作に移る事すら出来ない。スキルも使わずただ振るわれただけの刀だったが、近接での戦闘訓練を受けている騎士ならまだしも魔導師には回避するのは不可能だった。

 刀の峰が脇腹に深々とめり込み身をくの字に曲げながら吹っ飛んで行く魔導師。

 その光景を見たもう1人の魔導師はハッと我に返り魔法を使用しようとするが、既にその時には三月が目の前に肉薄していた。

 スパァン!

 弾けるような音と共に魔導師は吹き飛ばされ地面に転がる。そして意識を失った。

 ただ1人意識を失っていない騎士の方にチラりと視線を向けるが、既に戦うための剣を折られているため戦意を喪失している事を確認し、三月は刀を鞘に収めた。

「これが……かの勇者様と共に召喚された従者の力、か」

「いいや、違うな。その勇者すら越える者の力だ」

 騎士の呟きにそう返答し、三月はその場を去って行った。


    ◆◇◆◇◆


「まさか、市街地でも襲って来るとはな……」

 暗殺者風の黒衣を身に纏った3人の男を見下ろしながら三月は呟く。

 現在三月は城下町を抜けるために市街地を歩いていたのだが、突如建物の屋根からこの3人が襲い掛かってきたのだ。もちろん【識】で予め3人が潜んでいる事は確認していたためあっさりと返り討ちにしてやったが。

「見た所諜報員って所か? 隠密や暗殺、闇討ちも得意って訳か」

 三月はそう呟くと刺客の3人をその場に残して再び歩き出した。向かうのはもちろん城下町の出口である外壁、その門である。

 《ステラ》の城下町は全体が全長50メートルの巨大な外壁に囲まれていて、出るためには外壁に設置されている門を通るしかない。そのため三月がどの門を通るのかは、目的地である《フリード広原》の位置さえ知っていれば容易に予想出来る。なので次の刺客が現れるとしたら……


 ガキンッ!


「やっぱ、門の下だろうな」

 三月が門を潜ろうとした瞬間、突如現れた騎士の男が三月に向かって銀色の長剣を振り下ろして来た。三月は冷静に攻撃の軌道を見据え刀で長剣の剣身、その横っ腹を叩き軌道をズラし対処した。

 目の前の男は素早く剣を引き体勢を立て直すためか後ろに跳ぶ。その瞬間、三月の【識】の[表示]が反応し背後から何者かが迫って来ている事を視界に映し出した。

 視界に表示されたポインタに従い素早く背後を振り返ると、そこにはもう1人騎士の男が三月に向かって来ていた。

 男は長剣を横薙ぎに振るい三月へと襲い掛かる。だが、三月はその攻撃を【識】で[解析]、更に[解析]で得た情報から[表示]によって長剣の軌道が赤いラインとして映し出される。その赤いラインギリギリまで身を屈めその攻撃を避けると、素早く刀を抜いて反撃する。

 しかし、反撃される事を読んでいたのか騎士の男は素早く後方へと跳び刀を避けた。

(チッ、挟まれたか)

 門の下を潜ろうとしていた三月は前と後ろ、両方からの攻撃を受けた事により必然的に2人の騎士に挟まれる形となる。

「ふむ、今のをかわすか」

「良い腕をしているな」

 2人の騎士がそう呟いた。

「私は《ステラ騎士団》1番隊隊長レイド・マレストロです」と前方の騎士が名乗る。

「同じく《ステラ騎士団》1番隊副隊長アッシュ・ブレイドだ」と後方の騎士が名乗る。

 三月は警戒するように両者の顔をじっと見詰め、そして小さく笑みを浮かべて口を開いた。

「俺は異世界人の【識者】、ミツキ・ヤシロだ。ちゃんと名を名乗るとは中々良い性根をしている。流石隊長だ」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒められてもここを通すわけにはいかないがな」

「ああ、分かってるさ。通りたければ押し通れ。そう言いたいんだろう?」

 三月はアッシュの顔を見ながらニヤと不敵な笑みを浮かべ、アッシュもそれに答えフッと小さく笑みを浮かべた。

「察しが良くて助かる。他の異世界人は能力はあるが、自分で察して研鑽しようと言う意気込みが足りていない。まあ、例外も4人ほど居るがな」

 例外とは恐らく四郎、遥、朱音、鈴子の4人の事だろう。あの4人が他の異世界人とは群を抜いた才能を秘めている事は三月も知っている。だが……

「この俺こそが誰よりも研鑽を積み、あらゆる知識を我が物とし、誰よりも強くなった男だ。果たして止められるかな?」

「はははっ、私達もこれでもまだ勇者様より技術では勝っているんだ。実戦なら勇者様にも負けないよ?」

「その通り。騎士団の実力者は団長だけではないぞ?」

「面白い。ならば見せてもらおうか。その実力とやらを」

 クツクツと笑いながら鞘から少しだけ刀身を抜く。蒼銀に輝く月明かりに照らされた三月の刀がキラリと光り、そして……


 タァンッ!


 まるで銃声のような破裂音が響くと同時に三月の姿は2人の前から一瞬にして掻き消え、次の瞬間には既にレイドのすぐ真下に【抜刀】の体勢で迫って来ていた。

 【縮地】による一瞬の加速。1ヶ月間欠かさず行ってきた訓練は目まぐるしく変化する超高速の世界を我が物としたのだ。

 超人的なまでのその超高速な動きは例え歴戦の騎士であるレイドですら目で追う事は出来ない。

(速い!?)

 【抜刀】のスキルにより抜き放たれた刃は亜音速のスピードで眼前まで迫り、圧倒的な殺意となってレイドへと襲い掛かる。

(くっ! やむを得ん!)

 レイドはその攻撃を受ける事を放棄し、思い切り体勢を崩すような形でその場で転げるように倒れ込む。

 その行動を功を奏したのか三月の攻撃は空振り、レイドが居た空間の空気を音も無く斬り裂いた。

 しかし、ホッとするのも束の間。三月は刀身が見えなくなるほどの速度で刀を鞘へと戻し、再び【抜刀】を発動させようとレイドを睨み付ける。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 その時、三月の背後から長剣を両手で構え上段から振り下ろすアッシュの姿があった。

 そう、レイドの狙いはこのアッシュのサポートである。1対1の場合攻撃を避けるためにその場に倒れ込むのは致命的なダメージを負いかねない。だが、2対1の場合自ら囮となり相手の注意を引き、仲間が攻撃するための隙を作る事が出来る。本来ならばレイドが三月の動きを止め、その隙にアッシュが攻撃を仕掛ける算段だったのだが、予想以上に三月の動きが速かったためこのような強引な方法を取る事になってしまった。

 レイドに意識を向けていた三月にアッシュの攻撃を防ぐ時間は無い。レイドはそう考えたが、

「右に7センチ」

 ポツリと三月が何かを呟いた。と同時にアッシュの振り下ろした長剣は確実に三月を斬り裂く……はずだった。

 三月はアッシュの方を振り返る事無くすぅっと自然な動作で体を傾け、紙一重と言っても良い程の長剣の刃に触れるか触れないかのその距離で回避し、更に回し蹴りを放ち反撃をする。

「なっ!? ガッ!」

 避けられる事は考慮していた。だが、まさか反撃されるとは思いもしなかった。

 三月の回し蹴りが顔面にめり込み、アッシュは遥か後方へと弾き飛ばされた。

「まだだな」

「何っ!?」

 口元を歪め、ニタァと不気味なくらいに楽しそうな笑みを浮かべる三月を見て、レイドは嫌な予感がして長剣の柄を強く握り締め立ち上がる。が、その時既に三月は【縮地】によりアッシュのすぐ傍らまで移動していた。

 絶対零度の眼差しでアッシュを見下ろす三月をレイドは止めようと駆け出す。しかし、


 ドスッ!


「ぐぅッ!?」

 三月はアッシュが装備している鎧の間接部、その隙間へ容赦無く刀を突き立てる。

 脚に刀身を突き立てられたアッシュは動く事さえ出来ずその痛みに悶え苦しむ。

 そして何を思ったのか、三月はペタンとアッシュの額に自らの手を当てる。

 一体何をするのかと抵抗する事すら忘れアッシュは呆然と自らの額に当てられた手を見詰め、そして……


 パァンッ!


 三月の手の平から一瞬だけカメラのフラッシュのような閃光が放たれると同時に、風船が弾けたかのような甲高い破裂音が鳴り響く。

 それと同時に半身を起こしていたアッシュはまるで糸が切れた操り人形のようにカクンと力なく倒れ、白目を剥いて気絶していた。

 一体何が起こったのか分からず呆然とするレイドだったが、シュウシュウと小さな煙の立つ手の平を見詰める三月を見てハッと我に返る。

「あ、アッシュに何をしたのですか!?」

「あ? 直接魔力を流し込んで脳を揺さぶっただけだが?」

 そう、三月がアッシュの額に手を置いて行っていたのは【魔力収束】。それにより収束した魔力をアッシュの頭部に放出。一気に流し込まれた魔力はアッシュの脳に直撃し、揺さぶって気絶させたのだ。先ほどの破裂音は魔力を一気に流し込んだ時の余波である。

 アッシュは突然の脳震盪と一気に魔力を流し込まれた事によって、車酔いの時に無理矢理ジェットコースターに乗せられたかのような気分の悪さに一瞬で意識を奪われてしまったのだ。

 騎士団の中でも有数の実力者であるはずのアッシュが一瞬の内に無力化された事により、レイドは初めて三月に対して戦慄を覚えた。

(この少年、団長や勇者様と同じくらい強いのか!?)

 ゆらりと幽鬼のようにレイドを振り返り、次の標的を決めたかのようにニタァと口元を歪ませる三月。その表情にレイドの背筋を薄ら寒い感覚が滑り抜ける。

(マズイッ! 来るぞ!)

 レイドの身を駆け抜けた恐怖の感覚は何か危険を感じ取ったのか、本能的に長剣を盾にするように正面に構えた。


 ガィン!


 瞬間、レイドの眼前まで迫っていた三月の刀とレイドの長剣が火花を散らして激突する。

(お、重い!?)

 一体その細腕のどこからこれほどの力が出るのだと思いながら両腕に力を込めて三月の刀を振り払う。

 素早く刀を戻した三月は下段から斬り上げの攻撃へと移行する。レイドはその一撃を長剣で受け止め先ほどと同じように振り払い、ある事に気が付く。

(さっきよりも攻撃が軽い?)

 先ほど受け止めた攻撃は移動による勢い、そして全体重を掛けて放たれた一撃。故にズシンと来る重い一撃となっていた。しかし、今の三月の一撃はそれほど重さは無い。

(まさか、腕力のパラメータはそれほど高くないのか?)

 速度の攻撃力の転換。1ヶ月間の間に三月が行った訓練にはそのような内容も含まれていた。【瞬】による移動の際に発生する勢い、それを攻撃力へと転換し腕力パラメータ以上の重みのある攻撃を生み出す。が、純粋な攻撃力は【抜刀】を使用しなければ不足しているのは成長した現在も変わらない。

 それを見抜いたレイドは勝機はあると確信し、後ろに跳んで長剣を上段に構える。

(腕力パラメータが低いのならば、それを遥かに超える威力の超える一撃を当てれば良い! 攻撃ならば先ほどのように移動の勢いを利用して攻撃力を増す事は出来るだろう。だが、防御ならばそれも出来ないはず!)

 ヒュオオッ! とレイドの長剣を中心に周囲の空気が震える。

 確実に何かが来ると感じた三月は刀を鞘に戻し【抜刀】の体勢を取る。

「遅い! 喰らいなさい! 【斬空】!」

 レイドが長剣を振り下ろすと同時に長剣へと収集していた力の奔流が放たれる。

 空気を斬り裂きながら三月に向かって真っ直ぐに飛んで行くのは見えない斬撃。《斬撃波》とも言われる圧縮された空気の刃。

 レイドの保有するスキル【斬空】はその《斬撃波》を放ち離れた相手に攻撃する不可視の一撃である。

 視認する事の出来ない不可視の斬撃を初見である三月は避ける事は出来ないし、当てられないから【抜刀】で相殺する事も出来ない。

 レイドはそう踏んでいた。だが、三月はそんなレイドの予想を遥かに超える行動を取った。

 迫り来る《斬撃波》を避けようとも、防ごうともせず、【抜刀】の姿勢から動こうとしない三月。一体何をするのかと怪訝そうに眉を顰めるレイドだったが次の瞬間、驚くべき光景を目にする事になる。

 視認する事が出来ないはずのその攻撃に三月は完璧なタイミングで【魔斬り】を縦に叩き付けた。

 衝撃波の一種である《斬撃波》は長剣の刃ほどではないが鋭利であり、その幅は5ミリにも満たない。だが、三月はまるでそれが見えていたかのように完璧なタイミング、そして見えない不可視の刃に寸分のズレもなく自らの刀をぶつけたのだ。

 魔力の込められた居合斬りによって霧散する《斬撃波》の気配を感じ、レイドは呆然と目を見開いて驚く。

「あ、り、得ない」

 そう呟くレイドだったが、三月はふっと笑みを浮かべて「あり得なく無ぇよ」と内心でほくそ笑む。

 三月が行ったのは【識】による[解析]、そして[表示]による《斬撃波》の可視化である。[表示]によって視界に映し出された《斬撃波》など、《箱庭》での過酷な訓練を経た三月にとっては、ただこちらへ飛んで来る包丁と大差ない。

 数ミリの刃に刀の刃をぶつけるなどと言う離れ業も、三月にとっては単なる曲芸に過ぎないのだ。

「おいおい、隊長とやら。まさかこの程度で終わると言うんじゃあないよな? 俺はまだまだ本気を出してないぜ?」

「くっ! ああ、まだだよ!」

 レイドは自棄になった。たかが召喚されて2ヶ月、命のやり取りがほとんどない平和な世界から、この《エタニティ》に身を移してたったそれだけの期間しか経っていない三月にこれだけ言われて黙っているわけにはいかない。

 レイドは長剣を上段に構え再び《斬撃波》を放つ。そして今度は更に横にもう1度《斬撃波》を放った。

 三月も先ほどと同じように《斬撃波》に【魔斬り】をぶつけて相殺する。が、何故か2発目の《斬撃波》は三月のすぐ手前に落ちて、石畳の地面を抉り衝撃波を生んだ。

 思わずその衝撃波に目を閉じる三月。そして次に目を開いたその瞬間、先ほどまで正面に立っていたはずのレイドの姿が消えていた。

「上か!」

 【識】によってレイドの位置が視界に表示ガイドされたのを確認し、上を向く。するとそこには落下しながら今一度【斬空】を発動しようとしているレイドの姿があった。

「もう気付かれた!? くっ……だがまだ刀身は抜かれたままだ! このまま倒す!」

 そう、確かに三月の刀は先ほど【魔斬り】を放った状態で鞘に収められていない。いくら三月が神業の如き素早さで刀を鞘に収め、【抜刀】の体勢を整えたとしても、レイドの【斬空】は既に発動している。故に【抜刀】を発動する前にレイドの攻撃は三月に直撃する。

「――とでも思っているんだろう?」

「何? はっ!?」

 三月は避けるわけでもなく刀を下段に構えると、地面を蹴り付けレイドに向かって一直線に跳び上がる。そして《斬撃波》が放たれようとしたその一瞬、下段に構えていた刀を思い切り振り上げた。

「【抜刀・弧月斬】!」

 欠けた月の如き軌跡を描きながら振り抜かれる刀に、《斬撃波》を放とうとして長剣を上に構えていたレイドは為す術もなく斬り裂かれる。

 実は【抜刀】は、《抜く刀》と《抜いた刀》の2つの状態が存在するスキルなのである。鞘より抜き放たれる瞬間に超威力の斬撃を繰り出すのを《抜く刀》。抜き身の状態で素早い挙動で斬撃を繰り出すのを《抜いた刀》だ。

 この【弧月斬】は《抜いた刀》の技であり、威力こそ《抜く刀》には劣るが、素早い挙動から繰り出す事が出来る。所謂体勢を立て直すための【抜刀】なのだ。


    ◆◇◆◇◆


 真っ向から【弧月斬】を受け、地面に倒れ込んだレイドを見下ろしながら三月は刀を鞘へと戻し、口を開いた。

「勝てなくて残念だったな。だが、そう悲観する事は無い。お前ら2人は確かに強かった。ただ単に……俺が強過ぎただけなのだからな」

 胸を張って自信満々にそう言われ、レイドは思わず笑ってしまった。

「ふふ、ふふふ、ブフッ!? 痛ったた……確かに君の言う通りだ。君は私達よりも遥かに強かった。当然の結果だ」

「そう、当然だ」

 三月はそう言ってレイドに背を向け、その場から立ち去ろうとする。

「参考までに聞かせてもらっても良いかな? どうして最初のアッシュの攻撃を見もせずに避けれたのか。不可視の斬撃に攻撃を当てられたのか。私の上空からの奇襲に気付けたのか」

 レイドがそう訊ねると、三月はレイドの方をチラと一瞥し、

「解析能力。後は勘だ」

 と言って歩き出した。

 気絶したアッシュと共に残されたレイドは三月が去って行くのを見詰める。そして、

「くくっ、あははは、ははははははハブァッ!? 痛っつう……いやぁ、面白い少年だ。負けたのに楽しい気分になれたのは初めてだよ! また戦いたいなあ!」

 そしてまた盛大に笑い、三月に斬られた傷口の痛みに悶絶し、絶叫を上げる事になったと言う。

三月無双回でした。

三月とレイトムがここまで険悪になる理由は、レイトムは女神は確かに存在しその意思に従う事こそが人間にとっての最良の選択だという思想を持っている。でも三月にとっては女神は不確かな偶像でしかなく、人は自らの信念に従って生きるべきだという思想を持っている。というように、思想が全く異なり、話にすれ違いが生じているため出会えば化学反応が起きて必ず険悪な雰囲気になります。

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