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肆国演義-冒険伝奇-   作者: 山道 歩
第壱章『太蘭之空』
5/14

 木材の運ばれる音が空にこだまする。それに合わせるかのように木槌の音が重なり更なる喧騒けんそうを生み出していた。

 牛達が大木を載せた荷車を引き、男達が牛に鞭をいれる。

 牛の向かう先には建築途中の屋敷があった。屋敷は青竹を組み上げて作った外装用の囲いで覆われ、その上を何人もの男達が各々木や煉瓦れんが、縄などを持って行き来している。

 木材の置かれた地面には水溜まりがあり、わだちの跡があった。

 そこが泰斗たいとの仕事場だ。


「おうい、そこの煉瓦れんが取ってくれ」


 威勢のいい声と共に、仕事場の現場監督でもあり、みんなの相談役でもある亮馬りょうまが、猿のようにするすると青竹の組み囲いを登っていく。


「それ亮馬りょうま、落とすんじゃないよ」


 地上から放り上げられた二個の煉瓦れんがを空中でうまく受け取って、亮馬りょうまは「あともう二個だ」と声を張り上げた。

 泰斗たいとはそれをぼうっと眺めながら、積み重ねられた焼き煉瓦れんがの上に座っていた。手には既に冷めた焼菓子を持ち、慌ただしい喧噪の中一人つくねんと取り残されている。


「いったいどうしたんだ。ぼーっとして?」


 朋友の林丸が泰斗たいとの頭を小突く。それをさらりとかわして泰斗たいとは腰をちょいとずらして林丸の席を作る。

 礼も言わずに林丸は座り。懐から焼菓子を取り出した。


「何だ。お前まだ食べてなかったのか。休憩の時にしっかり食っておかないと、力が出ないぞ」


 そう言って林丸は焼菓子にかじり付く。小麦を卵とまぜて焼いただけの質素な菓子は、塩や砂糖で味付けがされていたが、ぱさぱさとしてまるで美味しくなかった。林丸はそれを無理やり口に押し込んで、腰に下げている竹筒の水筒の水を盛大に喉に流し込む。

 勢いよく飲みすぎた水にむせながら、林丸は目に涙を浮かべて胸を叩く。泰斗たいとは慌てて林丸の背中をさすった。


「もういい。大丈夫だ」


 まだ目に涙を浮かべながら、それでも林丸は焼菓子にかじり付く。


「お前もちゃんと食っとけよ」


 言ってから、林丸は泰斗たいとの顔を覗き込んだ。


「どうしたんだ?」


 泰斗たいとはゆっくりと林丸の方を向き、昨日のことを林丸に語る。

 語っている間に二人の休憩時間は終ってしまっていた。


「……で、結局何も言わずに寝たのか。お前は?」


 無遠慮な仲間の言葉に泰斗たいとはむすりと押し黙ったまま滑車を回した。鎖の擦れ合う音が響き、煉瓦れんがの詰まれた籠がゆっくりと上がっていく。


「だって……」


 のみの音、のこぎりの木を刻む音、そして男たちの怒鳴り声。騒音の中で泰斗たいとは溜め息をつく。


「男は度胸だって亮馬りょうまの兄貴も言ってるだろ」


 そう言って林丸は泰斗たいとの後ろに回って彼が握っている取っ手付きの回転車に手を掛ける。二人で力を合わせ回転車を回し鎖を引く。それにつられ籠が上がっていき、上で待つ男たちがその籠を引き寄せた。


「よし、ゆっくりと降ろせ」


 上から男達が怒鳴るのが聞こえた。使わなくなった道具が、籠に乗せられる。それを見届けてから、泰斗たいとは回転車を逆に回して鎖を緩めだした。林丸も手伝う。

 籠が地上に着き、泰斗は一息つく。

 荷物や器材の上げ下げ、その他雑用は主に泰斗たいとたちの仕事だった。蒸気動力付きの機材を買えば泰斗たいとたちの負担もうんと軽くなるのだが、動力付きの機材は驚くほどに高値だった。


「おい、泰斗たいと、林丸。昼が近いから木片を集めてこい」


 亮馬たいとが上の方から身振りで指示を出す。昼食用の煮炊きをするために火を起こすためだ。建築の際に使わなくなった木材の破片などを集めるのはやはり二人の仕事であった。

 余った木材を集め火を起こす。ある程度炎が大きくなったところでかまの上に鍋を置きその中に水を張った。


「よし、みんなの弁当を買ってこい」


 亮馬りょうまが手拭いで汗をふきながらが近づいてくる。


「今日は何?」


 林丸が亮馬りょうまに尋ねる。

 献立はその日の亮馬りょうまの気分次第で雲泥の差が出てくる。それを分かっているから、泰斗たいとと林丸の表情は亮馬りょうまの前ではいつもにこにことしていた。もっとも、人当たりがよく男気のある亮馬りょうまの前で不服そうにしている人間もめったにいないが。


「肉団子だ」


 亮馬りょうまの言葉に林丸は目を丸くする。


「肉団子!」


 泰斗たいとが嬉しそうな声を上げた。林丸も嬉しそうににんまりと笑っている。


「ようしお前ら、湯が沸く前に肉団子を買ってこい。そうしたらお前たちには一個余分に食わせてやる」


 亮馬りょうまが簡易の卓上に図面を拡げながら言った。


「あれ……これって何?」


 図面は黒の墨で描かれている。だが、一部だけ朱塗りで描かれている部分があった。泰斗たいとたちが今まで見てきた図面にそんなものはない。


「ああ、依頼主の趣向でな。新しく造る部分だ。抜け道だとさ」


「抜け道?」


 泰斗たいとの言葉に亮馬りょうまはうんと頷いた。

 小声でささやくように。


「まあ、金持ちの道楽の一つだ。大体でかい屋敷には必ずといっていいほど抜け道がある。賊が入ってきたときに、そこの主人達だけが抜け出せるようにするんだとよ」


 気に入らないといった風で、ふんと鼻を鳴らした。


「この街にいる限り必要ないと思っているがな、これも仕事だ……それよりもお前たち、肉団子はいいのか?」


 二人は顔を見合わせる。見ると今にも鍋からは湯気が立、炎の勢いもだんだんと大きくなっている。


泰斗たいと、早くしないと湯が沸いちゃうよ」


 林丸の必死の形相に泰斗たいともこくりと頷く。それを亮馬たいとは無精髭を撫でながら面白そうに眺めていた。


「そう言っている暇があったらさっさと買ってこい」


「あああっ、そうだ!」


 亮馬たいとからお金を受け取ると、泰斗と林丸は近くの弁当屋へと駆け出していった。

 弁当屋は駅の近く。大通りを抜け二人は弁当屋にたどり着いた。


 弁当屋の扁額へんがくには「天鏡舎」とあった。この店と居並ぶほどの味の店は天鏡の世界以外どこにもないとの意を込めたつもりだろうが、林丸たちにしてみれば他の店の方が味はいい。しかし手頃な料金でたらふく食べられるという意味では、まさに天鏡舎の名に恥じぬ店である。

 今にも風に吹き飛ばされそうな寂れた外観の店だったが、この店に客の姿がないのを泰斗たいと達は一度も目にしたことがなかった。

 泰斗たいと達がたどり着いた時、店には既に大勢の客の姿があった。客層も様々で商人風の男から旅芸人風の者、中には帯剣している者までいる。


「これじゃあ間に合わないよ」


 林丸が泣きそうな顔で金子の入った巾着袋をきつく握りしめる。


「まかしときなって」


 泰斗たいとは林丸の肩を一つ叩いて巾着袋を受け取ると人込みの間を巧みに潜り、店前へとたどり着く。


「お菊姉さん。お菊姉さん。肉団子を十五おくれよ」


「おや、泰坊じゃないかい」


 汗だくになりながら鍋をかき交ぜるお菊の手が止まった。お菊は天鏡舎の看板娘だった。今は「娘」ではなくなってしまったが、それでも彼女がいるからこの店がもっているといっても過言ではない。店の仕入れから仕込みまでほとんど彼女一人の手で行われている。

  他に二人の女が働いていたが、それはお菊に雇われている者だった。


「今日は仕事かい?」


「うん、久しぶりに雨が止んでね、また今日から仕事ってわけさ」


 言いながら泰斗たいとは別の女に金を払う。


「おいおい、この店は順番ってものをきちんと守らない客には商売しないって店なんだよ」


「だって早くしないと肉団子がもらえなくなるんだよ」


 泰斗たいとが跳びはねながら訴える。


「それじゃあ仕方ないね。裏でしっかり受け取るんだよ」


 表で注文して裏で受け取る。朝昼夜の忙しい時間帯はそれを徹底しているからめったなことでは店前は込まない。だから今日は大繁盛の日と言えた。


「ねぇ、何でこんなに客が多いの」


「それはいったいどういう意味だい?」


 お菊が泰斗たいとを睨つける。目は笑っていた。


罹裙らくんからお姫様が来るんだよ」


 お菊の隣で肉団子を盛っている女がにこりともせずに言う。


「お姫様?」


 それで武装した兵の姿が多いのかと泰斗はひそかに納得する。


「ああ、黎華らいか様だよ」


黎華らいか様?」


「あんた自分の国の姫君の名前も知らないのかい」


 呆れた口調でお菊が言う。泰斗たいとは苦笑したまま頷いた。


「今頃駅に着いていらっしゃる頃さ。まあそんなことより早く行っとくれ」


 お菊は顎でしゃくる。裏へ回れということだ。

 裏で肉団子を受け取って人込みを抜け出すと心配そうな顔で林丸が待っていた。


「遅いじゃないか」


 泰斗たいとの持つ二つの袋のうち一つを持ちながら林丸は文句を言った。


「なあ、さっきすっごい飾りのついた汽車が駅に入ったんだ」


 林丸の言葉に泰斗たいとは思わず足を止めた。振り返り林丸の顔を覗き込む。


「本当?」


「ああ本当さ。ちょっとだけ覗いてみるか?」


 林丸の意見に迷う事なく頷いて、二人は駆けるようにして駅へと向かう。太蘭たいらんの街に駅は一つしかない。


 古びた街ではあったが、駅は新しく大きい。漆喰しっくいの塗られた壁、焼き瓦の影を落とす道を通り抜け二人は駅の改札口へとたどり着く。

 駅の扁額へんがくには大きく「太蘭たいらん駅」と書かれてあった。


 それを視野の端に留めて、林丸と泰斗たいとの二人は改札口に行き駅の中を覗き込む。

 覗き込むと同時に鮮やかな紫の汽車が目に飛び込んできた。

 紫は皇帝色。はるか彼方にある海、そこに生息する紫貝の殻を砕き作り出されるその色は、山のような貝殻からほんのわずかしか取り出せぬという。故に、皇帝以外の者がこの色を使用することは鳳凰ほうおう帝国法で禁止されていた。


 上部に取りつけられた配管から蒸気を吐き出し、車体は生き物のように顫動せんどうしていた。そこにあるというだけで絶対的な存在感を有する汽車に圧倒され二人は言葉を失ったまましばし取りつかれたように見入っていた。


「おい、お前たちそこで何をしている」


 構内で警備をしていた兵の一人が二人に歩み寄る。

 青竜刀を腰に提げた男はまだ新兵なのか、ひどく落ち着かない様子だった。


「なぁ、あれって黎華らいか様の乗っている汽車なんだろ?」


 肉団子の入った袋を持っていない方の手で紅の汽車を指さし、泰斗たいとが大声で言った。


「それは国家の大事であるから、おいそれと口にはできない」


 ほとんど棒読みに近い言い方だったが、泰斗たいとと林丸の二人はそれにも気づかない様子で汽車に釘付けになっている。


「やっぱり、黎華らいか様が乗っているんだ」


 林丸が興奮して言った。

 汽車の周りには多くの兵が警備をしている。泰斗たいとは中に入って汽車を間近に覗いてみたかったが、あまりにも兵が多かったので諦めることにした。


「おいおい、誰が黎華らいか様がいらっしゃると言った」


 兵は表情を固くする。


「でも国家の大事なんでしょ? だったら黎華らいか様が来たってことじゃないか」


「うっ……」


 新兵は困ったような顔で林丸と泰斗たいとの二人を軽く睨つける。


「と、とにかく。ここにいては警備の邪魔だ。さっさとあっちに行け」


 邪険に払われ泰斗たいとたちはしぶしぶ改札口を後にする。


「あっ、頂竜ちょうりゅうだ」


 林丸の声につられ泰斗たいとは空を仰ぎ見た。天鏡の街が一瞬輝く。光竜柱の竜が頂天に達したのだ。故に頂竜ちょうりゅうの刻と呼ばれ、これがこの世界の正午であった。


「早くしないと、みんな待ってるよ」


 林丸が泰斗たいとの袖を引く。

 もうかなりの時間が経過していた。亮馬りょうま達は泰斗たいとの帰りを首を長くして待っているはずだった。


「そんなに引っ張らなくても、分かって……」


 爆音。


 泰斗たいとと林丸の二人は爆音に驚きながらもを振り返る。

 紫の汽車の向こう。

 煙と炎が上がっていた。

 兵たちが慌ただしく動きだし、周りが騒然となった。


泰斗たいと!」


 林丸の声に応えるように泰斗たいとは外に向かって走り出した。林丸も後に続く。

 駅の近くにいた者たちも何事かと駅に集まり出していた。

 泰斗たいとと林丸が改札口から飛び出し外の通りに出ると、再び爆音が響き火の粉をあげて改札口が砕け散った。

 炎が蛇の如く吹き上がり。駅を周辺の建物を舐めあげていく。不運な者たちはまともに炎を浴び、火だるまになって道の上を転がり回った。あのまま構内に残っていれば無事ではすまなかっただろう。


 泰斗たいとと林丸は炎混じりの爆風に弾き飛ばされ、大地の上を二転三転する。周りから悲鳴が上がり、砕け散った扁額へんがくが音を立てて砕け散り、破片が露店の布張りの屋根をつき破る。

 売りに出されていた獣の籠が弾け、獣たちは脱兎の如く籠から飛び出していった。


 土煙が辺りに舞い、炎が噴き上がる。

 轟音が響き人々は恐惶状態のまま逃げ惑った。

 二度目の爆音が響いたとき改札口の屋根を支える太い柱も倒れ、屋根が崩れ落ちる。逃げ出す暇もなく何名かがその下敷きになった。

 悲痛の叫び声が辺りに響く。


「おい、こっちだ」


「人が下敷きになっているわ!」


「いったい何があったっていうんだ」


 騒ぎを聞きつけた男女たちが集まってくる。瓦礫がれきをどけて下敷きになった人々を助け出す。


「おい、誰か手伝ってくれ!」


 一人が柱を持ち上げ駆けつけた女が下敷きになっていた男を引っ張り出した。引っ張り出された男は気を失っているのかぐったりとしている。

 自力で瓦礫がれきの下から這い出す者もあったがほとんどが苦痛の呻き声をあげその場から動けずにいた。火の手がそこまで迫ってきていても、肝心の体がいうことをきかないのだ。


「痛っ……いったいなんだっていうんだよ」


 林丸は頭を押さえながら立ち上がった。立ち上がると同時にぱらぱらと破片が音を立てて落ちていく。

 泰斗たいともしたたか強く打った肩を押さえながら身を起こして悲鳴の上がった通りを見る。

 露店のほとんどは爆風で吹き飛び、辺りにはいまだくすぶり続ける木片や露店の品物、そして血を流しその場にうずくまる人の姿があった。

 駅は大破し、改札口も跡形もなく爆破されている。木と肉の焼ける臭いが辺りに充満していた。


泰斗たいと、逃げようよ」


 臭いに顔をしかめ林丸が泰斗たいとの袖口を引っ張るが、泰斗たいとは石像のように動かず、じっと炎をあげて燃え出した駅を見つめている。

 その瞳には何かしら決心したような強さがあった。


「中に入るぞ」


「えーっ!」


 信じられないという顔で、林丸が泰斗たいとの顔を覗き見る。


「お前は何が起こっているのか見たくないのかよ」


 林丸は蒼白のままぶんぶんと首を横に振った。


「もういいよ……早く、亮馬りょうま兄貴のところに行こう」


 林丸は涙声で泰斗たいとに訴える。


「男は度胸だ。行くぞ」


「い、嫌だよう」


 林丸は顔を引きつらせなかなか動こうとしない。


「ちょっと覗くだけだから」


 林丸の手を強引に引っ張って、泰斗たいとは職員用の扉から建物の中に入った。爆風によって壁は砕け、建物の中は破壊されていた。

 壁は完全に燃え出している。


 人の姿はなかった。

 燃えた木の破片や書簡などを踏みしめながら二人は歩き、駅の構内に入り込む。泰斗たいとは額の汗を拭った。じっとりとした汗が着物の袖を濡らす。

 抜けるとすぐに屋根がなくなり雲の合間から天鏡の街が見える。


 入るとすぐにむっとした蒸気と濃厚な血の匂い体中を包み込む。さすがの泰斗たいとも一瞬足を止めたが今更引き返すこともできず足を進める。

 泰斗たいとが駅に入ったのはこれが二度目。五年前に姉と一緒に父を見送りに行った時のことだ。


 それ以来駅の中に入ったことはなかった。

 周りを見回すが警備の兵はいない。土煙と蒸気が辺り一面に広がっている。爆音は遠くから響いてくる。


泰斗たいと、汽車が……」


 林丸の指さす方向、紫色の汽車が爆破されている。車体に亀裂の入った部分から激しく蒸気が噴き出していた。

 熱い空気がが辺りに充満していた。

 その近くには何名かの倒れた兵の姿があったが、動く気配は全くない。よく見ると全員の顔や腕が火傷でただれていた。


「し、死んじゃってるのかな」


「そんなこと分からないよ」


 林丸の声も震えていたが、応える泰斗たいとの声も震えている。

 正面から吹く風にはむせ返るような熱気が含まれていた。


「あっちだ。あっちに行ったぞ!」


黎華らいか様をお守りしろ!」


 おそらく兵たちの声だろう。蒸気のせいで姿は見えなかったが、多くの人の気配が動いているのが分かった。

 何が起こったのか把握しきれずにおろおろとする兵たちを横目に見ながら泰斗たいとと林丸は構内を走った。

 何を目指せばいいのかは分からなかったが、とにかく人の気配のする方向を目指す。


泰斗たいと!」


 林丸の声に弾かれるように泰斗たいとは物陰に隠れる。林丸がすぐその後ろについて、ついと覗き見る。


「兵と剣を持った人が戦ってるよ」


 林丸の震えた小声が泰斗たいとの耳に届いた。

 泰斗たいとも慎重に覗くと、剣を持った大男が兵と剣を交えている。

 腰に鎖鎌を提げた黒髪強毛の大男だった。

 大振りの青竜刀を片腕で軽々と操り、兵の剣を右へ左へと踊らせる。兵はただ翻弄ほんろうされるまま。

 隙のない男の動きに周りで剣を構える者たちも迂闊うかつに手が出せず、じりじりしたままと男の隙をうかがうことしかできない。


「ていっ!」


 大男が背を向けた瞬間を狙って、兵の一人が剣を振りかぶった。だが、それを狙っていたのは大男自身だった。それが分かったのは、剣を振り上げた兵が両断された瞬間。間髪を置かず大男は剣を放ちもう一人の胸を貫くと、腰の鎌で四人の首をねた。


 紅の絨毯が構内の石床に拡がっていく。

 悲鳴も上がらず、また非難の声もなかった。粘りつくような静寂だけが、時間すら停滞させる。

 泰斗たいかんと林丸の二人は驚愕と恐怖に震えながらも、そのあまりの見事さに声が出ない。点々と血糊を顔につけたまま、大男は自分の周りを囲む兵たちを睨つけた。

 兵たちは震えながら剣を握り、中には腰を抜かし失禁する者まであった。


「命を粗末にしたいというなら、かかってこい! 我が名は砌剛せいごう、盗賊団焔蛇えんじゃの頭首だ!」


 ざわり、兵たちの間に動揺が走った。逃げ腰になりかけた兵が数名。それを咎めようとする兵もまた、腰が退けている。


「腑抜け共が!」


 砌剛せいごうは吐き捨て、血糊のついた剣を拾い上げた。


「さぁ、死にてぇ奴はどいつだ!」


 剣を構え砌剛せいごうが一歩踏み出す。


「ひいっ!」


 砌剛の気魄きはくに押され兵たちが、ある者は腰を抜かしその場に座り込み、ある者は立ったまま失神した。

 遠くで見ている泰斗でさえ震えを止めることができない。その泰斗たいとの肩を握る林丸の手もまた恐怖に震えていた。


「に、逃げようよ……」


 絞り出すような声に、泰斗たいとは恐怖のために凍りつき応じることができなかった。


「ここにいたら殺されちゃうよ!」


 林丸が声を張り上げる。

 泰斗たいとはびくりと肩を震わせた。

 目が合った。

 そう思った時には既に、唸りを上げた鉄鎖が二人の隠れていた柱を砕く。

 柱の破片が辺りに飛び散った。


「うわっ!」


 二人は尻餅をつきその場にへたり込む。

 へたり込んだ拍子に担いでいた袋の口が割れ肉団子が石床の上に転がり落ちた。

 しかし二人ともそんなことに注意を払う余裕など全くない。


「何だ。子供か……」


 さも興味なさそうに、砌剛は二人に背を向けて歩き出す。


「た、泰斗たいと……警護人を呼ぼうよ」


 泰斗たいとはただ首を振った。軍隊の警備兵が今目の前で殺されていったのだ。街の警護人程度でどうにかなる相手ではない


「と、とにかく外に出よう」


 林丸の意見に泰斗たいとは無言で頷く。自分たちでどうにかなる相手ではないことは十分にわかっていた。そしておそらくは亮馬りょうまにもどうしようもないことも。

 顔面蒼白のまま二人は走り出す。

 とにかく亮馬に知らせよう。二人の頭にはそのことしかなかった。


 二人は炎を巧みに避け転がるようにして崩壊した改札口から出る。

 辺りには建物の破片が散乱し完全に火の手が回っていた。建物の下敷きになっていた者たちも何名かは救い出されていたが、炎の勢いが強くなり、作業はほとんど進んでいない。 何人もの男たちが土や水をもって炎を消そうと躍起やっきになっている。


「おい泰斗たいと、いったい何があったんだ」


 作業をしていた男の一人が声をかけた。露店で金物屋を経営している男で泰斗たいととは顔馴染の者だった。


「え、焔蛇えんじゃだよ。焔蛇が来たんだ!」


 林丸が恐怖に顔をひきつらせて怒鳴る。

 作業をしていた男たちの表情が氷結した。野次馬たちも一瞬黙り込みお互い顔を見合わせる。


焔蛇えんじゃだって!」


「強盗団だ」


 女性が悲鳴を上げ逃げ出していく。それにつられ何人かの女が走り去っていった。


「これじゃあ、黎華らいか様も殺されてしまう」


「ああ、なんてことだ」


 作業をしていた男の一人が頭を抱えて座り込む。


「おい休むんじゃねぇ、このままじゃ火の手が街に広まっちまう!」


 近くの者がその男を叱り飛ばした。


「だって焔蛇えんじゃが来たんじゃどのみちこの街はおしめぇだ」


莫迦ばかなこと言ってんじゃないよ男のくせに、こんなときこそ男意気って奴を見せるんじゃないのか。太蘭たいらんの男たちはそんなにヤワだったのかい!」


 一人の女が声を張り上げる。泰斗たいらんと林丸が驚いてその女を見る。女はお菊だった。

 周りの男たちは一瞬きょとんとした顔だったが、すぐに不貞腐ふてくされたように笑う。


「勝手に言ってろ、俺は命が惜しいんだよ」


 男はそう言うと背中を丸めてそそくさとその場を後にした。それを追うように二、三人の男女が逃げていく。


「この臆病者が」


 お菊は吐き捨てるように言い、瓦礫がれきをどけ始めた。それまでぼうっとしていた者たちも慌てたように火を消し始める。

 蒸気の噴き出す音と、機械の規則的な音だけが地を這い響く。


 泰斗たいとは愕然として立ち去る男女たち見ていた。男女たちは泰斗たいとから目をそらして去っていった。


泰斗たいとどうする?」


 今にも逃げ出しそうな顔で林丸は泰斗たいとの肩をつかんだ。

 すぐにでも帰りたさうな顔で泰斗たいとの顔を覗き込む林丸。


「……裏に行こう」


 泰斗たいとが走り出す。

 林丸は悲鳴を上げてそのあとに続いた。

 駅の内部から何度か大きな爆音が響いてくる。


「ねぇ、やっぱり帰ろうよ。みんな待ってるよ」


 震えながら林丸は悲鳴じみた声を上げた。

 そして、あることに気づく。


「ああ! 肉団子、駅の中にに置いたままだ!」


 林丸はまたも悲鳴を上げた。

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