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肆国演義-冒険伝奇-   作者: 山道 歩
第壱章『太蘭之空』
4/14

 夜のとばりが降り、しんと寝静まった街の一角。時刻はとうに深夜を越えようかという頃。

 煌々こうこうと窓から明かりを漏らす一件の家があった。

 板葺きの屋根は、穴があいているのか、漏れた明かりが細々と天へと向かって伸びている。

 家の中には十人ほどの男たち。まんじりともせずに床板に胡座あぐらをかいて座る者。山刀を磨く者。だが、男たちの視線は外れかけた戸へと向けられている。


「来た!」


 戸に耳を当てていたひょろりとした男が小声で告げる。

 ざわり、男たちに微かな動きがあった。

 やがて人の気配が近づき、戸を二度叩く。耳を当てていた男が軽く三度戸を叩いた。

 それに呼応するかのように今度は一度。


「戸を開けてやれ」


 男たちの座している間、そこよりも少し高い場所に座っている強毛頭の厳つい男が声をかけた。

 ひょろりとした男が戸を開けると同時、一人の男が中に身を滑り込ませる。顔に刀傷のある鋭い目付きの男だった。


「……で、どうだった?」


「明日……というより今日の頂竜の刻に汽車が着きやす。紫の奴でさぁ」


「そいつに例の女が乗っているのか?」


 ひょろりとした男に言われ、刀傷の男が頷いた。


「お頭」


 強毛の男がにやりと笑む。

 ひょろりとした男の声に、他の男たちも視線を同じくし、強毛の男、砌剛せいごうを見た。


「分かっている。我らが術策じゅつさく、手はず通りに行うとしよう」


 低いがよく通る声。男たちの間に緊張の空気が漂った。


「いいか、今度の術策は今までのとはわけが違う。恐ろしく警備が厳重だ」


 砌剛せいごうの言葉に皆が声もなく緊張した面持ちで頷く。


「だが、生命を賭けるだけの価値はある」


 じゃらり、砌剛せいごうの腰に提げていた鎖鎌の鎖が鳴った。立ち上がり砌剛せいごうは仲間たちを見渡す。

 ここに集まった男たちは皆、強盗団「焔蛇えんじゃ」の仲間たちであった。共に死線をくぐり抜け、強い絆で結ばれた者たちだ。

 自分の肉親よりも信頼できる仲間たちを前にして、砌剛せいごうは鎌を掲げる。


「今日、頂竜ちょうりゅうの刻、術策じゅつさくを執り行う。皆、自分たちの仕事は分かっているな?」


 頷く一同。


「よし、散れ!」


 男たちが一斉に動き出した。

 言葉こそなかったが、男たちの目には活き活きとした光があった。

 男たちが去り、部屋には砌剛せいごうとひょろりとした男の二人だけが残る。


「お頭……今度の術策うまくいくんですかね」


 砌剛せいごうはひょろりとした男に振り返った。


「なんだ兎狸とり、いつになく弱気じゃねぇか」


 兎狸とりと呼ばれた男は苦笑しながら懐から煙管を取り出す。


 腰に提げた袋からたばこの葉を取り出し指先でこねて丸めてから、煙管の先端に詰め、火鉢の火を移す。


「今回の狙いはモノじゃねぇからな」


 砌剛せいごうの言葉に兎狸とりは何も言わない。じっと足もとを睨んだままだ。


「女を攫うのは嫌いか?」


 兎狸とりはゆっくりと首を横に振った。


「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃないんです」


 珍しく不機嫌になった砌剛せいごう兎狸とりは両の手で制止しながら言う。


「じゃあいったいどうしたっていうんだ」


「何となく嫌な予感がするんです」


「嫌な予感?」


 砌剛せいごうは辺りを注意深く見回して気配を伺う。皆出払っていることは分かっていたが、万が一を考えて砌剛せいごうはもう一度気配を伺った。こういった話は志気にかかわるためおいそれと漏れることがないように配慮してのことだ。特に砌剛せいごうたちの場合、志気の乱れは死につながる。それが分かっているから気が抜けなかった。


「姫様を攫うのは分かります。身代金だけでもかなりの額になりますからねえ」


「ああ、だが俺たちの狙いはそんなものじゃない」


 砌剛せいごうは腕を組んで目をつぶる。


「俺が怖いのはそこなんです。だいたい世界の果ての向こう側なんてのはないと俺は思ってる。あんなものは迷信です」


「その迷信に鳳凰ほうおう帝国の姫君が動くものか」


 兎狸とりの吐く煙をうざったそうに手で払いのけ、砌剛せいごうは苛々と兎狸とりをねめつける。


「しかし……」


 だが兎狸とりはさらに言葉を継ごうとした。


「もういい! どのみち俺たちは後には退けねぇんだ。覚悟を決めるしかあるまい」


 砌剛せいごうは立ち上がった。一度言い出したら梃子てこでも動かないことを長年の経験から兎狸とりは知っている。だから、完全に腰を据えてしまう前に説得したかった。


(まぁ、なるようになるか)


 諦めたように溜め息をついて、兎狸とりも立ち上がり明かりを消した。


「俺について来い」


「分かってますよ、お頭」


 兎狸は砌剛せいごうの後ろに続く、彼の目の前には砌剛せいごうの広い背中が広がっていた。

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