[love story2] 森のセレナ-デ~記憶喪失
「お帰りなさい、レイス。」
森の守護神エレイザべートは柔らかに微笑んだ。俺にとって母の微笑みは不思議と安堵を齎すもの。いつも此処に帰る度にそれを見て、帰ってきたと実感するのだった。
「妹が花嫁に毒を盛った。レナ=タラッサは此処に帰る時でない。……解毒を頼みたい。毒は俺がもらう。」
彼女も、俺も運が悪い。一番解毒が難しい毒、神殺しの毒薬を盛られてしまったのだから。何とか普通に話せるのは森の力であろう。
「あの娘が…また悪戯を?この前、あなたの花嫁の妹に手を出したばかりなのに。」
「手を出したって?あの完璧な姫に?」
「宝石と殿方を虜にして離さない香水を交換して、舞踏会に乗り込んだとか…。」
「…………!」
恐ろしい利害の一致。そんな事が頭の中に浮かぶ。だが、策略家の二人なら十分あり得ることだ。
「レイス、重い代償を払ってまで彼女を救いたいかしら?」
「彼女と同じ時に死にたいんだ。」
俺は、レナを毒殺されたくない。彼女が救うことが出来るなら、不死身の体を捨てようと思った。
「もう此処に帰れなくなっても?」
「そうだ。」
本当は良くなんかない。レナに格好をつけたくて…精一杯の強がりだ。
「…嘘はだめよ。覚悟がないのに」
母はやはり、全てお見通しだった。
「痛みには……慣れている。でも、愛する人の命が消える痛みは、毒の痛みより………。」
「そうね。私たち森神族は命が消えていく……ただそれだけで気が狂いそうになる。」
俺の中には葛藤がある。高い代償を払ってレナの命を救うか、このままレナを見捨てるか。後者は、よろしくない判断だと思う。
「……決めなさい。貴方が彼女に仕えると決めた証は嘘?」
(違う。嘘なんかじゃない。)
「貴方が彼女に囁いた愛は嘘?」
(これも嘘じゃない。)
「彼女を救いたいと思ったのは嘘かしら?」
「……すべて誠のこと。代償は払う。だから、レナを、頼む。」
代償……それは一番大切な記憶。愛する者との記憶を差し出すこと。
「麗しいタラッサの娘レナは、麗しいエレイザベートの息子シルヴィオスを忘れ、人間の男と結ばれる。」
母がシナリオを紡ぎ始める。
「シルヴィオスは最愛の妻レナを忘れ、荒野をさまよった後に結ばれる。」
俺もシナリオを作った。レナと離れたくなかったから。
『レナ=タラッサとシルヴィオス=エレイザベートはこれによって救われる!』
こうして、意識が、記憶が、豊穣の森が、遠くなって行く。その刹那、
「……お前を見つけてみせるよ、必ず」
俺はレナに囁く。きっとまた彼女に会えると信じて。
さようなら、母さん。さようなら……豊穣の森。さようなら、さようなら、永遠にさようなら。






