序章<プロローグ> 月姫の紋章 掟破りの代償
「お爺様。何用ですか?」
わたくしは幾星霜の時を生きているであろう運命、死の神モヴィラードの御前で跪いていた。双子の妹テタルゥラも一緒だ。つい先程まで天蓋付きの寝台で眠っていたのだが、どうやら神界に来てしまったようだ。わたくしも、テタルゥラも、ネグリジェのままである。
「汝ら二人に命ずる。月姫となり、人間の馬鹿げた戦争を終わらせて来い。」と、モヴィラードは言った。
テタルゥラが、ふっくらとした艶やかな紅色の唇をひらいた。
「お爺様。わたくし達には願いがあるのです。・・・・人間との婚姻を認めて下さいます?」
人間と婚姻関係を結ぶことは掟で固く禁じられている。掟を破るからには重い代償を払わねばならない。
テタルゥラは神も虜にする猫目でモヴィラードを見つめ返していた。―まるで代償を楽しんでいるかのように口元には微笑を湛えている。
「汝らは愚かな人間との婚姻を望むか?」
何かを求めれば何かを失う。何かを失うのは怖い・・・。でも、それで任務が遂行できるなら。
「・・・はい。望みます・・・。」
恐怖で震える唇からやっとのことで絞り出すように紡ぎ出した言の葉はテタルゥラの迷いのない妖艶な声と重なり、偽り無き誓いとなった。
「・・・汝らを許す。ただし無償でとは言わぬ。掟破りの代償として汝らには呪いを受けて貰おう。
代々受け継がれる呪いを。」
「汝ら二人。心して聞くが良い。レナよ。呪いは、おまえの体を蝕む。そして、生気を奪い続ける。それでも歌い続けるならば人間との婚姻を認めよう。オフェリアよ。呪いは、おまえの女としての喜びを奪う。おまえは神と婚姻を結ぶことができなくなり、子孫を残すこともできぬ。それでも踊り続けるならば、人間との婚姻を認めよう。」
二人の少女の額に月の形をした月姫の紋章が印された。二人の少女は儀式を受け、歌姫と踊り子となった。
1000年続く戦争を終わらせることは出来るのだろうか?