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 学士が荷物を一つ取り出すたびに、周囲からは歓声に似た声が上がる。

 彼は最後の一つを取り出して、見守っていた隊商の面々に微笑んだ。

「今あるのはこれだけです。どうぞ、手にとって見てください」

 並べられたのは、薬。

 煎じるものから、塗り薬、水薬と多種多様だ。効能も様々である。

「うわあ、変な色!」

「ねえ、これいい匂いがする」

「こっちは?」

「これは傷薬。よく効きますよ。私自身、重宝しています」

「これは?」

「そっちは痛み止め。頭痛や、酷い怪我をしたときの痛みを和らげます」

「こんなにあるのを、全部覚えてるの?すごいなぁ」

 わいわいと騒いでいるところに、天幕のほうから隊長の妻がやって来た。

「おやおや、なんだいそんなところで店を開いて」

 長い看病によるものか、女の顔には疲労が浮かんでいる。

 見習いたちが目を丸くした。

「あっれー、隊長ほっといて大丈夫なんすか」

「大丈夫っていうか、むしろ邪魔にされたんだよ。ほんっと、あれだけ心配かけておいて、ちょーっと元気になったら感謝もせずにおせっかい呼ばわりだ。やんなるね」

 女が愚痴を言えば、他の隊員たちは笑う。

「隊長らしいなぁ」

「ああ、そだ。先生。先生にだけは、よくよく礼を言うようにって。最低限の感謝の心はあったらしい」

「回復が早いのは何よりです」

 学士も周囲につられるように微笑んだ。

「まあね。――で、商売中かね。あたしも混ぜてもらっていいかい?」

「どうぞ。旅をされる方々は、傷薬と痛み止めと熱さましをよくお求めです」

「それくらいならうちでも常備してるよ」

「これはよく効きますよ。医学はパゴダの学問所がもっとも得意とする分野ですから」

「ああ、・・・確か西国の御典医を排出しているんだったっけね」

 学士が「ええ」と頷いたところで、若者がはしゃいだ声を上げた。

「知ってる知ってる、医療技術が進んでいるから、西国の王族は不老不死なんだって」

 学士は苦笑する。

「そんな噂が?王族の方々はもともと長命な種族というだけです」

「ゾウっていったっけ」

「ええ、そうです」

「ところであんた、医者じゃないっていうが、学問所では何を?」

 今度は中年の男が言う。見習いの若者と違い、彼は妻子を連れてこの隊に参加している。

 質問に、学士は困った笑みを浮かべる。

「何が専門かと聞かれると困るんです。あそこは、知識が混沌と渦巻いている場所でした。強いて挙げるなら、自然哲学、自然科学といったところでしょうか」

「はぁ、聞いたところでわからんね」

 顔をしかめる隊員たちに、学士はわかりやすく一言で説明した。

「真理の探究をさせるような学問ですよ」

「なるほど。腹の足しにはならなさそうだ」

「おっしゃるとおりです」

 隊員たちは遠慮なく声を上げて笑った。

 少しはなれたところから、こどもの声がした。

「ねーっ!隊長がなんか言ってる!」

 声を上げていたのは、六人いるウマのこどもたちのなかでは唯一の少女である。

 女が大声で聞き返す。

「はあ?なんだって?」

「しらなーい!はーやくー」

「あー、はいはい、わかった、行くよ。――ったく、さっきは邪魔にしといて」

 ぶつぶつ言う女の様子に、他の隊員たちはくすくす笑う。

「だいぶ調子が戻ってきてるじゃないか」

「まったくだ。ほっとしたね」

 学士は夜のことをふと思い出して、こどもたちの中に、トリの少女の姿を探した。しかし、いるのはウマばかりだ。意識をしていると、こどもたちの会話が聞こえる。

「ねー、ニキいなくなったんだけど」

「え、着いて来てねぇの?」

「あいつ足遅すぎ!アナ、ちょっと見て来いよ」

「やーだー、めんどくさい」

 学士はほんの少しだけ、眉間に皺を寄せた。

 大人たちはひとしきり隊長のことを笑って、すでに落ち着いていた。

「面倒だがちょっと行ってくるよ。あとからまた話を聞かせてくれるかい?」

「ええ。ここを片付けたら、私も行きましょう」

「助かるよ」

 それは解散の合図になり、仕事のある者たちは天幕のほうへと戻っていった。

 見習いは比較的暇があるので、好奇心を満たしがてら、学士の片づけを手伝う。

「やーれやれ、あのわがままによく付き合うよな、まったく」

 見習いは苦笑を交えつつも、感心したように隊長の妻のことを言っている。

「隊長はなぁ・・・変わり者って言うか。ニキ拾ってきたのもあの人だし」

 もう一人の見習いもうなずく。

 学士は、彼が口にした名にひっかかりを覚えた。

「・・・・・・あの、ニキというこども」

「ん?」

 学士の脳裏に、夜の会話が蘇る。

「あの子が、誰かを探しているといっていた。あんな幼子が、何者を探しているのかと思って」

「あー・・・ニキの探し物かぁ。うん、なんていうかなぁ・・・」

 見習いが言葉を濁す。

 もう一人が、ふっと視線を逸らして、冷たい声で告げた。

「そんなもの、ないんだよ」

 その声の固さと冷たさは、氷のようであった。

「・・・ない?」

「あいつ馬鹿でしょ。だから、ありもしないものをずーっと探してるんだ」

「いや、あの、まあね。そういうことなんだけどさ」

 冷たい声の見習いは言うだけ言うと、去っていく。

 すでにほとんど片付いていたから止める理由もなく、学士と残された見習いは呆然とする。

 沈黙を、残された見習いが気まずそうに振り払う。

「あー・・・悪いね、先生。あんま気にしないで。俺たちも行こっか。そろそろ風が出てくるしさ」

「ああ・・・」

 残されたほうが、先に行った見習いに呼びかけながら、小走りで追いかけていく。

 学士は片付けた荷物を背負い、空を見上げて一つ息をつく。

「ありもしないものを探す、か・・・」






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