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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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時計台の下の天使

作者: のりと
掲載日:2026/07/19

街を見下ろすように、大きな時計台が立っていた。

欠けたレンガ。湿った壁。古い地下に染みついた、かすかなカビの臭い。

 

その地下には、天使がいた。

大きな翼を持つ、ひとりの娘。

重たい鎖に繋がれ、暗がりの中に沈められていた。

階段を下りてくる足音が、冷たく、硬く、地下に響くたびに、天使の身体がびくりと震える。

喉の奥で潰れたような呻き声が漏れ、鎖がかすかに鳴った。

 

ひび割れた壁の隙間から差し込むわずかな光が、翼だけを照らしている。

それは異様なほど白く、美しかった。

けれどその下にある身体は、もはや翼を支えるためだけに残されたようなものだった。

骨と皮ばかりの、娘の亡骸じみた肉。

生きているのか。

それとも、まだ死に切れていないだけなのか。

 

「……久しぶり、ミェロ」

足音が止んでいた。

そこに立っていたのは、フードを目深に被った眼鏡の女だった。

妙に親しげで、妙にやさしい声音だった。 

カチャ、カチャ。

返るのは、鎖の張る音だけ。

 

「……聞こえている? 私よ、ミェロ。安心して」

女はそう囁いて、痩せこけた頬を両手で包んだ。

骨ばった輪郭を、慈しむように撫でる。

「あぁ……こんなにも痩せてしまって」

その声音は、まるで本当に痛ましがっているようだった。

 

やがて女は大きな革の鞄を開き、中からパンを取り出す。その香ばしい匂いが鼻の奥に広がった途端、天使の身体がかすかに前のめった。

そして、貪る。

目は潰されたのだろう。

耳も、声も。

けれど空腹だけは、まだ残っているようだ。

パンにかじりつくたび、白い喉が細く上下する。

その無防備な首筋に、女は慣れた手つきで注射針を差し込んだ。

天使は気づかない。

いや、気づいても、もう抗えないのかもしれない。

やがて食べ終えると、女はその肩を抱き寄せた。

抱擁というには少し強すぎる力で、ぎゅうと。

「大丈夫よ、ミェロ。私は貴方を忘れない。この先もずっと……」

 

ボーン、ボーン。

時計台の鐘が鳴る。

重く、鈍く、地下の奥まで揺らすように。

その瞬間、天使の身体が強張った。

見えないはずの目を、それでも何かを見ようとするみたいに見開いて。

鐘の振動で、地面がわずかに震える。

その揺れを、何度も何度も、この子は恐怖と結びつけて覚えてしまったのだろう。

 

「……きっと、よく眠れるわ。疲れたでしょう」

女の声はひどくやさしい。

子どもを寝かしつける母親のように。

やがて、天使の手から力が抜けた。

長いあいだ擦りつけられてできた床のくぼみに、その指先が落ちる。

 

その瞬間だった。

翼の白さが、すっと深まった。

濁りが抜け、凍るように澄み、限りなく完全な白へ近づいていく。

まるで、残っていた身体のすべてを喰い尽くして。

肉も、血も、命の名残も。

最後の最後まで、翼のための養分に変えてしまったかのように。

 

「……大丈夫よ、ミェロ」

女は囁く。

「私にとって、貴方は特別だから」

その白い翼に手を伸ばす。

そして、ためらいもなく、羽根を数枚むしった。

ぶち、ぶち、という小さな音。

 

「……ここまで育ててくれて、ありがとう。ミェロ」

女は羽根を胸元に抱き、静かに微笑んだ。

 彼女の亡骸は、大きな翼の白さの下に隠れた。

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