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迷惑電話の白井さんは、猫好きだった

作者: 四十早
掲載日:2026/03/21

間違って消してしまいました。投稿しなおしです。

 今日は、有給消化をするために休みを取った。

 朝からずっとコントローラーを握り、画面の中のモンスターを追い回している。贅沢な時間の使い方だが、流石にちょっと疲れを感じた。


 ふと時計を見ると、いつの間にか陽が傾き始めている。

 あ、昼飯食べるの忘れてたわ。

 今から食べたら夜に響くな。あと二時間もしたら、友人のレストランで夕食の予約時間だ。俺の学生時代からの友人が始めた店で、あいつは鼻息を荒くして店を構えていたっけ。


 楽しみだが、中途半端に空いたこの二時間をどう潰そうか。そんなことを考えていた時、スマホがテーブルの上で震え出した。液晶画面に表示されたのは「050」から始まる見慣れない番号。


「はぁ、またいつものやつか……」


 せっかくの休日、ゲームの没入感を削がれた不快感が、俺を少しだけ意地悪な気分にさせた。普段なら無視するところだが、今は夕食までの手持ち無沙汰な時間がある。

 俺は、名前を名乗らずに短く出た。

「はい」


『こんにちは! 今ご契約中の〇△の光回線のご案内です。契約中のプランより、お安くなりますが、お時間よろしいでしょうか』


 若そうな、女性の声。だが、その言葉には血が通っていない。マニュアルをなぞるだけの、無機質な営業スマイルが声に乗っている。

「あのさ、その回線使ってないよ。さも契約中みたいな言い方するなよ」


 ――ブチッ


 案の定、即座に切られた。食い下がっても無駄だと判断したのだろう。その冷徹な効率の良さが、余計に俺の火をつけた。


 ――プルル


 またか。

 手元のスマホが再び震える。だが、画面を見ればさっきとは末尾の違う「知らない番号」だ。おそらく同じ業者か、リストを共有している別の窓口だろう。


「次はもっと話をきいて、ちょっと意地悪してやろう」


 俺は今度は明るい感じで行くことにした。

「はーい」


『こんにちは! 今ご契約中の――』

 定型文かよ……。しかし、女性のオペレーターが多くなったな。男性がちょろいと思われているのか。


「大丈夫だけど、どれくらい安くなるの?」

『はい! いま格安プランをご利用でしょうか?』

「そうだよ、格安プランだよ。よく知ってるね」

『あ、あの、格安プラン+というのがございまして……』

 皮肉を理解されなかったようだ。


「おー、安くなるんだ。いいね」


 どうだ俺の食いつきっぷりは。まるで池で餌を求める鯉のようじゃないか。


『はい、いまよりも1000円毎月お安くなります』

「じゃあ、切り替えてよ」


『分かりました。では本人確認のために、まず、お名前フルネームでお願いします』

「いいけど、俺が言ったらさ、あなたの名前も教えてほしい」

『はい!? ……わ、私の名前、ですか?』


 あ、こいつまだ新人だな。

「そうです。俺だけ名前を言うなんて恥ずかしいです。だって、こんな素敵な声で、しかも毎月安くなるなんてすごい案内じゃないですか」

『あ、あの、ちょっと……名前を言うのは規則で禁止されているんです』


 ほー、ちょっと頭を使ったな。

「じゃあ、下の名前を教えてください。苗字じゃなくて」

『下の名前ですか? 苗字じゃなくて?』

「はい。下の名前で」

『……あの、規則で名前は駄目なんです』

「でも、なんて呼んだらいいか分からないですよ。質問とかしたいし」


 さっきと同じことを言っている。だが、その直後だった。


『…………白井です』


 思わず口を突いて出たという感じだ。さっき「名前はダメ」と言ったばかりなのに、もう自分から苗字を名乗っている。相当テンパってるな。


「あ、苗字ですね。白井さんですね、ありがとう」

『あ、あ……』


 白井、か。

 十中八九、偽名だろう。だが、咄嗟に出る偽名は本名の響きに近いことが多い。白井、白石、白木……。

 俺はさらに揺さぶりをかける。


「ん、下の名前でもいいし、あと友達に呼ばれている、あだ名とかでもいいですよ」


『あの、規則で名前は駄目なんです』


 ほら、また同じことを言った。さっき苗字を言った自覚すら怪しい。彼女の余裕はなくなっている。


 よし、試してみるか。


「そうだよね。でもあだ名は名前じゃないから、いいと思うよ。規則も駄目じゃないでしょ?」

『そうかもしれないけど……あだ名は、恥ずかしいです』


「そうだよね、俺も恥ずかしい。だから――白木さん、って呼びますね」

『あ、はい……』


 彼女の声が微かに震えた。

 ビンゴだ。

 否定するまでのコンマ数秒の遅れ。本当は白木なのだ。咄嗟に「白井」と濁したが、不意に本名に近いところを突かれて、完全に防戦一方になっている。


「白木さん、何歳ですか?」

『ちがいます! お名前を教えてください!』

 ちっ、まだ早かったか。


「山田太郎です」

『え!? 山田太郎さん?』

「はい、山田太郎です。親父が野球好きなんですよ。あ、知ってます? 野球漫画なんですけど」

『あの、はい、知ってますけど……』


「今本人確認中ですよね?」

『そうですね……続いて、住所を教えてください』

「ちがいます、次は年齢です。白木さん何歳ですか?」

『あの、そういうのは駄目なんです!』

「駄目とかじゃなくて、僕は、白木さんの年齢が聞きたいんです。それは、僕があなたの声を好きになったからです」


『…………ん? ナンパですか?』

「違います。一期一会です。この電話を切ったら終わってしまう。でも、僕はそれが悲しいし、切ない。また電話をかけてくれるわけじゃないでしょう? それとも、携帯番号を教えてくれますか?」

『それは無理です』

「そうです、だから年齢を教えてください。僕は24歳です。社会人二年目。公務員なので、将来安泰ですよ」


『あの、そこまで聞いてません……』

「僕は、名前と年齢と職業と勤続年数を伝えました。だから年齢を教えてください」

『年齢を女性に聞くのは、マナー違反です』


「でも、恥ずかしいけど、たくさん伝えました。年齢以外だったら何を教えてくれますか?」

『……教えません』

「好きな食べ物なら、個人情報にならないです。僕はイタリアンが好きです」

『……あの、あれ、私なにを聴こうとしてましたっけ』


 彼女の頭の中で、マニュアルの文字が散らばっていく。

「あぁ、白木さんが聞いていたのは、僕の身長。185cmです。顔は悪くないですよ」

『違います……あ、住所だっけ。あれ?』

「それと、猫が好きなんで、ペットOKのアパート借りてます。可愛い猫がいるんですよ」


『猫ですか?』


 ささった。猫に。


「はい。アパートの前で怪我していたので、病院に連れて行って。そしたら離れなくてね。ミーミーって鳴くから、ミミにしたんですよ。それと耳に特徴があるから、すぐ分かるんです」

『ミミちゃんっていうんですね……』

「すごく人懐っこくて。仕事は忙しいけど、定時で帰るようにしてます。残業もしない。……一緒に居られますよ、白木さん」


『いいですね、それ。……え? 私???』

「白木さんっていうんですね。名前」

『……白井です、山田太郎さん』

 彼女は必死に「白井」という盾を構え直す。だが、その声にはもう、営業用の冷たさは残っていなかった。


「家の近くに、友人がイタリアンのお店構えるんです。今日行くんですよ夕飯に。イタリアン、好きですか?」

『……嫌いじゃないです。住所を……』

「住所は東京都〇〇の〇〇です。近いですか?」

『何がですか?』

「白木さんの住んでるところと」

『分かりません』


「近いんですね。今日どうですか? 夕飯一緒に。写真はたくさんありますから」

『あの……分かりません』

「あ、お店の場所ですよね」

『違います! どうしてそんな風に言うのか。……分かって言ってますよね?』


「分かってるのは、白木さん。それから、年齢が分からないこと。猫が好きだってこと。嘘が下手ってこと。東京に住んでいて、僕の家と結構近いかもしれないってこと」

『……』


「あと、イタリアンも結構好きなんじゃないかな。実は19時にお店予約してるんです。〇〇ってお店です。友人が今日お店を開くんですよ」

『行かないですよ』

「分かるように、テーブルに黄色いゼラニウムを置いておきます。花言葉、調べてみてください。実家が花屋で、手伝っていたから詳しいんです。あと、名前は本当です。山田太郎です」

『……』


「最後に。年齢だけ、教えてほしいです」

 長い沈黙のあと。

『…………21です』

「ありがとう。俺から切ります」

 ガチャ。

 俺はスマホをデスクに置いた。

「よし、ゲームやろ」


 再び画面に向かう。だが、数分もしないうちに。

 また着信だ。さっきの、さっきの番号だ。


「はい、山田です」

『あの、山田さんですか』

「あ、白木さんですね。どうしました? 来られなくなりました?」

 冗談のつもりだった。だが、彼女の声は、先ほどまでとは違う熱を帯びていた。


『いえ、仕事終わるのがもうちょっと後で……30分くらい遅くなるんですけど、いいですか?』


 まじかよ……。


 俺は思わず、コントローラーを握る手に力を込めた。と同時に、ふと気づく。着ていく服が、ない。いや、あるにはある。だが、今日は有給だ。朝からずっとジャージだ。


 俺が伝えたことは、すべて事実だ。名前も、身長も、猫のことも、公務員であることも。

 そして、彼女は俺の暴いた「白木」として、俺の待つ場所へ来ることを選んだ。


「……ああ、全然構いませんよ。ミミの動画でも見て待ってますから」


 俺はゲーム機の電源を落とした。

 黄色いゼラニウム――『予期せぬ出会い』。

 俺はクローゼットから一番まともなシャツを引っ張り出した。

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