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平民の私が黒竜公爵様と婚約しましたが、彼は違う男を誘惑して来いと言います〜攻略相手の愛情が重すぎて逃げられない!?〜  作者: 穂村 ミシイ


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08 光の乙女は舞う 1

 公爵家を出る頃には太陽は傾き、夕暮れが今宵の光冠祭の締めくくりである光の使徒による奉納の舞への期待を膨らませていた。


「私達はまず、金の王冠が奉納されている首都最大の光神殿に向かいます。そこで祝福された王冠を被り、街の中央の広場に設置された円形の舞台へ向かいます。」


 馬車の中で向き合うように座るナポリック教授に何度も説明された今日の段取り。再三言われ過ぎて耳にタコができそう。彼女がどれだけこの祭に力を入れているか知っているから無碍にも出来ず、「分かりました」と笑顔で頷く。


「昨日の雨の影響で地面がぬかるんでいます。転ばないように注意して下さいね。」


 純白のドレスだから裾に泥が少しでも付けば台無しだ。隣に座るアルマが「ティアに限ってそんな間抜けはしませんよ」と挑発がましく返答したのは気に食わなかったけど、こんな高さのないヒールで転ぶわけがない。


「お任せ下さい。」


 余裕でこなして見せましょう。


 そんな話をしていると馬車は神殿に到着し、数人の神官と今年の光の使徒役を一目見ようと集まった信徒達が出迎えてくれた。首都一番の神殿なだけあって、神殿までの大階段も立派だ。


「アルマ様。しっかりエスコート、よろしくね。」

「光の使徒様は、信徒へ笑みの振る舞いお忘れなく。」


 ああ言えばこう言う。


「ほんと、口が減らない男ね。」


 どうもありがとう、と笑うアルマに苛立ちを覚える。この男、本当に性格が悪い。


「ねぇ、貴方達は互いに愛したから婚約したのよね?」


 途中、後ろを歩くナポリック教授から鋭い質問が飛び、私達は急いで互いを抱き寄せた。それから貼り付けの笑みを野次馬とアルマに振り撒き、大階段を登り終え神官の元へ脚を進める。


「ここからは光の使徒様だけが立ち入りを許されます。どうぞご容赦下さい。」


 この神殿は光の使徒が自ら作ったとされる由緒正しいものらしく、神殿内は神聖なのだと言い含められた。神も光の使徒も信じていない無宗教な私は、鼻で笑いたくなる気持ちを抑えて、アルマの手を離し神殿内へ立ち入る。


「それでは、光の使徒様。こちらを。」

 

 長い回廊を進むと、美しいステンドグラスに彩られた祭壇が現れた。厳かな雰囲気の中心にある祭壇に金の王冠が祀られていた。

 月桂樹を模しているが、あちこちに大粒の宝石もあしらわれた息をのむ美しさに思わず見惚れるほど。


「慎んでお役目を果たします。」


 神官長の手で被せられた王冠は、自然と頭の大きさにフィットした。


「うむ、今年もナポリック教授は良い働きをしたようだ。」


 私は魔力の籠ったこの宝具に認められたという事なのだろう。優しく笑う神官長の言葉には、ナポリック教授への信頼と私への期待が込められていた。


「さぁ、光の信徒様。皆にその美しいお姿をお見せくださいませ。」


 来た道を戻り、神殿を出ると更に多くの人が光の使徒役を観に集まっていた。

 神殿の大階段を光の使徒が一人で笑みを振り撒きながら降りるのが通例らしい。階段下にある馬車前にアルマとナポリック教授の姿も見えた。


「足元にお気をつけてくださいね。」


 神官長の言葉に「分かりました」と返答しようとしたその時だった。後ろから強い衝撃を受けた。


「…………え?」

「セルティアっ!!」


 視界から消える神官長、そして焦るアルマの顔が瞬きの隙間の一瞬だけ見えた。その後は回る視界と響く悲鳴、全身に走る痛みが次々に身体に襲いかかる。


「セルティア、大丈夫かっ!!」

「神官長、すぐに傷の手当てを!」

 

 私を抱き抱えながら焦るアルマとナポリック教授の声にようやく自身が何者かに押され、大階段を転がり落ちたのだと理解した。ここはおおよそ大階段の真ん中ぐらい。アルマが素早く受け止めてくれたらしい。


「お前なんぞ光の使徒に相応しくない。ヒナ様こそ、光の使徒の生まれ変わりなんだ!」


 大階段の上で暴れる犯人はすぐに警備隊に取り押さられていた。ここでも出てくる〝ヒナ〟と言う名前。彼も光の親衛隊の一人なのだろう。


「まさか、ここまでするなんて。」

「セルティア、今は喋るな。頭を打っているかも知れん。」


 アルマの様子からして、これも未来視から外れた現象かしら。これまでで一番表情が動いて見える。というか、この男の未来視、全然当てにならないじゃない。どうなってんのよ。


「すぐに癒します!」


 神官長の計らいでその場で治癒魔法を掛けて貰った為、大事には至らなかった。打撲などの外傷は消えたが痛みはまだ身体に残っている。けど、動けない程じゃない。


「セルティアさん。まさか、こんな事に巻き込んでしまうなんて。本当に申し訳ございません。全て、私のせいです。」


 右手を握るナポリック教授は涙ぐみ、謝罪するばかり。


「どうして教授が謝るのですか?」

「だって、私が貴方に光の使徒役をお願いしたからこんな目にあったのです。謝るのは当然の事でしょう。」

 

 娼婦店に売られてすぐの頃、私にも遊女見習いとして舞や歌、男の喜ばせ方を仕込まれていた時期がある。教えられた事が出来なかったら体罰は当たり前。与えられた役割すらこなせない遊女に価値がない。そう言われ育った私には、ナポリック教授が理解できない。


「今のは、あの親衛隊の妨害を避けられなかった私が悪い。そうよね?」


 アルマに相槌を求めると物凄い表情をされた。


「とにかく、祈りの舞は中止しましょう。」


 ナポリック教授の発言に神官長と周りの群衆がどよめきの声が上がる。

 

「しかし……、それでは光冠祭が。」


 私達の五穀豊穣の祈りと春の訪れはどうなるんだ、と群衆が騒ぐ。皆が楽しみにしていた光冠祭。私に与えられた役割は祈りの舞を奉納する事。それが出来なければ、芸ができない遊女に居場所なんてないのと同じ。私に価値なんてないわ。


「ナポリック教授、私に祈りの舞を奉納させて下さい。」

「貴方、今階段から落ちたばかりなのよ。そんな子供に無茶させられないわ!」


 この女性は優しい家庭に生まれたとても良い人なのね。私とは生きてきた世界が違う人。これからも優しい世界で穢れなく生きていってほしい。だから、ごめんなさいね。

 

「私なら出来る。」


 ナポリック教授の頬に手を伸ばし、彼女の掛けていた眼鏡を取り上げると、強く瞳を見つめた。


「ナポリック教授。私に光の使徒役を任せてくれますよね?」


 私の魅了の魔法は、私の瞳が映したもの全てが対象。今の私は貴方にはとても魅力的に映るでしょう。女性同士なんて関係なく欲情する。そして、私を手に入れたくて堪らなくなる。


「私の言う事、聞いてくれたらキスしてあげる。」

「――――っ!!?!!」


 ほら、私の唇が欲しいでしょう?


「ねぇ、教授?」

「セルティアさんに、任せます。」

「よく出来ました。」


 ナポリック教授の額に軽いキスを落とす。付けていた口紅のせいで彼女の額には、くっきりとキスマークが残ってしまった。


「アルマ様、私を中央広場の舞台までお願い。」

「…………本当に、大丈夫なんだな?」

「当たり前よ。」


 彼の瞳を見つめながら強く頷く。

 やはりアルマに私の魔法は効かないらしい。


「こんな事になってしまい申し訳ございません。外傷は全て治癒出来ました。他に痛むところはありますか?」


 立ち上がって確認するも、特に問題はなさそうだ。


「どうか、光冠祭をよろしくお願いします。」

 

 腰砕けで動けなくなったナポリック教授をその場に置いて、神官長に見送られながら私達は中央広場へ向かった。

 

「あーあ、純白のドレスが台無しね。」


 階段から転げ落ちた時、泥に塗れたドレスは模様と言い訳するには無理があった。けれど、私の治癒をしていたせいでかなり時間が押してしまい、これ以上時間を遅らせる事は出来ない。更にドレスはこれ一着しかなく、着替えやメイク直しをしている時間もない。

 幸いなのは、魔力が籠ったこの金の王冠に傷ひとつなく、まだ私を認めてくれていると言う事。


「なにあれ!?」

「今年の光の使徒役はどうしたっていうんだ?」


 神殿と首都の中央広場までは少し離れている。その為、馬車で移動してきた私達より先に神殿での出来事を知っている者はこの場には少ない。祈りの舞を楽しみに待っていた群衆からすれば、泥だらけの小娘が馬車から降りてきたのだから驚きもするだろう。


「ふむ、ならば。」


 現状は、前代未聞の不祥事と言っても過言じゃない。そんな中、アルマは昨日の雨で出来た水溜まりに自ら思いっきり脚を突っ込んで水飛沫を自身に浴びせた。


「これでおあいこだろ?」


 そう笑うアルマの頬に自分の腕についていた泥をくっ付けた。


「これでお揃い。」


 罵詈雑言飛び交う中、この男だけは私の隣を歩く。公爵と言う立場にプライドと尊厳があるだろうに。本当に、馬鹿みたいに笑う無邪気な顔が、勇気をくれるだなんてね。

 

 舞台には既に火が灯り、美しい音色が辺りに響き始めている。後ろからクスクスと笑う声。観客がざわめく。


 ひび割れてたガラスの靴はそこらに放り投げた。

 せっかく綺麗に結った髪は淫らに靡かせて。

 純白のドレスや頬に付いた泥が全てを台無しにしていても、私は中央広場に建てられた舞台へ上がる。


 光の使徒失格だと野次が飛ぶ。

 今年の祭りは失敗だと聞こえる。

 笑い声、ため息、雑音ばかり。

 

 ここには悪意が充満していた。何も知らないくせに。

 呆れて帰路につこうとする者もいる始末。強く握りしめる拳に怒りが満ちる中、一番前の特等席から声がした。


「ティア!」


 その声だけは透き通っている。

 声の主はこの世で一番嫌いな男。

 さっき私が頬に付けた泥を拭き取りもせず、彼は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「誰のせいでこんなことになってると思っているのよ。」


 私の声は群衆のざわめきに掻き消された。もうアルマの声も届かない。それでも、彼の唇は声を出さず、動いていた。


 『魅了してやれ。』


 確かにそう言っていた。

 

 ――言われなくてもそうするつもりよ。


 私は強く舞台を踏みつけた。

 

 ――ここにいる奴ら全員、私を見なさいっ!!


 

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