07 光冠祭と光の親衛隊
――はぁ!?
なんでアルマが勝手に私へのお願いを引き受けてるのよ、と言うより先にアルマが耳元で囁き始めた。
「協力してくれたら日給三万ペリルにしてやる。」
「んな!?」
三万ペリルだって!?
十日分の食費代。三日貯めれば娼婦街から馬車でここに向かう最中に買って貰った高級ドレスが自分で買える。一年貯めれば……、庭付きの豪邸を買うのも夢じゃない。
「当然、俺も協力する。お前はただ、光の使徒役の舞を覚えて披露すれば良い。」
遊女として働いていた私にとって大勢の人前で踊るのに抵抗感なんてない。五日もあれば舞の一つぐらい覚えるのも造作もないだろう。これは私に得しかない。それなら是が非でも協力しようじゃないっ!!
「ナポリック教授、私にお任せになって! 婚約者、であるアルマ様も協力してくださいますから、親衛隊もどうにかなるでしょう。そうよねぇ?」
「ああ、もちろんだとも。マイハニー。」
作り笑顔が苦しい。
マイハニーって何よ、反吐が出そう。これは三万ペリルの為だ。ドレス、屋敷の為。頑張るのよ、セルティア。
「本当ですか! ありがとうございますっ!!」
「その代わりではないのですが、ここにいるセルティアに推薦枠を下さいませんか?」
ナポリック教授は掛けていたメガネを縁を持ち上げ、困った様に考えこんでしまった。そこにアルマが光冠祭の間、フェリタ公爵家の護衛を付けるなどの条件を盛り込んだ。
「実はもう既に一人、推薦したい子がいるんです。けれど、セルティアさんの舞の出来映え次第でその枠をひとつ増やせるか上と掛け合う、と言うのでどうでしょうか?」
「それで十分です。ティアの踊りを見れば教授にも分かって貰えると思うので。」
そうだよな、と散々煽ってくるアルマに苛立ちながらも、笑顔であしらった。
「フェリタ公爵の婚約者ともなればあの親衛隊達も迂闊に手は出せないでしょうし。セルティアさん、これから五日間、よろしくお願いしますね。」
ホッとした表情のナポリック教授には悪いが私にはまだ疑問が残っている。
「その光の親衛隊が祀りあげてる姫って一体どなたなんですか?」
ナポリック教授の肩がピクリと跳ねた。隣に座るアルマの表情も険しい。そんなにも厄介な人なのだろうか。もしかして、アルマと同じ公爵家の人間とか?
「ヒナいう平民の女子生徒です。」
「………………え?」
ヒナって、前にアルマが言っていた私が成り変わる対象の女の子じゃないの?
その言葉に思わずアルマの顔を見た。すると彼は何も言わずに頷く。どうやら例の女の子で間違いない様だ。
「彼女は固有魔法の中でも、もっとも特殊な光魔法が使える事から、特例で貴族枠としてソルドン王立学院に入学を許された唯一の生徒です。」
まさか、平民だったなんて。光の親衛隊が彼女の固有魔法から由来した名前だったので、アルマはすぐに姫の正体に気がついたのだろう。
光魔法がここまで特別な理由はこの国の創立に関わる。
この国がある土地は大昔、悪魔が暴れ狂い草木も生えないほどに荒れ果てた土地だったという。
そこに創造神の使い、光の使徒がたった一人降り立った。彼女は各戦場で悪魔と戦っていた五匹の竜を纏め、共に苦しい戦場を戦い抜いた。そうして最後の力でなんとか悪魔達を地下へと封印したのだとか。
悪魔との激闘で倒れた光の使徒は今でもこの国の英雄だ。死して尚、この国を見守ってくださっていると信仰の対象になっているぐらい、彼女へ陶酔している民は多い。だからこそ光魔法が使える人間は光の使徒の生まれ変わりと言われている。
ヒナが特例なのも、光冠祭で光の使徒役に推されるのも理解出来る話ではあるのだ。
それにしても、平民の女子生徒が貴族の、それも爵位が高い生徒から姫と呼ばれているなんて。プライドの高い貴族が多いこの国で、にわかには信じがたい話だ。
王立学院の総図が全く見えて来ない。それに私が光魔法が使える相手に成り変わるなんて話、聞いてない!!
アルマって男はやっぱり頭がおかしいんだ。
無理にもほどがあるでしょうが!!
「それでは今からレッスンを開始しましょう。」
「え、今からですか!?」
腹の中で煮える怒りと困惑をパンっと弾くようにナポリック教授が手を叩き、こちらを見ていた。
今日、この屋敷に着いたばかりでまだ一睡もしていない。外の景色だったもうすっかり暗く、夜が支配している。
「ナポリック教授、明日からでもいいのでは……」
アルマにヒナっていう生徒の事で言いたい事もあるし。
「それなら我が屋敷を使って下さい。使ってない部屋なら沢山ありますから。」
「ちょっと、アルマ様!?」
私の意思は完全無視の二人により、半ば強制的に舞の練習が開始されてしまった。
アルマも婚約者を盾に見学するとしつこく迫った為、フェリタ公爵家のダンスホールでナポリック教授の指導を受ける事となった。
「俺の婚約者ティアは歌や踊りが好きなんです。今すぐにでも習いたいはずですよ。そうだよな?」
出会ったばかりの無表情が嘘みたく爽やかな笑みをこちらに向けるこの男。このぐらい余裕だろとでも言いたげな赤い瞳が同意を迫る。
「…………ええ、そうなんです。ナポリック教授、ぜひお願い致しますわ!」
金の為ならこのぐらいやってやるわよ!
売られた喧嘩は上からコテンパンにして返してやるんだから。
「アルマ様、しっかり見てて下さいね?」
流石は芸事の教授をしているだけあり、教え方、魅せ方のコツが非常に分かりやすかった。
娼婦店の舞もこの人が携わったらかなり良いものが出来そう。金稼ぎ放題だ。そう思うと学院の教授なんて勿体ないと思ってしまう。なんて思いながら彼女の指導を受けた。
「こんなところ、かしらね。舞にしては簡単過ぎる気がするけれど……、」
ナポリック教授が言っていた通り、舞の型自体はさほど難しく事はなく、ものの数分でひと通り覚えてしまった。
曲と合わせても踊ってみても違和感ない。私的にはもう大丈夫な気がするのだけど、見ていた二人は無反応だ。
「これほど、とは……。」
アルマから口から吐息の様な声が漏れたのは、それから数秒が経った頃だった。
「す、すすす、素晴らしい! こんな才能が隠れていたなんてっ!!」
どうやらナポリック教授のお眼鏡にかなったようだ。これで推薦枠はなんとかなるだろう。
「私、衣装のイメージが降りて来ましたわ。すぐに支度をいたしますので今日はこれで失礼致します!」
興奮冷めやらぬナポリック教授は目を輝かせながら部屋を飛び出していった。アルマが慌てて後を追いかけ、フェリタ公爵家の護衛を送る姿は滑稽で笑えたのは黙っておこう。
それからは激動の五日間が過ぎて行った。
ヒナという女子生徒の事が吹き飛んでしまうぐらいやる事に追われていたからだ。
舞の稽古はもちろん、最低限の学力と文字を書く練習。王立学院の起立、貴族のマナーまで、こんなにも机に向かっていたのは初めて。頭もお尻も痛かった。
私は身体を動かす方が向いていると素直に思ったけど、これも金の為だ。目紛しい日々があっという間に過ぎていき、いよいよ光冠祭最終日、光の使徒役として奉納の舞を披露する日がやって来た。
「セルティア様、本当に綺麗です。」
私専属の優しいメイド達の手によってこの日は朝から準備が開始された。自分の支度は自身でする遊女とは違い、人にやってもらう事に抵抗はあれど、彼女達の腕が良いおかげで全身の肌艶が更に良くなった。
「まるで本物の光の使徒様みたいです。」
「ありがとう。」
純白のドレスは金の刺繍が施された高価なもの。
足は細工入りのガラスで出来た特注の靴。
「セルティアさんの白い肌には金色のペイントが映えますね。」
顔にはナポリック教授が光を模したペイントを施してくれた。
「それでは、行きましょうか。」
「はい。ナポリック教授。」
思惑と欺瞞が交差する中、ここまではヒナの親衛隊から妨害もなく予定通り進んでいる。
「今日のティアは本当に綺麗だ。エスコートする名誉を俺に授けて下さいますか?」
目の前で仰々しく膝を付くこのアルマという男に聞きたい事も沢山ある。
「喜んでこの身をお預けいたします。」
それでも、走り出した汽車が簡単には止まれないように、私にだって譲れないものがある。
「今回はあんたの手の平の上でせいぜい上手に踊ってあげるわよ。」
「…………それは有難いね。」
私達は手を取って夜の闇へと歩き出した。
【お願いします!】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけると幸いです。
皆様のブックマークと評価が日々のモチベーションと今後の更新の励みになります(〃ω〃)
ぜひ、よろしくお願いいたします!!




