06 ナポリック教授の願い
窓から様子を伺い追手がもういないことを確認すると、備え付けのカーテンを閉め切った。これで彼女が見つかる事はないだろう。馬車内が薄暗く観にくいけれど、致し方ない。
「もう大丈夫だと思います。」
「助けて下さり、本当にありがとうございました。」
女性はブラウンの髪を編み込み緑の瞳を隠すように大きな黒縁メガネを掛けていた。ブラウスとスカートは質素だが上等な生地で出来ている。確実に貴族だろう。どういう訳で追われているのか分からないけれど、胸には魔法使いである証のブローチが輝いていた。
「あとぶつかってしまって申し訳いません。」
「大丈夫です。それより脚の具合は?」
「少し捻っただけです。すぐに治るでしょう。ご心配痛み入ります。」
流石は貴族。
頭を下げる角度、手の位置まで所作がとても綺麗だ。
――なるほど、そうすればいいのか……。
お見本としてちょうど良い。けれど、これ以上巻き込まれるのは面倒だ。さっさと厄介事は捨てていきたい。
「お気になさらず。色々とご事情がおありでしょう。お名前は聞かずにいますわ。ささ、お戻り下さい。」
そう言って馬車の戸を開けた。追手に見つからないようカーテンを閉め切っていたから薄暗かった馬車内に、開かれた扉から差し込む太陽の明かりは眩しく、目を細めてしまう。
「金糸の髪、サファイアよりも碧い瞳……。」
「え、なにか言いましたか?」
女性は素早く立ち上がって私の手を握りしめた。
「貴方、光の使徒として光冠祭で舞を踊って頂けないでしょうか!?」
――…………ん?
光の使徒って、さっきアルマから聞いた祈りの舞を奉納する穢れなき乙女の話よね。
なんで私が?
しかもその選定を任されているのはたった一人の女教授よね?
「あれ、これはどういう状況だ?」
混乱する私の視界に、様子を見に行っていたアルマが映った。彼は心底不思議そうな表情を浮かべていた。
「なんでティアと一緒にナポリック教授がいるんだ?」
「………………はぁ?」
⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎
私の手を絶対に離そうとしないナポリック教授の圧に負け、彼女をそのまま馬車に乗せ、一向は帰路に着いていた。
「魅了の魔法の威力が強すぎるんじゃないのか?」
隣に座るアルマが耳元で囁いてくるのを首を振って否定した。
「これは魔法じゃない。彼女自身の性格よ。」
「俺の知るナポリック教授は大人しくて、いつもおどおどしてる感じなんだがな。」
アルマにはナポリック教授が何者かに追われていたと私の見た事実しか伝えていない。彼女は追手の正体を知っているようだけど、馬車の中で話す内容でもない為、互いの自己紹介を済ませてフェリタ公爵家に向かっている次第だ。
「まさかこのような形でフェリタ公爵様と対面する事になるとは思っておりませんでした。どうかご容赦下さいませ。」
ナポリック教授は改まってアルマに向き合った。流石に彼女も私達とこんな出会い方をするなんて思ってもいなかったのだろう。
「ナポリック教授。俺は、今はまだソルドン王立学院に通う生徒です。そのように接して貰いたい。」
ナポリック教授の爵位は当たり前にアルマより下。それもここは学院の外。彼女なりの気遣いをアルマは無表情に要らないと言い切った。
「そう言う事であればご意向に従いますわ。」
「よろしく頼む。」
目の前で繰り広げられる貴族社会の面倒臭いやり取りは右から左に聞き流し、窓越しの景色を見ながら物思いにふける。
そもそも私の魔法はアルマが思っているほど有能じゃないのだ。その話をすれば契約解除と言われかねない。今は黙っておくに越した事はないだろう。
私の目的は一日でも多くの日給を貰うこと、に切り替わりつつあるのだから。
「実は、光の使徒役の女子生徒がまだ決まっていないのです。」
フェリタ公爵家に到着し、脚の捻挫に包帯を巻き終えたナポリック教授が口を開いた。
「光冠祭の最終日は五日後ですよね?」
普通ならとっくの昔に選定を終え、今は最終調整をしている頃らしく、ナポリック教授もバツが悪そうに下を向いた。
「はい。代々、光の使徒役は王立学院の女子生徒から任命します。今年もその予定で数人の生徒の名前が上がっていました。ですが……、そこに光の親衛隊と名乗る軍団が押し寄せてきたんです。」
「光の親衛隊……?」
謎の親衛隊に疑問を持つ私とは裏腹に、アルマは「あの集団か……」と、ため息を漏らした。
「我々の姫こそ光の使徒役に相応しいと、私の屋敷にまで乗り込んで来ました。」
それはなんとも熱狂的な集団だ。その親衛隊から逃げる過程で私とぶつかった訳か。彼女を助けた事を今更ながら後悔した。これは完全に面倒ごとに巻き込まれたわ。
「ならいっその事、その姫とやらに光の使徒役を任せればよろしいのではありませんか?」
「それはなりません。」
「なぜですか?」
あそこまで追いかけられても頑なに断り続ける理由が分からない。姫と呼ばれるぐらいだ、見目麗しいことは確かだろう。それに親衛隊の手厚いサポートも受けられる。ナポリック教授にしたってメリットはありそうなのに。
「光の親衛隊が祀る姫は、桃色の髪に黄金色の瞳をしていましたから。」
――…………どういう事?
「私は〝物に宿る意思を読み取る〟固有魔法が使えます。故に私は男爵の地位でありながら王立学院の教授までなれました。光冠祭で使用する月桂樹を模した金の王冠は、代々使用された由緒正しいもの。古く魔力の宿った物にはそれだけ強い意思も宿ります。」
魔法には固有魔法と属性魔法の二種類がある。
固有魔法が先天的に扱える魔法。
属性魔法が後天的に習う魔法。
固有魔法は産まれた時から使える言わばその人だけが使える特別な魔法。属性魔法は魔法使い見習いが習う、後から覚える魔法だ。
因みに私の魅了の魔法も先天的、つまりは固有魔法に分類する。ナポリック教授の魔法も相当に珍しい固有魔法だ。
固有魔法はかなり特殊で、こんな魔法であっても扱えるだけで魔法使い認定が貰えるほどだ。産まれながら使える魔法なだけあって範囲も能力も属性魔法を大きく上回る。
「ナポリック教授が光冠祭の重要な役どころを任されているのは、その固有魔法があるからですね。」
「そうです。光冠祭で使用する金の王冠はかなり特殊で、魔力が籠った宝具なんです。そのせいか意思も強く、毎年光の使徒役の容姿を指定してくるんです。」
彼女が言うには、王冠はかなり容姿に厳しいそうだ。去年はオレンジより新鮮な橙色の髪と深緑の瞳を持った乙女を。一昨年は冬の吹雪を思わせる白銀の髪と千年樹より濃い茶色の瞳を持った乙女をご所望だったらしい。
「もしも意に削ぐわない者が王冠を被り、舞を披露したら王冠に宿る意思が反発して魔力は上手く作動しません。故に選定は私に一任されているのです。」
要は気難しい爺さんの相手を国から押し付けられた可哀想な人じゃない。これだから下手に固有魔法が使えると申告する者がいなくなるんだと私は思う。
「それで、今年のご所望がティアの容姿と一致していると?」
「その通りです。今年の乙女の容姿が、金糸の髪にサファイアよりも碧い瞳の乙女です。」
これは……、嫌な予感がする。
「親衛隊の方々にも散々説明はしたのですが、認めてもらえず、光の使徒役は私達の姫であるべきだの一点張りです。挙げ句の果てには候補者を脅し始めたんです。」
更に言えば、この国で私のような金糸の髪色は珍しく、早々お目にかかれないらしい。私のこの容姿のおかげで特別な遊女でいられた。
だが、隣に座るアルマの容姿の方がよっぽど珍しいのだ。黒髪に赤い瞳なんて、遊女の私ですら彼以外には見たことがなかった。そのせいで、自身の見た目が目立つのをすっかり忘れてしまっていた。
「それは、大変でしたね。」
「何度も説得を試みましたが、私の爵位は所詮男爵。私より高い爵位を持つ令嬢たちの圧力には皆叶わず、辞退する結果に……。」
自身の力ではどうする事も出来ない現状にナポリック教授の瞳には悔しみの涙が浮かんでいた。
「それでも、光冠祭を台無しにするわけにはいきませんっ!!」
最後の希望に縋るような瞳がこちらを向く。私は思わず目を逸らしてしまった。
「セルティアさん、そこに貴方が飛び込んできたんです。これはまさに、創立神の思し召しに違いありません!」
「いやー、そんな事はないかと……。」
ただの偶然よ。
勝手に神の意思にしないで欲しい。
「光の使徒役には貴方が相応しい。舞はそこまで難しくもありませんし。どうか引き受けてくださいませんか?」
絶対に嫌だ……。
こう言う時こそ、魅了の魔法を使うべきだろう。
「その話、お受けしましょう。」
「ありがとうございますっ!!」
私が魔法を使うより前に隣に座るアルマがあっさりの承諾してしまった。
「はぁーーっ!!?!!」
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