05 推薦枠と狙われた女性
真新しいドレスに身を包み、フェリタ公爵家を後にした私とアルマは馬車で王都の中央街に向かっていた。
太陽は傾き、空は青からオレンジへ曖昧に移ろっている。この色の空はどうにも好きになれない。マスカレードの全焼を思い出すし、もうすぐ夜が来るサインでもある。今は遊女じゃないのに、慣れすぎた身体は夜になれば仕事を始めないといけない気がして身体が重く感じる。
「推薦枠についてだが。」
同じ馬車の中に乗っていたアルマが窓を眺める私に声をかけてきた。彼の胸には魔法使いの証であるブローチが付いていない。「未来視は魔法じゃないのか」と問い詰めたところ、「前世の記憶だ」と言われ、それ以上追求するのが面倒になった。
「そうそう。その推薦枠ってなに?」
「一芸に優れた者を優遇する制度だ。セルティアなら歌か踊りでいけると思う。自信はあるか?」
マスカレードトップの遊女を捕まえて歌と踊りに自信があるか、なんて野暮な質問しないで欲しいのだけど。
「当たり前よ。」
「よし。今からナポリック教授に会いに行く。」
ナポリック教授はソルドン王立学院で音楽祭を主催するほど芸事を愛する人らしい。彼女に認められれば推薦枠確保でAクラス入りは確定だそうだ。
「そんな凄い人がなんで街にいるのよ?」
そういう偉い人は学院の自室で引き篭もっているイメージ強い。私の質問に対してアルマは馬車の外を指差した。
「今が光冠祭だからだ。」
「光冠祭?」
ふと外を見ると街は賑やかな出店で溢れ、子供大人関係なく、みんなが月桂樹を模した冠を被り笑っていた。
「ずっとこの街にいて光冠祭を知らないのか?」
「遊女は逃亡する恐れがあるから娼婦街の外には一歩も出して貰えないのよ。」
私は娼婦店が立ち並ぶ閉鎖的な場所で育った。こうやって観るとこのソルドン王国は思ったより活気と笑顔に溢れていたのね。
「街がこんなに綺麗だなんて、今知ったわ。」
「セルティア。」
「………………なによ?」
窓から眺める世界はまるで異世界みたい。
私には眩しすぎて目を細めたくなってしまう。こんな私を連れ出した男が私の名前を呼ぶ。振り返れば、夕日に染まった赤い瞳がルビーのような宝石と見間違うほど美しく光り輝いていた。
「君の世界はこれからはどんどん変わっていくだろう。その隣には絶対に俺が居てやる。心配するな。」
触れられた指先から伝わる体温が熱い。まるで言葉に嘘がないと言っているよう。別に、同情されたい訳じゃないし、これまでの人生だって楽しくなかった訳でもない。
ただ、目紛しく変わる世界に少しだけ足元がぐらついただけ。私は大丈夫。一人で立てない弱い女の子じゃないもの。
「あんたに言われなくたって、大丈夫よ……。」
「寂しくなったらいつでも言ってくれ。添い寝ぐらいしてやる。」
「結構よっ!!」
振り払った手が今だに熱いのはこの夕日のせい。
きっとそうに違いない。
その後、気まずい雰囲気を緩和するために聞いた光冠祭という祭は、五穀豊穣を祈り春の訪れを願う大切な行事らしい。祭自体は七日間続き、最終日の七日目の夜に穢れなき乙女が光の使徒を模したドレスに身を包み、祈りの舞を披露する。
今年の光冠祭最終日である五日後の夜に、このソルドン王国の創立神に祈りの舞を捧げる大役は、たった一人の乙女。この穢れなき乙女の選抜、指導を一任されているのがナポリック教授だ。彼女はその指導の為、街の外れにある自身の屋敷にいるらしい。
「女二人が背負うには負担が大きすぎない?」
「その通りなんだが、ナポリック教授に一任されて以来、舞の奉納は非常に美しいと評判なんだ。まるで光の妖精が春を連れてきたみたく雪は溶け、その足元から花が咲き始める。」
「へぇー、そんなに綺麗なら見てみたいわね。」
「五日後ならなんとか観に来れると思うぞ?」
独り言のつもりだった言葉に返事がきて思わず顔を背けてしまった。
「…………考えとく。」
「ああ。俺もその日は予定を空けておくことにしよう。」
「そ、そんな事より、どうやって推薦枠を貰うのよ。」
彼女は今、忙しさの極みにいるはず。推薦枠の話なんてしている場合じゃないのでは?
「そこは君の領分だろ。魅了の魔法で推薦枠を貰うんだ。」
「まさかの私頼り!?」
「それ以外にこんな入学寸前で推薦枠を貰うなんて不可能だ。頼りにしてるよ、俺のティア?」
こいつの事を少しでも見直した私が馬鹿だったわ。
はぁ、とため息を吐き出したところで馬車が勢いよく止まり大きな地鳴りがした。次の瞬間には、大きな横揺れの振動が身体を襲う。勢いに耐えきれず、アルマに抱き付く形で受け止められた。
「大丈夫か?」
「ええ……。それにしても最近、地震が多いわね。」
「……。」
ようやく落ち着いた揺れ。それと同時にアルマの膝から素早く降りた。
この国では地震は創立神が地下に封印した悪魔達が唸り声をあげているとされる。最近はこの地震の感覚が狭くなってるなんて言われていた。
「今、地鳴りの他に音がしなかった?」
「もしかしたら、冬の乾燥した家に火の手が上がったのかも知れないな。俺は少し見て来る。すぐに戻るからティアはここで待っていてくれ。」
それだけ言い残し、アルマは馬車を降りて何処かへ走って行ってしまった。
人間の慣れとは怖いもので、このぐらいの揺れでは気にする人の方が少ない。よくある事だから、で済ませてしまう。ソルドン王国民は本当に逞しい。故に、さっき地震が起きたばかりというのに気にしている人はもう居ない。動いているのは事実確認の為の衛兵ぐらいなものだ。
転んだ子供は自分で立ち上がり、また何処かへ駆けて行った。屋台からも客引きの声がする。退屈なのは私だけ……。
――いや、待てよ?
アルマは今、居ないじゃない。ここにいろと言われただけで外に出るなとは言われてもいない。すぐの目の前には美味しそうな食べ物の屋台がある。
「金と口封じの為に逃げ出す事は出来ないけど、すぐそばの屋台で買い物をするぐらい……、」
幸い、アルマから少し金は貰っている。足りなければ身に付けてきたピアスひとつで事足りるだろう。喉を通る唾がゴクリと音を立てた。
――そうだ。私は、もう遊女じゃない。
娼婦街から出られないわけでもない。馬車の扉には内側の鍵しかない。この扉を開ければ、私は自由だ。
「買いに行こう。ちょっとぐらいならいいでしょ。こんな所に置き去りにするあいつが悪いんだわ!」
怒られてもいないのに責任転嫁して、私は勢いよく馬車の扉を開けて外への一歩を踏み出した矢先、
「きゃっ!?」
走ってきた一人の女性とぶつかって互いに転んでしまった。
「なんなのよ……?」
「あ、申し訳ございません。ですが私、早く行かないとっ……」
怯えた様子で立ち上がろうとする女性は、ぶつかった拍子に右脚を捻ったのか、上手く立ち上がれないでいた。
「この辺りにいる筈だ。探せっ!!」
後ろから野太い声がする。どうやら彼女は複数人の追手に追われているようだ。正直、面倒ごとには巻き込まれたくない。今ですらアルマという面倒に巻き込まれているんだから。これ以上は……、
「見つけ出せ!」
そもそも私はぶつかられただけの被害者よ。この女を助ける通りがない。
「たかが女一人だ。さっさと捕まえるぞ!」
追手は光冠祭の人の多さでまだこちらには気が付いていないようだ。でも、距離は目と鼻の先。見つかるのは時間の問題だろう。
「もう、ここまでかしら…………。」
今だ地面に脚をつき、涙を浮かべる女性。
追手がこちらを向けばこの女性はきっと……、
「もうっ! ここで無視して殺されてでもしたら寝覚めが悪いじゃない!!」
「…………え?」
「こっちよ、乗って!!」
私は乗ってきた馬車に女性を引き込んだ。
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