35 さようなら
「セルティア。俺が、俺でなくなる前に。母を監禁した挙句に殺した父のようになる前に、殺してくれ……。」
自身を殺してくれと嘆くアルマ。
彼の表情から伝わる本気にさっきまでの怒りは完全に吹き消され、困惑だけが脳を支配していた。
「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。」
彼の両親の悲劇は衝撃的だ。でもその話は今回の魔力暴走には関係ないじゃない。
「なんで急に殺してくれになるの!?」
アルマは私の雇用主なんだから殺したらお金が手に入らなくなる。それどころか公爵を殺した大犯罪になるなんて、冗談じゃないわ。
「魔力暴走で反省しているのは分かったけど、私は貴方を殺したいとは思ってないから。」
「そうじゃない。違うんだよ……。」
一旦落ち着いて、と言うより前に私の言葉を遮ったアルマの声は恐ろしいぐらい弱々しい。
いつもみたく余裕綽々の笑みはなく、座る姿は大人の仮面が外れた青年だった。
「俺の父、つまり前フェリタ公爵は一目惚れした母をこの屋敷のある部屋に囲っていた。母を誰にも会わせず、見せないようにしていたんだ。子供である俺にさえ、父は母に近づく事を許さなかった。」
囲っていたって……。
それは言い方を変えれば監禁じゃない。
「母は孤独に耐えきれず緩やかに衰弱し、俺が六歳にやる日に自ら命を絶ったそうだ。父はその現実に耐えられず狂って暴走の限りを尽くし、最後は国の騎士団によって殺された。」
周囲の貴族がフェリタ公爵家を忌み嫌う理由は前フェリタ公爵のこの事件がより拍車を掛けてしまったと言う。
アルマが学院でどれだけ〝穢れた血〟と蔑まれても反発しなかった理由は多分、これが原因なのだろう。
彼はそう言う男だから……。
少し前にアルマから出た母の話を聞いた時、親子関係が良好でない事は分かっていた。まさか、こんなに残酷な真相があったなんて。
それをたった六歳で受け止めないといけなかった現実が更に恐ろしい。これなら遊女として見習いをしていた方が幾分もマシな人生と言っても良いだろう。
「俺は、父のようにはなりたくない。俺の中に流れる黒竜の血が怨めしい。この血は俺の代で葬ってやると決めていたんだ。それなのに……。」
ふっと顔を上げたアルマと視線があった。
赤い瞳を更に赤く染めて、頬には涙跡を何重にも重ねた酷いありさま。
彼の後ろに死神が見えてしまうほどに、暗く深い罪悪感と絶望と有り余る負の感情をこれでもかと混ぜ合わせたような表情に思わず身体を震わせた。
「誰も傷つけたくなかった。幸せな未来がやってくると信じてここまで生きてきた。多分、俺は俺の人生、捨てたもんじゃないと思いたかったんだろうな。」
ずっと不思議だったんだ。
嫌われている他の竜をそこまで守る必要があるのか。遊女なんかの私と契約までする理由はなんなのか。
やっと分かった……。
六歳で公爵家を継ぎ、過酷な環境で育った彼を支えてきた母の手記。それは彼の希望そのものだったのだろう。どうしても掴み取りたかった彼の生きる意味。そう思うと今までの全てに納得がいく。
でもここでまた一つ、不思議が湧き上がる。
正直、答えは見えている。でも知りたくない。違っていれ欲しい。だって私はただの遊女なのだから。
「それなら、ここからまた始めればいいじゃない。まだ終わってはいないでしょう。貴方の言い方は、まるで……」
富裕層の遊び相手をするただの平民なの。
お願い、認めないで……。
「まるで……、私を好きと言っているみたいよ?」
私達はあくまで契約上での関係でしょ。
元来、関わることすら出来ない相手同士。私は一年後、この国を出て悠々自適に過ごすの。自由を謳歌するの。
「あの日、ティアが誘拐されて。奪還しに屋敷へ踏み入ったあの時、君に否定されただけで頭が真っ白になったんだ。」
お願いよ、
違うって言って……。
「俺は学院で穢れた血と呼ばれている事を隠していた。それなのに君は、俺を怒りもしなかった。むしろ、そんな事どうでも良いと蹴飛ばして。飾り気なしに黒竜ではない俺を見てくれた。」
懐かしむ様に口元を上げて微笑むアルマの視線から、咄嗟に背けてしまう。だって、私は貴族じゃないし。学もない。だから黒竜と呼ばれるアルマ・フェリタを知らないのよ。
「それは、私には貴方がどう周りから観られてようが関係なかったからよ。私は、お金さえ貰えればそれで良かったから。」
「それが、俺にとってどれだけ心弾んだ出来事だったか。君は知らないだろう。」
「それはっ、アルマの勘違いよっ!!」
私はまだこの関係が壊れる事を望んでいないんだ。
契約上の婚約者でいたいの。
お金が欲しいわ。
学院生活も案外悪くないの。
アイリスという友達が出来た。
シアとケルロッテとも本当はもっと喋りたい。
死んだと思っていたフランシアの話だって聞きたいの。
アルマにあんな事をされても嫌いになれきれないのは、あの学院での思い出が出来てしまっているから。まだ、離れたくないと思ってしまうの。
だから、お願いよ……。
壊さないで。
「俺は、お前を好きになってしまったらしい。」
「――っ!!」
「マスカレードが燃えたあの日。後悔させてやると言った君の言葉通りになってしまったな。」
ああ……。
崩れていく。
「今もティアの体にできた竜印を見て嬉しさと独占欲が湧く。そんな自分が怖くて仕方がない。父のようになってしまうことが恐ろしいんだ……。」
私の中で、なにかが音を立てて崩れていく……。
「すまない。」
アルマはまた涙を流す。
そんな彼の視線をもう、逸らすことができなかった。
「黒竜の血は俺で絶やすべきだ。俺に誰かを助けるなんてできるはずなかったのに、思い上がった罪は重い。」
アルマは椅子から腰を上げ、今度は床に両脚を付いた。
「ただ、最後に頼みがある。お前の手で、殺してくれないか?」
「…………。」
腰に帯刀していた自身の愛刀をこちらに差し出してくるのを私は、ベッドから起き上がり無言で受け取った。
「昨日のことは怖かったし、腹立たしい。今だって向き合っているだけで手が震えるの。あんたのせいよ。」
この重たい剣を受け取ってしまったから、もう共には戻れない。それがどうしようもなく悔しくて、悲しい。
「ああ、俺は悪魔のバケモノだ。」
本当に、あんたはバケモノよ。
私を脅してこんなところに連れてきて、巻き込んで。
「本当に、本当に…………、最悪よ。」
受け取った剣の鞘を投げ捨てた。
まるで夜を纏う喜びを表しているかのように、刀身は闇夜の月光に輝く。
「けどね、掃き溜めから私を救いあげたのもあんたなのよ。」
私は両手で思いっきり剣を振り上げて、投げ捨てた。
「私がっ、あんたを殺せるわけないでしょ!!」
涙がこぼれ落ちる。
そんな事、私にやらせないでよ。
出来るはずないじゃない。
「本当に、最悪よ……。」
「そうか。すまなかった。」
大粒の涙が頬を通り、やがてポタリと音を立てて床に消えていくまで、室内には私の荒い息遣いだけが響いていた。
「……だったら、ここで契約は解除しよう。俺の目の届かない場所に逃げてくれ。金は準備する。だから、俺の知らないところで幸せになってくれよ。」
こちらを見上げるアルマは今まで見たことがないほど穏やかに、なにかを悟ったように静かに笑っていた。
もう、お前と話す事はない。
そう言われた気がして……。
「さようなら。」
私はただ頷いて、部屋を後にした。
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