03 婚約は嘘だらけ
「おかえりなさいませ、アルマ様。」
初めて踏み入れた貴族街の中心部。王城から近く、広大な土地の中に建つ立派なお屋敷。平民街で貴族の様に振る舞っていた私が、どれほど井の中の蛙だったのか思い知らされる。
出迎えのメイド、執事、その他にもどなた様ですか、と問いたくなるぐらいの大勢に迎えられながら馬車から降りた私セルティアは今、アルマの実家であるフェリタ公爵家の入り口にいた。
「これ、夢じゃないわよね……?」
数時間前まで私のいた現実とは乖離し過ぎている。
馬車での数時間の移動ですっかり朝を迎えた貴族街は、マスカレードなんて低俗な店を知らないらしい。
整備された道、円形の噴水からは汚れを知らない真水がながれ、淫らな赤い薔薇がひとつもない名前も知らない気品ある花々が太陽の光を浴びていた。
ここは、マスカレードとは全てが違う。
いやらしさがなく、溢れ出る金を当たり前に注ぎ込まれた本物だけが並んでいた。
「もちろん現実だよ。我が婚約者殿。」
未だに私の目の前で起こっている事柄全てを理解出来てはいない。けれど流されるばかりでもいられない。
「その呼び方辞めてくれます? 嘘でも気持ちが悪いわ。」
「はは。ならばセルティア・リリース殿。今日から貴方の事をティアと呼ばせて頂こう。」
そう言うと、エスコートしていた私の右手の甲に口づけを落とした。周りに見せつけるかの様な振る舞いに、悪寒が背筋を駆け抜けていった。
「セルティア・リリースね。本当に嫌な男……」
「お褒めの言葉と受け取りましょう。」
娼婦店『マスカレード』が全焼し、何もかもが塵に変わってしまった。そんな中、アルマの手を取った私はあれよあれよと馬車に放り込まれ、まさかの男爵の爵位を手に入れた。正確に言えば、用意周到なアルマのせいで爵位を与えられたと言ったところだ。
「こうなる事を予期して男爵家から名前を買収していたなんて。何処までも腹立たしい。」
アルマは私を婚約者として迎えるに当たって、地方の弱小貴族から名前を買収していたらしい。彼も流石に平民と貴族が婚約なんて前代未聞のスキャンダルを公表するつもりはなかったようだ。
「俺たちはまさに運命的な出会いをしたじゃないか。今日から一緒にこの屋敷で過ごせるなんて感激だ。俺のことは好きに呼んでくれ。」
「…………この嘘つきクソ野郎。」
筋書きはこうだ。
この国の最北端にある小さな町ナサレル。町の孤児院にいたセルティアはその天性の美貌と歌声でナサレルを治めるリリース男爵家の養子となった。そんな矢先、アルマ・フェリタ公爵様がナサレルに視察へとやって来て、二人は運命的な出会いをした、らしい。
アルマは周囲の反対を押し切りセルティアと婚約。彼女を自分の屋敷へ連れてきた。
と、こんな物語をここへ来る馬車の中で聞かされた。私達はとりあえず婚約者という間柄になるそうだ。
「ささ、ティアの部屋に案内するよ。気に入って貰えると嬉しいな。」
彼の用意周到ぶりには恐怖すら覚える。
ニコリと笑うと見える犬歯がやけに血生臭く感じてこれ以上の暴言を吐くのをやめた。
「ここがティアの部屋。隣が俺の部屋になっている。使用人の紹介は後ほどするとして……。ティアと二人きりになりたい。皆、席を外せ。」
アルマの指示にぞろぞろついて来ていた使用人は、一斉に部屋の外へと消えていった。広い室内には私とアルマの二人きりだ。
「契約の確認をしておこうか。セルティアも気になっているだろう?」
「ぜひ、お願いしたいわね。」
二人は近くにあった椅子に向かい合うようにテーブルを囲み座った。アルマからは、先ほどまで使用人に見せていたティアを愛する仕草と優しさは消え去っている。本当に猫被りがお上手なこと。太々しく、私をセルティアと呼びつける余裕にすら腹立たしい。
「契約は至ってシンプルだ。来年の冬までに俺の指示する五人の男を誘惑してくれ。セルティアが頑張ってくれている間は魔法の事を誰にも勘付かれないよう協力してやる。逃げようなんて考えたらどうなるか、分かるよな?」
あくまで笑顔を崩さないその姿勢。自分が上に立っていると確信している。いつかその余裕の表情を崩してやるわ。
「分かってる。私だって馬鹿じゃないもの。でもね、不利な条件を呑まされるだけなんて嫌なの。私にだってモチベーションは必要でしょ?」
あんたは結局、来年の冬まで私を手放せない。自身の隣に縛り付けたいのはお互い様なのよ。
「もちろんだ。来年の冬に目的が達成された暁には、婚約を解消して君は晴れて自由の身。そして働きに見合った報酬を渡す。」
「日給にして。日給一万ペリルを要求するわ。」
一万ペリルあれば三日は食うに困らない。ふっかけもいい所だけど、公爵様なんだからそのぐらい払えるでしょう。
「そんな額でいいのか。なら、お安いご用だ。」
「え……。」
もっと高く設定しても良かったのか……。
悔しいがまあ良いだろう。日給一万ペリルあれば路頭に迷うことはない。自由に使える金も多くなる。好都合だ。
「今からちょうど一年ぐらいか。この計画が成功しなければ、この国と一緒に俺もお前も滅びるだろう。互いの幸せな未来の為によろしく頼む。セルティア。」
「私、まだアルマ様の話を全て信じた訳じゃないから。あくまで、魔法の事を黙らせたいだけよ。」
二人は互いに契約書へ母印を押した。
「今はそれでいい。」
アルマから一枚の受け取った契約書を受け取り今一度握手を交わした。
「さて、ソルドン王立学院の入学式の準備を始めよう。やる事はたんまりあるからな。」
「やる事?」
ニヤリと笑うアルマの表情が嫌な予感を想起させた。
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