02 遊女セルティアの災難 2
このアルマという公爵様は馬鹿なのか?
それとも余程のマゾヒストか?
平民の私と婚約し、更には自身の通う学院で他の男を誘惑しろと意味の分からない条件を真顔で突き付けてきた。
「…………性癖歪み過ぎてない?」
「断じて違う。」
だったらなんだと言うのだ。
不満とアルマへの疑念がそのまま顔に現れていたところで彼が「今からちゃんと説明はする」と口を開いた。
「このままだと来年の冬、この国は滅ぶ。」
ちゃんと説明するとは?
それだけ!?
何を言い出すかと思えばこの男、頭のネジをニ、三本無くしたんじゃないの?
そう言い返したくなる唇を噛み締めた。
隣に座る彼の表情は至って真剣。だからこそ怖い。私の経験上、頭のおかしいやつに正論をぶつけても意味がない。反論すればするほどこちらの害になるものだ。
「そうなんですねー………。」
こう言う相手の話は妄想と割り切って相槌だけしておくのが鉄則。娼婦店のトップ遊女を捕まえてなに言ってやがる。妄想も大概にしろ。とか追撃で言いたいけど、この様子なら上手く話を合わせれば魅了の魔法の事は黙らせられそうだ。
「驚かないのか?」
「ええっ! 驚いてますよ。この通り。」
トップ遊女たる者、演技力が高いのは当たり前。驚く演技なんてお手のもの。両手で口元を隠し、目を見開く。ハイ、完璧。
「そうだろう。でも阻止する事も出来る筈なんだ。その方法こそ、五人の男子生徒を魅了する事。」
「はぁー……。」
なんとなく分かった彼の妄想話を整理すると、アルマが通う学院の男子生徒五人を、ある女子生徒が全員射止める。そうする事で団結した彼らが国の危機を救う、らしい。
「その女、ただの淫乱なんじゃ…………。」
おっと、心の声が口から出てしまった。
急いで口を塞いで取り繕う。
「女の子、大変ですねー。」
ホホホ、と笑って見せるが疑問は消えない。
だってなぜかその男子生徒達は全員敵対しているし、複雑な事情を持っているにも関わらず、その女子生徒にだけは心を許すと言う。
私が思うに女子生徒はかなり腕が立つ魔法使いか阿婆擦れだ。男子生徒達はまるで見る目のない童貞と言ったところでしょう。後者が事実なら私でも簡単に篭絡出来そうだ。この話が本当なら、素晴らしい金づるが出来るのに。アルマの妄想話なのが残念でならない。
はぁ、とため息を溢しアルマを見た。
「お前にはその女子生徒に成り代わって欲しいんだ。」
「………………え、なんで?」
彼の話なら女子生徒はもう居るはず。
私がなぜ成り代わらないといけないのよ。
というか、妄想を実現する為に私が使われるの!?
冗談じゃない。これなら身体を売れと言われた方が納得出来るわよ。
「その、女子生徒。ヒナと言うんだが…………、んだ。」
「ごめんなさい。最後の方、聞き取れなくて。」
さっきまでの威勢の良さが消え去り、急にもごもごもし始めたアルマ。顔を覗き込むと頬は真っ青になっていた。
「カッコ良すぎるんだよ!」
予想外の答えに開いた口が塞がらない。
「俺の知るヒナはちょっと抜けてて可憐なんだけど芯の強さが魅力的なはず。何事にも全力で頑張る姿が健気で良かったんだ。」
走り出した魔法列車の如くスピードで言葉を並び立てるアルマの勢いに圧倒され、脳が理解を拒み始めるも彼は止まらない。それどころかより一層スピードを上げて言葉を紡いでいく。
「でも実際のヒナは男顔負けのかっこよさ。まるで別人だ。魔法、剣術、礼節、どれをとってもずば抜けたセンスで圧倒している。何故だか男嫌いな節も見受けられる。前に俺が話しかけたら物凄い形相で睨まれた。あの女に男五人を魅了するなんて無理だ。誰も心開かないぞ。まずヒナの心を開くところで詰む。」
何処からおかしくなったのだ、と困惑しているアルマの隣で私はだんだん頭が痛くなってきた。この男は何語で喋っているんだろう。私と同じ言語にすら聞こえない。
「ちょっと、アルマ様。」
「ああ、すまない。取り乱した。」
冷静を取り戻したアルマはコホンと咳払いを一つし、懐から持っていた懐中時計を手に取った。
「そろそろ時間だな。」
「あの、アルマ様。交換条件の話ですが……、」
少し時間をくれと言おう。そうして二日ぐらい時間を貰って、その間に逃げよう。この男はヤバい。これ以上関わらない方が良いと私の第六感が言っている。
今までに金はそこそこ稼いだし、私に魅了された男も多い。彼らを使えば国外に逃亡するぐらい出来るだろう。今晩にでもこの国を出よう。
――よし、そうしよう…………あれ?
なんだか焦げ臭い気がする。
それにいつもなら飲み物の補填にくる頃合いだというのに、誰も来ない。黒服はなにをしているのかしら。さっさとこの男を追い出して、店の様子を見たら逃げる準備をしちゃいましょう。
「少しでいいので時間をくだ……」
「長話をし過ぎたな。少し失礼するぞ。」
突然立ち上がったアルマによって抱き抱えられた私は思わず小さな悲鳴をあげながら彼の腕にしがみついた。
「なにするんですか!?」
「もう間もなくこの娼婦店は全焼するんだ。」
「はぁ!? そんな馬鹿な話あるわけないでしょ!」
「いいや本当だ。さっき行ったろ。俺は未来を知っているって。今日この場所はお前を飯に誘った黒服の逆恨みで全焼するんだ。」
黒服……?
さっき蹴散らしたあの頼りのない男が?
というか、なんで黒服に誘われた事をこの男が知っているのよ。言い方も、まるで観ていたかのよう。
「そ、そんな訳ないわ。あんな男がこの『マスカレード』を燃やす度胸があるはずないもの。」
「みんなそうやって彼を軽んじた。だから気がつくのが遅れたんだ。」
個室の扉を勢いよく蹴破ったアルマ。それと同時に娼婦店『マスカレード』に響く悲鳴と絶叫が耳を貫いた。
「う、嘘、でしょ……。」
辺りは阿鼻叫喚のまさしく地獄絵面。
螺旋状に上へ伸びた廊下には黒煙が充満し、逃げ惑う客と娼婦で溢れ返っていた。その間にも下の階からは炎が立ち昇って来ている。
「わ、私の部屋がっ!!」
「おい、暴れるな。」
今、炎が焼き払おうとしているのは紛れもなく私の部屋。あそこには私がこの店で貯めた全財産が隠してある。私の全てがあそこにある。
「お金、取りに行かないと! 離してっ!!」
「金なんて諦めろ。ここは三階の最上階。すぐに火の手が回るだろう。窓から飛び降りるぞ!」
アルマは私を腕に抱き上げたまま、窓のガラスを蹴破って外へと飛び降りた。まるで時間の進みが遅くなったような、ふわりと舞うドレスが瞳の端にゆっくりと見え、それから消えていく。
その光景はあまりにも一瞬の事で。
頭の中は真っ白なのに、目の前は真っ赤。
「離して!」
綺麗に地面へ着地したアルマの腕から急いで抜け出して店に目をやる。
「嘘よね……?」
肌に感じる炎の熱さといつの間にか脱げた右足の靴のせいで雪が積もった地面の硬さがやけにはっきり感じた。
「わ、私の……、お金……」
夜の闇が炎のオレンジを際立たせ、木造の家屋は悪魔を讃える讃美歌の如く轟々と雄叫びをあげていた。
「マスカレードが……、燃えていく。」
いつの間にか周りには沢山の人が居て、皆が炎を消そうと躍起になっている。さっき蹴散らした黒服がずっと遠くの方で警備隊に羽交締めされても尚、笑いながら叫んでいた。
「セルティアが悪い。あの女が僕の誘いを断ったせいだ。憎むならあの女を憎めっ!!」
乱れた髪、少し裾が焼けた一張羅のドレス。
蝶の髪飾りは熱で蛾のように燻んでしまった。
「私の、居場所。私の、お金……」
私が自由になる為に苦労して集めた物たち。
奪われた悔しさを買い戻すための私の誇り。
炎は全部、消し炭にしていく。
全部、目の前で燃えてる。
全部、消えていく。
「セルティア。君は今日、死ぬ筈だったんだ。」
崩れ落ちそうになった私を受け止めた大きな両手。
振り向くとアルマがいた。変わらず無表情な彼が、今は無性に怖い。
「君が居た最上階は他の階に比べて個室が少なく、防音にも優れていた。そのせいで接客中だった君は火事に気付かず、そのまま死亡。これが本当の筋書きだ。」
そんな……、そんなのって。
「まるで未来視だわ。」
「だからそう言っている。」
さっきまでいた部屋が燃えている。
彼が炎に気付かなかったら私はまだあの部屋に居ただろう。完全に死んでいた。
彼は本当に分かっていたと言うの?
じゃあ、頭のおかしい妄想話は?
「じゃあ今さっきの話も本当、なの……?」
「信じてたんじゃなかったのか?」
だったら。
本当に本当に、この国が滅ぶと言うの……?
「セルティア。さっきの話だが、返事を聞かせてくれ。」
返事ですって?
富と名声、両方を一瞬で失った今の私に選べと言うの?
「あの黒服と一緒に犯罪者になるか、俺と一緒にくるか。さぁ、どうする?」
差し出された手。自信に満ちた赤い瞳。
ふと、周りを見渡せば喧騒がひしめき合っていた。その光景に恐ろしい考えがよぎる。
ここは平民街の端に位置する街の掃き溜めだ。それにしては警備隊の到着が早過ぎる。アルマが用意したであろう護衛の数も多過ぎやしないか?
「あんた……最初から、計算してたのね。」
「なんの話だ?」
頬が上がり口元からチラリと覗く犬歯。
この男。最初から私を手に入れるつもりだったんだ。私が魅了の魔法使いだって知っていた上で近づいてきたのなら、全てが繋がる。あれだけの長話をしたのも、私が火事だって気づかない様に仕向けていたんだ。そして、私の私物が全部火事で燃える頃を見計らった。だからあの時、懐中時計を見たのね。未来視が出来るなら全てを簡単に計画出来ただろう。
「クソ野郎が……。」
「俺はこの国が滅びず、誰も死なない未来の為ならなんだってする。全てを無くした平民に優しい手を差し伸べたり、な?」
「平民から全てを焼き払った最低野郎の間違いでしょ。」
燃え盛る炎を背にしたアルマの瞳は爛々と赤く光っていた。その姿はまるで、獲物を目の前にした狼の如く。狙った獲物にジリジリと近づき、食い殺す。
「さて、セルティア。俺の婚約者ティアになる覚悟は出来たかい?」
最初からこの男の掌の上で踊っていたのは私だったなんて、悔しくて仕方がない。でも、やられたまま泣き寝入りするほど私は弱くない。
「私を婚約者にした事、後悔させてやるわっ!!」
差し出されたアルマの手を私は強く握りしめた。
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