11 竜印とアンクレットと最悪な仕事
あれからもう2週間近く経っていると言うのに、手首に付いた歯型が消えない。
「これじゃあまるで入れ墨みたいじゃない。私の美しい肌に何してくれてんのよ。」
ベッドに座りながらはぁ、とため息を漏らす。と言うのも、アルマに付けられた歯型が少しずつ変化しているからだ。今は一つ一つの歯型が丸い点になる手首に丸い点で円が描かれているみたい。
「セルティア様、お加減どうですか?」
軽やかに扉をノックして入ってきたのは私の専属メイドになったレビだ。
「もう身体の痛みはほとんどないわね。レビ、紅茶ありがとう。」
「どういたしましてっす。」
焦茶色のウェーブがかった髪にヘーゼル色の瞳を持つ彼女は、長身で褐色の肌をしている。なんでも、元は公爵が持つ騎士団の団員だそう。そのせいかこの屋敷で働いているどの侍女達よりガサツだし男っ気が強い。
この前なんて庭に出たいと言う私を荷物の様に担いで運ぼうとしたぐらいだ。それでも、平民の私にとってはこのぐらいフランクな方がちょうどいい。
公爵家で働く侍女やメイドは下級貴族の出が多く、私には堅苦し過ぎるから。
「それにしても、セルティア様はまた手首の竜印を見てたんですか?」
レビは私の手首を指差しながら笑った。彼女は言っているのはアルマに付けられた歯型の事だ。
なんでも竜の血が混じった公爵家の長子はその血を色濃く受け継ぐらしく、婚約者に自分の印を残せるのだとか。レビはこの印を貰って私が喜んでいると勘違いしている節がある。
「竜印を貰えるなんてこの国の女性が一度は夢見ることっすからね。セルティア様も嬉しそうでなによりです。」
この子は少し、いや、かなり人の心を読む力が弱い。私のため息混じりの表情を見てどうしてそう思ったのか。これでよく騎士団員が出来ていたな、と感心するぐらいだ。
「公爵家は皆様、竜の子孫。竜の性質も受け継ぐ長子は、たった一人の婚約者を自身の番にする。そして生涯、溺愛し尽くす事でも有名ですもんね!」
この印を見た光神殿の神官や屋敷のメイド達が色めきたっていたのもそのせいだ。
「しかも普通は鎖骨とかのひと目にあまり触れないところに印を残すのに。手首に印を残すなんて。アルマ様はよっぽどセルティア様を好きな証拠ですよーっ!」
アルマ様はセルティア様を誰にも取られたくないのでしょう、と続けて口にするレビのニヤニヤした顔。もう数えられないぐらい見ていてうんざりだ。
心に得体の知れないモヤモヤが溜まっていく感覚。これは、良くないやつだ。
「レビ、天気も良いしやっぱり庭でお茶したいわ。」
「りょーかいです。準備しますっ!」
気分を変える為、外の空気に当たりたい。その一心でベッドから起き上がった。床に置かれたスリッパに足を通した時、足元でシャラリと音がなった。その音が余計に私の気分を沈める。
「ねぇ、レビ。やっぱりこのアンクレット、外す方法はないの?」
私の右足首に巻かれたアンクレット。シンプルな黄金色の飾りが足を動かすたびにシャラリと小さく音を立てるのだ。まるで鎖が擦れる音みたいに。
「無理ですよー。それはアルマ様が特注で造らせた魔道具。セルティア様が何処にいても分かるように、それから危険を察知するとすぐにアルマ様に伝わるようになっているんですから。流石は竜の子孫、溺愛度合いが凄いですねっ!」
要は見えない鎖でアルマという男に繋がれたってことでしょう?
「それに魔道具の中でもそのアンクレットは一級品。私じゃどうしようも出来ないです。アルマ様の愛だと思って諦めて下さい。」
なにが愛だ。監視目的に決まってる。
私が熱でうなされている間に勝手に付けて置いて。
まさか偽造婚約の為にここまでするとは……。
「あのクソ野郎。」
口からポロリと漏れる本音はレビには届いていなかったようで「何か言いましたか?」と不思議そうにこちらを見つめてきた。
「何でもないわ。ただ少し、息が詰まるの。」
アルマは私が逃げ出す可能性があると思ったのでしょうね。実際その通りだ。今回の光冠祭で彼の計画の恐ろしさに触れ、私の心は揺れ動いていた。だって私、こんなところで死にたくないもの。
一年後にこの国が滅びる?
そんなのどうでも良い。
アルマみたいにこの国にそこまでの思い入れもない。ある程度の金が貯めて他国に亡命してしまえばいいと思う私の浅はかな考えを、あの男は早々に潰しにかかったんだ。そういう未来を知っていたのだろうか? それと元より性格が悪いのか?
とにかく、彼の用意周到ぶりにまんまとしてやられてしまった訳で。その事実が悔しいのだ。
「セルティア様、首都に来たばかりで慣れない事が多く大変でしょう。でもすぐに慣れます。ここでも生活が貴方を幸せにするお手伝いを私もしますから。ご安心下さい。」
ああ、モヤモヤが余る。
レビの穢れを知らない純粋な瞳。
アルマの策士ぶり。
私の置かれているこの状況に。
心地の良いこの、目覚めに……。
全てが違和感なんだ。だってこれは仮初めだから。本当に私の物にはならない。慣れてしまっては駄目なのよ。夢を見た遊女の末路ほど、悲惨なものはないから。
信じられるのはお金だけ。
線引きを誤るな。
「そうね。ありがとう、レビ。」
「全てこのレビに、お任せ下さいっ!」
私は金稼ぎの為に嘘を付くの。こんな甘く穏やかな、平和ボケした貴族社会に溶け込む事は絶対にしない。
「庭園にお茶の席を設けました。ささ、行きましょう!」
そしてあのクソ野郎、アルマから踏んだくれるだけの金を奪うわ。
「あ……っ!!」
廊下に出た瞬間、驚きの声を上げたレビは今までの活発さが嘘のように、綺麗な礼をした。それを見ただけで誰が来たのか分かってしまう。
「ティア、調子はどうだ?」
「………普通よ。」
「なら良かった。どこへ行くんだ?」
「今から庭園でお茶するの。」
正面からやって来た男。
手元には懐中時計ほどの魔道具が握られている。あれと右足首に巻かれたアンクレットがある限り、私の居場所はアルマに筒抜けなのだ。
「そうか。なら俺も付き合おう。」
「忙しいでしょう。私の事は放って置いていいから。レビ、行くわよ。」
今この男と喋るとそれだけで気分が悪くなりそう。
慌てるレビを連れ、アルマの横を通り抜けようとした時、アルマがクスリと笑った。
「そんなにあのキスが恥ずかしかったのか?」
「――っ!!?!!」
私にしか聞こえないよう耳元で囁かれた言葉。振り返って見たアルマの表情はいつも通り余裕綽々。囁かれた方の耳を手で隠し、サッと距離を取るも、廊下の幅はたかが知れている。アルマはジリジリと私を壁に追いやった。
「俺をお茶に誘ってくれるよな、ティア?」
「なんで私がっ!!」
背には壁、正面にはアルマ。左右の逃げ場も彼の両腕に遮られた。アルマの背後にいるレビはニヤついているだけ。声は聞こえていないようだ。
レビにはこの状況が、私とアルマが甘い関係に見えているのだろう。ただ、実際は全然違う。
「それがお前の仕事だからだ。そうだろ?」
私の髪を一房掴み、キスを落とすこの男を落とすのが私の仕事なんて。
「………………本当に、最悪。」
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