10 アルマ・フェリタは抗う
光冠祭の最後の夜。
俺は婚約者になったセルティアが踊る姿を特等席で見ていた。
神秘的な美しさは穢れを知らない白百合のよう。
内側で燃える闘志は血を飲んで咲いた薔薇の棘。
『私を見なさい』と小さな身体が傲慢にも訴えていた。
この女は根っから人を惹きつける異才の持ち主だ。生まれ持った魂の色が他人とは違う。だってほら、周りを見てみろ。さっきまであんなに不平不満を飛ばしていた奴らが今は感嘆の吐息を漏らし、目の前で踊るセルティアに夢中だ。
月桂樹を模した金の王冠の魔力が月光に呼応してセルティアを包む。本来なら、その王冠の美しさに息を呑む筈なのに、今や金の王冠はセルティアを彩る装飾品の一部に成り下がっていた。
彼女の泥に塗れた足元から春を知らせる満開の花が咲く。開花したその花は蕾の中から優しい光が浮き上がらせる。その現状はまるで光の妖精が祝福しているかのよう。
彼女が舞えばそこから春が来る。その笑みも、指先も、冠も。ここにある全てが彼女の、セルティアの為に輝いていた。
「これぞまさに……、光の乙女。」
その姿を見ながら強く思うと同時に、この光冠祭の成功が俺の知る未来とは異なる。その事実がどうしても不安を感じてしまう。というのも、娼婦店『マスカレード』が全焼したあの日、俺はセルティアに死ぬ運命にあったと嘘を吐いた。
本来、彼女は自力でマスカレードから逃げ出せたんだ。
焼けた木片が顔面に当たり、大きな火傷を負うのを引き換えに。
遊女はたった一つの傷で価値が地に落ちる。
黄金の宝石と讃えられた遊女セルティアは、その美貌を失ったんだ。なれば遊女の軽い命はあっさりと捨てられるのみ。ネズミと虫が這う娼婦店とは名ばかりの吹き溜まりで夜鷹の如く客を取り、堕ちていく。
これが本来の彼女の運命。
堕ちた先である事件に巻き込まれたヒナと出会い、彼女の人生は更に狂っていく。
同じ平民出身のヒナと自分を比較して、どうしても許せなかったセルティアは、魅了の魔法を存分に発揮して国すら腐敗させていく。最後には殺されてしまう哀れな女性。それがセルティアの一生だ。
「セルティアさん、とてもお美しかったですわ。」
舞台上で拍手喝采を受けるセルティアを眺めていると、横から女性の声がした。
「ナポリック教授……。その、置き去りにして申し訳ありませんでした。」
メガネ越しの瞳に涙をふんだんを詰め込んだナポリック教授がいた。先ほど、セルティアに魅了の魔法を掛けられ酔いしれていた事を思うと、魔法が切れたのではと思うぐらい冷静で落ち着いて見える。
「いいえ、構いません。こうして最高の舞台を観れたのですから。彼女はまさしく私の理想。我が光の乙女です。」
必ずや推薦枠をもぎ取ってくると強い意志を見るに、彼女への洗脳は完璧だ。流石はセルティアと言ったところか。
「ありがとうございます。俺はそろそろセルティアを連れて帰ります。」
舞台上に送られる喝采は鳴り止む事を知らない。だか、こう言うのは引き際が大切。セルティアもそれを分かっているからこちらに目配せをしているのだろう。
「ナポリック教授。ではまた学院で……。」
彼女への最大の敬意を込めた礼と共に言葉を送ると、俺は背を向け、セルティアの元へ歩き出した。
「フェリタ公爵様。」
不意に投げられた声に振り返ると、ナポリック教授の少し悲しそうな顔があった。
「私は、貴族と言っても末端。貴方様に本来話しかける事も許されないでしょう。それでも、この場でしかお伝えが出来ませんのでお許しを。」
芸術に愛し愛された彼女のカーテシーは最上級品。
彼女の美しい努力と敬意がそこにあった。
「私は、貴方様の幸せを心から願っております。素晴らしい方とのご婚約、誠におめでとうございます。」
紛れもない言葉の祝福。
祝福をされる事に、どうしようもない抵抗感が口から出そうになったのを、無理やり胃の中に押し込んだ。
「ありがとう、ございます。」
俺は居心地が悪くなり、彼女を背にセルティアの元へと急いだ。
「セルティア、帰るぞ。」
「え、光冠祭の出店を観て行くんじゃないの!?」
踊ったばかりで興奮しているセルティアは、身体の痛みすら忘れてしまっているようだ。
握った小さく細い手は冷たい。
耳も鼻も真っ赤に染めて。
泥に塗れた裸足が痛ましい。
「来年、無事に光冠祭を迎えられたらまた連れて行ってやる。」
来年……。
自分の発した言葉の重みを感じながら、俺はセルティアの手を引いて帰路に着いた。
不貞腐れるセルティアは、俺の予想通り帰りの馬車の中で体調を崩し始めたのだった……。
翌日。
寝込むセルティアは、昨日の光冠祭での貫禄なんてまるでなくなっていた。
「ティア、具合はどうだ?」
「ち、近づかないでよ、変態!!」
熱のせいでまだ頬を赤く染め、全身に出来た打撲のせいで身動きひとつ出来ずベッドに横になる。金糸の髪を一房掬い、気まぐれにキスを落とすと、遊女ではあるまじき初心な反応を示す。
俺の手の中でこんな愛らしい表情をする彼女こそ、俺の知る未来では巨悪の根源だと言われた『悪魔の女王』だなんて、誰が信じるだろうか?
「この反応で遊女のトップだなんて、信じられないな。」
「うるさいわね。私は色を売らない遊女でやってきたのよ。そんな遊女を自分の女にしたい馬鹿な男達から金を巻き上げてたの。今まで身体に指一本も触れさせた事、なかったんだからっ!」
誇りとプライドで塗り固められた装甲を外せば出てくる可憐な乙女。気高いティアの唇の初めてを自分が奪った。その事実が更に俺を惑わせる。
「全ての初めてを俺が奪ってやろうか……?」
体内に流れる血が燃えるように熱い。
俺に魔法は効かないはず。
それなのに、まさか、自分の口からこんな言葉が漏れるなんて。
――俺は、恋なんて絶対にしない。
俺は誰も愛さない。
忌まわしいこの血も、爵位も、俺の代で潰してやる。
そう心に誓っただろう。
だからセルティアなんてイカれた遊女を引き入れたんだ。
――利用するのは俺だ。
その為だったらセルティアに色を売ることだってしてやるさ。行儀良く俺の手のひらで踊ってくれるならな。
「馬鹿にしないで。私はあんたにくれてやるほど安くないのよ。」
パンッと冷たい音と一緒に、俺の手は振り払われた。
全身が悲鳴を上げるほど痛む筈だ。なのにベッドから起き上がって公爵家の令息を〝安い〟と言い張るこの女。
普通なら「何を馬鹿げた事を言うんだ」と苛立ちを感じるだろう。けれどティアに嫌悪感を抱く事はない。
むしろ、神々しく光り輝く姿に男の欲求が増していく……。
今は俺の婚約者だろう。
誰のものにもならない遊女じゃない。
――いや、俺はなにを考えているんだっ!!
セルティアを見れば見るほど、腑が煮え繰り返る。
俺の中に流れる忌まわしい血が、本能が、無理やり呼び起こされる様な感覚。心底、嫌気がさす。
「…………冗談だ。けど、」
「いたっ!!」
苛立ちをそのままに彼女の手首に噛みつき、跡を残した。
「なにすんのよっ!?」
「仮にも婚約者なんだ。このぐらいのスキンシップは慣れて貰わないと困る。」
セルティアに近づいたのは、あくまで今のヒナでは『悪魔の女王』と呼ばれた彼女からこの国を守れないと思ったから。それならセルティアが堕ちる原因から助け出す。それが唯一の突破口だと思ったからだ。
『お初にお目にかかります。平民なのでこのぐらいのカーテシーでお許しを。』
こんな俺の安直な考えは彼女を見た瞬間、最も簡単に綻んだ。
あれを黄金の宝石なんて例えた愚か者は誰だ?
彼女はそんな俗物じゃないだろ。
穢れなき天使と魔性の悪魔が混在するような、異彩を放つ唯一の女。ひと目見れば、纏う怪しさと艶やかさに目が焼かれ忘れられなくなる。まさしく美の暴力。
魅了の魔法が効かない俺ですらこの有り様だ。
セルティアに会ったあの瞬間、自分でも困惑するほどに、どうしても彼女を手放したくないと言う欲が沸いてきた。
この感情に強いて名前を付けるなら、それは「染めたい」だ。
この誰にも靡かず気高い白薔薇を自分色に染めたらどうなるのか、見てみたい。それと同時に美しいものを懐に入れて自分だけが見れるように飾っておきたい気持ちと、皆に自慢したい両極端な気持ちが混在している。
とにかく今はまだ、セルティアの腕に残った自分の歯形を見るだけで満足出来ている自分にホッとした。
「俺は、この血に抗うぞ。」
例え、この先の未来がどうなろうと俺はもう覚悟を決めているから。
――だからセルティア、お前も覚悟してくれ。
「ソルドン王立学院で魅了して欲しい男子生徒のうちの一人は、俺だ。」
「………………はぁ?」
セルティアに魅了させたい五人全員、この国の建国の昔話に出てくる五匹の竜の末裔。
「俺はアルマ・フェリタ。光の使徒に使えた竜が一匹。黒竜の末裔。」
竜は独占欲が強く、愛情表現が過激。
嫉妬深く、重い愛情のせいで滅ぶ愚かな末裔だ。
俺の両親も、そのせいで死んだ。
どれだけ強力な肉体があり、魔法が使えても、竜の末裔は幸せになれない。愛が己の身を焼き尽くす。
――本当に無様な血筋だな、……。
「魅了の魔法が効かない俺を、魅了しろ。」
我が黒竜の末裔の多くは、懐に入れたものは誰にも見せないでしまっておく。自分だけの鳥籠の中に大切を詰め込む。そうして誰の目にも触れさせない。
――例えそれが、監禁だと言われても……。
本能には抗えない。止められない。
それが愛だと、血が騒ぐんだ。
「ただし、俺がお前を好きになる事は絶対にない。魅了するのと恋愛を履き違えるなよ。」
盲目の黒竜は止められない。
その先は死しか待っていないと知っていながら。
だから俺は、絶対に、恋愛はしない。
【お願いします!】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけると幸いです。
皆様のブックマークと評価が日々のモチベーションと今後の更新の励みになります(〃ω〃)
ぜひ、よろしくお願いいたします!!




