第5話
トマヤの霧が魔法灯をぼやけさせる。
テオの馬車が宿舎前で待機し、カイトは軽く肩を叩かれながら乗り込んだ。
「昨夜の件、会議でしっかり報告するぞ。魔女を仕留めたのはお前だ――詳細を聞かれるはずだ。俺はフォローするが、胸張って話せよ」
その声はいつもの陽気さを残しつつ、仕事の重みを帯びて響き、カイトは苦笑を浮かべた。
テオの信頼が、肩の感触に滲むようだった。
「了解……」
馬車が石畳を軋ませ、王宮区の古い塔へ向かう。
合同会議室は重厚な扉をくぐると、蝋燭の灯りが揺らめく中、地図が広げられた卓を囲む面々がいた。
マラカン側の騎士、ガレン・アルデン――陽気な三十歳の大国責任者で、派手なマントを翻し、赤インクで描かれた魔女軍の進路を指さす。
一方、盾の王国からはテオの隣にロラン・ストーンウォール、厳格な五十歳のベテランが質素な鎧姿で座る。
そして、隅の椅子に控えるリナ。
カイトはテオの隣に腰を下ろし、同盟の盾役構造を確認する。
盾の王国トマヤは、最前線の盾として侵攻を一身に受け止め、大国マラカンが石の確保と後方支援を担う――中立的な絆のはずだった。
だが、政治の緊張が空気に微かな棘を加え、互いが負担の不均衡を睨み合う噂が、かすかな波紋を広げていた。
この均衡を崩せば、補給線が即座に断たれるリスクが高い。
ロランが告げる。
「魔女軍の動きは活発だ。だが、斥候の報告では……これまで以上に、盾の王国への牙を剥き始めている。残り一月――石の輸送まで、この不落の地を落とされるわけにはいかん。同盟の絆で、トマヤを守る!」
開会の宣言に、部屋の空気が引き締まる。
さらに続ける。
「我々が最前線で魔女軍を食い止め、マラカンが石の守備を固める。ただ、補給線が細く、昨月の死傷者は二百名を超えている――うち百名が魔女の使役獣の群れによる噛みつき傷、残りが霧の国リテンの部隊の奇襲による死。食料補給も二割減少し、兵士の士気が低下中だ。テオ、昨日の詳細を聞かせてくれ」
ロランがテオに確認を促す。
テオが即座に立ち上がり、地図に指を這わせる。
「市場区の廃墟で、魔女軍が三隊確認――各隊十名規模の崇拝者人間部隊が包囲網を張っていました。敵二十名全滅、こちらの損害は軽傷一のみです」
テオの指が地図の森区へ移る。
声にわずかな熱がこもり、皆の視線が集中した。
「だが、戦闘終盤に腐食の魔女ヴェロニアが出現。霧状の腐食液で広場を蝕みましたが、カイトが撃破。残党の気配は今の所ありません」
ロランが地図を睨み、ゆっくり頷いた。
部屋の空気がさらに重く沈む。
「次はどこを狙うと予想する?」
カイトは地図を見つめ、薄い予感を覚える。
前の世界で学んだことを思い出し――敵の欲は、常に弱点を突くものだと確信した。
「次は工房街だ。魔女の多くはルプスのドラゴン部隊に引き付けられている。相性が悪い連中同士の睨み合いは、その隙に一番の脅威が動く。魔女崇拝者の人海戦術だ。であるならば、対人間用の武器の供給を断つのが手っ取り早い。工房街の火薬庫、次に狙われるのは間違いなくここだ」
テオが援護する。
「たしかに火薬庫が狙われる可能性は高いですね。偵察を行うなら単独は避け、少なくとも二人一組がよいでしょう」
ガレンが目を細め、赤インクの筆を叩きながら相槌を打つ。
「ふむ。マラカンからも一騎士を出すが、盾の王国の斥候が主導せよ。小隊規模が理想だが……時間がないな」
視線が自然とカイトとリナに集まる。
カイトは即座に立ち上がり、声を張った。
「俺が行こう。リナ、地形の抜け道は君の専門だ。一緒にどうだ?」
彼女は一瞬、ロランに短く目線を送った。
ロランのわずかな頷きを確認すると、革鎧の袖を軽く引き、抑揚のない声で応じる。
「……了解した。よろしく頼む」
彼女の瞳に、信念の炎が灯る。
ロランが卓を軽く叩く。
「提案を承認する。代替案として小隊規模の偵察も検討したが、時間的制約から二人組を優先。ガレン、後方から補給を約束してくれ」
ガレンが笑みを浮かべる。
「もちろんだ。マラカンの誇りにかけて、援護しよう」
会議は散会を告げ、蝋燭の残光が卓を照らす中、皆が立ち上がる。
テオがカイトの背後に寄り、声を潜めて言った。
「彼女との偵察、気をつけろ。途中までは俺もついていく。無事に戻ったら、詳細を聞かせてくれ」
カイトはリナと街路へ向かう。
遠くから鉄槌の音が響く。




