第23話
エルドリックの祈りが、まだ霧に溶けぬ中――大地が、再び震えた。
ドラゴン部隊の残党が、逃げ惑う空で、巨体が降り立った。
それはタリアだった。
彼女が銀髪の残骸――シルヴィアの死体を、足で軽く蹴った。
「ちっ……千剣の野郎か。俺の獲物に、何してんだてめぇ」
野太い声が、怒りを宿した。
エルドリックの瞳が細まった。
十字の刺青が、魔力の渦に揺らいだ。
「我が名はエルドリック、破戒の神父なり! 神の裁きを受けよ。穢れを、浄化せん」
「俺はタリア、剛力の魔女だ!」
激しい戦いが、勃発した。
初撃は、エルドリックの火拳だった。
胸のコアが赤く脈打ち、空気を焼きながらタリアを狙った。
ゴガァン!
衝撃が広がり、大地がひび割れた。
周囲のイナの民が悲鳴を上げて後退した。
彼女はわずかに後ずさったが、足元が揺らぐだけだった。
魔女の目が、シルヴィアの残骸に一瞬だけ向いた。
「……お前の分まで、ぶちのめしてやるよ。手向けだぜ」
彼女が蹴りを放った。
神父の肩を掠めた。
ローブが裂け、衝撃で体が沈み込み、骨が軋む痛みが走ったが、彼は膝を曲げてロールアウェイで衝撃を逸らし、すぐに反発して立ち上がった。
祈りの印を結びながら、コアの脈を胸に守り抜くように体勢を整えた。
「この力……複数のコアか。面白いじゃねえかバケモン!」
彼女の息が熱く荒くなり、巨体が前進した。
大地が震え、足音一つで地面に亀裂が走る。
神父は即座に境界コアを活性化させた。
歪みが空間をねじ曲げ、一瞬でタリアの死角へ回り込んだ。
拳の連撃が、タリアの巨体を襲った。
ドン! ドン! ゴシャ!
連続する衝撃が、彼女の肌に深い傷を刻んだ。
青の血がわずかに滲み、ぼろ布のワンピースが裂けた。
だが、魔女の耐久はそれを弾いた。
彼女の笑いが、空気を震わせた。
「はっ! そんなもんかよ! もっと来いよ!」
彼女の諸手突きが、神父の胸を直撃した。
バガンッ!
ローブがさらに裂け、コアの脈が露わになりかけたが、彼の体は沈み込み、衝撃を吸収して即座に反発した。
神父の祈りが響いた。
「神の……浄化を、侮るな!」
十字の光線を放った。
複数のコアが共鳴し、火と水と境界の魔力がタリアの体を貫こうとした。
光の槍が、彼女の肩を抉り、肌が激しく裂け散った。
青の血が噴き出し、魔女の体が一瞬傾いた。
イナの民が、逃げ惑う中、二人の巨漢が互いを削った。
タリアの息が荒くなるが、目は輝きを増した。
エルドリックの右中段蹴りが、タリアの脇腹を叩いた。
ドン!
タリアの体が揺らぎ、足元が沈んだ。
「偽物でも、それだけできたら上等だわなぁ!」
彼女の拳が、神父の胸を砕きかけた。
ゴシャァ!
神父の膝がわずかに折れかけたが、境界コアのずれで体を立て直した。
境界が滑り、火の尾を引き、高速移動した。
拳の連鎖が、魔女の背中を襲った。
ゴン! ゴン! ドガン!
周囲の教徒たちが祈りの盾を構え、援護の光線を放ったが、衝撃波で吹き飛ばされた。
イナの民の叫びが、混沌を増幅させた。
「鬼神の戦いだ……逃げろ!」
彼女の拳が、止まらない。
神父の肩を狙ったが、彼は足を回転させて打点をずらし、掠めさせただけだった。
「……こんなに殴っても壊れねえ玩具、久しぶりだなぁ!」
彼女の目が、興奮で輝いた。
シルヴィアの手向けは、すでに忘れ去られていた。
この異形の耐久――コアの拒絶すら超える、沈み込みながらの反発力だった。
「久々に……本気が出せそうだぜ!」
彼女が詠唱を始める。
「力よ、爆ぜろ――体に纏え! 《バースト・ストライク》!」
その瞬間――空に撤退の照明弾が上がった。
彼はそれを合図に、瞳を細めた。
十字の光が、弱まった。
神父の体が、後退した。
「神父……何だ、どうした! やらねぇのか! 楽しくなってきた所だろうが!」
だが、彼は祈りを呟いた。
「主の意志なり。浄化は、成れり」
複数のコアが、輝きを増し、神父の体を包んだ。
境界コアが全開――空間のずれが体を滑らせ、瞬時に空へ舞い上がった。
神父の姿が、跡形もなく消え失せた。
「魔女よ、次なる裁きを待て」
タリアの拳が、消えた空の彼方――リテンの船影に向かって、苛立ちを込めて突き出された。
衝撃波が、雲を裂いたが、船はすでに遠ざかっていた。
「ちくしょー……逃げやがって」
タリアが地面に沈むシルヴィアの残骸を一瞥した。
「……半端で終わっちまったな」




