第21話
トマヤは砲声の予感に震えていた。
イナの斥候たちは、数日前から不穏な空の揺らぎを報告していた――リテンの空中要塞「霧の聖櫃」が、霧の王国領から南下を開始したという噂。
石の期限が迫る今、王国は最後の賭けに出た。
浮遊の魔女のコアを核とした飛行機構は、青白い魔力の輝きを放ちながら、補給船団を伴って進軍。
甲板に翻る聖戦の十字旗は、狂信のプロパガンダを象徴していた。
「神の意志により、異端の盾を、浄化せよ!」
船上から、神父たちの祈りが拡声管で轟く。
教徒部隊――白いローブに十字の刺繍を纏い、瞳に狂気の炎を宿した五百の影――は、要塞の側面からロープを垂らし、降下の合図を待つ。
石の魔力は強力だが、持続時間は限界を迎えつつあり、要塞の機動性はすでに補給船の遅れで鈍り始めていた。
爆音が空を裂いた。
ドドン! ゴロゴロ……。
聖櫃の砲口から、聖油の火球が雨のように降り注ぐ。
ナパームを思わせる橙色の炎弾は、城壁の外郭を直撃し、大地を舐め取る。
煙幕が視界を塞ぐ中、農村のイナ軍――主に農夫と民兵で編成された人海の守備隊――はパニックに陥った。
「……神の罰だ! 逃げろ!」
一人の農夫が、火球の直撃で体を溶岩のように溶かされ、肉の焦げ臭いが風に乗って広がる。
悲鳴の合唱が響き、逃げ惑う群衆は互いに押し潰し、泥濘の道に倒れ伏す。
炎の壁は城壁への退路を塞ぎ、守備隊の士気を砕く。
その隙を突き、教徒部隊の降下が始まった。
数百の教徒が地上へ滑り降りる。
だが、着地は決してスムーズではなかった。
方向を見失い、数名がロープから滑落、岩肌に叩きつけられて骨の砕ける音を立てる。
生き残った者たちは即座に散開し、祈りの盾――魔力で強化された薄い障壁――を構えて廃墟に身を潜める。
イナの守備隊は、混乱の中でようやく反撃を開始。
投石機が唸りを上げ、石塊が教徒の集団を薙ぎ払う。
「異端よ、悔い改めよ! 石は神の恵みだ!」
一人の教徒が、投石の直撃で槍のように串刺しにされながら倒れる。
狂信の連鎖――死が信仰の糧となり、前進を促す。
剣を抜いた教徒たちは、煙幕の隙間を縫ってイナの波に突っ込む。
白兵戦の混沌が広がり、剣戟の衝突音が反響する。
テオは剣を構え直し、冷徹に観察する。
「リテンか。東の連合傭兵に伝令を――東側で火球の死角を突き、側面から対空を集中。俺たちはコアの揺らぎを待つ」
エラは双眼鏡を構える。
「船の下面に、石のコア。青く光ってる……砲撃の源よ。魔力の揺らぎが確認できる。狙えば、墜落の可能性が高いわ」
カイトは一人、聖櫃のシルエットを睨んだ。
テオの伝令が届く前に、カイトの頭に同じ判断が閃いていた――コアの弱点を突く。
銃の重みがカイトの肩に決意を刻んだ。
廃墟の瓦礫から回収した鉄管と火薬で、即席の対空砲を組み立てる。
彼の手が素早く動き、揺らぎを計算に入れた角度で固定した。
孤独の重みが、カイトの静かな覚悟を深めた。
「あれを食い止められれば、城壁の援軍が来る……」
リテンの聖戦は、大陸を縦断していた。




