第20話
カイトが吠える。
「傭兵カイト、お前を下すものなり!」
彼は短銃を構え、引き金に指をかける。
バン!
弾丸がタリアの肩を狙うが、彼女の巨体がわずかに傾くだけで、掠める。
彼女が、一歩踏み出す。
大地が、震える。
「お前、あの時、邪魔した奴だよな」
彼女の声が、響く。
彼は短銃を握り直す。
彼の指が、弾丸を発射する。
バン! バン!
貫通弾が、弧を描いて彼女の腹を狙う。
だが、弾丸は彼女の筋肉に食らいつき、わずかに沈むだけで、跳ね返される。
火花が散り、皮膚に浅い傷跡を残すだけ。
硬い――この魔力漲る肉体は、銃の理すら拒絶する。
「効かないか……!」
最悪の事態だ。
カイトは弾薬の無駄撃ちを避け、即座に退避を決めた。
路地の壁を背に、横滑りで後退を開始。
だが、彼女の巨体が、意外な速さで動く。
一瞬の隙。
彼女の岩のような足が、石畳を蹴り、路地の側壁を這うように回り込む。
退路が塞がれ、ドラゴンの咆哮が響く中、彼の選択肢は一つ。
近接戦闘へ移行。
逃げられないなら、戦うしかない。
ナイフを抜き、短銃を構えたまま間合いに入る。
身を沈め、彼女の拳が振り下ろされるのを、横に滑ってかわす。
風圧が路地の壁を削り、瓦礫が飛び散る。
彼は壁際の死角を活用し、ナイフを腹部へ突き立てる構え。
呼吸を整え、敵の重心移動を予測――巨体の慣性は、回旋が遅いはず。
巨体が、迫る。
「ちょっと待て!」
彼女の声が、轟く。
彼の両肩を、手が掴む。
――予測外の速さ。
彼の体が、軽々と持ち上げられる。
ぶんぶん。
彼の体を左右に振り回す。
路地の石畳が、視界を回転させる。
異常な「攻撃」
彼の胃が、ねじれる。
「何だ……この攻撃は……!」
驚愕が、喉を塞ぐ。
振り回されながら、彼は体を柔らかく保ち、ナイフを握り直す。
体が、宙を舞う。
彼女の顔が、間近に迫る。
彼女が、息を吐き、ぶんぶんと軽く揺さぶるのを止める。
頰が、わずかに膨らみ、ぷんぷんと怒りが浮かぶ。
「何で攻撃してくるんだよ! 用があるって言っただけなのに!」
地団駄が地面を割った。
陽動作戦か?
カイトは思った。
戦争の敵は、こんな隙を見せるものではない。
疑え。
彼はナイフを腹下へ滑らせ、浅く斬りつける。
ダメージなどない。
皮膚を削ぐが、即座に再生する。
彼女は腰に手を当て、むくれ顔で続ける。
「お前って黄金の仔飼いだろ? 俺はあいつに昔世話になったこともあるし、別に嫌いじゃねぇ。お前を殺す理由は……まぁこの間喧嘩を邪魔されたのは腹が立ったが、よく考えたら俺が割り込んだわけだしな」
彼は彼女の顔を、じっと見つめる。
視線を切らないように――そっと、ホルスターから魔女弾を抜き、シリンダーに押し込む。
いつでも撃てる距離。
彼女の視線が、ガルドの死体に移る。
彼女は鼻で笑う。
「こいつで痛み分けってことにしといてくれ」
ニカッと、歯を見せて笑う。
彼女は彼の肩を、軽く叩く――その一撃で、カイトの体がわずかに沈む。
「じゃあな、黄金の仔飼い」
「俺と……戦わないのか?」
彼女の背中が、止まる。
振り返り、野太い声で返す。
「あっちに千剣の匂いがするんでな! またな!」
足音が、ドラゴンの咆哮に混じり、遠ざかる。
彼は短銃をホルスターに戻し、息を吐く。
カイトには勝利の余韻などなかった。
魔女の牙が、盾を穿つ予感がした。
だが、痛み分けの言葉が、胸に残った。




