第15話
ルプスの山岳からトマヤへの帰還路。
馬車の車輪が石畳を軋ませ、特務隊の面々は無言で揺られていた。
カイトは窓辺に肘を預け、スナイパーライフルの銃身を無意識に撫でた。
エラが隣で双眼鏡を磨きながら、ぽつりと呟く。
「あれ、勝てる?」
リナは地図を畳み、弓の弦を指で弾いて応じた。
「タリア……厄災の中でも異端ね。シルヴィアを潰せばよかったのに」
テオが御者台から声を飛ばす。
「潰せばよかった、か……。ああ、ドラゴンの増援、あれを見りゃ分かるだろ。一か八かで勝負するより、生きて帰るのが……正解さ」
声は抑揚を抑え、冷静を装うが、拳が御者台の縁を白く握りしめ、語尾に僅かな息の乱れが混じる。
「次はもっと大群で来る」
最後の呟きは、風に紛れて小さく消えた。
王宮区の合同会議室に到着したのは、朝霧が溶け始める頃だった。
蝋燭の灯りが揺らめく卓を囲み、ロランが厳しい顔で座る。
ガレンは苛立たしげだ。
隅に控えるリナの隣で、カイトはテオとともに腰を下ろす。
ロランが開会を告げる。
「報告を。ルプス山岳の特務隊、成果は?」
テオが即座に立ち上がり、地図に指を這わせる。
「ドラゴン三頭は全滅、配下の魔女と崇拝者部隊も壊滅。壁の魔女の装置が炎を防いだおかげで、初期の被害は抑えられましたが……千剣の魔女により、大多数が死亡しました。盾の王国軍の歩兵とマラカンの重装騎兵の連合部隊は壊滅、うち傭兵部隊は全滅です。千剣の魔女は……生存確認。狙撃で頭部に一撃を加えましたが、増援のドラゴンで逃げられました。ダメージは重く、魔力線が乱れています。早々に動ける状態ではありません。少なくとも、数日は沈黙するでしょう」
卓の空気が、氷のように凍りつく。
ロランが拳を握りしめ、ガレンが赤インクの筆を卓に叩きつけるように置いた。
沈黙が重く、数分に及び、誰かが息を詰まらせて咳き込んだ。
蝋燭の灯りが揺らぐ中、テオの目が一瞬、虚空をさまよい、失われた顔を思い浮かべた。
ガレンが低く息を吐き、苛立たしげに額を押さえる。
「そうか。残念だったな、大多数が……全滅か。マラカンの騎兵があんな目に遭うとはな。ドラゴンの首を取った功績は認めるが、この損失は痛いな」
テオは一瞬視線を落とし、頷く。
憤りが胸を焦がすが、言葉を飲み込む。
ロランが地図を睨み、息を吐く。
「タリアがあの後、怒りに任せて動いたらしい。山頂の敗走直後、民の国イナの前線に単独で突っ込み、要塞を一撃で粉砕したと。タリアが歩兵大隊を全滅させた。イナは大打撃――死傷者数百。俺たちに息をつく時間をくれたな」
リナが補足する。
「イナの損失は深刻。斥候の報告では、艦隊の再編に最低一週間かかる。リテンは中立を装ってるが、内部で動揺が広がってるわ」
ロランが卓を強く叩く。
「状況はこれでも有利だ。全勢力がこの隙を埋めるために、準備を整えるだろう。魔女軍は再編、イナは綻びを修復、マラカンは石の輸送ルートを強化――お前たち傭兵部隊は、対厄災の準備を急げ。残り半月で石の期限だ。タリアの対策を考えろ。テオ、残った部隊の士気を保て。一週間で、盾を鉄壁にせよ」
テオは皆を一瞥する。
「承知しました。部隊に即時伝達し、連携を強化します。士気は俺が責任を持って維持します。次なる戦いで、必ず成果を上げてみせます」
ガレンが頷く――が、目には苛立ちの残り火が灯る。
「マラカンからも技術者を出す。上手く使ってくれ」
会議は散会を告げ、蝋燭の残光が卓を照らす中、皆が立ち上がる。
街路へ足を踏み出す四人。
リナの視線がテオに絡み、言葉を探すが、無言のまま。
カイトの拳が握られ、エラの双眼鏡がわずかに揺れる。
千剣の銀糸は、まだ息を潜めている――だが、次なる嵐は、すぐそこまで来ていた。




