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Abyss Eternal ; Golden Witch  作者: 川合 佑樹


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第13話

 盾の王国軍の歩兵たちが槍を地面に突き立てて互いの肩を叩き合い、マラカンの重装騎兵は兜を脱ぎ、馬の嘶きを抑えながら勝利の余韻に浸る。

 壁の魔女の装置が、障壁を弱々しく維持したまま、かすかな震えを続けていた。

 カイトはマシンガンを肩にかけ、塔頂の廃墟を見据えた。

 千剣の魔女――四大厄災の残る一角が、ドラゴン討伐の隙を狙って忍び寄っていた。

「次は千剣だ。陣形を崩すな」

 テオの声が響く。

 リナが弓の弦を確かめ、エラが双眼鏡を握りしめて頷く。

 カイトの指が、銃身の熱を確かめるように撫でた。

 塔頂への坂道を上り始める。

 テオの足音が石を砕く。

「バルバド、ミラ! ルーク、ジャック――位置報告!」

 テオの声が山にこだまするが、返事はない。

 風だけが、低く唸る。

 カイトは短銃を構え、周囲の木陰を走査する。

 エラの双眼鏡が光を反射し、リナの弓弦が微かに震える。

「塔頂方面に反応なし。足跡確認不能」

 エラの声が、かすかに震える。

 リナの瞳が鋭く細まるが、無言だ。

「くそ……伏兵か? だが、ここまで来て引き返すわけにはいかん。後の合流で状況を確認する。俺たちで千剣へ向かうぞ」

 テオの言葉に、皆が頷く。

 坂を上るにつれ、空気が重くなる。

 鉄錆の臭いが、鼻を刺す――血の匂いだ。

 開けた平坦地に出た瞬間、世界が止まった。

 道――いや、剣の回廊。

 盾の王国兵とマラカンの重装騎士が、均等に間隔を置いて串刺しにされ、地面に立たされていた。

 無数の剣が体を貫き、月光に照らされた鎧が、血の滴を零しながら静かに輝く。

 まるで、塔頂への荘厳な門のように。

 その奥、崩れた玉座のような岩に腰掛けた女性。

 シルヴィア。

 千剣の魔女。

 銀髪が風に揺れ、クールな瞳がこちらを値踏みする。

 そして、その周りを――崇拝者の輪のように。

 輪切りの肉塊が、丁寧に配置されていた。

 血の糸で繋がれた首、断面に刻まれた千の剣痕。

 ミラの逞しい肩が、バルバドの斧を握ったまま固まり、ルークの細い指がジャックの弓に絡まるように。

 皆の視線が、凍りつく。

 テオの剣が、鞘から半分抜ける。

 陽気な笑みが、永遠に失われた。

「ミラ……バルバド……お前ら……!」

 声が、嗄れる。

 カイトの胃が捩れる。

 前の世界のボート、母の悲鳴が蘇る。

 エラが双眼鏡を落としそうになり、リナの弓がわずかに震える。

「ふふ、ようこそ。私の庭へ。邪魔者どもは、永遠の観客に変えたわ。あなたたちも、加わりなさい」

 シルヴィアの唇が、弧を描く。

 剣の森が、再び息を吹き返す。

「我が名はシルヴィア、千剣の魔女なり!」

 カイトが応じる。

「傭兵カイト、お前を絶対に殺してやる!」

「あら、この魔力痕。あなた、黄金の仔飼いね。その匂い、大っ嫌い」

 戦いの火蓋が切られた。

 シルヴィアの指先が優雅に舞い、呪文が響く。

「我が名を知る剣よ、虚無より顕現せよ」

「千の意思を束ね、我が掌に集え」

「その軌跡は逃れ得ぬ宿命を刻む」

「舞え! 貫け――《ソード・テンペスト》!」

 シュシュシュシュッ!

 銀色の嵐が塔頂を襲う。

 千本の剣が螺旋を描き、予測不能の軌道で飛び交う。

 風を裂く鋭い音が連続し、塔の廃墟壁を削り取る。

 剣の群れが蜂の巣のように包囲し、急所を狙う精密な連鎖攻撃――一瞬の隙で、すべてを刻み砕く芸術。

 本気の厄災の脅威が、塔頂を圧倒的な絶望に変える。

 カイトは即座に体を低くし、塔壁の陰へ滑り込み、死角を縫う。

 マシンガンを構え、クランクを高速で回した。

「効いてくれるか?」

 ガガガガガッ!

 原始的な火薬の爆音が轟き、橙色の火花が飛び散る。

 連射の弾丸が銀の嵐に食い込み、十数本の剣を砕き散らす。

 剣の軌跡がわずかに乱れ、隙が生まれる――が、それだけだ。

 シルヴィアの千剣は、削られた分だけ魔力線から新たに生み出され、嵐の勢いを増す。

 カイトの額に集中の汗が光った。

 リナの弓が弧を描く。

 シュッ!

 矢が放たれるが、剣の壁に弾かれ、火花を散らして塔壁に突き刺さる。

 残りの剣が螺旋の速度を上げ、カイトの周囲を包囲する。

 ガトリングの銃身が熱を帯びた。

 避ける――撃つ――避ける――その繰り返しで、息が上がった。

 リナの矢が、テオの剣が、かろうじて嵐を凌ぐが、塔頂は徐々に狭まる。

 テオの目が、血走ったまま剣を振るう。

 陽気な笑みは失せ、代わりに静かな炎が宿る――ミラたちを、脳裏に焼きつけて。

 だが、その瞬間――地響きが山を震わせた。

 ドドドドッ!

 斜面を駆け上がる巨体の足音。

 塔頂の地面がひび割れ、岩屑が飛び散る。

 巨漢のシルエットが飛び込んでくる。

 身長二メートルを超える筋肉の塊――岩肌のような皮膚、短い赤髪を振り乱し、ぼろ布のワンピースを纏った女。

 腕が大木のように太く、魔力を全身に漲らせた剛力の魔女、タリアだ。

「俺はタリア、剛力の魔女! おいおい、シルヴィア! また玩具で遊んでんのかよ? 空で小鳥がぴぃぴぃうるせえからよぉ! 来てやったぜ!」

 タリアの笑いが塔頂を震わせる。

「我が名はシルヴィア、千剣の魔女なり! 名乗りくらい、落ち着いてやりなさいよ! それでも厄災のつもり!」

 タリアはシルヴィアの残剣を素手でガキン! と叩き折り、巨体を軽々と回転させて着地した。

 魔力強化のフィジカルが、並大抵の攻撃を弾く耐久を誇る。

 ニヤリと歯を見せてカイトたちを一瞥。

「おい人間、ここは俺に譲ってもらうぜ!」

 テオの目が鋭く光り、カイトに短く合図を送る。

「今回の仕事は終了だ。一旦引いて体勢を立て直す」

 テオは即座に立ち上がり、角笛を吹く。

「盾軍、マラカン騎兵――全隊、森道へ後退! 壁の魔女の装置を運べ!」

 盾の王国軍の歩兵たちが槍を構え直し、重装騎兵が馬を回す。

 四人は塔頂の崩れた縁を伝い、岩陰に身を寄せ、視界を確保。

 カイトは背中の鞄から自作のスナイパーライフルを取り出し、長い銃身を展開する。

 スコープ越しに塔頂を覗いた。

 厄災同士の戦いが、冷静に観察できる位置だ。

 テオが地図を広げ、分析を続ける。

「ドラゴン討伐で遠距離が手薄になった今、タリアの接近が本領。消耗戦だ。隙が生まれれば……撃て」

 カイトはスコープを微調整し、応じた。

「了解。作戦通りシルヴィアを狙う」

 エラが双眼鏡で補佐し、リナが周囲を監視する。

 四人の息づかいが、同期した。


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