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Abyss Eternal ; Golden Witch  作者: 川合 佑樹


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12/24

第12話

 エリスの灰がまだ平原の風に舞う三日後。

 温泉の温もりが体に残る朝、盾の王宮で緊急の召集がかかった。

 四大厄災の均衡が崩れた。

 斥候の速報は残酷だった。

 千剣の魔女、シルヴィアがルプスの山岳民と手を組み、ドラゴン部隊を動かした。

 石の輸送路を焼き払うための、先陣。

 期限まであと半月。

 王国は即座に動いた。

 テオの傭兵部隊を主軸に、対厄災特務隊が編成された。

 盾の王国軍の歩兵二十名、マラカン軍の重装騎兵十五騎が加わり、総勢五十名の大所帯。

 カイトは馬車の荷台に座り、改良マシンガンの銃身を磨いていた。

 隣でリナが地図を広げ、黒髪を耳にかける仕草が、湯気の記憶を呼び起こす。

 エラは小さな体を揺らし、双眼鏡を握りしめ、興奮を抑えきれない様子だ。

 テオが御者台から、落ち着いた声で最終確認を飛ばす。

「全員、装備と陣形の最終点検を。ドラゴン部隊の煙突位置は地図通り、風上から接近。残党の散開ルートはリナの偵察に基づく」

 荷台から短く「了解」の声が上がり、テオはわずかに頷いて鞭を鳴らす。

 後ろから別の馬車が続き、埃を巻き上げて追従する。

 そこには、テオの傭兵部隊の――バルバド、ミラ、ルーク、ジャック――が詰め込まれ、武器の手入れをしながら顔を見合わせていた。

 彼らは主力の馬車とは少し離れての配置だが、いつでも合流できる距離を保つ。

 だが、馬車の後部荷台に積まれた「それ」が、空気を重くする。

 マラカン軍の貸与品――霧の王国が密かに開発した、捕縛した魔女を強制的に操る装置。

 祝福の金属でできた拘束具が、壁の魔女の体を固定し、胸元から脈打つコアだけを露わにしている。

 それ以外は、包帯でグルグルと巻かれていた。

 魔法は魔女だけが使えるはずのもの。

 それを、王国は奪い、歪めた。

 コアの周囲に管が刺さり、核を刺激するたび、包帯の下で無音の痙攣が走る。

 叫びも、視界も、自由も奪われた、沈黙の檻。

 カイトの視線が装置に止まった。

 前の世界の少年兵の記憶が胸を抉り、強制された力や意志を削られ、体を道具にされた日々が蘇った。

 セラフィナの優しい笑みが脳裏に浮かび、吐き気が込み上げた。

 カイトは低く呟いた。

「あれで……守るのか」

 リナが気づき、目を伏せる。

 エラは目を逸らし、テオが声を潜めて言う。

「あの包帯の装置だが……今日が初投入――ドラゴンの炎を防ぐ障壁を張ることが出来るそうだ。マラカンの連中が自慢げに運んできたぜ。果たして使いもんになるのか」

 リナの事前偵察に基づき、夜間接近ルートを選び、馬車が森道を軋ませ、ルプスの山岳へ向かう。

 木々が密集し、葉ずれの音に混じって、遠くの低いうなりが響き始める――ドラゴンの息吹だ。

 エラが双眼鏡を覗き、声を弾ませるが、どこか震える。

「山頂の煙突から煙が! 敵の気配、濃いよ。カイト、距離五百……いや、四百メートル!」

 特務隊が展開する。

 盾の王国軍が前方に陣を張り、マラカンの重装騎兵が兜を輝かせ、槍林を構えて左右に広がる。

 テオが馬車を止め、後ろの馬車を呼び止めた。

 バルバド、ミラ、ルーク、ジャックの四人が降り立ち、テオの前に整列する。

 陽気な笑みが消え、テオの表情はいつになく引き締まっていた。

「カイト、リナ、エラはドラゴン部隊の中核を叩く。お前らは残党狩りを優先だ。崇拝者の人間どもや、逃げ惑う魔女の配下が山に散らばるはずだ。奴らを一匹残らず掃討しろ」

 四人は無言で敬礼した。

 戦いの火蓋が切られる。

 初撃は、魔女崇拝の人間部隊からだった。

 木陰から、二十名ほど飛び出し、剣を振り上げる。

 狂信の叫びが山を震わせる。

「千剣様に、石を捧げよ! 同盟の犬どもを、灰に変えろ!」

 波状の突進。

 弓矢の雨が降り注ぎ、盾軍の歩兵が盾を構えて防ぐ。

 マラカンの騎兵が側面から槍を突き立て、重装の衝撃で三名が串刺しに。

 倒れた敵の体が転がる。

 テオが剣を抜き、鋭い視線で周囲を走査する。

「残党を封じ込めろ!」

 テオの指示に、傭兵部隊が即座に応じる。

 カイトは短銃を構える。

 敵の先頭が剣を振り下ろすが、リナの矢が喉を射抜いた。

 カイトの連射が続く。

 バン! バン!

 二発が胸を抉り、三発目が頭を吹き飛ばす。

 硝煙が広がり、敵の陣形が乱れる。

 エラの声が響く。

「右翼、三名! 距離五十、風左!」

 少女のスポットで、カイトの銃口が正確に敵を捉える。

 マラカンの騎兵が、槍で敵の脚を薙ぎ払う。

 盾軍の歩兵が後衛を守り、槍衾で敵の突進を止める。

 崇拝者たちは狂気を失い、逃げ散るが、後衛の傭兵たちが容赦なく追う。

 バルバドの斧が逃げ遅れた敵の背中を真っ二つに裂き、ミラの弓が木陰に隠れた弓兵の喉を射抜く。

 ルークとジャックが連携し、斧を振り回すジャックの横からルークの矢が飛び、逃亡者の脚を絡め取るように貫いた。

 悲鳴が山にこだまし、血の染みが土に染み込み、鉄臭い臭いが鼻を突く。

「残党ゼロ! 次だ!」

 特務隊の息が荒いが、士気が高い。

 マラカンの騎兵長が兜を脱ぎ、テオに言う。

「人型は盾軍に任せておけ! 俺たちはドラゴンをやる!」

 テオは頷き、後衛の傭兵たちに素早くハンドサインを閃かせる――親指と人差し指で輪を作り、残りを前へ向けて前進合図。

 バルバドが斧を肩に担ぎ直し、ミラが弓を構え直して即座に応じる。

 部隊が一丸となって前進を始めようとしたその瞬間――

 山頂の岩陰から、風の渦が膨張する。

 テオの目が鋭く細まり、ハンドサインを瞬時に変える――拳を握り、掌を下に振って待機と散開の合図。

 傭兵たちが音もなく周囲の木々に溶け込み、敵の死角を封鎖するように散開した。

 バルバドとミラが左右を固め、ルークとジャックが後方から視界を確保――テオの次の合図を待つ。

 休息は許されぬ。

 千剣配下の魔女が、杖を掲げる。

「我が名はゼフィリア、風の魔女なり!」

 翡翠の瞳が輝き、指先から無音の風が吹き荒れる。

 木の葉が舞い、森の空気がざわめく。

「ふふ、……千剣様に、この風を捧げます」

 渦が膨れ上がり、突風が噴き出す。

 盾軍の歩兵が盾を構えるが、風が槍を曲げ、軌道を乱す。

 三名がよろめき、霧状の風が鎧を削る。

 マラカンの騎兵が馬を進め、槍を構えるが、突風が馬の脚を煽り、転倒を誘う。

 リナの矢が弧を描くが、風に逸れ、木に突き刺さる。

 カイトの背筋に冷たいものが走った。

「リナ、援護を。エラ、距離を。あの風がドラゴンの炎を煽ったら、森ごと燃える。魔女を先に倒す!」

 少女の声が飛ぶ。

「三百メートル、直進! 渦の中心、狙え!」

 運搬隊の兵が装置のスイッチを入れる。

 壁の魔女の包帯が激しく震え、コアが赤く脈打ち、青い障壁が爆発的に広がる。

 突風が障壁にぶつかり、霧状の渦が蒸発するように弾かれる。

 彼女の体が無音の痙攣を繰り返す。

 叫びすら奪われた、沈黙の代償。

「傭兵カイト、お前を討つものなり!」

 カイトは距離を詰め、短銃を構えて射抜いた。

 バン!

 風速を予測し、先回り射撃で弾丸が風にわずかに曲がるのを補正、肩を掠め、青の血が飛び散る。

 ゼフィリアが後退し、杖を振り回して突風を強める――リナの矢が風を読み、魔女の脚をかすめる。

 カイトはゼフィリアを誘導し、森の木々が密集した死角へ追いつめた。

 風が木の葉を散らし視界を乱すが、カイトの銃声が続いた。

 バン! バン!

 二発が渦を削り、ゼフィリアの悲鳴が漏れる。

「生意気な……圧し潰れろ!」

 ゼフィリアの風が強まり、カイトの短銃弾が逸れた。

 リナの援護矢が弧を描きゼフィリアの注意を引いた――その隙に、カイトはさらに距離を詰め、ゼフィリアを木々の輪へ誘導した。

 戦いが膠着する中、空が一瞬白く閃く。

 照明弾だ。

 テオの合図――傭兵たちの仕掛けが始まる。

 後衛のバルバドが低く唸り、ミラが弓を構え直してトラップのタイミングを計る。

 カイトは即座に後退し、体を低くする。

 ドゴォン!

 周りの木々が火薬壺の爆発で吹き飛び、炎の破片が飛び散る。

 木の幹が折れ、ゼフィリアを囲むように積み上がる――テオの傭兵たちが仕込んだトラップだ。

 ゼフィリアの目が見開かれ、風を起こして逃れようとするが、ピンが外れる音が響く。

 シュルル!

 鋼線が地面から飛び出し、ゼフィリアの体を瞬時に固定。

 脚と腕を絡め、風の渦を封じる。

「ぐっ……何だ、これは……!」

 テオの声が霧を裂く。

「油壺投擲!」

 傭兵たちが周囲から油壺を投げ込み、鋼線に絡まったゼフィリアの周りを黒い油で濡らす。

 ゼフィリアが風を振り絞り、守りの渦を起こすが、カイトはそれを読み切る。

 バン!

 銃弾が地面に着弾し、火花が散る。

 油が一瞬で燃え上がり、ゼフィリアの体を包む。

「きゃあっ! 火が……!」

 ゼフィリアが息吹を爆発させ、風で火を煽ろうとするが――それは罠だった。

 木々に囲まれた輪の中で、風が逆流し、ふいごのように火を押し上げる。

 火柱が轟音を立てて立ち上がり、森の空気を焼き尽くす。

 ゼフィリアの悲鳴が炎に飲み込まれ、体が灰に変わる。

 鋼線が赤く輝き、風の残響が静まる。

 カイトは硝煙を払い、息を吐いた。

 テオの目が、塔頂の廃墟を鋭く見据える。

「バルバド、ミラ! ルーク、ジャック――お前らは一時散開して塔頂の様子を見てこい。残党の気配があれば即報告、クリアなら合流だ。俺たちはドラゴンをやる」

 テオの声が、霧の森に響く。

 傭兵部隊が、霧の奥へ滑り込む。

 三頭のドラゴンが、翼を広げて咆哮を上げる。

 炎の息が木々を焦がし、熱風が特務隊を襲う。

 壁の魔女の障壁が再起動し、炎を押し返す――だが、息吹の残風が炎を煽り、森の枝葉が火の粉を撒き散らす。

 障壁にひびが入り、マラカンの騎兵が槍でドラゴンの脚を狙うが、残風が軌道を曲げ、槍が逸れる。

 二騎が吹き飛ばされ、炎が障壁を叩く。

 カイトの目が細まった。

 背中のマシンガンを構え、柄を回した。

 回転音が山を震わせた。

「リナ、目を!」

 エラのスポットが飛ぶ。

「左頭、距離百! 風上、補正なし!」

 リナの矢が飛ぶ。

 シュッ!

 ドラゴンの左目を貫き、咆哮が弱まる。

 カイトのガトリングが咆哮を返す。

 ダダダダダッ!

 弾丸の雨が翼を蜂の巣にし、鱗が飛び散る。

 ドラゴンが墜落する。

 マラカンの騎兵が一斉に槍を突き、ドラゴンの脚を刺し貫く。

 一頭が倒れ、地面を震わせる。

 残る二頭が翼を畳み、爪を振り下ろすが、リナの矢が目を、エラの指示でカイトの銃が翼を破壊。

 マラカンの槍が仕留めを刺す。

 一頭、また一頭と巨体が倒れ、地面が数秒間震え、熱気が隊員たちの肌を焼くように包む。

 炎の残り火が山頂を照らし、三頭の巨体が静まる。

 特務隊の息が一瞬止まる。

 歓声など上がらない。

 カイトはマシンガンを構えたまま、息を潜め、周囲を走査する。

 エラが双眼鏡を握りしめ、報告する。

「……残存敵影なし」

 テオが剣を握り直し、笑みを消して唸る。

「気を抜くな。あの千剣が、すぐそこだ。陣形を維持、再配置!」

 刃の雨が、忍び寄る気配が、山を覆う。


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