第11話
トマヤの温泉街は、石畳の路地にひっそりと佇む。
魔法灯の淡い青みが湯気のヴェールを照らし、硫黄の甘く刺激的な香りが、湿った空気に絡みつくように漂う
古い石造りの浴場は、百年戦争の傷跡を残す壁に囲まれ、入り口の扉が軋みを上げて開く。
混浴の湯は、戦士たちの聖域。
湯気の向こうで、戦士たちの低いつぶやきが響き、湯船の縁に腰掛けた男たちが酒を回し、女性客が肩を寄せ合う。
戦いの余熱を、湯の温もりに委ねる瞬間だ。
カイトとリナ、テオを先頭に、浴場に滑り込む。
接収作業を任されたバルバド、ミラ、ルーク、ジャックは、灰の回収を足早に片付け、汗だくのまま追いついてきた。
皆、魔眼の欠片を瓶に封じ、石化した破片を布で包み終えたばかりで、埃っぽい手で湯の縁を拭きながら入る。
湯船は広大で、湯気が立ち上る中、石の縁に腰掛けた男たちが酒を酌み交わす。
テオは服を脱ぎ捨て、巨体を湯に沈め、豪快に水しぶきを上げる。
湯面が軽く波立ち、周囲の客たちが顔を上げて笑う。
「ふぅーっ! これこれ、この熱さがたまんねえ! お前ら、早く入れよ!」
彼の叫びに、湯船の客たちが笑い声を上げる。
バルバドは低く喉を鳴らすような笑いを漏らし、湯にどっしりと腰を下ろす。
ベテランの体躯は傷跡だらけだが、湯に浸かるとわずかに肩の力が抜ける。
「はぁ、体が魔女くせえのなんの」
――古い傷跡が、湯の熱で疼くのを、静かに受け止める。
彼は湯を掬い、ゆっくりと首筋に流す。
ミラはテオ同様、豪快に服を放り投げ、湯に飛び込むように入る。
「うわっ」
水しぶきが周囲に飛び散り、ルークが慌てて目をこする。
ミラは大笑いし、ルークの顔にお湯をかける。
「はっはっは! ほら、お前は酒持ってこい!」
彼女の声が浴場に響き、ジャックがくすくす笑いながら瓶を回す。
ルークは目をこすりつつ、照れ臭そうにジョッキを握りしめ、ようやく灰の埃を洗い流せた安堵を噛みしめる。
カイトは苦笑しつつ、革鎧を脱ぎ、湯に足を浸す。
熱い湯が肌を刺激する。
リナは少し離れた縁に座り、弓を脇に置き、湯に肩まで沈む。
彼女の黒髪が濡れて肌に張り付き、普段のクールさが溶けるように柔らかくなる。
立ち上る湯気が彼女の頰を優しく撫で、わずかに目を細める。
湯の熱さが、彼女の表情をぼんやりと和らげる。
テオは湯に体を沈めながら、リナの方へ目線を移す。
「リナ……ほんとに綺麗だよなあ。湯に浸かると、森の精霊みたいだ。貴族のお抱えじゃなかったら、俺が口説いてる所だよ、はは!」
リナは慣れた様子で肩をすくめ、湯面を指で軽く撫でる。
「……その口の上手さは、報告書にちゃんと書いとくわよ」と、短く返す。
口元に微かな笑みが浮かぶ。
テオはカイトの方へ体を寄せて声を潜める。
「なあ。リナ、綺麗だよな。お前もそう思うだろ?」
カイトは湯に浸かりながら、冷静に彼女を見る。
彼は答える。
「ああ……今まで見た女性の中でも、綺麗な部類に入ると思う」
ただ事実を述べるように淡々とリナを見つめる。
彼女の頰が、湯の熱さ以上にほんのり赤らむ。
彼女は慌てて湯を軽く掻き回すが、耳まで染まったのが隠せない。
周りの傭兵たちがその様子を見て、笑いが漏れ始める。
内心、普段の冷静さが湯の温もりに溶け、予想外のざわめきが胸をくすぐるのを感じる。
「おお、照れてるぜ!」
バルバドが低い声でクックッと笑い、ミラが大声でからかう。
「リナちゃん、赤面しちゃって可愛いじゃねえか! カイト、もっと褒めてやれよ。姐さんが代わりに口説いてやろうか?」
ジャックが腹を抱え、ゲラゲラと笑い転げる。
「カイトさんモテモテだなぁ!」
浴場に軽やかな笑い声が広がる。
彼女は睨むふりをするが、口元が緩み、場を和ませる。
内心のざわつきを、湯気に紛れて押し隠す。
その時、湯船の反対側から、プクプクと泡が上がり、突然小さな頭が水面を破る。
茶色の短い髪が湯に濡れ、鋭い瞳がキラキラと輝く――エラだ。
監視を終えて後から合流した少女は、息を弾ませて湯から顔を出し、ニコニコとカイトの方へ泳いでくる。
湯を掻き分け、無邪気な笑顔が浴場の空気を一瞬で明るくする。
「カイト! 背中流してあげる。戦いの後、固くなってるでしょ?」
少女は湯の中でカイトの背後に回り込み、ぴったりと寄り添うように体を預ける。
小さな手で彼の肩を軽く叩く仕草が、なんとも可愛らしい。
少女の無垢な温もりが彼の背中に伝わる。
カイトは少女の頭を軽く撫でる。
「……背中は自分で流すから、ゆっくり休め」
少女はくすくす笑って体をスリスリと擦りつける。
「えー、いいじゃん! ほら、もっとリラックスして!」
テオがその光景を見て、目を丸くし、湯を叩いて大笑いする。
「おいおい、エラまで加わっちまって、カイトはハーレムの王様かよ!」
バルバドが湯から体を少し起こし、珍しく声を上げて笑う。
「ふん、羨ましいぜ。俺の背中は、誰も流してくれねえよ」
ミラがエラの頭を優しく撫でる。
「ほら、エラちゃんの言う通りだ。カイト、甘えてやれよ!」
リナが、エラを見やる。
浴場全体が、少女の無垢な無邪気さとテオの馬鹿馬鹿しいからかいに包まれ、笑い声が湯気に溶けていく。
リナの視線が優しくなり、自身の照れを少女の純粋さに重ねる。
カイトは少女の小さな温もりに、微笑む。
リナが、少女を挟んで寄り添う。
「……今日私は何もできてないから、せめてこれくらい、労わせて欲しい」
彼女は少女の隣に体を寄せ、小さな手でカイトの背中を軽く叩く。
少女の無垢な手と、リナの細くしなやかな指が、交互に肩を押す。
バルバドが湯を掬い、皆に酒を勧める。
「ふん、皆、飲め。次は千剣の野郎どもだ」
ミラが瓶を回し、ルークが照れくさそうにジョッキを掲げる。
「よ、よし! みんなで勝つぜ!」
テオは瓶を回し、浴場に笑い声が満ちる。
だが、ふとテオの目が真剣に細まる。
「カイトのおかげで、今日もこうしてこの国はまだ立ってる。他の四大厄災も、他の国も俺たちの力で押し返してやろうじゃねーか!」
湯気が笑いと誓いを優しく包み、皆の瞳に新たな決意の炎を灯す。
浴場の外では、塔街の影が濃く染められていた。




