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Abyss Eternal ; Golden Witch  作者: 川合 佑樹


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第10話

 夜が深まり、平原へ。

 カイトは単独で進む。

 マラカン部隊の残骸を模した痕跡を残し、偽の魔力玉を地面に置く。

 風が冷たく頰を撫で、遠くの狼の遠吠えが響く。

 待ち伏せの時間――心臓の鼓動が、規則正しく鳴る。

 やがて、空気が重くなる。

 影が現れる。

 細身のシルエット、紫の髪が月光に揺らめき、両眼が宝石のように青く発光する。

 エリスだ。

 魔眼の魔女。

 彼女の唇が、嘲るように弧を描く。

「我が名はエリス、石化の魔女なり!」

 カイトが応じる。

「傭兵カイト、お前を葬るものなり」

 彼女の魔眼がわずかに輝きを増し、嘲るように。

「あなた、黄金の仔飼いでしょう? セラフィナの匂いがする。人間ごときに用はないけど、あなたには……少し、興味があるの」

 カイトは呼吸を整える。

 短銃のグリップを握り直し、観察する。

 彼女は緩慢に、しかし確実に近づいてきた。

 魔眼を細めて彼を値踏みする。

 四大厄災の傲慢さが、声に滲む。

「取引しない? 私は千剣と相性が悪い。黄金と手を組めば、楽に倒せるわ。一緒に千剣を片付けたら、私がセラフィナの苦手な剛力を倒す手伝いをしてあげる。どう? 悪くない取引だと思うのだけれど?」

 彼は応じる。

「その答えは、既にセラフィナからもらっているよ」

 言葉の端に、嘲りが混じる。

 彼女の魔眼がわずかに輝きを増すが、彼は素早く鞄から閃光弾を抜き出し、魔女の前に投擲する。

 バチッ!

 爆発の白光が平原を一瞬で飲み込み、耳をつんざく轟音が響く。

 閃光が彼女の顔を正面から直撃し、彼女の悲鳴が闇を裂く。

「あぁっ……目が、目が焼ける……!」

 魔眼が白く濁り、彼女は両手で顔を覆う。

 カイトの視界も一瞬白くなるが、訓練された反射で体を低く保ち、影に溶け込む。

 光の余韻が残る中、彼は背嚢から鏡の盾を素早く展開した。

 魔女がよろめきながら顔を上げ、弱った邪視を放つ。

「こざかしい、セラフィナのネズミめが!」

 だが、彼は鏡を構え、魔法を跳ね返す。

「彼女が言っていた。お前が最初に出会う厄災なら、この上ない幸運だってな!」

 青白い光線が鏡に当たり、鋭く反射してエリス自身を直撃する。

 彼女の悲鳴が再び上がり、魔眼の輝きが乱れる。

 反射の光が彼女の肩を掠め、皮膚がわずかにひび割れる。

 隙を逃さず、カイトは短銃を抜き、魔女弾を装填。

 トリガーを引く。

 銃声が鋭く響き、赤い血煙が噴き出し、エリスの魔眼を包み込む。

 煙の赤い筋が光の渦を絡め取り、彼女の瞳から魔力が剥ぎ取られる様が、闇に浮かび上がる。

 エリスが膝をつき、息を荒げて呟く。

「これは魔力封じ……。セラフィナ……禁忌を侵すなんて……」

 カイトは即座に動く。

 膝をついた彼女の背後に回り込み、バックポジションを取る。

 魔女の紫の髪を掴み、首を反らせる。

 彼女がわずかに抵抗するが、力が入らない。

 彼は告げる。

「お前の魔法は、もう終わりだ」

 彼は腰のナイフを抜く。

 刃先が月光に冷たく輝き、素早く彼女の左目をくり抜く。

 グチャリという湿った音が響き、青白い眼球が飛び出す。

 魔女が絶叫を上げ、体をのけ反らせる。

「あがっ……私の……!」

 右目も同じく、ナイフの刃が沈み、魔眼の輝きが失われる。

 彼女の顔が赤黒く染まり、暴れ出す。

 カイトはナイフを振り払い、後退する。

 だが、勝利はまだ遠い。

 彼女が最後の力を振り絞り、残った魔力で弱った邪視を放つ。

 彼は即座に平原の瓦礫を盾に横移動し、射線をかわす。

 霧が空を切り、草に絡みつくだけだ。

「まだ動けるのか。さすがは厄災だな……」

 カイトは続ける。

「感謝するよ、エリス。実験ができる」

 カイトは身を沈め、飛び込む。

 距離を詰め、喉元へ一閃。

 ナイフの切っ先が、柔らかな肌を裂き、鮮血が噴き出す。

 魔女の体が、震え始める。

 石化の呪いが、逆流するように彼女自身を蝕む。

 ひび割れが広がり、肩から腕へ、胸から脚へ――まるで乾いた土が崩れるように、欠片がパラパラと散る。

 だが、彼女は倒れない。

 ひび割れた体が、魔力の糸で無理やり繋ぎ止められ、青白い光が再び瞳に宿る。

「ぐっ……まだ……死なないわ! せめて、あなたごと……!」

 彼女の声は、かすれ、嘲りの余韻を残す。

 カイトはナイフを捨て、短銃を構え直す。

 魔女弾を次々と装填し、連射した。

 バン! バン!

 一発目が肩を抉り、二発目が胸を貫く。

 三発目、四発目……カイトは冷静に撃ち続ける。

「五発……まだか」

 六発目で彼女の腕が崩れ、七発目で膝が砕ける。

 八発目――魔眼の青白い光が、くすんだ灰色に変わりゆく。

 最後の引き金が引かれる。

 バン!

 彼女は喉から血の泡を吹き、ついに崩壊の音が平原に響く。

 パキン、パキン

 エリスの残骸は、瞬く間に塵と化し、風に舞う。

 平原の空気が、ようやく軽くなる。

 彼は短銃を握ったまま、息を吐き出す。

 カイトは地面に手をつき、立つ。

 肺に熱はなく、傷跡もない。

 カイトは平原を眺め、肩の力を抜く。

 静けさが、耳に優しい。

 彼は呟く。

「……十発でようやく、か。厄災の耐久力、やはり無駄撃ちはできないな」

 だが、彼女の灰の中から、かすかな息づかいが聞こえる。

 魔女の最期の呟きが、風に乗り、彼の耳に届く。

「石の胎児は、未だ息づく……汝の愛が、産みの痛みを早めん……くく、愚かなる絆の呪いよ」

 言葉が、灰の粒子とともに舞い、平原の闇に溶ける。

 彼は短銃をホルスターに戻し、歩き出す。

 エリスの灰が平原の風に舞い上がり、冷たい粒子が彼の肌を撫でる。

 彼は息を吐き出す。

 平原の静けさが、ようやく訪れた。

 だが、足音の響きが近づいてくる――ドタドタとした乱暴な群れの音。

 傭兵団だ。

 リナも、その中に混じっている。

 テオが先頭に立って駆け寄り、素早く周囲をスキャンする。

 剣を半分抜きかけ、残敵の気配を探る仕草を周囲に促す。

「……皆、散開して周囲警戒。まず安全を確保しろ」

 低い声で指示を飛ばし、テオは灰の山に近づく。

 鼻を鳴らして空気を嗅ぎ、鉄錆と焦げた魔力の残滓を確かめる。

 灰の粒子が彼のブーツに絡みつくが、気にも留めず、ゆっくりと剣を収め直す――周囲の静寂が、ようやく安全を告げていた。

「エリスの残骸をくまなく回収しろ。灰はもちろん、魔眼の欠片、呪文の残滓、石化した破片や呪物の布切れ――どんな小物でも持って帰るんだ。バルバド、ミラ――残りの連中を率いて現場を接収しろ。エラは周囲監視を続けろ」

 バルバドとミラが即座に頷き、他の傭兵たちが静かに袋と鉤爪の道具を広げて灰の山に取り囲む。

 バルバドが低い声で指示を出した

「こっちの層を慎重に剥がせ。魔眼の欠片は青く光るやつだ、呪いの棘が刺さらねえよう鉤で掻き出せ」

 ミラが促した。

「石化した破片は重いから、布で包んで。呪文の残滓みたいな霧状の粒子は瓶に封じ込めろ。隙間を埋め、一粒残らず」

 傭兵たちが無言で灰を掻き分け、鉤爪でひび割れた石像の欠片を慎重に引き抜き、青白く脈打つ魔眼の欠片を布袋に落とす。

 袋に詰め込む重い音と、土を掘る低い息遣いが平原に広がり、灰の粒子が舞う中でも、視線は残骸の微かな輝きを逃さない。

 血の染みた布を巻いた腕を押さえ、互いの傷を素早く確認する姿が、戦争の爪痕を物語る。

 エラが双眼鏡で周囲を監視し、時折「左側に光る破片!」と短く報告する。

 テオはカイトの肩を軽く叩いた。

「よくやった、カイト。四大厄災の一角を、たった一人で片付けたか。盾の王国の英雄だな」

 テオの言葉は、いつもの大げささを抑え、静かな温かさが滲む。

 戦争の重さを共有するような、短い沈黙が流れる。

 カイトは苦笑を浮かべ、汗を拭う手を止めた。

 額の汗に混じる血の臭いが、己の幸運を思い起こさせる。

 その時、リナが一歩前に出て、弓を構え直しながら口を開いた。

「すごいな君は、あのエリスを一人で撃破するなんて。君がいなければ私たちは全滅していたかもしれないというのに……」

 彼女は慌てて弓を肩にかけ直し、咳払いをする。

 傭兵たちの小さな笑いが漏れ始めるが、それは安堵の吐息のように静かだ。

 バルバドが残骸の山から一瞬視線を上げて短く頷き、ミラが作業の手を止めずに小さく親指を立てる。

 テオが大仰に手を叩いた。

「ははは! リナ殿、後はこいつらに任せて、俺たちは汗を流して、湯気で頭冷やそう。石の輸送まであと半月だ――このままじゃ、皆、灰になる前に潰れちまう。息抜きは、生き残りの秘訣だぜ!」

 テオの提案に、回収中の傭兵たちが作業を続けながら短く頷いた。

 リナの口元に小さな笑みが浮かぶ。

 カイトも、思わず頷く。

 仲間たちの顔に、ようやく血の気が戻るのを見て。

 一行は平原を後にした。

 温泉街の灯りが、かすかな安堵を約束するように揺れていた――だが、遠くの地平に、千剣の影が忍び寄る気配を、誰もが感じていた。


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