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第83話:宮本玲奈

 乾杯の杯を口に運んだ瞬間、胸の奥が熱くなった。

 直也の言葉に心を突き動かされて、危うく涙が溢れそうになった。

 慌ててぐいっと酒を流し込み、嗚咽を押し隠す。


 (……今日はごまかされないからね)


 決意を胸の奥に刻んだ。

 聞きたいことは山ほどある。問いただしたいことも、言いたいことも。

 でも直也は、仕事を理由にするりとかわすのが上手すぎる。

 乾杯の音頭だって、亜紀に振りながら最後には自分が場を収めてしまう――ズルい。

 ……それでも泣かされてしまう自分もまた、悔しかった。


 杯が重なり合い、笑い声が広間に広がっていく。

 料理の匂いと、地酒の芳醇な香りが漂う中、祝宴は始まった。

 千鶴さんや地元の人たちが大皿を運び込み、次々と酒を注いでいく。

 緊張に縛られた昼間とは別世界。柔らかい灯りに包まれ、ようやく皆の表情が解けていく。


 「――ちょうど19時だから、ちょっとニュース見てみようか」

 誰かの声に、全員が頷いた。

 集会場の隅にあるテレビのスイッチが入れられる。


 次の瞬間――。

 映し出されたのは、見慣れた顔だった。


 『地域首長会議、GAIALINQが鮮やかに形成を逆転――』


 テロップと共に、直也が映る。

 ゲストの知事とにこやかに握手を交わす姿、八幡平市長と固く手を結ぶ姿。

 そして――オニーさんの堂々たるデモンストレーション。


 「おおおーっ!」

 会場から歓声が上がる。

 その声に押されるように画面は切り替わり、会議後のインタビューに答える千鶴さんや組合長さんが映った。


 「いやー、オレがテレビ映っちゃったよ〜!」

 組合長さんが顔を真っ赤にして笑う。

 広間は一気に拍手と笑い声で満たされた。


 けれど、もっと驚いたのはその解説内容だった。


 『AIによって地方が再生する可能性。従来の安易な外国人移民促進策ではなく、AIを活用して地域の活力を取り戻す。今回の八幡平の取り組みは、その最前線にあると言えるでしょう』


 解説者の言葉が、はっきりとそう伝えていた。

 従来の報道でよくある皮肉や揶揄はない。

 むしろ八幡平を「未来への先駆け」として紹介している。


 さらに画面は、会議中の直也の姿に戻った。

 メガソーラーの問題点を鋭く指摘し、

 「地熱一本を電源とするエコなAIデータセンター」というビジョンを語る映像。


 ――その後には、以前NHKに出演したときの直也のインタビュー映像までも流れた。

 「持続可能な未来は、地方から始まります」

 真剣な表情の直也。


 その瞬間、広間に再び拍手が巻き起こった。

 まるで自分たちの誇りが、全国に伝わっていくのを実感するように。


 私は拍手の輪に加わりながら、胸の奥をきゅっと締めつけられていた。

 ――この人は、やっぱり“特別”なんだ。

 誇らしくて、悔しくて、そして……怖いくらいに。


 (直也……今日は絶対、逃がさないから)


 杯を握りしめ、私は心の中で強くそう誓った。


 画面が切り替わり、環境省の柊事務官――遥さんがインタビューに応じている映像が映し出された。

 『メガソーラーには環境リスクが伴います。環境省としては、地域に根ざした持続的な再生可能エネルギーを推進していく必要があります』


 その一言に、会場がまたどっと湧いた。

 「すげぇな!」

 「いやぁー遥さんってすごいんだな!でも、今日かっこよかったねー」

 口々に称賛の声が飛び交い、拍手が広がっていく。

 遥さんの周囲でも乾杯が交わされている。大人気だ。


 (しかし……この報道は、推進派にとっては痛恨の一撃だろうな)


 NHKのニュースで環境省がここまで踏み込むなんて。

 推進派がどんな反撃を仕掛けてくるか――考えるだけで背筋がぞくりとする。

 直也は……きっとその中心的な存在としてますます敵視されかねない。


 (直也のこと……心配だよ)


 守るって言いながら、結局いつも守られているのは私のほうだ。

 結局今日は直也が間に合ってくれたから逆転出来たのだ。

 ……歯痒い。

 どうしようもなく、胸の奥に棘が刺さったみたいな気分だった。


 けれど宴会は待ってはくれない。

 広間の空気はますます温かくなり、松川の人たちが入れ替わり立ち替わり直也のもとに酒を注ぎに来る。

 ビール、日本酒、ウイスキー……次から次へと盃が差し出される。


 「直也さん、こっちにもどうぞ!」

 「いやいや、今夜は飲んでもらわないと!」


 直也はそれを笑顔で受け止め、断らない。

 気づけば彼の周りには、絶え間なく人の輪ができていた。


 (……これは全然、捕まえられないな)


 話したいことがあるのに。

 聞きたいことが山ほどあるのに。

 お酒を勧められるたびに笑顔で応じる直也の背中が、遠く感じられて――。


 その時だった。


 保奈美ちゃんが、すっと立ち上がった。

 誰に指示されるでもなく、さっとコップを手に取り、氷を入れ、水を注ぐ。

 そして自然な動きで直也のもとに戻り、にこりと笑って差し出した。


 「直也さん、お冷ですよ」


 (……っ)


 思わず息を呑んだ。

 チェイサーとして持ってきたんだ。

 速い。しかも自然すぎる。

 お酒に強い直也だからこそ、誰も気づかない“危うさ”を、彼女は真っ先にフォローしてしまう。


 (……完敗だな、これは)


 胸の奥に、どうしようもない敗北感が広がっていった。

 女としての自分が、ほんの少し揺さぶられた。


 笑顔で礼を言う直也と、その隣で天使のような美しい微笑みを浮かべる保奈美ちゃん。

 その光景が、どうしても胸に刺さって――私は杯を握りしめ、ただ黙って酒をあおった。


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