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第81話:柊遥

 盛岡での短い打ち合わせを終えて、私はタブレットを閉じた。

 本省の事務官に向けた報告は、ごく簡潔なものだった。


 今回の地域首長会議――名目上は「再エネ推進の討議」だが、実際にはメガソーラー推進派による一方的な攻勢の場だった。

 だが結果は逆だった。

 GAIALINQ側が鮮やかに覆し、環境省としてもこれ以上ない形で「メガソーラーの危うさ」を地域住民に啓蒙できた。


 速報ベースで全国の報道に流れている映像を本省上層部も確認済みで、反応は上々だった。

 「極めて教育的な効果があった」――上層部の評価はそうだった。

 GAIALINQとの連携強化も再確認され、直也さんが会議の中で予告していた「エコフェス」についても、環境省として協賛する方向で検討するようにと指示が飛んできた。


 官僚として見れば、これは成功だ。

 成果を得た。

 けれど……私は胸の奥に、別の影を抱えていた。


 ――直也さんは、中国政府やメガソーラー推進派から、明確に敵視されることになる。

 正面から踏み込んだ以上、もはや後戻りはできない。

 その覚悟を、あの壇上で一人で背負ってしまった。


 (……これまで以上に支えなければ)


 環境省の官僚として、GAIALINQを支えることは任務だ。

 けれど今の私は、それだけでは済まない。

 直也さんという人そのものを、どうしても守りたい――そんな感情が入り込んでしまっていることを、自覚している。


 そんな中で非常に気になる存在がある。

 亜紀さん、玲奈さん、麻里さん、莉子さん――すでに顔を合わせ、彼女たちの思いや立場もある程度理解した。

 だがそれ以上に、心を捉えて離さないのは――直也さんの義妹、保奈美さんだった。


 会議のデモの最中、私は中継映像を見て「モデルか、あるいはアイドルでも連れてきたのか」と一瞬本気で思った。

 それほどまでに彼女は、場を支配する存在感を放っていた。


 昼食の席ではさらに驚かされた。

 幕の内弁当を前に、自然な仕草で直也さんの小皿に醤油を差し出し、サラダのドレッシングを吟味して入れ替える。

 甲斐甲斐しさという言葉では収まりきらない――“当たり前”のように繰り返される直也さんへのお世話――まるで何十年も連れ添った夫婦のような。


 (……圧倒的な美貌。そして、圧倒的な女子力の高さ)


 義妹という立場。

 だがその立場は、むしろ何の意味を持つのか。

 年齢という壁がいずれ自然に取り払われたとき、その関係性はどう変わるのか。


 私は冷静なはずの自分が、ふと立ち止まりそうになる。

 直也さんと保奈美さんの距離感――そこに潜む可能性を、女性として見逃すことはできなかった。


 環境省の官僚としてはGAIALINQを守ることが仕事だ。

 けれど今の私は、同時に直也さん自身を見つめてしまっている。

 そして――義妹という存在が、その彼にとってどういう意味を持つのか。

 それを考えずにはいられなかった。


※※※


 加納屋に今夜は泊めていただけることになった。

 一旦自分の部屋に荷物を置き、スーツを脱いで普段着に着替える。久々に肩の力が少しだけ抜けた気がした。


 宴会場に足を運ぶと、すでに亜紀さんや玲奈さん、麻里さん、それに千鶴さんたちが集まっていた。

 「どういう席順にしましょうか」――そんな声が飛び交っている。


 私は思わず笑ってしまった。

 役所の世界でも、地方に出張すれば自治体の幹部職員や議員との会食がある。

 そこでもっとも厄介なのが、この「席次」だ。

 上座か下座か、どこに座らせるか――肩書きや職格の序列がすべてを左右する。時には一分一秒の遅れで「格」が問題にされることもある。


 けれど、目の前で協議されているのは――もっと単純で、そしてずっと微笑ましいものだった。

 要するに、直也さんの近くに誰が座るのか。

 それだけ。


 ただ、その一点においては、誰よりも強い意思を示す人がいた。

 ――保奈美さん。

 彼女が直也さんの隣だけは絶対に譲らないことは、会話を聞かずとも一目で分かった。


 「じゃあ……左隣は誰にする?」

 そんな声に、亜紀さんがちらりと私を見る。

 「今日は……遥さんでしょ」

 そう言いかける彼女に、私は笑って首を振った。


 「いえ。今日は亜紀さんですよ」


 一瞬、亜紀さんの頬がわずかに赤らみ、表情が柔らかくなった。

 その顔を見たとき、私の胸にも温かいものが広がった。


 「私は下座で結構です。楽な場所にしてください」

 そう言葉を添える。


 直也さんとの時間は、これから積み重ねていくものだ。

 今は少し遠目から見守る方がいい――そう思えたから。


 上座や下座に縛られる会食ばかりを経験してきた私にとって、この場の「席次」の意味はあまりに人間らしく、そして愛おしかった。


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